壱話 青年は竜を狩る
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小さな少年が一人、森の中を走っていた。
その少年の表情は青く、まるで何かを恐れ逃げているようだ。
「はぁはぁ……逃げなきゃ、早く逃げなきゃ!」
少年の後方からは、何かの足音と木が倒れる音が徐々に近づいてきている。その足音はゆっくりだが、地面が揺れる程で、姿が見えなくとも凄まじい存在感を漂わせている。
少年は振り返る隙もなく、森の中を闇雲に駆けていた。
しかし、逃げても逃げても距離が遠くなることはなく、離れたい気持ちとは反対に差が徐々に縮まっていた。
「うわっ!」
少年は、木の根元に躓き転んでしまった。
そして、追いつかれた。
それは、顔を木々から覗かせており、固い鱗で覆われ、大きな身体に鋭い牙を持つ。何者も寄せ付けない存在感を放ち、近づいた者を補食する。
『……グラゥォォォォォ!』
____「竜」と呼ばれる生き物だった。
◇
少年は恐怖に襲われていた。理由は明白で、竜が目と鼻の先で口を開け自分を喰らおうとしているからだ。
少年は逃げようとしているが、転んだことにより足首を痛めてしまった。それだけでなく、身体が恐怖で全く動こうとしないのだ。
少年は死を覚悟する……。
(父さん、母さん……ごめんなさい。言いつけを守ってればこんなことにはならなかったのに。オレのせいで兄ちゃんも……)
後悔はもう遅い。少年の兄は竜に喰われてしまった。喰われている所に少年が出くわしてしまったのだ。
そして、少年は竜に噛みつかれた____筈だった。
しかし、噛みつこうとした瞬間何者かによって、竜は突き飛ばされてしまった。
「間一髪とはこの事か……。少年よ、ついでに助けてやる」
少年の目の前には、青年が一人立っていた。茶髪に、赤い瞳、鋭い目付き、長身で、手には鋼の輝きを保ちながらも紅く染まる大剣を持っている。
その目は、竜を睨み付けており、とてつもない殺気を放っているのが少年でも感じられた。
そして、少年にはこの青年が何者なのか心当たりがあった。
それは、この世界に存在する竜を己の理由でのみ狩り、生きる理由とする者達。
「竜狩り……?」
____「竜狩り」と呼ばれる者だった。
その名の通り『竜狩り』とは、竜を狩る者達のことだ。
人を助ける為に狩る者、強さを追い求める者、名誉が欲しい者など理由は様々だが、竜狩りとなる者は決して竜を恐れることはない。
そう、一言で例えるなら……「変わり種」が多いのだ。
先程、少年を襲おうとした竜のいた場所には、代わりに一人の青年が武器を構えて立っていた。
青年の構えている大剣によって竜は突き飛ばされたらしい。
「竜狩り……?」
「嗚呼、俺は竜狩りだ。組合からの依頼で竜を殺しに来たんだが、少年は運が良かったな」
組合とは、竜狩り達が所属する組織である。
所属するのにも試験や面接等があり、だいたいの者は面接で落とされてしまう。だが、受かるのに面接の上手い下手は関係ない。
一部の者しか組合でも知らないが、その人の本質を覗き視る為だけに面接は行われているからだ。
「地竜アスガルか……強さはレベル肆で、中の下ってとこか」
レベルとは、組合で測定された種類別の強さで、壱から拾まである。
しかし、極稀に壱の竜でありながら参の強さを持つという場合もある。その場合は、適切だと判断された者に組合から「指名依頼」が出される。
指命依頼は、基本的に強制で、事情がある場合には代理を探さなければいけない。放棄した場合は、一回目は見逃されるが二回目以降は免許剥奪に加え、罰金もしくは牢屋に投獄される。
『グォォォゥ!』
竜は、始めは何が起きたのか理解出来なかったが、自分が喰らおうとした少年の前に立つ青年が、自分に武器を向けていることにより即座に戦闘体勢へと入っていた。理解するより先に、敵だと本能的に判断したのだろう。
そして、竜は次の瞬間には、青年に襲いかかってきた。青年は、少年の方に竜の意識がいかないようにと殺気を放ち、自分に敵意を集中させていた。
襲いかかられた青年は、大剣で受け止め、少年に少し離れているように告げた。
「危ないから離れてろ。このままじゃ少年まで巻き込むぞ」
「わ、分かりました!」
少年が離れたのを確認すると、大剣で押さえていた竜を突き放し、再び武器を構えた。青年が使用している大剣には、上位竜の鱗、血、核が使われており、中位程度の竜の攻撃ならば簡単に防げてしまう。
一般的には、「竜剣」と呼ばれており、ある程度の強さになれば普通に手に届く。竜剣にも種類があり、炎を纏う物、風の弾丸を放つもの等があり、魔法であると言う者がいれば、科学だと言う者もいる。
「さてと、お前はどんな声で泣き叫ぶかな……(※主人公です)」
『グルルゥ……』
この物語の主人公である青年の問題発言は置いておくとして、竜は再び突き放されたことにより警戒をより高めていた。
しかし、警戒し続けることに堪えきれず、青年に鋭い爪で切りかかろうとした。だが、青年にその攻撃は当たることはなく、青年の武器によって逆に前足を一本切り落とされてしまった。
『グォォォォォ!?』
この地竜は、四足歩行が基本の為、右腕を失ったことによりバランスを崩し地面に倒れてしまった。
青年がその隙を見逃す筈もなく、大剣を竜の心臓に突き刺した。
『グォォン!』
「んー、……いまいちな鳴き声だったな。少年、もう大丈夫だから安心していいぞ」
少年に近づこうと声を掛けたのだが……。
泣き叫ぶ竜の心臓に、剣を笑いながら突き刺し、返り血だらけになった青年を見た少年は、ショックにより気絶していた。それに加え、少年の下半身は水浸しになっていた。
◇
「んんっ……あれ、ここは?」
少年が目を覚ますと目の前には、竜の肉を焚き火で焼く青年が座っていた。竜の肉は、栄養価も高いので竜狩りだけではなく、一般の人たちにも高い人気を誇っている。
草食竜などの肉も、豚や牛に比べて多く捕れて味もいいので、竜狩りに成り立ての者はそれで生計を立てている。
「少年も食べるか? 竜の肉は上手いぞ。俺は料理がそこまで得意って訳じゃないが、肉は焼けば大体美味くなる」
「い、いえ大丈夫で「キュゥ~」す……。やっぱり、食べます……」
少年は遠慮して断ろうとしたが、身体は気持ちに反して正直だったようで、可愛らしい音がお腹から聞こえた。竜に襲われたので、お昼から何も食べていなかったのが原因だった。
少年は、骨付きの肉を受けとると空腹だったこともあり勢いよく噛みついた。
「お、美味しい! 美味しいです、これ!」
匂いからしても分かっていたが、食べるのが止まらなくなる位美味しかった。噛めば肉汁が溢れだし、旨味が詰まった柔らかい肉、味付けが要らない位の肉の味が口の中に広がった。
そして、人の頭ほどの大きさの肉を、あっという間に食べきってしまった。
「嗚呼、旨いだろ。これは新鮮なのに加え、中位の強さだからな。そこらで売ってる安い肉なんかとは比べ物にならない位の旨さだぞ」
その後も食べ続け、食べ終わってから確認すると竜の肉はほとんど食べ尽くしていた。まあ、九割は青年が食べていたのだが。
「あ、今更ですけど。オレの名前はアレクって言います。助けてくれてありがとうございました、それとさっきはすみませんでした……」
「俺は、イゼルだ。見ての通り竜狩りとして生きてる。さっきのことは気にするな。それで大丈夫だったか、お前以外に襲われた奴は?」
「オレは足を少し痛めた程度です。で、でも兄ちゃんが……」
少年の兄は竜に喰われてしまった。
しかし、自分が助かっただけでも運が良かったのかもしれない。中位の竜に出会えば普通ならば命はない。
竜は、五感全てが他の生物とは比べ物にならない位に優れており、見つかってしまえば助かることは出来ないと言われている。少年が助かったのは、竜狩りであるイゼルと出会えたこともあるが、偶々足の遅い地竜が相手だったからだ。
「そうか……元気を出せとは言わない、無理に前に進めとも言わない、だが一つだけ言わせてもらう」
「は、はい。何ですか……?」
「……この事は忘れるな。人は時が経つに連れて、過去のことを忘れていく。思いだそうと考えれば思い出せることもあるが、思い出すことすら忘れていくこともある」
イゼルは、少年の出来事に自分の過去を重ねた。だからこそ少年に忘れるなと告げたのだ。
人は、幼い頃の記憶ほど成長していくに連れて忘れていく。それはどんな人でも同じだろう。絶対に忘れないと思っていても十年、二十年と経つと自然に忘れてしまう。
自分のことだけなら構わない。しかし、誰かの死を忘れてしまうのは悲しいことだ。それに、死んだ人のことを最後まで覚えているのは家族だった者。
なら尚更忘れてはならない、何故なら自分が覚えているだけでもその人が居たという証しになるからだ。
「は、はい! 絶対に忘れません。兄ちゃんが居たことを誰も覚えてないなんて嫌だから!」
「嗚呼、どんなに辛かったことでも忘れちゃいけないんだ……」
この先も少年が兄のことを忘れないかは、イゼルにも分からなかった。この世界には物事を遺しておく方法は人が伝え続ける位しかない。
だからこそ、誰か一人でも覚えていれば、その人がまた他の人へと伝えることが出来る。
「それじゃあ、夜も遅いし寝ろよ。明日になったら少年を村まで送ってやる」
「うん、分かった! 助けてくれて本当にありがとう、イゼルさん!」
その夜、イゼルは夜行性の竜に警戒しなくてはならないので、一晩中起きていた。
それに、少年との会話で自分の過去を思い出してしまったからだ。
「(兄を喰われたか……やはり竜は大切なものを奪っていく。みんな、師匠……)」
イゼルの過去に何があったのかは、まだ分からない。
だが、物語が進むにつれて明らかになっていくであろう。
そして、この物語はイゼルという青年と竜狩り達の物語である。
◇
次の日、イゼルは少年を村に送り届けると、直ぐに村から立ち去ってしまった。そして、その少年はある想いを抱き始めていた。
「父さん、母さん……オレもイゼルさんみたいに竜狩りになれるかな」
この少年の物語もあるかもしれない。
だけど、その物語はまた別のところで……。