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お星様に願う

その時、私は不思議と涙を流さなかった。


あらかじめ予想していたことで、大して驚かなかったからかもしれない。


もしそうならば、私も共犯者なのだろうか。


それを知っていたが、誰にも言わなかった。


きっと私は共犯者だろう。


泣き叫ぶクラスメイトや先生、嘔吐している子もいる。


その中で私は、静かに二人を見つめていただけだった。




新しい高校は、六階建てのビルの中にあった。


高校といっても、通信制の高校だから、校庭や音楽室などはない。


前の高校は、地元ではとても有名な進学校で、制服を見たら誰もがわかるようだった。


私は、レベルをずっと下げてまで、転校を決断した。


ビルに入ると、スーツを着た若い男性に案内され、二階の受付に行った。


その際に乗ったエレベーターは古くて、このまま閉じ込められるのではないかと心配になるくらいだった。


受付は職員室と兼用らしく、先生と思われる人たちが座っている。


さっきの男性は受付に声をかけると、古ぼけたエレベーターで下へ戻ってしまった。


戻る時に、少し待っていてねと言われたから、壁に貼られているポスターを眺めていた。


しばらくして、ふと声をかけられた。


「君が理佐ちゃんかな。君の担任になった冴島です。今日からよろしく。」


さっきの男性よりは年上に見えるが、これまた若い男性だ。


私の担任と言っていた。


「はい。井上理佐です。冴島先生、よろしくお願いします。」


丁寧にお辞儀をして挨拶すると、冴島先生は驚いた顔をした。


私は不思議に思い、どうしたのかと尋ねた。


しかし、先生は優しい顔で、なんでもないよ、と笑った。


きっとすぐにわかる、と。


冴島先生が私を応接間に通してくれて、この高校のことを軽く説明してくれた。


通信制だからレポートを提出すること、無理をして毎日学校に来る必要はないこと。


ここに転校するくらいだから、皆なにかしら事情があって来たということだろう。


ロビーにいた生徒やすれ違う生徒を見ると、金髪の子やピアスを開けている子など様々だ。


前の高校はもちろん高速が厳しかったため、私はこのような景色に見慣れていない。


それに、私はこういう人たちがに嫌いだ。


大体、こういう人たちは頭が悪い。


冴島先生に連れられて、二人で教室に向かった。


そこは、ホワイトボートが前に二つ置いてあり、あとは机と椅子がたくさん並べてある簡易的な教室だ。


教室には、大人しく座り読書をしている子、ピンクや緑や黄色に髪を染めている子、化粧をしている子、ゲームをしている子など個性溢れる生徒がたくさんいる。


私は顔をひきつらせないように気をつけて、一番後ろの席に座った。


冴島先生は教室の前に行って、出席を取り始めた。


先生が話しているのに、彼らは自分の行動をやめない。


先生は転校生である私のことも紹介してくれた。


それを聞いた彼らは一斉に振り向いて、私のことを見た。


どんなことを思われているのか気になるが、すぐさま前を向いて各々の行動をまた始めた。


午前中に授業は終わり、午後は任意で残ったり部活動をしたりするそうだ。


チャイムがなって、皆は帰り支度をし始めた。


私は初日で、友だちがいないため少し心細かった。


かと言って、色とりどりな頭をした人たちとあまり関わりたくもなかったから、帰り支度をしていた。


「ねえ、君名前なんていうの。転校してきたんだ。この時期に珍しい。」


ふいに声をかけられ、顔をあげると、明るいブラウンの髪に青のメッシュを入れている男の子がいた。


「井上理佐です。」


私は驚いたため、名前を伝えるのがやっとだった。


「俺は若林翔。よろしく。」


私は俯いて小さな声で、よろしく、と返した。


「このあと、暇?俺、部活やってるんだけど、一緒に来ない?友だちも出来ると思うしさ。」


私は断る理由もなく、若林君についていった。


しかし、私は彼と出会ったばかりであまり信用していないため、警戒しながら彼の後ろを歩いた。


私たちはエレベーターで最上階の六階へ上がった。


歩いている間に少し話をした。


彼は高一の十月に転校してきたそうだ。


その時期は後期の受け入れで何人か転校してきた同期がいるらしい。


今は高二の六月で、中途半端なため、私と一緒に転校してきた人はいない。


部活は、軽音楽部といって、つまりバンドを組んで練習したり、公演したりしているそうだ。


彼も転校してきたばかりは友だちづくりに苦労したから、私を誘ってくれたらしい。


見かけは私の嫌いなタイプだが、優しいな、と感動してしまった。


軽音楽部は六階の第三教室を借りて活動しているようだ。


教室に入ると、四人くらいの生徒がいた。


若林君は皆を集めて、私の紹介をした。


皆もそれぞれ自己紹介をしてくれた。


若林君は部長だと、1年生の女の子が教えてくれた。


彼女の提案で、私に歓迎公演をしてくれるということになった。


まだ入るとも入らないとも言っていないのに、歓迎されるのは恐縮だったが、ありがたく聴くことにした。


皆も若林君のような派手な見た目だ。


さっそく公演が始まった。


有名なバンドの曲を弾いてくれた。


若林君はギターを弾いていて、少し格好よく見えた。


ボーカルは、さっきの女の子で早紀ちゃんというそうだ。


私はバンドにあまり興味がなかったから、上手いか下手かはわからなかった。


でも、曲を聴いていたら色々と考え始めてしまった。


私がこの高校に転校した理由は誰にも言えない。


前の高校で起きたことや、家のことはこれからも言うつもりはない。


それは私だけではなくて、目の前で演奏している彼らひとりひとりも、なにかしら大きなことを抱えているように見えた。


実際はどうだか知らない。


ただ、前の学校が嫌でここに来た子もいるかもしれない。


でも、そんなことは今はどうでもいい。


私の嫌いな見た目の子たちは、私の望むものをもっているように見えた。


それぞれの過去は関係なく、ここでは仲間と一緒に生きていけるような気がした。


私の罪は消えないけれども、ここでなら罪に向き合っていける気がした。


そう思っていたら、私はいつしか涙を流していた。


あの時は泣けなかったのに、どうして今なのかはわからない。


皆は演奏に夢中だったが、私が泣いているのに気づいて、演奏をやめ、かけつけてきてくれた。


大丈夫?どうしたの?


皆に声をかけられて余計に涙が出てきた。




しばらくして、私は泣きやんだ勢いで、入部します、なんて柄にもなく大声で言った。


すると、皆笑顔で、よろしくねと言ってくれた。


そこで今日の部活動はお開きになり帰ることになった。


若林君とは駅まで一緒に帰ることになった。


途中で、


「井上さんも色々あったんだな。でも、大丈夫。困ったらあいつらとか俺が力になれると思うから、なんでも言って。」


と、若林君に言われた。


井上さんもってことは、若林君たちも何かあったのだろうか。


聞きたいことは色々あったが、きっといつか聞けるかもしれない。


そして、いつか私の話も聞いてもらえたらどんなに楽になるか。


そんなことを考えていたら、若林君は急に立ち止まった。


「理佐って呼んでいい?俺のことも翔って呼んでよ。」


少し照れたような顔で言われたから、こっちまで照れてきて、思ったより大声で、いいよ、と言ってしまった。


そしたら翔は嬉しそうに笑って、


「またな、理佐」


と言って、走って駅の中に入っていった。


駅についていたことに気づかなかった私は、しばらく呆然としていた。


でも、さっきの翔の笑顔が見た目に似合わずとても可愛くて、思わず笑ってしまった。


今日は私の人生のスタートのように感じた。


家に帰ってから、いつもの光景に呆れながらも、不思議と苦しく感じなかった。


明日になれば、翔たちにまた会える。


部屋の窓から見えるお星様に、ちっぽけな私の願いを聞いてもらってから寝ることにしよう。


おやすみ、また明日。

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