抱き枕はお仕事です。
まんまなタイトルです。
思いついたネタを息抜きで書きました。
他の連載がスランプです。
輪廻転生って、信じてはいなかったけれど、私はその輪にしっかりと乗ったらしい。
ラノベとかで、神様に会って転生、みたいな話をよく見たけど、そんなドラマはなかった。
うん、本当に気付いたら、次の人生でした。
そう。人ではあった。
でも、前世では普通の日本人だった私は――。
「幽閉されてるんだよねぇ」
口に出してみたけど、反応する人はいない。
基本的に、私が住んでいる場所は、誰も来ない。
唯一の外への出口は、玄関というか、一階の入り口だが、滅多に開く事はなく食事とか、生活用品だけが搬入口的な部分から来るだけ。
たまに、メイドさんが来てくれて、髪とか整えてくれるけど、何も話してはくれない。
私がどれだけ話しかけても。
ちなみに、私の住み処なこの場所は、たぶん塔なんだと思う。
階段がくるくる回ってて、途中にいくつか部屋がある。生活するための施設も揃っているし、あまり建物の形状は気にした事はないけど。
どうせ、外には出られないから。
嵌め殺しだけど窓はある。おかげで暗くはない。
さすがに、そろそろ日が落ちてきて、薄暗くなったと思う頃、勝手に壁のランプに火が灯る。
そう勝手に。
電気とか機械仕掛けじゃない。
魔法。不可思議な力。
それが、ランプに火を灯す。
最初は驚いた。
意味もわからなかったけど、図書室的な部屋で、正解を見つけた。
それが魔法だ。
その他にも、この世界の成り立ちや、魔法の使い方。童話。冒険小説。色々な本が溢れていて、暇潰しにはちょうど良かったし。
「あ、今日のご飯あげなきゃ」
ポツリと洩らしながら、私が向かうのは、私の部屋として使っている塔の天辺にある部屋。
ここには、唯一この建物内で開く窓がある。
この高さなら逃げ出すことも叶わないから、開くんだと思う。
飛び降りたら、ひき肉な未来しか見えない高さだ。
私が窓を開けると、すぐに数羽の鳥が寄って来るので、私は用意していたご飯をあげる。
ピンクとか真っ青とか、何か燃えてたりとか、尻尾が虹色だったりとか、ちっちゃなトカゲだったりとか、色んな鳥(?)が来ていて、癒される。
みんなたくさん食べるから、ご飯は朝夕二回だ。
最初は私のご飯を減らしてあげてたんだけど、ある時から急にご飯の量が増えて、みんなにあげる分が確保出来るようになって嬉しい。
けど、なんで急にご飯の量が増えたんだろう?
お腹鳴ったの、聞かれたんだろうか。
だとしたら、恥ずかしすぎる。
で、魔法のランプと、さっきの鳥達を見たらわかるだろうけど、ここは地球じゃない。
いわゆる異世界って、やつなんだと思う。
まぁ、私が見られるのは、この窓から見える、小さな切り取られた世界だけ。
あとは、もうすぐ来るだろう旦那様だけが、私の小さな世界の全て。
ずっと繰り返されている、私の小さな世界だ。
●
夕食を終え、きちんとお風呂を済ませた私は、今日も彼の人の来訪を待ちわびる。
私の旦那様だ。
初対面の時に、本人がそう名乗った。
幽閉されていて、目の前にはそう名乗る人物。
前世で重ねた年の分、少しだけ大人びていた私は、事態をすぐに把握した。
私は今生では、とても小さな小国――ミナアの王女だったから。
ほとんどの領土が大自然で、王族といっても、ちょっと偉い人ぐらいな感じの、あたたかく優しい国だった。
でも、ミナアはもうない。
豊富な資源に目をつけた隣国――ドーラに滅ばされた。
私は父母から、先に逃げろと馬車で逃がされたのだけど、結局捕まってしまい、気付いた時にはここに幽閉されていた。
旦那様は、きっとドーラの将軍か何かで、王女である私を与えられたかしたんだろう。
正確には、押し付けられたのかもしれない。
毎夜訪れる旦那様は、私に指一本触れることなく、私が寝ているのを確認して、隣の部屋で眠るから。
きっとそうだ。旦那様は、寡黙だし、真面目そうだし、言い返せなくて、体よく厄介者を押しつけられたんだろう。
今日もベッドの中で旦那様を待ちながら、私は密やかに笑う。
どんな扱いをされても私は文句も言えないのに、旦那様の向けてくれる視線は、いつも優しく、何処か戸惑っているみたいで。
前世で見た、子猫を育てるライオンのビデオを思い出し、ほのぼのする。
もちろん、私が子猫で、旦那様がライオンだ。
この世界は15歳で成人だから、14歳な私は、もう子猫とは言い難いかもしるないけど。
そんなくだらない事を考えていると、聞き慣れた足音が階段を上ってくる。
私が寝たフリをしていると、静かにドアが開いて、近寄ってくる人の気配と視線を感じる。旦那様だ。
ベッドの脇には、ほのかな光を放つ丸い玉があるので、私の寝顔はちゃんと見えている、はず。
しばらくすると、旦那様の気配が離れていき、ドアが静かに閉められる。
さぁて、これからが、私の一番の大仕事だ。
今日も頑張ろう。
きっかけは、ある日の真夜中だった。
今みたいに旦那様の良さがわからなかった私は、怯えていて眠りも浅く、その日も目が覚めてしまった。
喉が乾いた私は、水差しの水を飲もうとして、空だと気付き、仕方がないので部屋を出る。
少し歩いた方が眠気も訪れるだろうと、スリッパでペタペタと階段を下りていく。
喉の乾きを潤した私が、部屋へ戻ろうとした時だった。
ドア越しだが、しっかりと聞こえてしまった、苦しそうな唸り声。
具合が悪いのかも、と思った私は、いてもたってもいられず、ドアを開けてしまう。
私の部屋とは違い、旦那様は寝に来るだけなので、部屋には最低限の家具しかなく、あの丸い玉もない。おかげっ真っ暗だ。
私は手探りで部屋の中を進むが、予想外にベッドは手前だった。
つまり、つまづいた。
結果、どうなったかというと、私はベッドへ上半身を乗り上げさせ、眠る旦那様の上へ覆い被さってしまう。
息を止めて旦那様の様子を窺うが、起きた気配はない。
闇に慣れてきた中で見えた寝顔は、起きている時より渋面だ。
旦那様の顔は整っているので、ちょっと勿体無い。いつか笑顔が見たい。
それより、もしかしたら、さっきの唸り声は、魘されていたのかもしれない。
昔、ミナアの母にしてもらったように、優しく旦那様の頭を撫でる。
前世での記憶を思い出してしまい、情緒不安定になった私を落ち着かせてくれた母の手を、思い出しながら。
今思い出しても、あの時の私は大胆過ぎたと思う。
旦那様が起きなくて、本当に良かった。
だけど、勇気を出して良かった。
唸り声はしなくなり、眉間の皺はなくなったから。それだけでも、勇気を出した甲斐はあった。
それから、旦那様がきちんと眠れてるか気になってしまい、真夜中の訪問は、私の日課になった。
最初は手を握るだけだったけど、旦那様が起きないから徐々に大胆になっていき……。
気付いた時には、今の体勢に落ち着いた。
「お邪魔します……」
小声で断りながら、私がもぐり込むのは、ベッドで眠る旦那様のお隣だ。
不思議な事に、立派な体格の旦那様は、体格に見合う大きなベッドで寝ているのだけど、何故かいつからか微妙に端へ寄って寝ている。
私としては、もぐり込むのに楽なので、願ったりかなったりで、気にしない事にした。
若干、バッチ来いって言われてる気もしないでもないが、気のせいだろう。
旦那様は眠りが深いらしく、どんなに触ろうが起きた事がないし。
今日も、ほら、起きない。
クスクスと小さく笑いながら、私は定位置となった旦那様のお隣へ落ち着く。
すると、旦那様は寒がりなのか、すぐに私を逞しい腕で引き寄せ、しっかりと抱き締められる。
まさに抱き枕。
旦那様の抱き枕。
これが、私の日課で、一番の仕事だ。
ぽかぽかとした旦那様の腕の中で眠り、私の朝の目覚めは最高だ。
旦那様は寝起きが悪いので、今のところ、朝抜け出しておけば、気付かれる様子はない。
あたたかな腕から抜け出し、外の空気の寒さに、私は小さく身震いする。
くしゅん、とくしゃみをしてしまい、慌てて旦那様を振り返るが、起きる気配はなく安堵の息を洩らす。
そう言えば、添い寝を始めたきっかけを、くしゃみで思い出した。
魘される旦那様を見守るようになって、しばらく経った頃の真夜中。
冬が迫り、暖房してあっても夜は冷える。
旦那様の手を握っていた私は、寒さから思わずくしゃみをしてしまった。
旦那様は起きることはなかったが、眠りが浅くなってしまったのか、寝ているとは思えない強い力で私の手を引っ張り、そのまま暖かなベッドへ引き込んだのだ。
そこで気付いた。
旦那様は抱き枕派だと!
で、それからは、旦那様の安眠のため、私は抱き枕になることにした。
効果は抜群なようで、旦那様の魘される回数は減ったと思う。
思い出せたきっかけの記憶に、私は密やかな笑い声を洩らし、起きる気配のない旦那様を振り返る。
「また明日」
面と向かっては挨拶も交わせないので、私は旦那様の寝顔へ向けて囁き、自分の部屋へと戻る。
今日も変わらない一日が始まる。
他の人から見たら不幸せかもしれないが、私はこの小さな世界が嫌いではない。
私から、自由と父母を奪った相手だけれど、優しい目をした寡黙な旦那様がいる、この小さな世界が。
だから、私は明日も、旦那様のお隣へもぐり込み、抱き枕というささやかな日課の仕事へ励もうと思う。
大好きな旦那様の安眠を、精一杯守るために。
ミアナには魔法使いがいなかったって方向で!
書き終わってから矛盾に気付いてしまいました(泣)
まぁ、流れに影響はないので、そのまま行きます。
私の書くヒロインは、大抵チョロいです。あと、無駄な包容力の高さが自慢です。