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死ねない僕と、妹と、魔法街の何か  作者: 二月のやよい
第一章 またも妹が増えました
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機械仕掛けの神

 ビル内は人の痕跡を全く感じないほどに冷え切っている。

 こういう施設なら、大体の場合普通の商社や研究施設を装っているので、ダミーの受付があったりするのだけれど、ここはそれすらもないようだ。

 ふらふらと入り口近くを見て回っても情報はない。


 さてと、


「すいま――」


 大声を上げようとしたところで、けたたましい警報の音に邪魔される。

 直後、慌ただしい足音と共に重装備の人間が次々現れ、ずらりと並んだ。


「せーん」


 行き場を失った言葉が思い出したかのように漏れ出す。

 どうしよう、挨拶でもしておくべきだろうか。あるいは家の人に何か連絡する時間とか。


「あのー」


 と声をかけようとしたのもつかの間。


「撃てぇ!」


 揃いのサブマシンガンで、僕は蜂の巣にされる。


 まずい、立っていられない。

 尻餅をつき、肉塊になりながら僕は考える。

 彼らは僕が何者かわかっていないんだろうか。仮にも僕を研究対象にしようとして、また僕を生み出した研究所の元職員がいる施設だというのに。

 正直死の魔法――あるのかは知らないけれど、そんな魔法を使われると返り討ちにあうかもしれないとまで思っていたのだけれど。

 まさか銃弾にそんな呪いが備わっているとも思えないし。


 それを証拠に、また僕は当然のように復活している。

 観念して死にに来ているとしか思えない備えに頭をひねりながらも、そのあたりはプラスに考えよう。

 どちらにしても、これなら思い切り暴れることが出来るんだ。

 僕の復活に当然のことながら相手はひるむ。これはたとえ知っていても面食らうものなのだろうか。


 いつもなら戦意喪失させるためにリーダーらしき人間を優先して死なせたりするのだけれど、今回は全員もれなく死んでもらう。

 どさ、と糸が切れた人形のように彼らは崩れ落ちる。

 断末魔すら聞こえない。


 それじゃあ、いこうか。

 武装した人間がこれだけな訳もないし。

 何処へ行っても建物内は静かで、走っている僕の足音しか聞こえない。

 こういうとき何か別の能力を欲してしまうのは贅沢だろうか。


 例えば怪力だとか、あるいはまといみたいに炎を出せるなら――応用の一つでも効くだろうに、僕は死なせるか、あるいは死なないことしか出来ない。

 それも、なにも持っていない人に言わせれば恵まれ過ぎているし、求めすぎなのだろうと思うけれど。

 そう考えると、漫画や映画の主人公なんかは良い能力を持っているなあ、と思う。それは倫理的にも。


 欲したわけでなく、無理に押しつけられた僕の性質は目の前のドアを破るのにすら時間がかかる。

 推理小説にあるみたいに体当たりでぶち破れるならどんなに楽か。

 ノブを壊そうと、近くにあった椅子を振り上げた瞬間、大きな壁だったドアは向こうから開いた。


 爆風と共に。


 全身を打ち付けた痛みに耐えながらも、僕はまた向こう側にいた数人の命を奪う。

 手で触れるとか、能力を飛ばすとか、そういう五感に訴えるような能力の使い方ではない。考えると次の瞬間には死んでいるだけだ。


 逆に言えば、地味に一歩一歩進んでいかないと死なせることも出来ないのである。

 この一歩が死を運んでくる。

 歩けば歩くほどに死体が増えていく。

 対抗手段は尽きてきたようで、死体の中にスーツの男や白衣の男も混じってくる。

 もう魔法を使われる心配はなさそうだ。


 あともう一つ心配していたのが、僕の先客――つまり僕の前にさらわれてきた哀れな人がいないかも心配していたけれど、それも無いみたいだ。今のところ。


 あっけない。


 あまりにもあっけない。


 さっき言った能力なら、力の限り行使してすっきりもしただろうに。僕はただ考えるだけ。なんの達成感もない。

 一度死んでは生き返り、お返しに向こうの命を奪うだけ。


「あ、ああ。化け物!」


 うん、ううん。よく言われる。

 くだらない。

 早く終わらせよう。僕は最上階へ急いだ。


 ――けれど現実は物語のようにドラマチックでもなく、復讐を止める人間もいなければ、さいおうにボスが待ち構えていることもないのである。


 少し息の上がってきた頃、廊下の中央の壁に寄りかかるようにして、男が一人立っていた。

 通りすがりざまに死なせようとして、一瞬止まる。

 彼は僕の姿を認めるなり、顔をほころばせこう言ったのだ。


「大きくなったなあ」


 と。

 ステロタイプの研究者、と言った風貌ではないひげ面をした熊のような男が確かにそう言ったのだ。

 誰か、と聞くまでもない。

 幼い僕を知っているのは一人しかいない。


「そうか、駄目だったか」


 感慨深そうに彼は言った。


「襲撃者がいると聞いていてね、来るとしたらお前だと思っていた」


 僕ではない、何処か遠くを見つめているようだ。

 けれどその態度で僕は確信した。

 死にに来ているようだなんて思っていたけれど、本当にそうだったのだ。

 少なくとも彼にとっては。

 だから僕の情報をつかんでいても、武器を置くようにそれらを手放した。


 つまり、


「終わらせてくれ、ということかな」


「そうだ。終わってしまったこの私を終わらせ切って欲しいのだ」


 そう言って彼はポケットからナイフを取り出し、僕の方へ投げる。


「おかしいとは思っていた」


 彼は妙にすっきりとした顔を見せる。


「それは研究所にいたときからずっと抱いていた。けれど止まれなかった」


 僕はそのナイフを拾う。


「それは研究所が君たちによって消えてからも」


 彼は僕の方へ近づく。今や手を伸ばせば届く距離だ。


「全て消えてしまったのに、それでも止まれなかったのだ。これではまるでゾンビだな」


 彼の口許が久しぶりに動かしたかのようにぎこちなく上がる。


「私は今まで死んでしまった意志に突き動かされていたに過ぎない」


 ゆったりと両手を広げ、抑揚のない口調で彼は言う。


「殺せ、それで直接。私を」


 今までに受けたどの依頼よりも簡単で、重い言葉だった。


「そうすることでやっと、君たちは過去の私達から解放される。私達なんかというどうしようもない過去から切り離される」


 これはきっかけか。

 あるいはただの清算か。

 僕には得がない。そしてそれは彼にも同じく。ただ終わらせるだけだ。物語の終わりに「了」という字を置く、ただそれだけの行為。


「敢えて言おうか。私達の研究は間違ってなどいなかった。君も、君の妹も、わたしが送ったあの女も、全てはそのための道具に過ぎなかった。私は死ぬが、研究の成果を、恐ろしさを、改めて見られたんだ。何も、何も悔いは無い!」


 突如語気を強め、彼は言う。

 けれどわかった。

 これで充分に殺す理由が出来た。

 僕が、僕の意志で、僕の手で殺す最初で最後になる男。

 これから死ぬ彼は、けれどそんな意志を微塵も見せず笑い、


「満足だよ」


 そう言って目を閉じた。

 その胸に僕はあらん限りの殺意を突き刺す。

 彼から抜けていく力と僕の手から漏れ出ていく意志。

 それらは音もなく何処かへ消えていき、また静謐な空間が広がるばかりだ。

 これで最後、本当に終わった。




 天井を見つめていた僕は、ふと我に返った。

 無事に復活したみたいだ。

 物音一つしない部屋に、僕の呼吸する音だけが響いている。

 無事にみんなまとめて死んでもらえた。


「んぐ、痛たた」


 しばらく動いていなかったせいで、体のあちこちが固まってしまっている。少しずつ、リハビリをするように動かしていく。

 どれくらい意識を失っていたんだろう。窓からの景色はあんまり変わっていないから、そこまで長時間は経っていないと思うけれど。


「あー、疲れた」


 数分かけて立ち上がり、辺りを見渡す。


「まあ、仕方ないよね」


 もう一度全部の部屋を確認していこうか。

 一番上の部屋から通路に至るまで、人が入れる全ての空間をチェックしていく。

 そこら中が死体だらけだ。出血はしない死因を選んだので、そこまで匂いはひどくないし、凄惨な光景というわけでもないのだけれど、これだけ並んでいる全てがもう死んでいるのだと思うと、なかなかむごい光景ではあると思う。

 全てを確認したところで、入り口に見覚えのある人影が立っているのを見つけた。


「ああ、ごめん。寝過ごしちゃった」


 本当に眠ってしまっていたのだから、あながち嘘ではない。


「迎えに来てくれたの?」


「有理もそうだけど、あんたらちゃんと後片付けしないじゃない」


「このままでも怪しまれる事なんてないんだから、来てくれなくても良いんだよ」


 直接結果を見ないとはいえ、あんまり気分の良いものでもないだろうし。


「うっさいわね、いいから黙って見ときなさい」


 そういうと、まといは頭の毛を逆立てる。


「いちいちこうなるの嫌なのよね。いっそショートにでもしようかしら」


 僕の肌にもビリビリとしたものが伝わる。


「僕はまといのその長さ好きだけどね」


 僕の褒め言葉をかき消すようにして、轟音が響き渡る。多分わざとだ。

 ごう、と入り口を突き破るようにして這入り込んだ炎は、瞬く間に最上階までその身を噴き上げる。

 毎度のことながら、花火か噴火のようで目を奪われてしまう。

 これ、やり過ぎじゃないか……?


「さっさとずらかるわよ」


「あいあいさー」


 僕らは極悪人のような台詞を残して、既に真っ赤に染まったビルを後にする。

 背後から窓が割れる音、何かが崩れ落ちる音がする。


「あれ周りも燃えたりしない? 大丈夫?」


「今のはあのビルだけ対象にしたから大丈夫よ。いらないこと気にしてないで、いいからついてきなさい」


 カッカッカッ、とヒールの音を響かせて、まといが走って行く。

 本気で走れば僕の方が速いのだけれど、ヒールでこの速さって結構な身体能力なんじゃないか、とどうでもいいことを考えてしまう。


「あんたこんなことやらなくていいって言うけどね!」


 走りながらまといは言う。


「一般人ならまだしも、ややこしいのにばれたらどうすんのよ!」


「大丈夫! 僕なら逃げ切れるし、何だったら返り討ちに出来るし!」


「そういうこと言ってんじゃないの!」


 結構しっかり怒られた。


「あたしだってねえ、今みたいな生活気に入ってるんだから、それが壊れるようなことしたくないし、してほしくないの! そのためならこのくらいやるわよ!」


 そう言い、スピードを上げるまとい。

 なるほど、照れていらっしゃる。

 思わず僕も速度を上げる。ほら、ついていかないといけないし。


「だあああ! あんたもうちょっと後ろ走りなさいよ!」


「後ろ走ってたら顔が見えないだろ!」


「見なくていいいいいいい」


「危ないよ! 足挫くじかないように注意して――もっとゆっくり走って」


「うっさいうっさいうっさい! 来んな!」


「いやだって帰り道がこっちだし」


「知ってるっつの!」


 結局、家に着くまで僕らの命をかけた戦いは続いた。

 最終的に追いついてまといの赤面が見られたので、僕の勝ちだ。たとえその後二時間にわたって燃やされようとも。

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