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宴は終焉

作者: 星宮 月途


――君、名前が無いの?


――じゃあ、僕が付けてあげるよ。


――人に名前を付けるなんて事、僕に責任が取れるかな。


――そうだね。今日から君は――。


嬉しい。大事にする。

アナタから貰った最初のプレゼント。

一番大きなプレゼント。




――君は――――だから。


――さようなら。


待って、待って。

行かないで。

置いて逝かないで。

どうして。

なんで。

いや、いやだ、独りはいや。



 それは、誰の記憶?




 わらわは、妖狐。


 誉れ高き、誇り高き妖狐。


 化かすが本業、逃げるは脱兎の如く。


 わらわは、人間を謀るモノ。


 わらわは、秘書。


 アノ御方の……秘書。


 わらわは、庭番。


 わらわは、怠惰を授かったモノ。



 知らぬ……。


 知らぬ……、知らぬ……、知らぬ。


 知らぬ!


 わらわは、怠惰な性分上……自ら面倒事に手を染めはせぬ。


 わらわは、禁術を犯してはおらぬ……。


 わらわは……。


 わらわは……。


 わらわは、悪名高き九尾狐……。


 万在る名の内、本当の名など誰も知らぬ。


 わらわさえも、本当の名は知らぬ。


 あやつに付けて貰った名も……。


 道化に付けて貰った名も……。


 邪神に呼ばれた名も……。



 わらわは、知らぬ……。



 あの御方から授かった真名を……罪深きわらわは、もう思い出すことも赦されぬのじゃ……。



「もはや、この屋敷には誰も来ぬか……」

「淋しくなど無い、この様な孤独に苛まれる夜など慣れて居る」

「誰も……来ぬな……」

「みな、みな、周りから消えていく……」

「わらわの業の積み重ねが……今、我が身を滅ぼして居るのか?」

「過去は過誤に。一度の解れが、災苦となる」

「嫌じゃ」

「独りはいやじゃ」

「独りは嫌いなのじゃ」


「寒い」


「昏い」


「恐い」


「もう嫌じゃ」

「独りは……」

「年寄りの噺など、誰も聞きたがらぬからな」

「総てまやかし」

「わらわが、哀れなわらわ自身に見せた、幻術」

「憐れじゃな」

「見苦しゅうて適わぬな」

「判っておる」

「解っておる」

「分かっておる」

「罪深き穢れに堕ちたこの(あやかし)風情如き」

「よもや、この現代に住まう場所など無い」

「許せ……」

「赦せ……」

「どうか、わらわを……赦せ」


 月夜の晩、或る屋敷では一人気怠げな少女が絢爛豪華な椅子に腰掛けていた。書き綴る手を止めてしまった、哀れな少女。虚ろな眼に小さな嘯きを口にし、独り孤独と涙する。

 最早、用無しの彼女を掬う者は居らず。

 早き時の流れに置いて往かれる事に怯え、ならば友など作らぬと決めた日も朧気になりつつあった。

 その怠惰な少女の正体は妖狐。

 傲慢で貪婪で高慢知己な傲り高ぶった身勝手な想いは我心を灼き、やがて、全てに見飽きたと……興味が失せたかのようにただただ怠惰になっていった、妖狐。


 名前など無い、妖狐。

 過去の栄光に縋る、妖狐。

 怠惰を究めた、妖狐。

 孤独を畏怖する、妖狐。

 たった独りの妖狐。

 死を求め彷徨う妖狐。

 死にたがりの妖狐。


 もう、誰も彼女を妖狐様と呼ぶ者は居らず……その存在すら知らないのだろう。


 この世界は、平和と呼ぶには些か難しく……事勿れと謳う妖達には住み難い世界となっていた。

 〝妖狐様〟とは、あくまでも八百万の名の肩書きに過ぎない、何時しか周りが勝手にそう呼んで居ただけなのだ。

 空を見つめていた少女は、やがて一冊の本を取り出して開いた。


 その本は――。



 過去、禁術を侵した女が居た。白銀の髪を靡かせ飄々とした、艶やかな髪が際立つような紺色の着物を身に纏う女。今まで、人間と友好的であり、禁術や他の呪術などに手も出さなかった、その女は禁術の代償として、その心と感情の半分を喪った。


 女は会いたい人に会うために、悠久の時を瞬きする間の如く一瞬に変えてしまうその禁術を……禁術と知りながら、使用した。ただ一人のための一途な片想いから。時を早めると言うことは、元来在るべき寿命をも縮めてしまう。世に生きる全ての生物は、急に体にのし掛かる疲労と過ぎ行く時の速さに倒れていった。ヒトの中の時間をも操作する禁術。

 勿論、女が会いたいと願った人をも疲労に堪えきれず遂に床に伏してしまった。それを女が知る由もなかった。寧ろ、女の願いはソレだったのかもしれない。そうすれば、女が求める人は誰にも取られず、何にも囚われないからだろうか。


 一日が一時間で終わってしまうような、その間隔に誰もが酔った事だろう。誰もが床に伏して目を覚まさなくなっただろう。

 それはまるで、竜宮城と地上の時の流れの違いのようだった。竜宮城での三日は、地上で三年のように。


 到頭、女が恋慕を抱いた男は安らかに眠った。見た目は若いが、中の歳月は人間として老人と言っていいくらい歳を取っていたのだから。

 最初こそ悲しんでいた女だったが、元より人間と相容れぬ者故かこれは仕方のないことだと、次の標的を探しに行った。

 奪い取った人間の歳月は女の寿命を延ばす事になり、斯うして女は悠久の時を生き長らえてしまう程の時間を手に入れた。


 その酔狂な遊びは、女の棲む世界で直ぐに発覚し問題となった。


 〝大逆者であるあの女を始末しろ〟と。



 そうして、幾多の村が寂滅びていった。

 そうして、数多の人が喪われていった。


 女は、ただただ嗤うのみ。

 自分が〝大逆者〟等という異名を付けられ、逐われていることを知りはしなかった。

 これまで何度となく、女を狙った暗殺者や(カミ)の遣い達も全て、女に近づくだけでその体内の時間を吸い取られてしまった。

 女を始末するなど無理に等しかった。



 そして、女に生えるその尾が九つに割れるまで、時は過ぎ、女の周りには新たな文明が発展していった。

 出来た国が〝傳時ノ(リメタトランブル)〟と〝絃似ノ(アルガストランタ)〟だった。


 女は住処であった森から逐われていたので、絃似ノ國に新しく屋敷を建てた。

 傳時ノ邦への行き来が可能になれば、傳時ノ邦へ赴き色々な人物に成り、仕事を探していた。


 女は最早、女自体が詛いを纏っていた。

 禁術を犯した代償には丁度佳かったのかも知れない。


 女が訪れた村は寂ていった。

 女が訪れた家は倒壊していった。


 斯うして、女の周りに人は居なくなった。

 女は独りを嫌った。常に誰かの傍にありたいと願った。


 幾つ家は倒壊しただろうか。

 幾つ村は寂ていっただろうか。


 総ては女の自己満足が為に、犠牲になっていった。犠牲になった者を悲しむ者は居ただろうか、傳時ノ邦は薄情な国だった。

 住人が住人皆、自分にさえ被害が及ばなければ其れで佳いと友人さえも切り捨てていった。


 被害の殆どは傳時ノ邦。女が住み寝るだけに帰ってくる、絃似ノ國ではあまりそう言った害は無かったのだろう。女はほぼ居ないのだから。


 女は傳時ノ邦も周り尽くし、(いや)、傳時ノ邦の中の仕事を受け持つその地区に飽きてきたのだろう。

 気紛れな女はただただ気怠げに、彷徨うようになった。彼方此方の家を窓から覗いては、和気藹々とした雰囲気に息を詰まらせ逃げていった。

 傳時ノ邦の別の地区へと足を伸ばそうか考えていた、そんなある日。傳時ノ邦の角に見つけたのだ。


 あの白夜の城を――。




――パタン。


 少女は、開いていた本を閉じた。分厚いその本の表紙には、ただ一言〝デンキ〟とだけ書いてあった。


 伝奇。

 伝記。

 電気。

 電機。

 電器。


 何の、どの、デンキかは判らないが、少女自身のデンキなのかも知れない。

 少女は日常を物語として書くのが好きだから。


 少女は本を机に置き、窓の外を見上げた。先程と変わらない、夜空、闇を照らす満月と瞬く星々。

 曇のない月が羨ましいと、少女は呟いた。自分は穢れに汚れているからなのか、はたまた別の感情なのかは判らない。


 ただ一言少女は羨望を口にしただけだったから。


 闇を照らす満月。月の化身、(ルー)。その本名こそ知る者は少ないが、(ルー)自体有名なので面識の有る者は多いだろう。

 彼は……彼女は今何処で、何を想い何をしているだろうか。

 真っ直ぐな眼差しで、興味津々と少女の噺を読み手として密かに観ていた(ルー)


 読み手と言えば、道化だ。棘の道化。彼は噺を語る身であり、読み手でもあった。

 彼の歪んだ噺は魅力的で少女も好きだった。


 今は、その内の誰も少女の元には来ない。


 各々が目的を持って動ける事が、少女には羨ましかったのだろう。


 怠惰で傲慢なその少女は、自らの行いで孤立していることを知らない。


 少女の住まう鏡の屋敷には鏡越しに他の少女が居るから、独りではないと言う。


 それは本当に〝少女〟なのか?


 そう問う者は居ない。絃似ノ國にはもう少女しか居ないのだから。




アナタに会いたい。

最初に名付けてくれたアナタに。

ねぇ、辛いよね。

ああ、永い眠りね。あれから何年経った?

アナタが最後笑ってくれたのはいつ?

思い出せないくらい遠い昔の話。

目を覚まさないのね。

どんな夢を見ているの?

他に良い(ひと)でも見つかったの?


アナタだけが永い眠りに就くのは不平等だわ。


だから、この村に。


いいえ、この国に。


GiFTをあげる。


アナタがくれた一番大きなプレゼントのように。


最大級の御礼を、この国の人にも。



 それは、妖狐の記憶。

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