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死ねない僕と、妹と、魔法街の何か  作者: 二月のやよい
第一章 またも妹が増えました
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事件は終わりましたか? 2

「いいえ、あるんです」

 

 いつもなら、正しいことを信じて疑わず、自信過剰に、尊大に、意気揚々と推理する有理が、今では縋るようにその言葉を僕に聞かせようとしてくる。

 その姿に、僕の中に湧き出た否定の意志も霧散した。


 有理は、話を戻します。と前置きしてから続けた。


「乗り気ではなかった亜斗さんの姿を見て、なゆちゃんは思います」


 兄に出来なかった事を自分がやり遂げれば、当然他の仕事も無事に出来ると認めてもらえる。

 と。


「なのでなゆちゃんはまず姿を消しました。けれど、靴があったことからもしかするとずっと家の中にいたのかもしれません」


「何でそんな」


 いや、違う。

 ()()()()()()()()()()()


「そう、少なくとも亜斗さんはそうしていなかったから。だからなゆちゃんは形式的に姿を消し、再び亜斗さんの元へ現れます。今度はちゃんと仕事をしにいくために」


 けれどなゆたには彼女を見つけることは出来なかった。


「困り果てたなゆちゃんは亜斗さんに頼ってしまおうか、悩んだ末に一度帰ってきたのでしょう。そんなとき、偶然亜斗さんの元へ電話がかかってきます。相手は馴染間さん――なゆちゃんは亜斗さんについていきました」


 実はあの時、四人とも揃っていたのか。


「そして最後です。なゆちゃんはあの時何をしていたのか」


 なゆたはその後僕たちの前に立ち塞がり――けれどそのまま、何もしなかった。


「そう、ですがあれは何もしていなかったわけではなかったのです。そしてそれこそが亜斗さんのしてあげられた事だったのです」


 それだ。

 僕のしてあげられたこと。僕が死なない死神だったからこそしてあげられた事って一体何なんだろう。


「あの時のなゆちゃんは間違いなく馴染間さんを殺そうとしていました。ですがそう考えると不思議なことが一つあります。なゆちゃんは凶器になるようなものを何も持っていなかったのです。鈍器も、刃物も、ロープだってあったでしょう。素手で出来る殺害方法はかなり限られています。じゃあ、どうして何も持たずなゆちゃんはのこのことやってきたのか」


 そう語る有理の声はまっすぐ僕へと浸透する。その目に吸い込まれそうになり、その動作に注視させられ、何もないところに僕と有理だけがいるような錯覚を起こす。


「なゆちゃんは知らなかったのです。どうしたら人が殺せるのか。人を殺すにはどんな残酷な方法があるのか。なゆちゃんは何も知らなかった。知らなくてすんだ。それは何をされても死なず、意志のみで人を死に至らしめる亜斗さん、あなただけを見てきたからなのです」


 そう語る有理の表情は、まるで小さな子に笑いかけるように優しかった。


 僕がもしも死なないだけだったなら。

 相手を殺すのに何かを使っていただろうか。直接手を下し、ものによっては血のついた凶器を処理していただろうか。

 そんな様子をなゆたが見ていたなら、なゆたは間違いなく人を殺すことが出来る人間になっていただろう。


 けれど僕は僕だった。だからこそ、なゆたには誰も殺せない。僕のような命の奪い方が出来る人間は、僕以外に存在しないのだから。

 ――憑き物が落ちたような気分になった。


「げほっ」


 溜まっていた空気を絞り出すような声で現実に引き戻される。


「お目覚めですか? ちょうど良かったのです」


 細雪は眩しそうに顔を歪めている。

 辺りを見回し、自分の姿を見てから、彼女はようやく自分の置かれている状況を理解したみたいだ。


「さて、色々と教えて欲しいんだけど」


 ひとまず優しく声をかけてみる。

 けれど彼女は悔しそうに唇を噛みしめるだけで、何も答えそうにない。

 拒んでも理解してしまう。彼女はクロか。

 全ては僕らの勘違いで見当違いな推理をしてしまっていただけだ、なんて わらにもすがるように思っていたけれど、それも否定されてしまった。


「ねえ、細雪――」


 呼びかけようとして、異変に気づく。

 彼女の口角が、僕らを嘲笑するように上がっている。


「未だに私の事を妹だと思っているんですね。にいさん――ああ、お人好しなにいさん」


 くっくっく、と押し殺すような笑いだけがこだまする。

 ねえ、にいさん。と噛んで含めるように細雪は言う。


「言ってしまえば私は単身潜入したスパイです。それが敵側に捕らえられている今。スパイがすべきことは何だと思いますか?」


 スパイ映画はあまり見たことがないけれど……そう、例えば――


「そう、あの人達は私を処理するでしょう」


 まさか。

 細雪の甲高い笑い声が響く。

 爆発? 炎上? 何が起こるか知らないけれど、今すぐ逃げなきゃ――


「ああ、それならもう作動しないわよ」


 その笑い声を裂くように、凛とした声が部屋に飛び込んできた。

 見ると、部屋の入り口にもたれるようにまといが立っている。言い終わるなり、なゆたを連れてずかずかと近づいてくる。

 細雪の顔には絶望と困惑が、僕にも同じくらい困惑が広がっていただろう。


「あんたに仕掛けられてたその、起爆装置? なにか知らないけど、ちょっと細工させてもらったから、もう何にも起こらないわよ」


 吐き捨てるようにまといは言う。


「そうです。有理が見つけたのです」


 眼鏡を押し上げ、有理は続ける。


「有理ってば有能ですから、体型や筋肉量と体重が明らかに噛み合っていなかったのに気づきまして、ちょちょっと調べさせてもらったのです」


 先ほど彼女を縛るときに、色々調べるから身包みを剥がす、と部屋を出て行かされたので、その時に細工したのだろう。


「亜斗のことは調べたんでしょうけど、あたし達のことはちゃんと調べなかったの? そんなおもちゃくらいすぐ見破れるわよ」


 まといのパイロキネシスは周囲の電磁場を操作することで起こるものだ。ちょっとした機械を壊すくらい造作もないことだろう。

 にしても、彼女の所属する組織は本当に彼女を消そうとしたのか。


「あ、ごめんなさい。亜斗さんには言ってなかったです。というか、隠しきれるなら隠しておこうとも思っていたんですけど」


 絶対亜斗さん怒りますし、と目をそらしながら有理は言った。

 さすが長年連れ添っただけあって、()()()()()()()()()()()

 二人ともそれを察したみたいで、細雪と僕から少し離れる。


 見ると、細雪はこちらを睨み付けながら涙を流していた。

 悔し涙か、それとも……なんだろう。

 彼女はここで死にたかったのだろうか。

 組織のために命を落とす。それが理想の死に方だったのだろうか。


 けれど、彼女の前に手をかざすと一転、表情に怯えが浮かんだ。

 そのまま手を顔に近づけていく。堪えきれず、彼女は目を瞑ってしまった。


 まさか、殺すわけがないのに。

 代わりに、彼女の頬に手を触れた。

 うん、柔らかい。


「な、なにを」


 戸惑う彼女の頬をなおも触り続ける。

 ここで本当に死にたいのなら止めはしない。

 だけど、まあ。


「よし、逃げてもいいよ」


ひとしきり触ってから、僕は切り出した。


「……え?」


 その表情にさらに戸惑いが追加される。ころころ変わる表情は見ていて愉快な気持ちになった。

 なおも彼女は不思議そうに外される鎖を見ている。まとい達は呆れたような、それでも少し優しさを感じる表情で、同じくそれを見ていた。

 外し終わってから、もう一度彼女に向かって言う。


「さて、十二分にほっぺたを触らせてもらったことだし、こちらの目的は達成された。ごちそうさまです」


 半分は嘘である。もう半分は秘密。


「何を考えてる……ん、ですか」


 僕らから距離を取って、いぶかしげに彼女は言った。

 それに僕は無言で答える。


「その、知りませんからね」


 そのまま背を向け、彼女は脱兎の如く逃げ出した。

 ここには何も残っていない。

 残っているものと言えば、僕の手のひらにある彼女の頬の感触くらいだった。


「こっちに来たら燃やすから」


 その後、なゆたの頬と有理の頬を触り比べていると、まといに睨み付けられた。

 まといの頬を触り倒す事を今後の目標にしよう、そう思った。

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