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ニューワールドイズマイン後編

第三章  己が問い



 1


 休暇を終えた俺は、夜だけでも自宅に帰るように生活リズムを変えていた。

 カナの手料理を食べて、他愛もない話をして、風呂に入って、共に眠りつく。しかし、俺はこれから熟睡とはいかない。カナが眠るのを見送ると、自宅から抜け出してトレーニング室に赴く日々が続いていた。

 そして、今日もまた木刀を振るう。

 情けないほど太刀筋がぶれている。理由は分かっている。常に頭の中に、払っては浮かんでくる疑問によって、心が乱されているためだ。

 今以上に、バグの足の本数が少なくなり性能が上がるのか。

 自分の力でカナを、ルミカを、守ることが出来るのか。

 リアの言う通り、さまざまな疑問が頭の迷路で堂々巡っている。まだ、俺の知りたい答えは何一つ見つからない。

 ただ一つ、確信していることを除いては……

 それは自分の死。

 確かな答えだ。

 いずれ、バグの前に力尽きるだろう。

 それはわかっている。だから、俺の命はどうでも良い。

 ただその時、カナは、ルミカは、どうなってしまうのか自己以外への不安が絶えなかった。そんな、俺の心の隙間を突くようにして、

『みんな死んでしまう。バグに殺されてしまう。今の君では、倒すことはできないよ』

 人影が、また表れた。

「お前はいったいなんなんだ!」

 俺の怒りは最高潮にさしかかっていた。

 ただでさえ、もやもやしているというのに。

「そんなこと分かってんだよ。だから、俺の前に現れないでくれ!」

 力が足りていないことなど、分かっている。人影が言うことが真実だということも。だからこそ、苛立つ。自分の非力さにムカつく。

『今の、君では何も彼女に与えられない』

 分かっている。分かっているさ。 

 カナから与えて貰ってばかりなのに……俺はただ、カナから奪うだけ奪って死んでしまうのか。

 カナとの幸せな時間を、カナの存在を、カナと共に歩んだ日々を、カナのぬくもりを、カナの手料理を、カナとの会話を、カナの笑顔を、瞼を閉じれば一言一句、一瞬一瞬を思い出せるのに、俺は何も返さずに死んでしまうのか。

『君がカナから奪ったんだ。家族を、友人を、全てを!』

 否定したかった。 

 でも、何も言えなかった。

『カナに出会わなければ良かったんだ! 君は――』

 人影が俺を見て、笑っていた。

 だからこそ、俺は何者なのか分かっている。

「俺は――疫病神だ」

 影を切り付けた。

 

 2


 適度に汗をかいたとしても、効果は無かった。

 結局、心に溜まっていく鬱屈が晴れるどころか、さらに深まっていくばかり。

 このままでは、ダメだと分かっている。だが、心を整える術が分からなかった。カナの本真を聞こうと考えたりもした。でも、カナに苦い顔をされたら。そう思うと、かえって自分の精神が崩れてしまいそうだ。

 重い呼吸をして、木刀を構えなおした時だった。

 後ろから気配を感じて、振り返るとリアが壁に体を預けて俺を見つめていた。相変わらず服はドレス。今度は淡いピンク色で、これまた至る所にバラが散りばめられていた。

「お主は、なぜ、カナに聞こうとしないのじゃ?」

 的確な発言に、体から汗がひいていく。

 リアは俺を訝しむように見て、

「わしには、お主がカナから逃げているようにしか見えないのじゃよ」

「え…………」

 どうして分かるの? と、続く言葉を口の中で殺した。

 リアはその気になれば、東部円状都市(エウロスサークル)内部の人の心が分かるのだから。

「太刀筋、太刀筋じゃよ。ものの見事にぶれておる。まるで心を映しているように」

「そ、そうなんだ」

「自分でも気づいているんじゃないのかの?」

 もちろん、気づいているさ。

 だから、こうして木刀を振るって無心になることで、俺は迷いを忘れようとしていた。

 このままでは、バグと戦えないような気がして。

「…………」

「わしの前で黙るのは構わないが、カナはハルの大切な人なのじゃろ? せめて彼女には自分の思いをぶつけてみたらどうじゃ?」

 大切にしている人だからこそ……言えない。

 言ってしまえば三年前を思い出させて、カナを悲しませるかもしれない。こんな時だからこそ、気まずい空気を作りたくなかった。

「わしがこれ以上言うのはなんじゃが……今のハルを見ていられないのじゃよ」

 リアは木刀をビュンと片手でしならせる。

「今の姿を見ていると三年前のあの感覚を思い出すようじゃ。……わしは、初めてハルがこの東部円状都市(エウロスサークル)に来た時に安堵と後悔、二つの感情をハルから感じてしまったのじゃ。何かに安堵して、何かに後悔して、心がボロボロで、どうして立っていられるか不思議じゃった」

 三年前、カナとルミカをバグから守れたと安堵していた。

 でも、カナの家族を助けると言う選択を犠牲にしたと後悔していた。

 あまりの自分勝手さに、呆れた。嫌気がさした。

 これ以上生きてはいられないとさえ思った。

 死んで楽になれば、すべての重みから、しがらみから解き放たれる気がした。

 でも、カナの気丈な態度を見ていると、ひとりだけ楽になれなかった。

 きっと背負うべき罪なのだと、だから四年前の俺は生きようと思った。

 今の俺はカナのことが大好きだから、隣を歩きたいから、生きていたい。しかし、それも終わりに向かっている。

 きっと、俺達ですら、倒せないバグがやってくる。

「俺は、自分の命を犠牲にしてもカナを守りたい。でも、俺には力が無いから……」

 カナをバグから守れない。その時が来ることが、何より怖かった。

 俺は木刀を握り直し、正面に一振り――することができなかった。

「見ておれん。もう、見ておれんのじゃ!」

 リアが俺の振りかぶった木刀を後ろから掴んでいた。

 それはいきなりのことで、俺は目を見開いた。いつのまに……

「お主の思いが痛いほどわしに伝わってくる。だから、本来は、お主自身が気づくことなのかもしれん。しかし、そんな悠長なことも言っておれじゃろ。ハル、お主はあの時、俺にも力があればと言ったじゃろ?」

 俺の驚きなど気にも止めずに、言葉を発す。

「……あのとき」

 確かに俺は、己の力の無さを嘆いていた。それは今も変わらない。

「あれは、間違いじゃ。お主の中にも奇跡(テラス)が眠っておる」

 握っていた木刀が手から落ちる。

「……えっ?」

 言葉の意味が分からなかった。


 3


 眠れない。

 シャワーを浴び、汗を流してから部屋に戻るとすぐにベッドに横になる。

 隣ではカナが眠っている。そんなカナの表情を見ていればいつもならすぐに睡魔が襲ってくる、はずだったのだが……

 リアが言った言葉が頭の中で繰り返される。

 

 ――お主の中にも奇跡(テラス)が眠っておる――


 リアは確かに言った。しかし、どういうことか、芽を開く一歩手前で止まっているらしい。

「いまさら、力が目覚めた所で……」

 俺は、中央円状都市(アイオロスサークル)で天啓の選別石を触った日から、アルバにはなれないということを知っていた。だから、今まで俺はカナに力を借りてバグと戦っていた。

「俺は、自分の力でカナを、ルミカを守りたい」

 だが、リアが言ったように仮に俺がアルバへと進化したとする。しかし、それでバグと戦えるという証拠は、無い。

 奇跡(テラス)とは才能だ。

 きっと俺に才能があれば、天啓(てんけい)の選別石を触ったあの日にアルバになっていただろう。だから、俺の奇跡(テラス)はろくな力じゃないと思う。それでも、自分の力で守りたいと言う思いは、消えない。

 俺はどうすれば良いんだ。

 寝返りをうち、正面からカナを見つめる。まどろむカナの瞳は閉じられていた。そっと頬を撫でる。しっとりとした感触が指先に伝わるだけで、なぜだろうか落ち着いた。ふと、抱きかかえてしまったモヤモヤが少し、和らいでいく。

「ハル……だい……すき」カナがむにゃむにゃと呟く。どうやら夢の中にまで俺が出ているようだ。正直言って嬉しい。

 俺もカナのことが大好きだよ。と、カナの額に優しくキスをした。

 カナの表情を見ていると、絶対に失いたくない。そんな気持ちが心を満たしていく。

 だからこそ、今は体を休めよう。明日、眠ることができるとは限らない。

 俺は目をつぶる。先ほどまで思考の渦に苛まれた俺は、少しずつ、少しずつ落ち着いていく。これもカナがそばにいるという安心感が、そうさせているに違いない。

「お休み、カナ」

 カナの体温で暖まった掛布団と、ベッドに俺の意識が落ちて行った。

 

 4

 

「――シェルターに至急集まってください。これは演習ではありません」

 けたたましい音に、俺の睡眠が妨げる。

 短い睡眠時間なのに、なんだいったい。

 ぼさっとベッドから身を起こすと、耳障りな機械音声と共に電話が鳴っていた。

 俺は、疲れを引きずるようにして歩いて電話を取ると、

「至急、外円フロアーAに来てくれ!」

 シルビアさんの声が、無数のバイク音とともに耳の中に響いた。こんな夜遅くにシルビアさんは何処に向かっているのだろか?

「どうしたんですか?」

 これほど焦っているシルビアさんの声は初めてだ。

「奴が突破してしまう!」

 その言葉に、俺の体が反応していた。

 シルビアさんの、まくしたてるような言葉に眠っていた脳が回転をはじめる。

「もっと前に奴らを発見できなかったんですか!」

 円外広域監視課が仕事を怠っていたとは思えない。

 これじゃ、三年前と全く同じ状況だ。

「考えるのはあとだ。今私が向かっている!」

 ついにEMPフィールドを突破できる程の、性能進化を果たしてしまったのか。

 となると、最低六本足以下のバグとなる。それにEMPフィールド最大出力突破となればその性能は、俺の予想を超えているはずだ。

「相手の性能は未知数、フィールドを破られる可能性があります。退いてください!」

 性能が不明な以上、Aランクのシルビアさんでもどうなるか分からない。

 東部円状都市(エウロスサークル)の現戦力では敗北は明白。下手すれば一瞬でバグに滅ぼされてしまう。

「退けん!」

「何を考えているんですか! あなたは円状都市(サークル)の長でしょう!」

「だからこそだ! 私が戦わずして誰が戦う!」

 勢いよく喋るシルビアさんの音声には、恐怖が隠れていた。

 しかし、言葉一つ一つからは恐怖を打ち消そうとする、強い意志を帯びている。この言葉の高鳴り、死を覚悟している時の響き。シルビアさんは間違いなく、死力を尽くしてバグと戦うつもりだ。

 命よりも大切なものがあるのか。と、口から洩れそうになった。

 シルビアさんが円状都市(サークル)を、みんなを守りたいとどれだけ思っているのかを知っている。

 それは俺も同じだ。だから、返答に詰まってしまう。

 シルビアさんを止めることは俺には……できない。

「二人も早く来てくれ、頼むぞ!」と、勢いよく電話は切られた。

「さっきから、外が騒がしいけど何かあったの?」

 薄手の掛布団を抱き寄せたカナが、電話を降ろす俺を心配そうに見ていた。

「ごめん、起こしたね……」

「どうかしたの?」

 言いよどむ。

 俺は、今からカナを危険な目に会わせてしまうだろう。

 だが、俺はカナの仮想昇華(フェイズシフト)が無いとバグと戦えない。

 本当は言いたくない。でも、言わなければ、ルミカが死ぬ。東部円状都市(エウロスサークル)が滅び、リアが、シルビアさんが、残る人類が滅びる。

 俺は唇を噛みしめた。じっとりと血が口の中に流れてくる。

 叫びを平常心の中に隠し、血の涙が流れていた。

「カナ、力を貸してほしい」

 その言葉で、カナもすべてを察したようだ。

 すぐに俺達は、戦闘の準備に取り掛かった。

 俺はベッド横の棚から、服を取り出しては羽織る。

 戦闘服は男女別で、男性が普通のズボンタイプ。女性は膝元までのスカートに、中には短いパンツをはいている。白と黒を基調とした服装で、胸元に戦闘員としてのバッジが付けられている。次にベルトを棚から降ろして腰元に巻きつけた。細長のバッテリーと、灰烈火刀(グラウティーソード)がベルトには巻き付けられている。

 カナも同様に弾倉と、両腰のホルスターには純白双花(コバルトリバイブ)が一丁ずつ刺さっていた。純白の二丁拳銃を見て、俺はごめんとつぶやく。

 本来なら、こんな物騒な物をカナに持たせるつもりは無かった。

 でも、もしもがあったらと思うと、純白双花(コバルトリバイブ)を造って渡すしかなかった。護身用にして、高性能な二丁拳銃。

 最後に、防塵マスクとゴーグルを腰元にひっかけて、これで準備は終わりだ。

「ハル、化け物を倒しに行こう」

 勇ましいカナの言葉に、身が引き締まっていく。

 カナを怪我させることなく、この戦いを終える。

 勝利で終える。確定事項だ。

「そうだね、行こうか」

 自室から飛び出すように出ると、一層全体を人口太陽が昼間のように照らしていた。暗いままでは避難行動が取りにくい。ただでさえ人が慌てる中、夜のように暗ければ恐怖心が増してしまうのだから。

 マンション全体が閑散としていた。人っ子一人居らず、声も聞こえない。

 俺達が準備をしている間に、すでに避難したようだ。反するように街の中央部からは人がざわめきあっている。全人口が移動しているため地鳴りがやけにひどい。

 俺達はすぐに、マンションの屋上に向かう。

 そして、俺に抱きかかえられたカナが仮想昇華(フェイズシフト)を発動。透明な光が俺の脚部を強化、その場を蹴った。

 凄まじい勢いで街中の屋根を飛び駆けながら、外円フロアーA入り口へと距離を詰めていく。

 眼下では、街中からそそり出るシェルターに人々が逃げ込んでいる。そのためエレベーターは誰も使っていない。

 人口太陽に街全体が照らされているが、空気が冷たい。どうやら天候設定だけ変えて、気温は変えていないようだ。それとも変える時間が無かったのだろう。

 カナの整った顔が、進行方向を見つめている。

 人類が危機に陥った時、映画や小説などでは、よくキスをしているけど……カナの唇を見た瞬間考えてしまうなんて……

 ……違うな。こんな時だからこそ、考えてしまうのだろう。

「ハル、死んでも良いなんて考えちゃだめだよ」

 体を寒さで震わせながら、カナがそっと俺の耳元でつぶやく。

「まだ、死ぬつもりはない」

「じゃあ、いつか死ぬつもりなの? ハルがいなくなるなんて、そんなの嫌だよ」

「大丈夫。カナが生きている限り、俺は死なない。死なせるつもりもない」

 保証なんてない。確証もない。自信も無い。でも、カナの前だけは強くありたい。カナに頼ってもらいたい。カナを最後まで守りたい。

 そして、ハッピーエンドのキスで終わりたい。

「うん!」

 カナは俺の首元に手を回して、しっかりと掴まっていた。

 俺は無心で走っていたため五分後には辿り着く。この先に続く通路の先、入り口が開いているのか、血混じりの風が円状都市(サークル)内部に流れ込んでいた。

 ごくりと唾を飲む。正直、嫌な予感しかしない。

 カナは唇を噛みしめるようにして、悲鳴を殺しているようだ。

 真っ白な通路に溜まった埃っぽい空気を震わせながら、カナを背負いひた走る。

 そして、外円フロアーAに辿り着いた。


 5

 

 鈍色の空から灰の雪が降っていた。

「やはり、フィールドが……」

「うそ……」

 俺達は、その光景に言葉を失う。

 そして、視覚から遅れること数秒、嗅覚が更なる現実を突き付けてくる。

 周囲から凄まじい濃厚な血の匂いが鼻を突く。地面の至る所に血の海を造り、無残な亡骸が転がっていた。どれもすり鉢で潰されたかのように、木端微塵に千々(ちぢ)切れている。

 その海の中で、シルビアさんは両ひざをついていた。

 シルビアさんは絶望に打ちひしがれて、だらしなく両腕を垂らしている。その手にはシルビアさんの長銃と一体型のギア、氷刹葬冬(ヴィンターシェラー)が握られ、奇跡(テラス)の残光を纏っていた。周囲には無数のギアのバッテリーが転がっている。

 すでに全身全霊の力で、バグと対峙したのだろう。

 シルビアさんが短時間でこのありさま。そして、ここまで押されているという事実は、バグの力が圧倒的だということを表している。

 やはりか。俺の考えに間違いは無かった。

 首を巡らせバグの姿を探すと、俺達の視線はすぐに吸い寄せられる。

 そびえ立つ全身筋骨隆々とした漆黒の巨躯は、まるで山のようだ。山頂には鬼のような凶悪な顔が乗っていた。機械とは思えぬほどに殺気の込められた二対の瞳が血に飢えた獣のようにぎらつく。その目は他のバグと変わらず血に染まったかような赤色だ。

 頭を支える幅広の胸板の両方に生えている腕もまた、人を一瞬ですり潰せるほどに大きい。その手には図体ほどの弦の張られていない弓を持っていた。

 巨大な体躯を支える隆々たる四肢は馬のようで、鋭く光る蹄は血を浴びて真っ赤に染まっている。足は太股に上がるほどに太く、腕の比ではない。

 鬼の顔をしたケンタウロスのバグだ。

 あまりの大きさに認識が遅れてしまった。

「シルビアさん!」

「シルビア!」

 俺達が駆け寄ると、シルビアさんは放心状態だった。目の焦点は宙へと向けられていた。そして、

「みんな死んでしまった…………死んでしまった……私は、バグをその場に食い止めることしかできなかった。……誰も守れなかった……」零れる言葉は、どれも震えていた。

「シルビアさん……」

「一〇〇人、二〇〇人……もう私には何が何だか分からない。分からないんだ……」

 今すぐ崩れ落ちそうだ。

「シルビア、シルビア!」

 カナがシルビアさんの体を揺らす。

 しかし、シルビアさんは眼からは生気が抜け落ち、まるで人形のように体に力が入っていなかった。

「とにかく、ゴーグルとマスクを……」

 俺達は防塵マスクとゴーグルを身に付けるのを忘れてしまうほど、圧倒されていた。

 不意に風切り音が、鼓膜に流れ込む。

 振り返ると、バグは上体を持ちあげ、俺達に向かって蹄の影を落とそうしていた。

 異変に気付いたカナは、すぐさま奇跡(テラス)――仮想昇華(フェイズシフト)を行使する。

 避ける。俺はそれだけを考えると、両足が光に包まれ、そして、カナとシルビアさんを両肩に抱えのせて後方に飛びのいた。

 直後、俺達が先程まで居た場所の地面が大きく抉られ、地割れのように四方八方ひびを入れていく。

 あの足に踏まれたら間違いなく即死だ。冷たい汗が頬から一粒落ちた。

 俺達は化け物から距離を取り、放心状態のシルビアさんを座らせる。

「しっかりして、シルビア!」

 カナが必死に呼びとめる。

「私が仲間を殺してしまったのか。私は、私は……」

 シルビアさんは、血に染まった自分の肩を両手で抱きしめていた。

 後方から歪な輝きを感じる。やはり、俺達を黙って見ているほど奴は優しくない。振り返るとバグは弓を構え、右手からは神々しい光を放っている。

 粒子が次第に矢を構築していく。高圧縮したエネルギーが金色(こんじき)の矢となり、今や今やと発射されるのを待っている。矢じりは角度を付け、地面へと向けられていた。バグの思わくはわかっている。地下にいるリアを殺し、円状都市(サークル)の機能を停止させること。人類を滅ぼすにはそれが手っ取り早い。

 化け物、お前の思い通りにはさせない!

 俺は我が身知らず、地面を蹴ると同時に灰烈火刀(グラウティーソード)の刀身を構築した。

 奴が、照準を合わせてから矢をつがえる右手を離す。

 圧縮に圧縮を銜えた光の矢は、凄まじい速度で軌跡を描き地面へと迫る。

 くそ、間に合ってくれ!

 思いに反応して俺の体から奇跡(テラス)の光が、さらに膨れ上がる。

 俺は勢いを殺すことなく、むしろさらに速度を上げ大気を切り裂き――着弾する寸前、矢じりを切り付けた。

 刀身が泣き叫び、バッテリーを消耗させながら矢のエネルギーを打ち消していく。そのたびに、視界が黄金色に包まれ目を細める。それでも、対象物からは目を背けない。

 頼む。一発ぐらい耐えてくれよ!

 体を襲う衝撃が強く、体勢を維持するだけで必死だった。

 いくら仮想昇華(フェイズシフト)の恩恵を受けていても、俺は地面を滑るように押されて直線の轍を描く。ブーツの底が削れ、足裏が摩擦で熱くなり、皮膚が焼け(ただ)れていた。

 それでも俺は構わずに足先に力を入れる。骨がきしみ、嫌な音を立てながら、ズルズルと押されていく。

 くそ、持ちこたえてくれ!

「うぅううーーーー!」

 釘が突き破るような痛みが、膝と、腿を抜けていく。

 徐々に光は小さくなって、刀身と矢が霧散した。

 やったかと高揚した直後、血のりを塗りたくったかのような蹄が轟音と共に俺の視界を埋めつくす。

 だめだ、避けきれない!

「がぁ……!」

 肋骨が折れた感触。折れた骨が内蔵に突き刺さったのだろう。大量の血が口から噴き出た。

 圧が暴力となって体に襲い掛かると簡単に俺の体は持ち上る。そして、コの字に曲げて円状都市(サークル)の外壁を薙ぎ倒しながら、斜めに吹き飛ばされていた。

 一層の家々を吹き飛ばしながら徐々に速度は遅くなる。しかし、止まる気配はない。

 それでも、意識だけは途切れず保っていた。

 口元からは噴き出る鮮血が軌跡を描いていく。

 勢いは次第に収まり、ようやく止まる。

 瓦礫の中からのっそりと起きると、俺は民家の中に居た。

 家具を薙ぎ倒し、窓を割り、家の中がズタボロになっている。申し訳ないと思いながらも体に響く痛みが、その気持ちを打ち消していた。

「うぐ……」

 仮想昇華(フェイズシフト)の治癒力は伊達じゃない。

 基本的に心臓がやられても、脳がやられても、何度でも俺の体は復活する。

 死ぬとなると体の全てが一瞬で消えるか。カナのギアのバッテリーが尽きるか。精神力を使い果たして仮想昇華(フェイズシフト)の行使不可能となるか。それらのいずれかだ。

 しかし、肉体再生はあくまで仮想昇華(フェイズシフト)の副作用。

 カナの奇跡(テラス)は、細胞活性化によっての人体強化を主としている。

《カナ、大丈夫か?》

《ハルこそ、体を強化していても限度があるはず。それに回復しても体は痛いはずだよ。無理しないで……と言っても、ハルは――》

《心配かけるよ。心配かけてばかりだ。でも、大丈夫。まだ、俺はやれる》

 灰烈火刀(グラウティーソード)の柄尻から、焼け焦げたバッテリーを地面におとした。

 次に、腰元に巻きつけたベルトからバッテリーを抜き、新たに差し込む。そして、装着音で固定されるのを確認後「イミテーション」構築言語を唱えた。

 光と共にざらつく灰色の刀身が構築されていく。

《カナはシルビアさんの側にいてくれ。頼んだ》 

《うん。だから、絶対に死なないでね》

《了解》 

 こんなところで死ぬわけにはいかない。

 まだ、何も成し遂げていないじゃないか。

 再度、仮想昇華(フェイズシフト)に自分の意思を重ねていく。

 反応するように俺の体は涙色の光に包まれて、走り出した。

 床を踏み込み、陥没させながら家の中から飛び出す。

 すでに、バグが一層の外壁を壊していた。その巨大な穴向こうからバグの巨躯が歪な揺らめきを放っている。赤い目が点滅を速めた直後――巨体を支える四肢がゆっくりと動き出す。

 このままでは、居住区への侵入を許してしまう。これでは三年前の二の舞ではないか。それだけは、絶対に――させるか。

 俺は屋根の上を飛ぶように駆けて、バグとの距離を詰めていく。

 光の矢を放つ気配はない。

 バグにしても、力を消費するため連発は不可能なようだ。

 ようやく刀身が整ったのを確認すると、俺は進むスピードをさらに上げる。

 (クオーツ)を破壊しなければ、バグは止まらない。

 しかし、巨大すぎるが故に、バグの(クオーツ)の場所が分からない。

 分からない以上、長期戦に持ち込み、(クオーツ)を見つけるしかないだろう。

 まずは、上半身を切りつけるために灰烈火刀(グラウティーソード)を構えた。バグが弓を使えない以上、上半身は無防備なはずだが攻撃は弓だけではない。

「イノセント・ブライト」

 体現パターンを念じると、一撃で物体を断ち切るため涙色の光が増大していく。そして瞬間的に爆発、腕を中心的に活性化。

 俺は勢いを殺すことなく一筋の光となりバグの巨体を切り付け――

「――え?」

 刀身が硬質の悲鳴を上げて木端微塵に砕け、俺はその衝撃で吹き飛ばされた。

 全力の一撃でも、傷一つ与えられない? 

 バグの拳が面となって俺を襲う。

 俺は弾丸のように体が吹き飛ばされた。再度えぐるようにして地面を削っていく――――が、今度は踏み止まる。腕は足程に太く強靭だが、威力は先ほどの蹴りほどではない。やはり威力にはバラつきがあるようだ。

 俺は、攻撃を受けながらも、四本脚の性能を分析していた。

 自己のエネルギーを高圧縮出来ること、装甲の強度が上がり、今までよりも巨大化している。やはり、バグの進化速度は予想より上だ。

 どうりで、氷弾では歯が立たなかったわけだ。

 この灰烈火刀(グラウティーソード)で傷がつかないのだから。

 しかし、灰烈火刀(グラウティーソード)はこれで通用しなくなるほど軟に造っていない。


 すぐさま、バッテリーを抜く。

 まだ、容量は残っているが構築するためのエネルギーが足りない。

 それに、バッテリー一本が二五分、通常の二倍の速度で枯渇してしまうほどエネルギー消費が凄まじい。

 俺は新たにバッテリーを差し込み、情報を確認する。


 ――バッテリー残量一〇〇% 起動時間五〇分 刀身構築回数五回 刀身圧縮率四三・九% 刀身膨張率五・八五九% 刀身構築スタンバイOK――


 ――刀身圧縮率六〇・三% 刀身膨張率七・二五八%に変更――


 ――比率変更終了、刀身構築スタンバイOK――

 

 刀身構築比率をインプットし直した。

 

 見ろよ、化け物。これが灰烈火刀(グラウティーソード)の真の姿だ!

 

「デストラクション」


 直後、鍔から一筋の光線が円状都市(サークル)の天井を焼き焦がしながら、灰雲まで伸びていく。

 灰烈火刀(グラウティーソード)には、二つの刃が備わっている。

 一つは灰を圧縮して刀身を生み出す形態。もう一つはさらに圧縮密度を上げ、灰の原子構造を変えて刀身を生み出す形態。しかし、後者は制御を間違ってしまえば暴走するため、極力使いたくない。

 光の中で灼熱と共に生み出された刀身は大気に冷やされ、その姿を現した。

 その刀の名は、

 灰烈火刀(グラウティーソード)二式。

 差し込む光すら数倍に反射してしまうほどの光沢を刀身が放つ。それは、灰を高圧縮することで生まれる、ダイアモンドで構築しているからだ。

 灰の刀身よりも頑丈で、切れ味もさらに上がった相棒なら四本足といえども、装甲を断ち切れるはず。

 今まで隠していたのは、使うような状況になってほしくないと希望を込めていたから。しかし、目の前に恐怖が迫っている以上、バッテリー消費が激しいが、出し惜しみはできない。

 全力には全力をぶつけるだけ。

 俺は、刀身の構築を見届けるとすぐさま地を蹴った。

 刀身を横なぎに構え、バグとの距離を縮めていく。

 バグの巨躯に迫り、前足を切り付けると抵抗なく刃は通る。しかし、切断面から再生するため切り落とせない。

「これなら、どうだぁ!」

 爆音と共に俺は直進して、バグの左肩に刃を滑らせた。

 刃が通る感触は確かだ。腕一本を断ち切ると、バグは(たた)()を踏みながら甲高い機械音を響かせた。

 さすがに、これなら……

 バグは真っ赤な目を点滅させながら切り落とされた腕を一瞥、すぐさま切断面から管を伸ばして再生していく。

 くそ、いくら刃を浴びせても、バグの回復速度が上回っている。

 これではいずれ、力で押されてしまう。

 やはり一刻も早くバグの(クオーツ)を見つけるしかない。

《カナはどう思う?》

《本来は体の中心に(クオーツ)があるけど、これじゃあ上半身の中心なのか、下半身の中心なのか分からないよね……》

《被害を抑えるためにも、一撃で決めたい》

《うん……》

 もう一度観察する。

 バグの一撃一撃がかなり重たい。

 しかし、動くスピード自体はかなり遅い。

 やはり巨大な故に速度を犠牲にしているのだろう。となれば三本脚以降では、その欠点すら克服してくるのか。

《いっそのこと、バグを縦に真っ二つにしてしまえば良いんじゃないのかな?》

《……え?》

 確かに、(クオーツ)はバグの中心だ。バグは(クオーツ)さえ壊してしまえば、それだけで制御停止に追い込まれる。そのため、装甲の中の中、一番頑丈な場所。つまり中心に真っ赤な塊が埋まっている。

 たしかに、カナの言うとおりに縦真っ二つにできれば、どこかしらで刃が(クオーツ)に触れる。しかし、目の前のバグはかなりの巨体だ。

《いや、でも、それは……》

 思わず、口ごもる。

 カナが言っていることは分かる。しかし、バッテリーの消費を考えると、すぐに了承はできなかった。

《ハルならやれるよ》

《そう簡単に言ってくれるなよ……》

 カナの信頼に頭が痛む。最善の策をカナが提示してくれた。俺は目の前のバグの(クオーツ)が、上半身、下半身、どちらにあるのかと考えていた。

 まさか、両方の選択肢を、くまなく潰してしまうなんて……カナらしい思いっきりの良い意見だ。しかし、この土壇場でできるのか……

《でも、やるしかないよ》

《……そうだよな》

 やるしかない。やるしかないと分かっている。

 だが、灰烈火刀(グラウティーソード)二式で、バグの腕一本、切り落とすのが精一杯。それ以上となると、刀身構築比率をいじらなければならない。そして、下手にいじればバーストしかねない。バーストしてしまえば、カナも、ルミカも、円状都市(サークル)も…………考えたくない。

《それにハルなら、できるって信じてるから》

 カナが俺を信じてくれてる。

 これ以上に、心強い言葉は無い。

《俺、やるよ》

 柄を握りしめて、深呼吸をした。


 刀身圧縮率 膨張率解放 刀身構築パターンをバーストモードに変更する。


 ――了解、バーストモードまで三・三二九秒 起動時間六・八八七秒――


 灰烈火刀(グラウティーソード)二式の刀身が砕けた瞬間、凄まじい爆音と衝撃波が辺りを襲う。

「――――くっ」

 柄を持つ手が震える。

 柄元から、燃えるような刀身が構築されていく。

 マグマのように発熱しながら伸びていく刀身は分厚く長い。いまだに構築が止まることなく、伸びていく。

 次第に燃えるような光が青白い光に変わる。しかし、その刀身は不安定。構築比率をギリギリの値に持っていくため、エネルギー消費が凄まじく、起動時間が極端に短い。

 一撃必殺。これに懸ける!

 俺はバグの真正面に立った。

 バグはゆっくりとした動作で弓を構え、エネルギーを一撃に込めていく。圧縮されるにつれて、禍々しい光がうねりを上げながら形状を構築していく。

 バグは俺に照準を合わせようとしている。

 ようやく、俺を早急に排除すべき対象だと捉えたのだろう。

 矢が放たれる。予想通り、矢じりは俺を捉えていた。

 俺は刀身を正位置に構えて待っていましたと言わんばかりに、上段切りで叩きつけた。

 矢状のエネルギーとエネルギーが、金色を放ちながら反発し合う。

 しかし、今度のはバッテリー一本分。

 それも、バーストモード、そう簡単に負けやしない!

 刀身が膨大なエネルギーを含み、ギチギチと絶叫しながら矢を叩き切り、

「いけぇえええ――――!」

 雄叫びと共に破壊的なエネルギーの奔流が、バグを飲み込んだ。

 

 6


 真っ白な空間に漂っていた。

 目を見開き、首を巡らせ、手に力を込める。

 体はどうやら動く。無重力のような空間だ。

 ここはどこだろうか? 

 なぜか、混乱することなく心は水を打ったように穏やかだった。

 ひょっとして、ここが天国なのだろうか? だとしたら心の落ち着きも納得できる。

 にしては、殺風景だ。

 俺の思い描いていた天国とは一味も二味も違っていた。

「俺は、さっきまでバグと戦っていたはずだ……」

 手にはまだ、バーストモードになった際の衝撃が淡く残っている。

 バグを倒せたのだろうか?

 もし、あの一撃で(クオーツ)を破壊できなかったとしたら、カナは、ルミカは……

『戦っていたよ。そして、君はバグに勝った。だから、大丈夫だよ』

 声の方向に振り返る。

 見覚えのある影が浮かんでいた。

「お前は……いったい誰だ?」

『誰だ? そんなこと聞かなくても分かるでしょ』

「分かる……はずが」

『これを見ても分からないの?』

 右手を振り下げると、そこには、

「その柄は!」

 復元前の灰烈火刀(グラウティーソード)が握られていた。

『イミテーション』

 光と共に一瞬のうちに、刀身が構築されていく。

 それは、見紛うことなく、ざらつく刀身。

「お前がどうしてそれを持っているんだ!」

 慌てて腰元を探してみるも、あるべき場所に『それ』は無かった。

『自分の右手を見てみなよ』

 右手に視線を落とすと、先ほどまで何も持っていなかった手に、

「俺の手にも……」

 灰烈火刀(グラウティーソード)を握っていた。

『これは、僕たちで作ったんだ。どうして、そんなに驚く?』

 ヤツはくすりと笑う。

「僕達だと?」

 灰烈火刀(グラウティーソード)の基礎部分は、本来は圧縮して打ち出す機構の兵器の一部を転用している。それに、これは滅びた文明の数少ない遺物だ。そのため、この刀は世界に一本しか存在しない。

 これは俺が作った物だ。だから、見ず知らずのお前なんかに言われたくない。

『ああ、そうさ。これは君と僕とで作った物だろ?』

 影が砕け散り、中から出てきた人物に俺は目を疑った。

「ウソ……だろ?」


 そこには、もう一人の俺が立っていた。


「お前は、俺自身なのか?」

『まあね。そうなるかな』

「お前が、俺をここに呼んだのか?」

『そうだよ』

「なんのために俺をここに呼んだんだ?」

『僕も好きで君をこうして呼んだ訳じゃないんだ。君に話があったからね。それに、この力を抑え込むのが限界だったから、呼んだんだ』

 限界? 抑える? お前は何を言っているんだ?

『もうすぐ、君はアルバになる』

「なぜ、そのことを……」

 トレーニング室でリアからそのことは聞いていた。

 しかし、誰にも話していないはずだ。それにリアがあそこまで渋った真実だ。簡単にほかのヤツに話すとは思えない。訝しんでいると、

『僕が君の奇跡(テラス)そのものだからね。まあ、今すぐ信じろってほうが無理なのかもしれないけど……君もリアから奇跡(テラス)が眠っていると聞いたよね? それがこの僕なのさ』

 澱みのない眼が俺を見つめている。

 だから、

「……信じてやる」

『理解が早くて、助かるよ』

「俺がアルバになる件もう少し、待ってくれ。今俺がアルバになってしまったら、カナをルミカを守ることが出来ない」

 俺はこの力、カナの奇跡(テラス)を失ってしまえばバグと戦えない。

 それに、俺の奇跡(テラス)が強力だとは限らない。

 だから、アルバになることは避けたかった。

『大丈夫。守ることはできる。バグの巣窟に対抗できる奇跡(テラス)を君は秘めているからね』

「……それは、本当なのか?」

『間違いないよ』

「だったら、話は変わる。今すぐ、俺をアルバにしてくれ」

『それは、無理だね』

「ど、どうして?」

奇跡(テラス)を行使するには、代償が必要だと知っているよね?』

「知っている。でも、大したことは無いんだろ?」

 代償を軽減するための機能がギアには備わっているのだから。それに俺は精神や、身体を鍛えてきた。少々の代償なら耐えることができる自信がある。

『違う。君が思っているほど、僕達の奇跡(テラス)は優しくないんだ。自身に宿る奇跡(テラス)を、ギアによって、体現する。それがアルバの奇跡(テラス)を行使する方法。……だけどね。どんなにギアの性能を上げようと僕達の奇跡(テラス)は強大すぎる。いくら特注品だろうと、ギアで体現することなんてできないよ』

「だったら、諦めろというのか! アルバになるだけで、力が使えないんじゃ意味なんて……」

『意味はあるさ。一つだけ、方法が残されているから』

「それは、なんだよ?」

『己が身をギアとして、奇跡(テラス)を行使する』

 俺が知る限り、ギアが無ければ奇跡(テラス)は体現出来ないはず。

「そんなことが出来るのか?」

『これが本来の奇跡(テラス)の行使方法だよ。とはいえ、体現の代償で君は死んでしまうだろう。それでも、君には覚悟があるのかい?』

 代償によって俺は死ぬ。

 だが、カナやルミカが死ぬよりはるかにマシだ。

 それに、俺はみんなに今までの恩を返さなければいけない。

「……それしかないっているのなら、俺はやる」

 ヤツもまた俺の考えを受け取ったのか、眉間にしわを寄せて俺を睨みつけた。その瞬間ヤツの視線に殺気が膨れ上がる。

「――っ!」

 俺はとっさに飛び退いた。

 さっきまで俺がいた場所に奴の強靭が振り抜かれていた。

「急に、何を!」

「いいから、構えなよ」

「俺は、お前と戦いたいんじゃ!」

 奴は上段に構え、爆音とともに再度突っ込み、切り下げた。

「――くっ!」

 俺はとっさに刃を振り上げていた。

『「――!」』

 二つの斬撃が衝突。

 だが、下段より上段切りのほうが威力は上。俺の刃は弾かれ、その衝撃で後方に吹き飛ばされた。

 奴はすぐさま、次の一撃を加えようと迫ってくる。

「人の話を、聞け――――!」

 攻撃を切り返すと、やつは吹き飛ばされる。しかし、その表情は至って冷静。すぐさま体制を立て直して、まるでこちらの隙を狙っているかのように下段に構えた。

 問答無用ってことなら、やるしか、ない――!

 俺は八相に構える。目の前の空間にはヤツから放たれる虚像の剣が斬撃を描き、俺はそれに応じた想像の斬撃を浴びせていた。

 ヤツの考えが分かるということは反対に、俺の考えを理解されているということだ。そのため、答えなど見つからず、全てが拮抗。勝負などつかない。

 これじゃ、いたちごっこだ。

 俺は、痺れを切らして踏み出すと同時に奴も動き出した。

 そこから先の闘いは荒れ狂う、斬撃の応酬。

 衝突音が連続で轟き、打ち合う刀身からは火花が生まれる。火花がお互いの顔を照らす。ヤツの表情は変わらない。呼吸を乱すことなく、冷静に対処してくる。

 手を止めたら、そこに待っているのは死だ。

 一心不乱に、ヤツめがけて刃を振る。

 しかし、ぶつかり、体をかすめるだけの一撃が何十と繰り返すだけ。ヤツに決定打をあてることはできない。

 くそ、このままじゃ埒が……

「どうしてだよ! お前が俺なら分かるだろ?」

 元は同じ存在であるのなら、カナを思う気持ちがヤツにもあるはずだ。

『そんなものは知らない。僕には、カナにも、君の妹にも情はないよ。ただ、僕は君に生きていてほしんだ』

 俺は、そんなもの望んじゃいない! カナを、ルミカを俺の奇跡(テラス)で守りたいんだ!」

 刃同士の衝撃で吹き飛ばされ、お互いに距離を取る。

 すぐに、構えなおしてヤツを見据えた。

『その考えには賛同できないよ!』

 ヤツは、左手で刀身をそっと撫でると、刃が燃え盛る炎を纏う。

 バーストモードが頭をよぎるが、その刀身は伸びること無く形状は変わらず、灰烈火刀(グラウティーソード)の姿のまま、焔を纏っていた。

 なんだ、あれは……

 あんなもの、俺は知らない。

 まさか、あれが俺達の奇跡(テラス)なのか?

 炎が刃に纏わりつくだけで、バグが倒せるとは思えない。奴は俺たちの奇跡(テラス)が強大な力だと言う。しかし、奴が俺自身である以上、嘘を言っているとは思えなかった。

『分かり合えないと言うなら、今ここで君を殺して、その体僕がいただくよ!』

「やってみろよ!」

 ヤツもまた、俺だ。

 俺の死にたくないと言う気持ちを具現化したのが、きっとヤツだ。

 生の象徴、それが奇跡(テラス)だ。だからこそ、意見が違えてしまう。

 たしかに、ヤツが言うように死にたくないさ。

 だが――

「俺は、力ずくでもアルバになってみせる!」

 カナを、ルミカを守りたい。

 その結果が死だとしても、俺は受け入れられる。

『君にこの奇跡(テラス)が分かるかな?』

 刃と刃が触れ合った瞬間、炎に体が包まれていた。

 俺は身を焼かれる覚悟をきめた。しかし、予想とは裏腹に、

「……熱くない?」

 体を包む炎は飛散した。

『それは幻想だぁ!』

 ヤツが剣戟を振るう。

 どうにか刃で受け止めると再度、炎が腕を伝って体を包み込んだ。

 だが、熱くない。

 くそ、なんなんだこれは、幻覚なのか?

「……これは?」

 鍔迫り合いになり、俺はヤツの腹を蹴って距離を稼ぐ。

 深呼吸。先ほどから、ひやりとする剣戟がヤツからいくつも放たれる。いまはどうにか防いでいるが、直に刃が俺の体を捉えるだろう。

 だが、それはヤツもまた同じ。お互いの考えが嫌というほど伝わってきて、選択肢を削っていく。

 しかし、幻想の炎の正体だけが読み取れなかった。

 ヤツは地を踏み込み、ばねのように迫ってくる。

「それな!」

 見てしまうから、考えてしまう。だから、読まれてしまう。だったら、目を閉じ他のことを考えればいい。

 目を伏せ、カナのことを考えた。

 問い、カナのどこが好き?

 答え、全部。

 だよな、全部だ。

 カナのことで頭をいっぱいにして攻撃的な気配だけを頼りに――灰烈火刀(グラウティーソード)を刺した。

 

『お見事……僕の負けだ』


 目を開くと、灰色の刀身がヤツの胸元を貫いていた。

「ああ、俺の勝ちだ」

 カナを想う気持ちで勝ったんだ。

 俺はヤツから刀を抜くと、傷口から血が出ずにふさがる。

 そして、お互いの灰烈火刀(グラウティーソード)が輝く光となり、消えた。

 ヤツは溜息を付く。

「結局、あの力はなんだったんだ?」

『直に分かるよ』

 その表情は柔和となり、瞳からは殺気を感じられなくなっていた。

『最後に確認しておくよ。君の奇跡(テラス)は一度の発動で命を失う。もちろん僕もね。それでも奇跡(テラス)を使うのかい?』

「……分かるだろ?」

『嫌ってほどにね……』

「どうして、ここまで話してくれたんだ?」

『僕は、全てを話したうえで、君の決断を聞きたかった。それでも、死を選ぶというのなら、三年前のように乗っ取ってやろうと思っていたよ。でも、僕はこうして返り討ちになってしまった……。バグの巣窟が現れるその時まで、君がアルバにならないように踏ん張ってみるよ』

「すまないな、迷惑かけて」

『なに、自分のためだよ』

 そして、もう一人の俺は身をひるがえして、

『次会う時、僕達の全てが終わる。それまでには、童貞を卒業しておくんだね』

 にやりと笑った表情で、一度振り返り消えて行った。

「おい! ちょっと、おれが童貞だとどうして……」

 ぐらりと視界が揺れる。

 ああ、そういえば、アイツは俺だったな……

「つか、お前も童貞だろ」

 意識が落ちて行った。


 7

 

 胸元に重みを感じた。

 首だけ上げると、カナが椅子に座って上半身をうずめるようにして俺の胸元で眠っている。どうにか、あの世界から戻れたようだ。

 俺は夢の中で知った事柄を反芻する。

 もうすぐ、俺はアルバになる。

 そして、奇跡(テラス)を使えば……死ぬ。覚悟はとうの昔にできている。

 でも……

 そっとカナの頭を撫でる。

 艶やかな髪だと思うのは毎度のことで、今も思う。

 優しく子供をあやすようにして撫でていると、カナが半分閉じたままの瞼をこすり緩やかに覚醒を果たすと、

「ハル! 良かった、良かったよぉ! もう目覚めないと思ったんだからぁああーー!」

 強く上半身を抱きしめられた。

「また、心配かけたな……」

 再度、頭を撫でると、カナはわんわんと子供のように泣き出した。鼻をすすりながら、涙をぽとぽとと落としながら、俺を抱きしめるカナの力がさらに強くなる。

 カナの体温を感じながら、ようやく俺は病院にいるのだと認識した。

 どうやら、バグを倒した代償は入院のようだ。

 バーストモードの衝撃のあまりに俺は気を失い。そして、目を覚ました。そういうことなのだろう。

 病室は消毒液の匂い、白いシーツ、腕に刺さっている点滴の針、ベッドの横に備えられた花瓶には花が活けられていた。太陽の日差しが窓から差し込む。昼間だろうか。

「……うん。いいの、ハルが無事ならそれで」

 すでにカナの目元が腫れていた。

「あれから何日過ぎたんだ?」

 どうやら、俺は長い間眠っていたようだ。異様なほど体がだるい。頭の中が揺れている。そして、お腹が堪らなく減っていた。

「三日だよ」

「三日か、ずいぶん長く眠ってしまったな……」

「短いくらいだよ。ハル、私が眠った後に研究室に戻ってたでしょ?」

「え……」

 まさか、ばれていたとは……

「ばれるよ」

「ひょっとして、起こしてた?」

「起きてたんだよ。私だって、ハルがきちんと眠っているか見張ってたんだから!」

 カナが頬をムーっと膨らましながら、俺を見つめてくる。

「はは……やっぱりカナには敵わないな」

「気持ち的には姉さん女房のつもりなんだけど」

「俺達、年齢一緒だよな?」

「ううん。でも、気分的には私がハルをリードしたいの!」

 いつもの感じだと、甘えられてばかりだと思うのだけれども、嫌いじゃないから今のままでいいと思う。

「変わる必要なんてない。そのままのカナが俺は好きだ」

「う、うん!」

 カナは満面の笑みだ。

 再度頭を撫でると、頭をすり合わせてくる。

 子猫が親にじゃれるような感じで、髪の毛がこそばゆい。しかし、嫌な気は全くしない。

「もう、いいかな。そろそろ、俺も体を起こしたくて」

「ごめん。苦しかったよね?」

「うん、少し。でも温かかった」

 カナは顔を朱に染めていた。

 この場は二人だけだから、別に照れるような事でもないと思うけど……。あれ、俺なんか言った? 

 戸惑いながらも、カナの体をなぞるように見ていると、

「家に帰ってからね」

 と、俺の胸元を人差し指で円を描きながらカナは言う。

 そういうこと、まだしていないのだが……。

 どうやらいやらしいほうを思い浮かべてしまったようだ。

「とりあえず怪我はないようだね。よかった」

「私なら大丈夫だよ。ほら、ハルのおかげで無傷」

「本当に良かった」

 俺も泣き出しそうだった。

 カナの仮想昇華(フェイズシフト)は、俺にしか効果を発揮しない。もし俺以外の人間に行使すれば、細胞がカナの力に耐えることができない。細胞を強制的に活性化させることの代償は、細胞の破壊。本来人間の細胞のターンオーバーでは間に合わない。しかし、俺の身体は特殊で、昔からそれが早かった。多少の切り傷であれば数時間で治ってしまう。相性が良かったがゆえに適正者とみなされ力を得た。

 そのため、俺が意識を失えばカナを守るのは純白双花(コバルトリバイブ)だけ。意識を失っている間にカナがバグに襲われるなんて考えたくもなかった。

「……シルビアさん?」

 あの光景を思い出す。

 あまりにも、酷い有様だった。

 一〇〇人ほどのアルバがバグと戦闘を行い。そして、シルビアさん一人がどうにか生き残っていた。周りは血の海、思い出すだけで気が狂いそうになるのも分かる。

「辛そうだけど、どうにか仕事をしているみたい。ううん、仕事があるから、気が紛れているのかも……」

 きっと、あのまま何もなければ精神科送りになっていただろう。

 それほどにシルビアさんの状態は酷く見えた。焦点が合わず、言葉も後悔しかない。まるで、三年前の自分を見ているようで……辛かった。

「そうかもね……」

 俺は現実から逃げるようにして、窓の外に目を向けた。

 依然、バグの姿は残されている。巨体を移動させることも、破壊することもできない。それほどの質量が破壊された壁の穴の奥から、歪な光を放っていた。

 壊された穴は工事が行われているため、下半分がすでに塞がっている。

 大規模な工事にしては進行が早い。きっとシルビアさんの迅速な対応によるものだろう。

 街の所々に、戦闘跡が刻まれている。もし内部までバグが進行していれば、被害はさらに深刻化していただろう。バグの動作速度が緩慢なため、どうにか被害は最小限でとどめることができた。

 ……バグの動きが遅い?

「今回のバグは移動速度が遅かったのに、あっという間に円状都市(サークル)の傍まで近づけてしまった。どういうことだ……」

 唐突に、一つの疑問が俺の中に生まれた。

 実際、バグの動きはすべてにおいて遅かった。

「EMPフィールドが突破された場所は分かっていた。しかし、あの図体では、突破から円状都市側まで近づくのにあの速度では一時間、いや二時間ほどかかるはずだ。俺たちが駆けつけるのに五分ほどの時間がかかった。シルビアさんはもっと早かった」

 だから、EMPフィールドを突破直後に対処できたはずだ。それに、シルビアさんが出遅れるはずがない。

「確かに、可笑しいよね」

 カナも思案気に腕を組んで考えている。

「いったいバグはどうやって、あの一瞬で傍まで来たんだろうね? それに、あの巨体じゃ、足音までは消せないと思うよ」

 あの巨体では、不可能なはずだ。

「ん…………」

 俺達は考える。

 しかし、表情が険しくなっていくだけで、まともな推論すら思い浮かばなかった。

「その件について、シルビアさんは何か言ってた?」

「何も言っていなかったよ。でも、シルビアなら気づいているはずだよね。明らかにおかしいって……」

「あの人はああ見えて、誰よりもひらめきに長けた人だから……」

 そんなことを考えていると、俺の腹の音が唐突に病室に響いた。

 カナが笑い出す。

 俺は腹を必死に抑えるが、腹の虫がご機嫌斜めなのか一向に収まらない。

「し、仕方ないだろ。まともに食事してないんだ」

 栄養補給は点滴のみ。三日間飲まず食わずでは、さすがに腹が減っていた。

「なんかまじめな雰囲気で、いきなりハルがお腹の音を鳴らすから悪いんだよ? 気分が緩んじゃった」

 カナは目尻に浮かべた笑い涙を、人差し指の背で払う。

「ハルの好きな物たくさん作るから、早く帰ろう?」

 俺とカナは病院を抜け出して、自宅に帰った。


 8


 防塵マスクとゴーグルを装備して、外円部に来ていた。

 病院で目を覚ましてから、一週間が流れていた。その頃には外壁の補修作業は終わり、壁一枚を隔て、日常が続いていた。

 しかし、それは仮初の日常に過ぎない、問題はすでに起きているのだから。

 リアの奇跡(テラス)がこれ以上発動できない状況に陥っていた。リア自身体の限界を迎えてしまったのだろう。現在は予備のバッテリーでどうにか円状都市(サークル)を維持しているが、EMPフィールドを構築出来るだけの余力はなかった。

 ほかにも問題がある。灰烈火刀(グラウティーソード)のバッテリーが底を付きかけていた。過去の兵器からバッテリーを抜き出して、規格を無理やり合わせて使っていた。しかし、バッテリーの劣化に伴い、今使っているのも合わせて、残り二本しか残っていない。本来なら過去の遺物を探しに行くのだが、EMPフィールドが使えず戦力が限られる今、円状都市(サークル)を離れることはできない。

 一応、軍にバッテリーの捜索を頼んでいるが、貴重な物だ。そう簡単に見つかるとは思えなかった。

 俺はため息を零し、そして周りを見回した。

 遠くに薄ら山が見える。その山の中腹は丸型に抜き取られていた。

 バグの矢を跳ね返した際に生まれたものだろう。

「いつ見ても、すごいな」

 二つに割れたバグを前に、ロイが言葉を漏らした。

「ああ、このバグは今まで見てきた中で一番大きいからな」

 以前バグはその場に残されていた。

 頑丈な装甲では解体不可能。

 図体が巨大なため移動手段の算段はいまだについていない。

 その間、俺達はバグの性能について調べていた。

 推定重量二五二トン、全長四二メートル、飛行手段を持ち合わせていない。出力系が安定しているのだが、無駄なエネルギーの消費が大きいため光の矢が多発できなかったようだ。

 一週間で分かったのはここまで、以前漆黒の巨躯は謎に包まれている。

「再生速度はさらに早くなり、高圧力でのエネルギーの固定が出来ている。すでにバグは、想像の遥か上をいってるな」

 進みゆくバグの進化、歩みを止めた人類。

 俺たちに次は無いだろう。

「そうだろうな。だから、バグに侵入を許してしまった」

「ロイは……どう思う?」

「……ああ、監視課が気付かなかったというやつか」

 ロイは黙り込み、鋭角な印象の顔立ちをくいっと上に持ち上げる。

 曇り、太陽すらあるのか無いのか分からない。

 その鋭い瞳はどんよりとした鈍色の空を見つめていた。

「この巨躯なら遠くから視認できても可笑しくはない。むしろ視認可能なはず。なぜか、EMPフィールドを突破する以前にバグの姿、足音すら。どういうことなのか。これはちょっとした謎解きだ」

 確かに謎だ。

 俺とカナは持てる知識を尽くして考えてみたが、推論すら立てられなかった。

「謎解きね……答えが皆目見当つかないな」

 俺は両手を上げて、降参の意思を示す。

「真実とは、今までの事柄に全て散りばめられている。完全犯罪が成り立ってしまうのは、誰もそれに気づけないからだ。もしくは気づいても関連性に気づかない。だから誰にも見つかることなく真実は闇の中に落ちていく」

「答えは、既に出てるのか?」

「そうだ。ただ気づかないだけ」

 なるほど。しかし、どこに散りばめられているのか。

 それが分かれば、解決。分からなければ真実は永遠に表に出ない。

「分かれば苦労はしないんだけど……」

 分からないからこそ、こうして頭を抱えているわけで。

「お前は、気づいている。しかし、気づいていると認めたくない。もしくは気づいていることに、気づいていないだけ。後はお前次第だ」と、冷淡口調でロイは言う。

 相変わらずロイの目には色が無く、どこを見て何を思っているのか分からない。そんな相貌が俺に向けられ、すぐにバグへと向けられた。

「そんなこと言われてもな……」

 それは……乱暴な極論だとおもう。

 じゃあ、ロイは真実が分かるのかよと、俺は考えていた。

 きっと、誰も分かっていない。

 しかし、ロイは俺なら気づくと思ってくれたのだろう。

 だから少しでも思考を促そうと、ロイはそのような話をしてくれた。不器用で、口下手なりの心遣いなのかもしれない。ポジティブに考えるとだが……

 ロイは、俺を見ること無く、

「お前、これから調査に行くんだろ? こんなところで油を売っていていいのか?」

「ちょっと、ロイの意見を聞いてみたかったんだ」

 このあと、俺とカナはバグの脚跡を伝うことになっていた。

「そうか、気をつけて行けよ」

「おう」

 その後、装備を整えたカナと合流したのち、発着口からバイクに乗って出現予想地点、東部円状都市(エウロスサークル)から、南へと向かった。

 何かしら分かるかもしれないと、希望を抱きながら。


 バグの足跡がパッタリと途絶えたその先に、

 

 ――大地が砕かれていた。












 第四章 終わり来る日々に



  1


「シルビアさん!」

 扉を開けると俺は…………再度、言葉を失った。


 部屋の一角にある鏡の前に立ち、体操服姿のシルビアさんが、座り惜し気もなくおみ足をさらしていたのだから。


「の、ノックくらいしろ!」

 シルビアさんは顔を真っ赤に染めて驚く。

「す、すみません。じゃなくて、データに存在しない巨大な湖を発見しました!」

「湖? こんなところで話をするのもあれだ、とりあえず座ろうか」

 俺達は、来客用のソファーに腰を下ろす。

「それで、その湖はどこにあったんだい?」

中央円状都市(アイオロスサークル)との経路上、東部円状都市(エウロスサークル)のすぐ側にありました。それも、表面が氷結し、氷の層の上に灰が積もり大地を構成していたようです」

 この世界の空は灰に包まれ、太陽が姿を消し、大地が凍りついてしまった。

 さらにその上に灰が積もり、今の大地を構成している。今まで、その大地が氷だと気付かなかったのは大量の灰が蓄積していたからだと思われます。

「それが奴の発見を遅らせてしまった理由というわけだね」

 仮に奴が透明だったとしても、あの巨体だ。足音は広範囲にわたって響く。だから、発見はできずにしても、足音から異変を察知することはできるはずだ。

「だから、円外広域監視課が奴を発見することができなかったと思います。それに奴は飛行能力を持ち得ていません。故に奴は湖の底から現れたのではないかと推測できます」

 湖の中から現れた。

 そうなれば、誰も気づくことなく東部円状都市(エウロスサークル)のすぐ側までバグの接近を許してしまった。という現状に納得できる。

「となると、バグの巣窟はこの地球の底にある可能性があるというわけだ」

「ええ、可能性はあると思います」

「しかし、引っかかるな。仮に地下にバグの巣窟があったとして、それが過去の円状都市の落日を説明することはできないな」

「ええ、確かに」

 今回EMPフィールドが破られたのは奴らの技術がフィールドの技術を超えたため。しかし、ほかの円状都市の時ではまだ奴らの技術力では超えることができなかった。

「相変わらず、なぞは残ったままというわけだね」

「そういうことになります。今回調査により分かったのは以上です」

「それはそうと、君の体調は大丈夫なのかい? カナから聞いたよ。三日ほど眠っていたようじゃないかい?」

「ええ、俺のほう大丈夫ですよ。もともと傷の治りは早いので。それこそシルビアさんこそって、まあ、その分だと、大丈夫みたいですね。コスプレができるぐらいですから。あの時はもう、壊れてしまったのかと思いましたよ」

「コスプレでもしないと気がどうにかなりそうでね。どうにか正気を保っているよ」

 なんだろう。やっぱりいつものシルビアさんにしか見えない。

 心配していたのが水の泡になったけど、これでこそシルビアさん。と安心するのだが、こんな時に体操服を着るのはいかがなものかと。それにしても、目に毒だ。

「どうやら、情けないところを見せてしまったようだね。それに、二人は疲れているのに、またバグの調査に駆り出してしまった。本当にすまない。私は君たちに頼ってばかりだ」

 EMPフィールドが構築不可能となってしまった以上、円状都市の外に出ることのできる者は俺とカナぐらいしかいない。シルビアさんも不可能ではないが、立場上円状都市を離れることがないほうがいいだろう。

「シルビアさんこそ、気に病む必要はないですよ。まさか、あそこまでバグが進化しているなんて誰も予想できません」

「まさかEMPフィールドまで突破されてしまうなんてな」

「明らかに、予想を超えています」

「君たちが無事で本当によかったよ。ところで、分っているとは思うのだけれども……」

「この事実を口外しないようにってことですよね」

「きっと皆さらに混乱してしまうからね。一旦この情報は私が預からせてもらうよ」

「ええ、シルビアさんが判断してください」

 報告を終えたため、立ち上がろうとすると、シルビアさんは何度もわざとらしく咳を付きだした。

「どうしたのですか?」

 やれやれと、シルビアさんは大げさに呆れてみせる。

「私のこんな姿を見ておいて、感想のひとつでも言ったらどうだ?」

 はぁと、俺はため息を付き、話が長くなりそうなのでソファーに腰を下ろした。

「一人でもコスプレするんですね」

「今ではブルマなんて骨董品見れないぞ!」

「時代遅れのものを見られて良かったですよ」

「私のことか、それともブルマのことか?」

「さあ、どっちでしょうか?」

「私は永遠の17歳。認めてくれないのはハルぐらいだぞ!」

 シルビアさんは、頬を膨らませて剥れる。

 歳から考えると無謀な挑戦なのだが、意外と様になっているので何とも言えない。

「認めるほうがおかしいんですけどね。とりあえず報告は以上になります。では、失礼しました」

「ハル、ちょっと待ってくれ。私からも話したいことがあるんだ」

「なんですか?」

「この間トレーニングルームでハルの太刀筋を見せてもらったよ」

 見られてたのか……

「今はもう、吹っ切れたのかい?」

「…………」

「悩んでいるようだね。そこでだ。もう一度ハルに休暇を与えようとおもう」

 相変わらず俺の生活は、研究所とトレーニングルームの往復が主となっていた。

「いま、休むなんて俺にはできません!」

 ただでさえ人手が足りていないんだ。バグの調査も終わっていない。街の人達もバグの付けた爪痕を直すために必死になっている。

 そんな最中、俺だけ休むなんて……できない。

「私はね。二人を心配しているんだよ。カナとの時間が年々少なくなっているだろ? 三年前は学園で一緒だったと聞いているが、家に帰ってもすぐに研究室に来ている。それではカナが可愛そうだ。同じ女性だから分かるんだよ。カナの寂しさがね」

「そ、それは……」

 もちろん、カナには寂しい思いをせたくない。

 俺はカナを守るために、すべてを行っている。

 研究にしても、トレーニングにしてもすべてはその一点に落ち着く。

「これは私の思いであり、上層部の総意でもあり、円状都市(サークル)の総意だよ。私達では力が足りないから、ハルとカナにはまた無理をさせてしまうだろう。だから、今のうちに休んではくれないだろうか?」

「いや、しかし……」

 俺が渋っていると、

「カナと自分の心に向き合う、良い機会じゃないか。このまま忙しい日々に戻ったら絶対に後悔するよ。カナもハルが悩んだまま生きて行くのを良しとはしないさ。それにカナだってハルの気持ちが知りたいはずだ」

 分かっている。

 研究も、体を動かすのも、自分で自分を偽っているに過ぎないと分かっている。

 ただの言い訳だと。

 でも、カナの本当の思いを知るのが怖いんだ。

 心の支柱が折れてしまいそうで。

 カナに嫌われてしまいそうで……。

 逡巡していると、シルビアさんは勢いよく立ち上がり俺をビシッと指さした。

「ハル・シュタンフォード。これは命令だ」

 

 2

 

 二層、農業区は金色の稲穂が一面に広がっていた。

 無数の穂が風に揺れるたびに青い匂いが鼻を擽る。

「綺麗だねー」と、カナは立ち上がりぐるりと見まわる。その瑠璃色の瞳は麦畑を写し、金色に輝いていた。

 現在、俺とカナは荷馬車の後ろ、刈り取られた麦の上に座っている。

 カナは白のワンピースに麦藁帽子をかぶり、俺はポロシャツ、ズボンに、カナと同じ麦藁帽子をかぶっている。お互いの脇にはバッグを置いていた。

 稲畑と稲畑の間、なだらかな傾斜の農道をゆっくりとしたペースで進んでいく。

 うららかな陽射しが、稲束に適度な温かさを与えている。まるで高級布団のようだ。

「この景色が円状都市(サークル)の中だなんて信じられないね」

 カナの言うとり周囲は信じられないほどの、自然だ。

 農業区は敷地九割を自然が占めているため、作物栽培や、放牧、海などで人口分の食糧を生産している。一見、機械化していないため効率が悪いと思われがちだが、自然を保護する観点からも避けられてきた。

 それに、自然豊かな場所で育った食材のほうが美味いのも要因の一つだ。

「元の世界も、こんな感じだったのかな?」

「多分、そうだろうな。もっと綺麗だったかもしれない」

 今となっては、誰も知らない本当の世界。

 すべてが始まる前、世界中にこんな景色が広がっていたのかもしれない。

「ハルと一緒に二層に来るなんて久しぶりだね」

「そうだね」

 研究所に所属する際に行われた、歓迎のバーベキューで訪れて以来だ。 

「ほら、あそこ」

 カナが急に立ち上がり、海辺の奥に広がっている岩肌を指さす。

「ハルとのファーストキスの場所だよ!」

 バーベキュー中に抜け出して、ひょんなことで、初めてキスをしてしまった。

 確か、あれはカナがすべってバランスを崩した時に、引き寄せた勢いでキスした。そんな場所。あの後ひどく気まずくなった記憶が残っている。

「そ、そうだけど……」

 唇の感触を思い出して、鼓動が速まっていた。

 しかし、なぜ今になってそんなことを。これは何かのサインなのか?

「もう、そんなに顔を真っ赤にしなくても良いのに……」

「いや、それは、ねぇ。やっぱり今でも恥ずかしくなると言うか、嬉しかったけど、なんというか……」

 顔がカッカなって、もごもごとしていると、カナは前方に身を乗り出して、

「おじいさん、あとどのくらいで到着しますか?」

 と、馬を操る口元に白いひげを蓄えたおじいさんに聞く。

「あと三〇分ほどで着きますよ。お嬢さん」

 カナは短くお礼を述べてから俺の横に座る。

「たしか、パンフレットを見る限り、旅館に泊まるんだよね?」

「リョカン?」

「ハル、パンフレット見てないの?」

「いや、ちょっと忙しくて……」

「もう、しょうがないなー」

 そこから、カナの知る旅館とは、からに始まり日本と呼ばれる過去の国の文化について話し始めた。日本家屋や、温泉、などについて熱く語ること一時間。

 喋り疲れたのか、カナは俺の膝に体を預け眠ってしまった。確かに眠い。馬車の揺れは心地よく、寝不足の体には酷な状態だ。欠伸を一つ付く。

 これから泊まる宿泊地はシルビアさんが手配してくれた場所。

 どのような場所なのか、カナに教わったけど正直ピンと来ていない。まあ、見てのお楽しみということで。

 カナの髪を撫でる。

「旅行……か」

 半ば無理やりだったが、シルビアさんには感謝している。

 きっと、後押しが無ければ研究所とトレーニング施設の往復で人生の大半が終わっていたから。


 3


 荷馬車に揺られること二時間、目的地へと到着。

「す、すごいな……」

「ほら、私の言ったとおりでしょ?」

 重厚な門を前にして、俺は感嘆の声を上げていた。カナはドヤ顔で、傍に佇む。

「ハル、いこ!」

 カナに手を引かれ、門をくぐると木造の巨大な日本家屋が視野を埋めた。足元には平面的な石が絨毯のように引かれている。

 俺達は周囲を見回しながら歩き出す。

 両脇には、日本庭園が広がっていた。

 どこかひんやりとしていて涼しげだ。鯉が池の中を飛び跳ね、鹿おどしの音が波紋のように広がる。

 きっとこれが風流と言うのだろう。

「風情があるよね」

「風情?」

「風流と一緒だよ。日本的と言うか。実は一度来てみたかったんだよ。ひょっとしてシルビアは私が気になっているのを知っていたのかな?」

「ごめん、気付かなくて……」

「ううん、気にしないで」

 カナは落ち込む俺を覗き込んで、

「ほーらそんな顔しないで、せっかくの旅行が台無しだよ?」と慰めてくれる。

「そ、そうだ。荷物持つよ」

 落ち込んでいる暇なんてない。

 せっかくの旅行だ。楽しまねば。

「ありがとう!」

 カナからバッグを受け取り、肩に掛けて歩き出す。

 日本家屋の門戸には薄紅色の着物を着た女性が佇んでいた。



 先ほどの女性は女将と言うらしい。

 女将に連れられて、中庭を横目に一番奥の部屋に案内された。

 これまた日本家屋の造りで、畳は二〇枚ほど敷き詰められている。

 部屋にはテーブルと座布団が用意されていた。

 部屋の奥の障子窓をスライドすると、そこには、

 すべてを手に入れたと錯覚させるほどの絶景が広がっていた。

 風が部屋の中を吹き抜けていく。収穫間近の麦の穂が風に揺れ波打つ、その先には開けるようにして海が見えていた。三年前、夏に来た時と表情が違う。

 カナは麦藁帽子を押さえながら、縁側に佇む。

「きれー――!」

 目が覚めるような青と、山吹色のコントラストが綺麗だ。

 その景色を見つめて、カナは感嘆の声を上げていた。

「いい、眺めだな……」

 俺は荷物を降ろすのも忘れて、カナの隣で呆ける。

「そうだ! 海にいこうよ!」

 二層に娯楽は無いからな。

 カナの提案に俺は頷き、荷物を置いてからカナの手を取った。



 海に続く農道を歩いて砂浜へとやってきた。

 カナは素足になって、寄せる波に足元を濡らしている。そんなカナの姿を少し離れて見つめていた。

「ハルも来てよ! 冷たくて気持ちいいよ!」

 スカートを靡かせながら、カナはくるりと回って見せる。

 海水が跳ね、煌めく。

「今いくよ!」

 見つめていたというのは嘘で、見惚れていた。

 白い肌が太陽で焼けるそれすら憎らしいほど、カナの姿が美しかった。

 急にカナが愛おしくなって涙が溢れてくる。

 幸福な時間が、カナと居るこの時間が、着実に終わりに向かっていると思うと涙が一筋零れ落ちた。

 カナに見つからないようにして涙を腕で拭う。

 いま、泣いてはだめだ。最後かもしれない、この瞬間を楽しもう。

 俺は靴と靴下を脱いでカナのもとへ向かった。

 海水を掛け合い、お互いの服が濡れて乾いてしまう頃には人口太陽の光が茜色を帯びている。

 もうすぐ、夜がやってくる。



 俺達は浜辺に腰を下ろしていた。カナは俺に寄りかかっている。

 夜の海は波がさざめき、海面は月明かりでキラキラと乱反射している。分かりやすいほど、海の表情が変わっていた。

「こんな時に俺達だけこんなところに居て……」

 ふと、俺はつぶやいてしまった。

「ハルが今まで頑張ったご褒美だよ」

 本当に今まで、色々な事があった。馴れない学園生活。ランク戦での試合。そして、中央円状都市(アイオロスサークル)が落日を迎えての今日までの日々。毎日、必死の思いで生きてきたのかもしれない。でも、それは俺が好きでやってきたこと。正直、頑張ってきたとは思っていない。ただ、四年前の俺はルミカを守りたくて、カナの『共に戦う』という提案に乗った。それがルミカを病院に入れる条件だったからだ。

「そうかな。俺頑張って生きてきたのかな。自分では分からないな……」

 何時からだろうか、ルミカの為よりもカナの為という思いが上回ったのは、過去のことでわからない。

「そんなことないよ。私、知ってるんだから、何時も夜遅くまで研究室で難しい顔しているのも、トレーニング室で体を鍛えてるのも、私、全部見ていたんだよ?」

 ――見られていたのか。

「やっぱり……カナには敵わないな」

「ハルの頑張りにも敵わないよ」

 カナはすっと立ち上がり、数歩進んでから振り返る。

「この休みはハルが勝ち取ったんだよ。だからさ、めいっぱい楽しもうよ!」

 両腰に手を置いて、にこやかに笑い、ほらーはやく! と、急かしてくる。

「いつまで遊ぶんだよ! もうすぐ日が暮れるぞ!」

「明日の朝まで!」

 カナは海に走って行った。

 

 4


 旅館に戻る頃には日が暮れていた。

 人工太陽だから、日が暮れると言う表現が正しいのか分からないのだけれども。

 一度部屋に戻って入浴支度をしたのちに風呂へと向かっている。

 俺は空色の浴衣と入浴道具を小脇に抱え、カナも同様に桜色の浴衣と入浴道具を小脇に抱えていた。浴衣の着方は分からなかったが、レクチャー用紙に目を通したので問題ない。ちょっと自信はないけど。

「露天風呂ってどんなのかな?」

「野外にあるみたいだから良くは思わないけど、それが文化なら仕方ないか」

「大丈夫だって、誰も覗く人なんていないよ。それに今日は貸切でしょ?」

「まあ、そうだけど……」

 俺達以外、見る限り宿泊客はいないようだ。

 それもそのはず、一層の状況が旅行どころでは無いからだ。だから、覗く奴なんていないと思う。しかし、可能性はゼロではない。

「もう、心配性なんだから」

 カナは気にしていないようだ。むしろ、その足取りは軽い。

 よほど露天風呂が楽しみのようだ。

 部屋に備えられていた地図を見て進むこと一〇分。

 男湯、女湯の分かれ道にたどり着いた。

「あとは、各々自由ということで」

 カナを見送り、のれんを潜ると正面には、体を洗ってから浸かりましょう。タオルを湯船の中に入れてはいけません。と記された札が掛けられている。

 なるほど、これが日本式なのか。

 入浴の仕方を習ってから、入って行く。

 棚と籠の並んだ脱衣所で服を脱ぎ捨てて、タオルを持ってドアをスライドすると、

「おお、凄い」

 竹の柵がぐるりと囲まれた露天風呂は湯気に包まれていた。

 周りは、角の取れた岩石がぐるりと風呂を囲み、一部には屋根が掛けられていた。他には打たせ湯も完備されている。

「これを独り占めできるのか」

 とても一人で入るのはもったいないほど、広い。

 かといってカナと一緒に入る訳にはいかない。結婚している訳でも無いので。それに結婚すれば良いと言うわけでもない。

 これが露天風呂、初めてだがとても居心地がよさそうだ。

 とりあえず注意書きを思い出して、先に体を洗ってから湯船に浸かった。

 おぉ――やはり良い。温かい。芯から冷えた体をじんわりと温めてくれる。

 普通のお湯と違うようで、なんだかお湯が柔らかい。温泉とは体に優しいのかもしれない。

「ふぅ…………」

 思わず吐息が漏れる。

 俺は露天風呂の淵、岩肌に背を預けて眼を閉じた。

 旅行中にカナに話すことがある。

 しかし、どのタイミングで話せば良いのか俺には分からなかった。

 どうせ悩むと分かっているのなら、シルビアさんにタイミングを相談すれば良かった。

 腕を組んで考えていると、ガラガラガラと扉を開ける音が聞こえる。

 えっ? 俺とカナ以外に宿泊客が居たのか? 

 瞼を開けて音の方向、出入り口付近に目を向けると、タオルで体を隠したカナと――視線が触れ合った。

 カナは体を隠している。しかし、濡れた艶っぽい髪と、真っ赤に染まる頬だけは隠せていない。どうやら、体を洗った後に男湯に入ってきたようだ。

「えっ?」

「後ろ向いて!」

 カナの声に俺は慌てて、後ろ向きに座り直す。

 カナは水を踏む音を立てながら湯船に近づくと、ポチャンと音を鳴らした。

 振り返ると、一糸まとわぬ姿のカナがいる。そう考えるだけで動悸が速まる。

 落ちつけ。とりあえず深呼吸だ。しかし、収まるどころか速まるばかり。

 まずい、このままではのぼせてしまう!

「あの……」

 先に上がる、と言おうとしたら……。

 ――背中に、温泉よりも柔らかな肌と鼓動の高鳴りを感じた。

 首を少しだけ後ろに向けて確認すると、カナと背中合わせで座っていた。

「お、おどろいた?」

「ま、まあな……」

 毛穴が開いて、異様な汗が出ている。

「か、感想は?」

「……感想?」

「今まで一緒にお風呂にも入ったことないでしょ?」

「そ、そうだけど、それが当たり前じゃないの?」

「私達って恋人同士だよね?」

「そ、そうだね。少なくとも、俺はそう思っているよ」

「わ、私もそう思っているんだから…………」そして、ごにょごにょと「いつも一緒に入りたいのに…………」

「何か言ったか?」

「ふん、何も言ってないです!」

 カナのそっぽ向ける仕草が想像できる。

「そ、そうか……」

 何故、怒っているのだろうか。

 急に沈黙が広がる。こそばゆくて、恥ずかしくもある沈黙に俺はほっとしていた。賑やかなカナも素敵だ。でも、色っぽいカナも素敵だ。

 俺は空を見上げた。偽物の星が光っている。

 しかし、背中の感触は本物だ。

 カナを想う気持ちも本物だ。

 でも、自分は偽物なのかもしれない。

 存在は本物、でも、心は偽物。

 ずっと本物に触れるのが怖くて、言葉を伏せてきた。

 このまま死んだら、俺の想いはどこに行ってしまうのだろうか。

 カナに言いたいことも言えずに、伝えたいことも伝えずに消えてなくなるのか。

 カナの本当の想いを知らずに死ぬのはごめんだ。

 カナを想うこの気持ちを偽物にしたくはない。

 だから、真実を心に刻むんだ。一言一句。カナの為にも、自分の為にも……。

「最後かもしれないから、聞いておきたいんだ」

「最後って……来年もまた来ようよ」

「そうだけど、今を逃すと聞きそびれてしまう気がして……」

 困惑の沈黙を経て、

「うん、わかった」

 ずっと、心の中に積っていた思い。

 今日を逃すと、カナに聞く機会を失ってしまうだろう。

 いま、聞かないでいつ聞くんだ。

 言葉を発しようと喉を震わせると――

 すでに表情筋が震えていた。じっとりと、額に汗が浮かぶ。温泉に入っているのに……。

 俺は生唾を飲み込んで、固まった舌を動かした。

「カナは俺のこと……恨んでいるよね」

「えっ?」

「三年前のあの時、俺は……」

「ひょっとして、あの時の……」

 俺は中央円状都市(アイオロスサークル)がバグに襲われる中、カナとルミカの三人で逃げ出してしまった。その結果、カナの大切な弟や、家族が、俺の意志と行動によってバグに殺されてしまった。

 カナは自分の思いを貫くことができたはずだ。

 俺、一人ではバグを倒せるだけの力を、持ち得ていないのだから。

 カナと共に戦って、初めてバグと戦える。

 だから、カナが俺の意志と行動を拒否してしまえば俺は従うしかなかった。

 カナの家族を助けた後にルミカを助けるしかない。

 でも、カナはそれを言わずに、俺の行動に従ってくれた。

 結局、カナの選択を捨て、俺の自分の大切な人達を守るという欲望を優先してしまった。ただの……クズだ。

 今でも、ずっと心の中に(わだかま)りのごとく残っている思い。

 思い出す度に、拳が震えていた。

 壁を殴りつけていた。

 小さくしゃがみ込んで、嗚咽を堪えるだけで精一杯だった。

「そんなふうに思っていないよ」

「でも、俺は……カナの大切な人を誰一人……守れなかった……」

「ううん、私とルミカちゃんを守ってくれたよ?」

「でも、それだけじゃ」

 俺には血のつながった妹がいる。でも、カナには……

「ハル、私のほうを見て!」

「いや、でもそうしたら!」

 裸を直視してしまうじゃないか!

「いいから!」

 カナの剣幕に押されて、恐る恐る振り返ると、

 唇が押し付けられた。

 柔らかさに頭が空っぽとなり、思考が弾ける。

 どれだけの間、唇を合わせていただろうか? ほんの数十秒の瞬間がやけに長く感じた。

 唇が離れると、カナは顔を真っ赤に染めて正面から俺の身体を抱きしめる。

 再度、柔らかな感触に身体は包まれた。

「これが……私の答えだよ……」

 耳元で、鈴音のような甘やかなカナの声が響く。

「私の大切な人が、大切だと思う人が大切だから。家族がバグに殺されて悲しかった。でも、ハルが悲しむ顔が見たくなかったんだよ」

 自然とカナを抱きしめていた。

 とめどなく大粒の波が零れてくる。

 何度も掌で拭っても、拭っても溢れてくる。

 ひどい顔だ。ひどい男だ。情けなくて、弱虫で、惨めで――――

「もう、……悲しい思いはさせない。……今度こそはカナの大切な物……すべて守る」

 決めたんだ。もう、カナには何も失わせない。

 今度こそ、絶対に――。

「ハル違うよ。今度は私達二人で一緒に守ろう」

 そうだな。

 俺は一人じゃない、カナが傍に居てくれる。

 包み込むようなカナの言葉に心が少し軽くなった。



 三〇分ほど、温泉に浸かってから俺は上がる。

 ずっと抱き合っていたわけではない。五分後には俺とカナは落ち着きを取り戻し、背中合わせに座り直して、小さくなっていた。

「先に出て、入り口で待ってるよ」

「う、うん……」

 俺は腰元にタオルを巻いて、そそくさと露天風呂を後にする。

 脱衣所で浴衣に着替えてから脱衣室の外で待つ間も、先ほどの光景を思い出しては顔が熱くなって、呼吸をして落ち着かせる作業の繰り返し。

 そして、三〇分後。

「どうかな。初めて着るけど似合っているかな?」

 浴衣姿のカナは髪を束ねて、肩から前に流していた。

 どうして、こうも艶っぽいのだろう。

 しっとりと濡れた髪に、血色の好い肌、ほんのり染まる頬。瑠璃色の瞳に浮かんでいるのは不安と期待。浴衣の色よりも綺麗な薄桃色の唇が震えていた。

 似合っている? 言葉にすることすら間違っている。

 似合わないはずがない。似合う以前にカナの存在が浴衣を食っていた。

「ハル、のぼせちゃったの?」

 カナはおーいと、俺の顔の前で手を左右に動かしていた。

 どうやら見惚れて、言葉を失っていたようだ。

「似合っているよ」

「よかったー。浴衣初めてだから心配で……」

「カナ、綺麗だよ」

 見る見るうちにカナの顔が赤に染まっていく。

 俺も現状を理解できていなかった。

 しかし、口の中には発してしまった言葉の余韻がまだ残っている。

 噛みしめると、脳の中で言葉がリフレインする。

 ――カナ、綺麗だよ。

 脳と口が直結していた。

 こみ上げてくる恥ずかしさ。熱を持つ耳朶(じだ)

 しかし、カナもそれは同じで、「ありがとう」と、言って顔を赤らめ先に歩き出した。

 カナの後を追うようにして俺も歩き出す。

 

 

 月明かりに照らされながら俺達は、日本庭園沿いを歩いて部屋に向かっていた。

 依然(いぜん)、沈黙と静寂が場を支配している。

 恥ずかしくてお互いの顔を見せられる状態ではなかった。

「ハルと旅行できて本当に良かった。ハルの想いも聞けたし、私もハルに伝えたいことがあったから」

 口火を切ったのはカナだった。

 月明かりに照らされた彼女の横顔は清々しさに溢れている。

 きっと思いを溜めこんでいたのだろう。そして、吐露できたからこその表情。

「俺も、カナの想いを聞けて良かった」

 怖くて聞かなかった。でも、カナの思いを聞けて知ってよかった。

「私も、同じ気持ちだった。ずっと、ハルの中で三年前が重荷になっているのかなと思っていたんだよ。ハル……優しいから」

「ごめん、遅くなって……」

「ううん、良いの。もっとハルを好きになれたから」

「機会を与えてくれた、シルビアさんにも感謝しないとな……」

 カナは立ち止まり、俺を見つめる。その瞳は月光を写し、煌めいていた。

 思わず息を飲む。その姿が、あまりにも綺麗だったから。

「ほかの女性の話は無しだよ。今日は私だけを見て」

 月よりも、星よりも、カナが一番輝いて見えた。

 すぐ傍に一番光り輝く、大切な人がいる。

 だから……。

「君から目を離さない」

 俺はカナを抱きしめていた。


 その夜、俺達は寝具の上で肌と肌を重ねた。

 何度もキスをして、カナの頬を撫で、見つめ合って、お互いの存在を確かめ合う。そして、何度も何度も、火照った体で抱きしめ合った。

 それは、二人とも初めてで、とてもぎこちない行為になってしまった。

 でも、俺はその時初めて見たカナの表情を一生忘れないだろう。


 5


 こうして俺達の小旅行は終わった。

 俺は相変わらず朝早くに研究室に出向き、夜遅くまでトレーニング室にいる。

 しかし、少しずつ仕事に割り裂く時間が減っていた。カナと少しでも一緒に居たかった。

 だが、バグが突然現れた現象の解明をしなければならない。気は進まないが、研究室で机の前に向かう日々が続く。

 

 そんな二週間が過ぎた頃。

 仕事を早めに切り上げた俺は、一層に広がる商店街を歩いていた。

 すでに、戦闘での傷跡は街から消えている。今では、活気あふれる何時もの風景が広がっていた。ポケットから地図を取り出して、ジュエリーショップの場所を再度確認する。

 俺は、カナにプロポーズしようと考えていた。

 カナにずっと傍に居て欲しい。同居して早三年、今さらな気がする。しかし、ここは男らしく自分の口から言うべきだろうと小旅行を経て決心していた。

 地図を見ながら、ジュエリーショップに到着。

 煌びやかな外装に戸惑ってしまうが、腹を括ってドアを開けた。店内を見て回り、二時間ほど迷った末にエンゲージリングを購入。

 お互いの名前を掘ってもらうまで待つこと二〇分。指輪を入れたリングケースを受け取り、ポケットに忍ばせて店を出る。

 さて、どのタイミングで渡そうかと、どんな言葉が良いのかと、鼻歌高らかに考えながら歩いているとバグ調査を終えたロイとすれ違った。

「お疲れ」とロイに声をかけると、彼は立ち止まって振りかえる。

 ロイはいつも通り白衣姿で、ポケットに手を突っ込んだままだ。

 冷淡な目がじろっと俺を睨みつける。

 馴れてない人から見れば、睨みつけられていると思うだろう。しかし、睨んでいる目つきはロイにとっては普段の顔。血色の悪い肌も平常運転のようだ。

「ああ、お前か……。ちょうどいい」

 ロイの口元が鈍重に動く。しかし、聞き取れない。

「え?」

 聞き返すと、

「お前に聞きたいことがあったから、研究室に戻ろうと思っていた」

 ぐったりとしたロイの声だが、今度は聞き取れた。

「そうなんだ。ここじゃなんだし、場所を変えるか?」

 人波が、俺とロイを避けて通り過ぎていく。

「いや、すぐに終わる……。謎は解けたか?」

「謎ね。相変わらず手詰まりだ」

 結局、何も分かってはいない。

「そうか、残念だ。お前なら解き明かしてくれると思っていたが……。もう一つ答えてくれ、バグに感情が無いと思うか?」

「あるわけないだろ。あれは兵器だ!」

 激情ぎみに俺は即答した。

「ロイ、最近お前変だ。疲れているんじゃないのか? 早めに寝ろよ」

「そうだな……」ロイは頭上をゆらりと見上げて「俺はもう、疲れてしまったようだ」ふらふらと踵を返して人混みの中に消えていく。

「おい、ロイ!」

 俺を見ること無く、ロイは立ち止まり、

「なんだ」と、声を尖らせる。

「いや、なんでもない」

 ロイは無言で去って行った。

 アイツらしくない。きっと疲れているだろう。

 シルビアさんにロイを休ませるように言ってみようか。

 しかし、研究の虫だから休まないだろうな。

 そんなことを考えながら俺は歩き出すと、すぐに思考はカナに指輪を渡すタイミング、ムード造り、決め台詞へと変わっていた。

 どうしようもないほど俺は浮かれていた。

「さあて、帰るか」

 次の瞬間、天井が崩れて漆黒の巨大な何かが落ちてきた。


 6


 ズンと、地面が揺れる。

 のんきな思考が吹き飛ばされ、俺はすぐに崩落個所に目を向けた。

 まずい、ルミカの病院の近くの天井が崩壊していると確認した直後、迷うことなく地面を踏み込んだ。

 周りの人たちは何が起きたか分かっていないのか、固まったまま崩落個所を見上げている。

「早く避難しろ、あれはバグだ!」

 人波を潜り抜けながら俺は叫ぶ。

 風船が爆発するように、悲鳴と戦慄が走る。そして、

「バグが侵入しました。至急シェルターに避難してください。これは演習ではありません。繰り返します。バグが――――」

 街のいたる所から、地下シェルターへと続く階段がそそり出ていく。

 ダメだ。もう遅い!

 遠くからは歪な悲鳴が聞こえていた。途端、体から仮想昇華(フェイズシフト)の光が溢れ出した。どうやら、カナも異変に気づき奇跡(テラス)を発動したようだ。

 すぐさま、脚元に光を走らせて、俺は地を蹴った。

 烈火のごとく飛び上がり、屋根の上を駆けるように飛んでいく。右手で腰元にぶら下げた柄を手にとり「イミテーション」構築言語を唱えた。

 天井の穴から舞い落ちる灰が柄もとに集まり、刀身が構築されていくがどうでも良い。ただ無心で、病院へと直走(ひたはし)る。

 頼む、間に合ってくれ!

 強い祈りを込めると俺の気持ちにカナが反応したのか、粒子の密度が増えていた。

 さながら弾丸のごとく突き進む。離着陸のたびに屋根が崩れていく。しかし、今はそんなこと知ったことか! 

 目的地は、すぐそこまで迫っている。

 病院の屋根は崩壊していた。一人、二人と逃げ遅れた人々が七本脚、蜘蛛のようなバグに襲われている。

 緊張が走る。

 ルミカがすでに殺されているなんて考えたくもなかった。

 俺は焦りながら、視線を巡らせると、

「助けて、お兄ちゃんーーーー!」

 ルミカの助けを呼ぶ悲鳴が聞こえた。

 声を感知したバグがルミカの病室の屋根を壊しながら迫っている。立ち上がれないルミカを襲おうと、バグは前脚を振り上げた。

 

「ルミカに触れるなぁあ――――!」


 俺は咆哮した。

 すぐさま、灰烈火刀(グラウティーソード)を両手に持ち替え、勢いに任せてバグの体を後ろから切りつけた。

 (クオーツ)を捉えた感触が手に伝わっても刀身は維持したまま、バグの足元に潜り込んで、正面で刀を構える。

「お、お兄ちゃん!」

「ごめん、遅くなった」

 バグが歪な機械音と共に真っ二つに割れて――崩れた。

「ううん。大丈夫、お兄ちゃんがきっと助けてくれると信じていたから」

「エンド」刀身を解除する。

 俺は振り返ってルミカの無事を確かめると「はぁーよかった」と安堵の声が漏れた。

 そして、ルミカのもとに駆け寄り、膝を折ってから抱きしめる。

「良かった。ルミカが無事で本当に良かった」

 泣いてしまいそうだ。

「私は大丈夫だよ。怪我もしてないから」

 よしよしとルミカに頭を撫でられる。

 このまま和んでいたい気持ちに駆られるが、そんな暇はない。早くルミカをシェルターに移動させないと。

 気を持ち直して抱きしめる力を緩めて、ルミカに手を差し出す。

「立てる?」

「腰が抜けて体が動かないみたい」

「それなら仕方ないな」

 よっと、掛け声と共にルミカをお姫様抱っこの形ですくい上げる。

「私重いから!」と、ルミカは真っ赤になって俯いた。

「俺は気にしないさ。逆に軽すぎて心配なんだよ。それにさ、立てないならどうやって安全な場所まで運ぶのさ」

「むぅ……もう……」

 しぶしぶの納得。

 女の子はどうして体重のことばかり気にするのだろうか?

 俺は仮想昇華(フェイズシフト)を維持したまま、病院から飛び降りる。

 衝撃を完全に殺して、図書館前の公園に着地。すぐにベンチにルミカを座らせる。依然、逃げ惑う人の波が商店街に溢れていた。

「カナさんは?」

「カナは大丈夫だ」

 仮想昇華(フェイズシフト)が行使されているから危険が迫ればすぐに分かる。カナは余波をたどってこっちに向かっている。

 カナの行使する奇跡(テラス)の温かさが、刻々と強くなっていた。

「ハル、ルミカちゃん!」

 カナが息を切らしながら走ってきた。無事だと分かっていても、カナの安否を目で確認すると肩からふっと力が抜けていく。

「大丈夫だよ。お兄ちゃんが助けてくれたから」

「はぁ……良かった」

 カナが安堵するのも束の間、俺達は頭上にぽっかりと空いた穴を見つめる。灰が振り落ちていた。やはり、穴は外に繋がっているようだ。

 あそこからバグが侵入したのか。そして、また円外広域監視課が機能していない。

 しかし、今考えるべきは東部円状都市(エウロスサークル)内部に侵入したバグの数だ。一層に落下してきたバグは先ほどの一機。しかし、二層の状況が分からない以上、確かめに行くしかない。

「いったい何が起きているんだ」

 白衣を纏ったロイが珍しく走ってきた。

「どうして、ここにロイが?」

 すでにシェルターに逃げ込んでいてもおかしくないのに、

「お前が走って行くのを見てな。それを追ってきた」

「ちょうど良かった。ルミカをシェルターに連れて行ってくれないか?」

「別にかまわないが……お前たちは行くのか?」

「ああ、行くよ」

 カナも決心した表情で頷く。

「お兄ちゃん……カナさん……」

 ルミカが不安げに眉を寄せるので、

「なあに、心配することはないさ。何時も通りパッと倒して帰ってくるよ」と、ルミカの頭を撫でてから俺は小声で「手を出して」

 ルミカは戸惑いながらも小さな手を出す。

 その手に、俺はリングケースを預けた。

 するとルミカは栗色の瞳を瞬かせて、

「これって、まさか、婚約指輪?」

「う、うん。落ち着いてからカナに渡そうと思っている。だから、戻ってくるまで持っていてくれないか?」

「うん、大切に預かっておくね。だからお兄ちゃん帰ってきて、絶対に自分で渡してね。私が渡すなんて絶対に……嫌だよ」

「俺も男だから。自分で絶対に渡すさ。それまで頼んだ」

 ルミカはコクリと強く頷く。

 再度、慈しむ様にルミカの頭を撫でてから俺は振り返る。

「シルビアさんはすでに動いているはずだ」

「ああ、そうだな」

 すでに、現場に急行しているはず。連絡など無くてもシルビアさんの動きは大体わかる。人々を守るために戦う。シルビアさんはそういう人だから。

「ロイさん、ルミカちゃんをお願いしますね」

「約束は守る。だから、お前たちは早く行け」

「カナ、行こう」

「うん」

 すぐに俺は腰元から防塵マスクと、ゴーグルをつけてからカナを背負う。そして、脚部に力を集中させた。

 密着しているため、仮想昇華(フェイズシフト)の効力が強まっている。イメージするだけで、バネを得たかのように体が動く。

 仮想昇華(フェイズシフト)の力で体が軽い。

 違う、カナが側にいるだけで体が軽い。

 カナを背負った俺は鷲が狙った獲物を追うように屋根と屋根の間を滑空しながら進み、穴の真下に止まる。

「振り落とされるなよ」

「うん」

 カナは俺の背中を抱きしめるようにしがみつく。その表情は引き攣り、目はきつく閉じられていた。ぶるぶると体を介して、カナの震えが伝わってくる。

 華奢な体。瑠璃色の瞳に、光沢を纏った流れる髪。鋭く研ぎ澄まされた怜悧(れいり)な美しさ。汚れなど、穢れなど、けして与えてはならない。だから、

「大丈夫、何も心配することはない。俺がカナを守るから。だから、カナは俺を信じて側にいてくれ、それだけで力が湧いてくるから」

 すっとカナの表情が和らぐ。

「ハル……うん……」

 さらに踏み込むと家一軒を衝撃で破壊しながら垂直に上昇していく。高速、高速、空気の膜をぶち破る勢いで飛ぶ。

 そして、穴を潜り抜けると二層の風景に差し替わる。

 周りを見回すが特に荒らされた形跡は見当たらない。二週間前と同じように自然豊かな景色が視界の隅々まで続いていた。どうやらバグはいないようだ。

 見上げると屋上まで穴は直線状に伸びている。

 やはり、頂上からバグが内部に侵入していた。

 俺は滝を上るような垂直上昇を終えて、屋上に綿毛のような着地。カナをその場に下ろしてすぐに目を配る。

 屋上へと続く専用出入り口が確認できるものの、シルビアさんの姿はない。

 特に変化は見当たらなかった。

 だが、俺とカナはある異変に気付く。

「灰が降っていない?」

「え……?」

 俺達はマスクと、ゴーグルを外して直に確認する。

 確かに降っていない……。

 地球全土、常に降っているはずの灰が止んでいた。

 しかし、遥か遠方は灰が降っている。

 まるで、この場所だけ傘が差されているようだ。

 これはどういうことだと思考を巡らせ、お互いに神妙な顔つきで天蓋を見上げた直後。

 漆黒の物体が飛来してきた。


 7


 我が眼を疑う。

 何もない空間、無から有が抜け落ちるようにして、それが現れたからだ。

 正体は色で分かる。

 見覚えのある暗褐色。身の毛もよだつ煌めき。その姿はまさしく、バグだ。

 俺はすぐさま、カナを抱きかかえる。

 そして、淡い光の粒子と共に地面を踏み込んで、右に飛び退く。

 そいつは雷鳴のごとく爆音を轟かせながら、屋上を滑空して空に昇っていった。

 歪な羽を広げて颯爽と飛ぶさまは、空の王たる優雅さを秘めている。

 一目見て鳥だと思った。全長、一五メートルほどだろうか。

 くちばしは口先にいくほど曲がり、鋭利に尖る。

 真っ赤なくっきりとしたアイリングを持った瞳がすれ違いざまに、何度も瞬き、奇妙な輝きを放っていた。

 顔からなぞるように伸びる胴体は、風の抵抗を抑えるために曲線で構成されている。

 そして、注目すべきは三本脚。着実にバグは進化している。

 その姿は、さながら八咫鳥(やたがらす)という架空の生き物を彷彿とさせていた。

 鈍色の空の下をバグは旋回している。

 雄々しくて、美しい。だからこそ憎い。

 こんな綺麗な化物に人間が殺されてきたのかと思うと、憎らしい。

「二人とも、大丈夫か?」

 専用出入り口から、シルビアさんが靴音を立てながら走ってきた。もちろん防塵マスクとゴーグルを付けている。

「なぜ、灰が降っていない?」

 と、シルビアさんに俺達と同じ疑問を投げ掛かられて、俺は首をすくめる。

 困惑した表情でシルビアさんも防塵マスクとゴーグルを脱ぎ捨てた。

「シルビア、あれ!」

 カナが指をさす方向をシルビアは目を凝らすようにして見つめた。

 いまだにバグは悠々と旋回している。

「あれは、三本脚……私達に殺れるのか?」

「殺れなければ、死ぬだけです」

「……そうだな。私は何を弱気になっているんだ」

「シルビアさん。援護をお願いします」

「了解した」

 シルビアさんは、背中から刀を抜き出すようにして長銃、氷刹葬冬(ヴィンターシェラー)を抜く。

 氷刹葬冬(ヴィンターシェラー)から光が溢れるたびに拳ほどの氷を纏った弾、氷弾が現れてシリンダーのように長銃の中心に複数の円を描いていく。

 俺達の体勢が整うのを見計らうようにして、バグの姿が消えた。

 すぐに首を巡らせて、視界の端でバグの姿を捉えた瞬間。

 遠方から弾丸のように体を尖らせてバグが滑空してくる。

 俺は腰元に下げた漆黒の柄を手元に引き寄せ、韋駄天(いだてん)のごとく走り出した。

「ハル、行くぞ」

 シルビアさんの声と共に後方から、発砲音が聞こえる。

 背後から粒子を纏った氷弾が風と共に先行。

 氷弾は大気中の水分をさらに凍らせ、鋭利な氷雨と姿を変えてバグに突き刺さっていく。これがシルビアさんの奇跡(テラス)――冷華零装(フィンフルヴィンテル)の力。

 しかし、バグはびくともしない。

 鋭いくちばしは確実に俺の心臓付近を狙い、狂いながら滑空を続ける。

 俺は錯乱しそうな心を、押さえつけて正気を保っていた。

 手にはじっとりと汗を握っている。

「デストラクション」

 構築言語を唱えた。

 凄まじい熱量と共に灰烈火刀(グラウティーソード)二式の透明な刀身が露わとなる。

 ずっしりとした重みが心地よかった。

「殺ってやるよ。化物!」

 俺は雄叫びと共にさらに地面を踏み込んだ。

 生きるんだ。

 絶対に生きて帰って、思慕(しぼ)の念を形にする。

 俺はバグのくちばしを見据え、切り付けた瞬間、甲高い衝突音が鼓膜を震わせた。

 バグはジェットエンジンの勢いそのまま、衝撃となって俺に襲い掛かる。

 体中の骨が軋み、爆風が皮膚をずたずたに切り裂いていく。

 俺は、押し負けつつあるの刀を握り直し、力を込めて、バグの勢いを殺そうとする。

 激昂と共に再度、俺は腕と両足に仮想昇華(フェイズシフト)を迸らせた。

「お前なんかに、お前らなんかに、殺されてたまるか。奪われてたまるか、ふざけんなぁあ――!」

 衝撃を完全に押さえつけた俺は、絶叫しながらくちばしを切り払った。

 バグは体勢を崩して、逃げるよう空高くに舞い上がっていく。

「はぁ、はぁ」

 すでに、息が荒れていた。

 上着は衝撃でボロボロ、体のいたる個所が風圧で切れて血が流れている。

 仮想昇華(フェイズシフト)を肉体強化に回しているため、回復が遅れていた。

 一呼吸置きたい。しかし、そんな悠長なことを言っていられない。

 空中で体勢を立て直したバグが口元から光条を放つ。そして、荒れ狂うように、いくつも、いくつも、放ち屋根を抉る。そのたびに、二層に巨大な塊が落ち、刺さり、崩落音と共に振動が円状都市(サークル)全体を揺さ振る。

 ヤツは人知を超越する破壊力を持って円状都市(サークル)そのものを、機能停止に追い込むつもりだ。

《ハル、大丈夫?》

《今回はちょっと厳しいな。だけどな、負けない。生きて帰るんだ》

 俺は、刀をもう一度構えなおす。

 すでに刀身がかなりのダメージを受けている。柄から煙という名の悲鳴を上げていた。


 ――バッテリー残量一五% 連続起動時間五分――


 持ってあと一撃。それに灰烈火刀(グラウティーソード)二式はバッテリー消費が激しく、時間もない。

「シルビアさん。カナをお願いします」

「任せなさい」

 俺は地面を踏みこむと、ジェット気流のごとき勢いでヤツに向かって空を駆け、頭部から刀を振り下ろした。

 しかし、刃が(クオーツ)から鋭角上に反れた。

「通じない?」

 ヤツの体を真っ二つにする自信が俺にはあった。四本足には灰烈火刀(グラウティーソード)二式の刃は通ったのだから。

 だが、現実に予想は裏切られてしまった。まずい、このままでは、四分後には刀身が解除されてしまう。

 体は浮力を失い落ちていく。落ちるだけの体にいくら仮想昇華(フェイズシフト)を巡らせようと、浮力を得ることは出来ない。ヤツの口元から無数の光条が落下する俺を追い越して、屋根を崩落させていく。体は穿たれた穴を通り過ぎ、二層に向かって落ちていた。

 崩落中の塊に、ぶつかりそうになった瞬間、足元に奇跡(テラス)を走らせて蹴る。再度、体は勢いを得て穴を飛び越え、屋根の上に舞い降りた。

 バーストモードを使うしかない。しかし、不可能、足元が不安なため、衝撃で抜けてしまう。それではヤツに当たらない。

 万事休すか。

 バグは再度めげもせず滑空してくる。氷弾が先行、命中するたびに少しばかりバグの勢いが落ちる。

 次に、純白双花(コバルトリバイブ)が火花を散らした。

 バグに弾丸が着弾するたびに微速ながら勢いが、止まっていく。しかし、足りない。

 俺は刀を構えなおして、くちばしに向かって切り掛かった。

 いける!

 刃が当たると確証した直後、バグは翼を広げ速度を殺して急停止。刀は全力で空を切り、俺の動きは遅れる。

 バグの足指が俺の身体を蹴り上げた。一瞬の浮遊の後に頭から無様に地面に転がる。

 そして、漆黒の鍵爪が、仰向けに倒れた俺の脇腹に突き刺さった。それと同時に、灰烈火刀(グラウティーソード)二式の刀身が解除された。

「ぐ――はっ」

 背中から爪が突き抜け、激痛の波に飲み込まれる。

 突き刺さった状態では動くことも、傷を再生することもかなわない。

 バグは口を開いて、歪な光を放つ。標準はカナとシルビアさんに向けられていた。

 首を回して横なぎに光を照射。地面を簡単に裂きながら二人に迫っていく。

 シルビアさんが、地面に氷弾を撃ちつける。

 氷でもかち割る甲高い音を立てて、氷の障壁を一瞬で造りだしたが、レーザーはそれすらも紙のように焼切っていく。

 バッテリーを変えなければならない。それに、傷口が塞がらない。

 鍵爪がグリっと動いて、口からとめどなく血が零れ、地面に血だまりを作る。俺の意識は途切れそうになっていた。

 体が動かない。視界も暗転を繰り返して、意識が遠くなってくる。

 カナがバランスを崩した。

「やめ、ろ……」

 後数センチでカナにレーザーが触れる。

 怯えるようにして腰が引けてしまったカナはもう動けない。

 シルビアさんがカナを見る。だが、すでに遅い。

 カナの側まで禍々しい一筋の光が迫っていた。


 今、アルバとなり、奇跡(テラス)を使うしかないのか、カナを守る方法は無いのか……


 だが、俺の奇跡(テラス)は一度きり。

 一時的にバグを倒しても、根本からカナを守ることは出来ない。

 だが、今、奇跡(テラス)を使わねばカナが死んでしまう。

『一時的に防いだところで意味は無いよ』と、もう一人の俺の声が頭の中に直接響く。

 じゃあ、どうすれば良い。カナがこのまま殺されるのを見てろって言うのか! そんなこと出来るはずが、

『大丈夫。彼女が近づいているから』

 ……彼女?

『分かるだろ? 膨れ上がる彼女の奇跡(テラス)を』

 いや、ウソだろ? 円状都市(サークル)の外に出てくるはずが……

 

 視界はまばゆい光に塗りつぶされた。


「何をのんきに倒れておる?」


 ハッとして耳を疑う。

 視界がうっすらと回復したそこには……

 涙色の豊潤な粒子を纏ったリアがカナとバグの間、丁度レーザーの直撃からカナを守るようにして浮遊していた。

「……リア、リアなの?」カナが目を見開き、信じられないと声を震わせた。

 リアは意識を失い、今も地下で眠っていたはず。

 それに、円状都市(サークル)の外に体を晒すという行為はリアにとって死を意味しているからだ。

 体の輪郭線が少しずつ薄まり、灯火のような命が今まさに消滅しようとしているにも関わらず、リアはさも当たり前な表情で、 

「どうして? それは愚問じゃな。円状都市(サークル)はわしそのものじゃ。そして、そこに住まうお主達はわしの子供同然じゃ。だから助けに来た。疑問はあるかの?」

 リアはバグの方向へと向き直り、睨みつける。

「こやつが、わしの大切な者達を殺したバグなのか……。仇はとらせてもらう」

 リアはレーザーを抑え込みながらバグに近づいていく。

 奇跡(テラス)の光に包まれたリアの前では、バグは無力だ。

 しかし、レーザーを打ち消すたびに足元から砕けるようにリアの体が散っていく。

 リア、ダメだ。それ以上力を使ってはいけない!

 口が動かない。

 言葉が出ない。

 俺はただ、聖母のようなリアを見つめることしかできなかった。

 バグはレーザーを止め、翼を広げて空に逃げようと浮き上がる。

 ようやく爪が俺の体から抜けた。

 透明な火花を走らせて、欠損個所から埋まっていく。

 表情の無いはずのバグが焦っているように見えた。それほどにリアの圧倒的な力にバグすらも飲まれている。

「逃がさん」

 リアがヤツに向かって手を伸ばした。

 刹那、飛び立とうとするバグが地面に叩きつけられる。巨大な質量が地面にめり込み、陥没させていく。

 優しげな笑みを浮かべて、リアは軽く屋上に降りたつ。

 誰もがその場から動けずに、ただ見つめることしかできずにいた。

 リアは向き返って俺達一人一人に目を配る。

「ハル・シュタンフォード。カナ・ハクドウ。シルビア・フロスト。よくぞ今まで、みんなを守ってくれた。本当に感謝している」

 回復がやっと追いついた俺はぐらりと立ち上がった。

「感謝しているのは俺達のほうだよ。リア」

「そうだよ。リアちゃんがいないと私達、とっくの昔に死んでいたんだよ」

「私達は、リアに支えられて生きてきたんだ」

 それぞれ、悲痛なリアの言葉を否定する。

 しかし、リアの表情は優れない。

「この灰色の世界を見ても、そう言ってくれるのかの?」

 リアは景色を見回してから、

「もとはと言えばアルバの始祖が生まれたが故に、この世界は破滅へと向かってしまった。もし始祖が生まれなければ世界は自然が溢れ、人々の声に包まれ、バグも存在せず、平凡な毎日を生きていたかもしれんのだぞ? それでもわしの存在を認めてくれるのかの?」

「認める。認めるさ。リアが、始祖がいたから俺とカナは巡り合えたんだ。みんなと出会えたんだ。だから、感謝しているよ」

 きっと何事も無く、世界が昔のまま続いているのなら、変革が無かったのなら、俺はカナに出会うことはなかったかもしれない。

 世界は過酷で、残酷で、生きるには辛い。

 それでも、カナや、ルミカや、シルビアさん、みんなに出会えたことまで否定したくなかった。

 過酷だからこそ、得られたことがあるのだから。

 俺はそれを大切にしたい。

「そうかの、わしの恋し焦がれた世界は灰色だった。せめて、これからは緑が溢れるそんな世界に生まれ変わることをわしは祈っておる。だから」

 リアの体からさらに、粒子が放たれる。

 粒子は紫電を纏った花弁となり、化け物を包み込んでいく。

 しかし、奴は最後の足掻きを見せる。花弁を纏ったまま、大空へと舞い戻り再度突っ込んできた。

「こやつには消えてもらう!」

 花弁の間から目を(つんざ)くような光が零れた。

 リアの怒りとなった光が膨れ上がり、漆黒の装甲を焼き尽くしていく。

 凄まじい熱に肌がちりちりと焼ける。

 痛いほどの、熱量がうねりを上げてバグを溶かしていた。

「ハル・シュタンフォード、カナ・ハクドウ、あのティーパーティー、一生忘れないぞ。楽しかった。誰かと一緒の食事はとても楽しかった。シルビア・フロスト、色々と迷惑をかけてしまったの。あれが良いだの、あれが見たいだの。迷惑をかけてしまった。すまなかった」

 リアは瞼を瞬かせて、

「でも……楽しかった。一瞬とはいえ世界をこの目で見ることができて嬉しかった。そして、なにより、お主達の力になれて良かった」

 リアは涙色の粒子を、風になびかせる。

 すでに下半身が消えていた。

「リア……消えちゃうの?」

「……そうなるかの。でも、わしは満足じゃ」 

 リアの澄んだ瞳が俺を見つめていた。

「すまなかったの、最後にお主たちに運命すら託してしまって……。すべての命を背負うのは、辛かったろう。だが、これからはお主が本当に守りたい。そう思える人のために戦うのじゃ」

「絶対に守って見せる」と、俺は強く思いを発した。

 次に、リアはカナを見つめる。

「カナ・ハクドウ、悲しい顔をするではない。わしはきっとどこかで生まれ変わる。その時は、またティーパーティーをしようぞ。楽しみにしておるからの!」

「うん、待ってる。待っているから! 絶対、絶対だよ!」

 カナの言葉にリアは、涙を零しながら微笑んでいた。

 すでにリアの体は首元まで散っている。

「さて、そろそろお別れじゃ、さよならじゃ……ハル、カナを守るのじゃ、絶対に掴んだ手は離してはならぬぞ」

 リアの言霊が俺の耳朶に触れた瞬間、リアは完全に消滅していた。

 涙色の光が虚空に溶けていく。

 悲しかった。

 でも、やっとリアが重荷から解放されるのだと考えると、なぜか涙は出なかった。

 

 リアは幾星霜(いくせいそう)を経て、本当の自由を手にしたのだから。

 

 俺はふらふらと歩き、カナの側に佇む。

 カナも、泣いていなかった。澄んだ瞳でリアとの最後の別れを心に刻んでいた。

 無意識にカナの頭を撫でながら、俺は四散していくリアの欠片が自由を求めて飛び立つのを見送る。

 ありがとう。という言葉を込めて。

 直後、キーンと甲高い音が大気を震わせた。

 

 8

 

 音が痛みとなって鼓膜に襲い掛かる。

「キャーーーー!」

 あまりの痛みにカナが悲鳴を上げた。

 俺はカナを抱きしめて、その場にしゃがみ込む。

 そして、頭に響く痛みに歯を食いしばりながら首を巡らせる。

 シルビアさんも地面に肩肘を付いて片目を伏せて、ハウリングのように響く音の発信地を探していた。

 次第に音が頭上一点に集まり、卵から雛が生まれるように空気の殻が砕けていく。

「え……?」俺は言葉を失った。

 桜が散るようにして、徐々に空に溶け込んでいた姿を現したからだ。

 幾重もの歯車の歯を噛み合わさって、音もなく回転している。

 両側面には巨大なオールが五本ずつ、伸びていた。

 翼の役割を果たしているのだろう。

 出力機関は露出していない。

 防音処理すら施されえていたのか、無音のままシャボン玉のように浮き沈んでいる。

 その姿はまさしく。舟だ、ノアの方舟だ……。

 俺の視野は機械仕掛けの巨大な飛行物に奪われていた。

 ようやくカナは丸くなっていた背中が伸びて、真上を見上げる。

 ちょうど俺達の真上に、機械仕掛けの船が畏怖すら覚えてしまうほどの、圧倒的な迫力を持って浮遊していた。

「これは、ひょっとして……」

 俺の思考は良からぬ方向に進んでいく。

 頭上に浮かぶ巨大な船がバグの巣窟という仮説を立てればすべての謎が解ける。

 ロイの言う通り、すでにヒントは散りばめられていた。

 幽霊のようだと思ったのも、あらかた間違えではない。

 透明にしてもそうだ。ただ、俺はヒントをヒントだと思えなかった。

 バグがどうして誰にも気づかれずにEMPフィールドを突破して、円状都市(サークル)に近づけたのか。と、考えていたからだ。

 しかし、答えは違った。

 バグの巣窟自体がEMPフィールドを突破して、円状都市(サークル)の側に産み落とした。

 湖の底から現れたと思っていたが間違いだったようだ。四本足のバグの着地音がしなかったのも、湖自体がクッションになっていたからと思われる。

 そして、地球上に存在しないという考えもまた当たっていた。

 どおりで、人類が血眼になって探し回っても足取りすら発見できないはずだ。奴らは常に遥かかなたの空にいたのだから。

「これがバグの……」

 シルビアさんも全く同じ結論に辿り着いているようだ。

 動揺しながら、視界を圧迫するそれを見つめていた。

「ハル……これ、ひょっとして……」

「だと思う」

「うそ…………」

 カナも言葉を失ったまま、見上げている。

 船を覆っている、歯車の一部が異様なほど回転を速めていた。

 錆びたドアを無理やりこじ開けたような音とともに、船底が開いて無数の黒い物体が落ちてくる。飛来物は屋上を陥没させながら次々と着地していく。そのたびに、地面が大きく抉れ、灰が舞いあがる。俺達はゴーグルと防塵マスクを身に付ける。

「ハル、あの物体はもしかして……」

 視界が悪く、物体の正体が確認できない。だが、巣窟から落ちてくるということは、見なくても結論は出ている。

 灰塵の中を切り裂くようにしてヤツが現れた。

 足が七本、蜘蛛のような姿。

「バグだ」

「ハル、カナ、ここは私に任せて、早く行ってくれ!」

「いや……でも、この数では!」

 俺達は一〇体ものバグに取り囲まれていた。いくらシルビアさんといえども、これは――!

「お前たちに未来が掛かっているんだ。だから、早く!」

 シルビアさんは氷刹葬冬(ヴィンターシェラー)を構えて、氷弾を展開していく。

 バグは俺達の出方を窺うように、目を点滅させていた。

「……分かりました」

 俺とカナに言葉はいらなかった。

 お互いの考えが手に取るように分かる。

 すぐさま俺はカナを背負い、両足に仮想昇華(フェイズシフト)を迸らせて地面を蹴った。


 9


 バグの巣窟、甲板に舞い降りる。

 足元には浅く灰が積もっていた。灰が落ちるのを防ぐ傘になっていたためだろう。

 甲板は、側面、船底と違って、見る限り平坦な視界が続いていた。身が凍るほどの静寂だ。バグが現れる気配すら感じない。

 カナのしがみつく力がいっそう強くなる。

「大丈夫」

 そんな気休めの言葉しか言えなかった。

「うん」

 カナの恐怖心が少しでも紛れるなら俺は常に、大丈夫と言うだろう。

「いくぞ」 

 俺は地面を蹴った。巻き上がる灰よりも早く中心地点に向かって進む。

 バグ同様、巣窟に(クオーツ)があるとしたらそれは中心地点だ。

 変化が無ければ、バーストモードで真ん中からぶった切るだけ。

 甲板の上を走っていると、方舟が動き出した。

 歯車が回り始め、甲板までその振動が伝わる。中心地点から、扉のような箱枠がそそり出る。液体が箱枠の中を満たしていた。

 その先から、冷徹な殺気が放たれていた。

 いままでとは、比にもならない凶悪な殺気。

「あの中に、巣窟の(クオーツ)がある」

 俺は直感で判断していた。

 まだ、引き返すことができると戸惑う。

「私たちの世界を取り戻しに行こう。ハル」 

 そうだな。

 リアが恋し焦がれた世界を、

 元の安寧な世界を、

 大切な人達が生きて行ける世界を、

 もう一度、この手に。

「いこう」

 歩速を上げて、俺とカナは液体の中に突っ込んだ。 

 

 

 

 

 





 

 


 

 四章 ニューワールド・イズ・マイン



 1

 

 防塵マスクとゴーグルを脱ぎ捨て、瞼を開くと、目を見張るほどの蒼穹がどこまでも続いていた。

 灰色の雲海と、空の間の色が撹拌(かくはん)して薄暗く濁っている。

 夜明け間際の空。

 徐々に明るくなる地平線と、薄暗い夜空に金星と南十字星が輝く。

 俺は背負っていたカナを降ろすと、カナは辺りをぐるりと見回して、

「綺麗……」まるで、宝石を見るような甘美な響きを漏らす。

 今まで見たことも無い景色が続いている。それは決して人工物ではない自然。人も触れてはいない景色。

 絶景に俺とカナの心は飲み込まれていた。

 足元は真っ白な球体を半分に割ったような足場。ハーフスフィア上にいた。

 空には円を描くようにして、すべての円状都市(サークル)の現状が映し出されている。

 五つ中四つは瓦礫と廃墟郡だけの映像。そして、最後の一つはシルビアさんがバグと戦っている姿が映し出されていた。戦況は劣勢を極めている。

「私が蒼穹(そうきゅう)の部屋と名を付けた。過去には白の部屋と呼ばれていた。今となっては、どうでも良いことだが」

 不意の声に、俺とカナは振り返る。

「お前たちなら辿り着くと思っていた。どうだ? 綺麗な景色だろ」

 そこには、いるはずのない。いや、いてほしくなかった人物が立っていた。

 黒の戦闘服を纏ったロイ・バーゼルがシルビアさんの映るモニターを鋭い眼光で見ている。

「お前は……」

「ルミカちゃんと一緒にシェルターに避難した……はずですよね?」

 ロイはゆっくりと振り返り、驚いているようだなと言う。

「本当にロイなのか?」

「後ろを見ろ」

 振り返るとワイシャツの上に白衣を着た俺達の知るロイが佇んでいた。真っ白の瞳で俺を見つめている。

「コイツは、私の分身だ」

 白衣を纏ったロイと一瞬目があうと、まるで砂のようになって消えていった。

 俺は振り返り、ヤツを睨みつける。

 やっぱり、そうだったのか……

「その様子、驚いていないようだな。ハル・シュタンフォード。お前はすべて予想していたのか?」

「信じたくは……なかったが」

 気づくきっかけなんて三年前から存在していた。

 ただ、俺の推測を確固するための証拠が今まで掴めなかった。

 しかし、ヤツの声、ヤツの容姿を見た瞬間、手がかりという名のピースが集まり、形を成して、一枚の絵、結論に至った。

「俺は三年前からずっと考えていたことがあった……。バグはあの性能値でどうやってEMPフィールドを突破し、東部円状都市(エウロスサークル)以外の円状都市を陥落させたのか……」

 中央円状都市(アイオロスサークル)が落ちた際のバグの進化具合は十二足。この段階では突破することはできない。その昔をたどれば、さらにバグの性能は低いはずだ。しかし、目の前にいるこの二本足のバグは別だ。奴であればEMPフィールドを突破出来るだけの技術をすでに持っていたと考えられる。現に二本足であるロイは円状都市(サークル)の中に居たのだから。EMPフィールド発生装置を内部から破壊してしまえばいい。

 それだけではない。

 何億人に一人の存在である、奇跡(テラス)を極めし者が五人も中央円状都市(アイオロスサークル)にいた。

 いくらバグと言えども、五人のSランク所持者を倒すのは難しい。

「内部にスパイとして潜んだバグは一人だけじゃないんだろうな。複数人潜み、EMPフィールド発生装置破壊準備と、Sランク所持者の奇跡(テラス)の解析を行う。そして、二つの準備が出来てから、はじめて、お前たちは本格的に動き出す」

 その結果、中央円状都市(アイオロスサークル)が落日を迎えた。

「そこまで分かっていて、なぜ手を(こまね)いていた?」

 分かっていた。

「別に(こまね)いてわけじゃない。ただ、証拠が見つけられなかっただけだ」

 バグが内部にスパイとして紛れ込んでいるという証明ができなかった。

 他の円状都市(サークル)の跡地を調べまわったが、何一つ人間型のバグの残骸が見つけられなかった。

 それもそのはず、バグは円状都市(サークル)を襲う際にスパイを回収し、痕跡もろとも破壊していたのだから。四本足のバグが着陸地点の湖を知っていたのも、内部のスパイそれも目の前のヤツが調べたのだろう。内部の人間それも研究課の人間であれば、外円広域監視課が見逃すのもわかる。

 証拠なんて見つかるはずがない。

 だから、この考えはただの予想に過ぎなかった。それでも、奴らの証拠を探していた。

「だがな、お前を見て確信した」

 やはり俺の考えは間違いではなかったと。

 

 人型のバグは確かに存在して、スパイとして円状都市(サークル)内部に潜伏していた。

 

「さすが、私が危険視していただけはあるな。私としても君たち二人はイレギュラー。三年前のあの日、殺しておくべきだった。いくらSランク所持者であろうと、あの頃の君たちはまだ経験という物が無い。だから、殺せるはずだった」

「……だろうな。あの頃の俺は弱かった」

 確かに、あの頃の俺達はSランクを取得して日が浅く、正直言ってほかの五人とはかなり力が離れていた。

 それに灰烈火刀(グラウティーソード)も、純白双花(コバルトリバイブ)もその時にはまだ、生み出してはいなかった。

 だから、バグに敵わないと判断して、ルミカと合流した後、円状都市(サークル)から一目散に逃げた。

 単純に怖かった。

 カナを、ルミカを失ってしまう可能性を無くそうと必死だった。

「でも、今は違う。それに戦う覚悟もできている」

「覚悟か……。しかし、いくら覚悟ができていようと、私を倒すことは出来ない。私がこのタイミングで東部円状都市(エウロスサークル)を襲うというのは、お前達の奇跡(テラス)――仮想昇華(フェイズシフト)の解析が終了したことを意味している。それでも、私に戦いを挑むと言うのか?」

「……それしかないからな。……お前はなぜ戦う?」

「愚問だな」ロイは右手を手刀とし、心臓を自分自身で貫いて見せる。もちろん血は流れない。腕が抜かれると瞬く間に傷が塞がっていく。

「お前はこの体を見て、どう思う。私ですら傷つけられない機械の体を」

「どういうことなんだ、何が言いたい……」

「私は、人間になりたいのだよ。しかし、機械の体では不可能だ。それなら――人間を殺して人間という概念を書き換えてしまえば良い」

「ふざけるな。そんな身勝手な理由で、この世界はいくつもの悲しみに包まれたと思っている。一つの思想に、どれだけの人が殺されたと思っている。人間になりたい? 人の痛みすら分からないやつが口にする言葉じゃない!」

 人間になりたい。という願望だけでバグは数多くの人を殺してきた。

 そんな化物が人間という言葉を口にするだけで吐き気がした。鉄の味がする唾を地面に吐きつけた。脳天がひりひりしていた。

「そうだな。確かにお前の言うとおりだ。しかし、言っただろ。この世から人が消えてしまえば、人間の意味は変わってしまう。だから、問題はない」

「なぜ、そこまで人間に固執する?」

「一つ話をしよう。ある所に、事故で息子を亡くした夫婦がいた。夫婦はどんな姿でも良いから、息子に会いたいと願った。その結果、半世紀の歳月をかけて人の皮をかぶった機械仕掛けの人形が生み出されてしまった」

 知能を持ったオートマタと言うやつだろう。

 複雑な歯車を噛み合わせることよって幾重もの機能を持っている。聞いたことはあったが、ここまで精巧な作りの物があるなんて知らない。

「……それが、お前なのか?」

「それが私だ。私は本物の人間のように生きてきた。でも、どうだ現実は、老いていく両親、成長しない醜い私の体。両親が死んでしまう頃には、嫌でも人ではないという事実が私に突き付けられる。私はその現実に耐えることができなかった。何度も死のうと思った。だが、体には傷一つ付けることができない。これは呪いだ」

 ロイは両手を広げ、空を見上げる。

「この呪いを消すには、すべてを殺して人間の定義を変えれば良い。そうしなければ、呪いを解くことはできない」

 ロイの双眸には確固たる意志が込められていた。

 まるで、梃子でも動かないと言っているように感じる。

「最後に……答えてほしい」

「ああ、良いだろう」

「お前の本当の目的はなんだ?」

「この世界から人間を排除し、新たに人間という意味を作る」

「うそだな」

「なぜ、そう思う?」

「お前は俺を殺さなかった」

 俺は調査するために円状都市(サークル)の外に出ていた。それも、俺一人で、その時殺していれば、面倒な相手が減っていたはずだ。それなのに、今の今まで俺とカナを生かし続けている意味がわからない。確実性を求めるなら、殺しておくべきだった。

 しかし、それをやつはしなかった。

 それ以上に、母船で俺たちの元に現れる意味がわからない。バグを進化させて、最後まで消耗戦を続ければいずれ、人類は滅びる。わざわざ危険を冒す意味がわからなかった。

 奴は人類を滅ぼし、人間の意味を変えると口では言っている。

 だが、それはきっと本心ではない。

「答えて何になる。お前たち人類にこの私の願いを叶えることなどできない。答えなら出ている! たしかにこの答えは私の妥協だ。しかし、それ以上は無い!」

「……考えは変わらないのか?」

「二世紀もの間、何も変わらなかった。いまさら何を言う」

 奴はアパシーな目をしたまま、言葉を吐き捨てる。

 そうだよな。一瞬淡い期待を持った俺が間違いだった。今の俺たちでは奴を倒す可能性は限りなく低い。いや、むしろ可能性はゼロだ。だから、出来ることなら戦いたくはなかった。

 だが、やつの行動、言動がすべてを否定していた。

 意思は簡単に変わらない。

 長い間、思い続ければ尚のこと変わらない。

「それなら、仕方がない」

 目の前のバグはロイと顔が似ている。

 しかし、俺の友人、ロイではない。

 人類が憎むべき敵、バグだ。

《ハル……》

 カナの心配そうな声が頭に響く。

 しかし、心臓が凍りつくほどの恐怖を前にしても、俺は慄くことは無かった。

 すぐそばにカナがいる。

 それだけで力が湧いてくる。

《あとは、あのバグを倒すだけ。それで、平和な世界が訪れる》 

《む、むりだよ。私の力も分析されている……》

《大丈夫。俺を信じてくれ》

 俺には、まだ奇跡(テラス)が眠っている。その力が目覚めればきっと。

《……信じる。信じるから、絶対に死なないで……》 

 俺はロイから目を離すことなく、カナの頭を優しく撫でて、しっとりとした滑らかな感触を手に刻みこむ。

 そして、最後のバッテリーを差し替え、柄をもう一度しっかりと握り直してから、ヤツを睨みつけた。

 ヤツも俺の殺気を感じ取ったのか、自然体に構えた。

 そうだろ。俺達は戦うことでしか、世界を変えることなんてできない。

 だから、俺は、バグを、お前を、

「破壊する!」

 俺は絶叫と共に地面を蹴った。

 すぐさま構築言語を唱える。バグを見据えて距離を詰め、勢いに任せて切り付けた。爆風が吹き荒れ、地面に亀裂を入れ、舞い上がった塵がヤツの姿を一瞬隠した。

「――くっ!」

 バグの動きは早い。右手で刀身を掴んで握りつぶして、俺は横なぎに払われた。

 いとも簡単に吹き飛ばされて、真っ白な床に血をまき散らしながら、天地が何度も入れ変わっていく。

 片膝をついてよろめきながら俺は立ち上がり、バグを睨みつける。

 再度構築言語を唱え、地面を踏み込み、ヤツとの距離を詰め、

『エンド・オブ・リバリティ』

 体現パターンを念じる。仮想昇華(フェイズシフト)の光が体内を弾け回り、力を得た俺はヤツの体を斜めに切り付けた。

 俺の動きは止まらない。

 ヤツの周りを縦横無尽に動き回り、すれ違いざまに切り付け、勢いの乗った乱れの無い一撃を雨のように浴びせていく。

 しかし、ヤツは悠々と直立したままだ。

 何度、切り付けてもぴくりとも動じない。

 正直、勝てる見込みはない。先ほど一撃当てた。しかし、刀身は一瞬で粉々になる。それほどにヤツの装甲は今までのバグより明らかに強度が高い。太刀筋がぶれてしまえば、一瞬で砕けるだろう。

 現時点、刀身を構築できるのは後二回が限度だ。

 灰烈火刀(グラウティーソード)のバッテリーが底をつく。ヤツはこの刀の性能を知っているため、手の内はほとんど知られている。それに、不利な状況はそれだけではない。

 俺とカナは仮想昇華(フェイズシフト)によって繋がっている。

 だから、分かる。すでにカナの精神力や、ギアのバッテリー残量が尽きかけている。

 確かに、俺達は劣勢だ。それに、ここは相手の庭だ。しかし、諦めてたまるか。諦めてしまえば自分の大切な人達が殺されてしまう。

 最悪、円状都市(サークル)がどうなってしまっても、俺と関係の無い人達が殺されても、カナと、ルミカとシルビアさんだけは助けたい。

 バグと同じように自分勝手だ。

 だから、この戦いは己の我を貫き通す戦いだ。

 最後に立っていた者が勝者となり願望を叶える。

「うぉおおおお――!」

 俺の稲妻のような動きは止まらない。

 自らの残像が見えるほど、俺の速度は高まっていた。

 ヤツの戦闘服が切れる感触が腕に伝わる。だが、それ以上は無い。

 刃が削れて、鱗粉となって散っていく。

 ロイは斬撃を気にも留めていない。無機質な瞳のまま俺の放つ刃と、ロイ自身の右腕を正面から合わせた。衝突直後、刀身が砕け散る。

 背後からカナが倒れる音が聞こえた。

 カナの限界だ。ギアのバッテリーが尽きる前に、カナの精神力が途切れてしまった。

 ヤツが一歩踏み出す。たったそれだけの動きで、カナの背後まで吹き飛ばされてしまった。俺は立ち上がろうとする。

 くそ、バーストモードが使えれば……

 だが、それは不可能だ。ただでさえ制御が難しく、近くにカナがいる。四本足のバグと戦った際はカナとの距離があった。そのため使えたが、今回は不可能だ。カナを巻き込みかねない。

 カナも片膝をついて立ち上がろうとしていた。

 ロイの目がカナへと向けられカナとの距離を一歩、また一歩、と詰めていく。

 カナはふらつきながら立ち上がり、両腰に下げた純白双花(コバルトリバイブ)を抜いて両手から落とした。

 俺は目を剥く。

 

 俺を守るようにしてカナが丸腰手で通せんぼしていたから。

 

「早く、カナ逃げ……ろ」

「もう、やめて……これ以上ハルを傷つけないで」

 絞り出すようにしてカナは声を出している。

 カナの背中が震えていた。足も、声も震えている。

「愚かだ。私の前に立ちふさがるなら、女とはいえ容赦はしない」

 バグが振り上げた貫手は、カナの心臓に照準を合わせていた。


「やめろぉお――――!」


 ゆっくりと時が流れだした。

 同時に俺の体から、涙色の粒子が溢れている。

 心を表しているかのように、うねりを上げて、この世界を包み込んでいく。


『やっと、アルバになることが出来たね。おめでとう……でいいのかな?』


 もう一人の俺が、俺の横に立っていた。

 まるで、コマ撮りされているかのように映像が瞬間瞬間で止まる。

 俺達だけ取り残されたかのような光景を、見ながら話していた。

「でも、これで良かったんだ」

 俺は立ち上がり、俺の横に並ぶ。

『まあ、僕が言うことは何も無いよ。君の選択は、僕の選択でもあるんだからね。死んでも守りたい。結局、僕たちにとってカナという少女はそんな存在だったんだ』

「何を今さら……」

 横に立っているもう一人の俺が一歩踏み出し、そして、

『どんなにあがこうと、どんなに苦しもうと、僕たちには夢も、希望も、救済も無い。命はもうすぐ散ってしまう。……でも、それでもカナが生き続けると言う、僕たちの夢は生き続ける。それだけで、満足だよ』

 これから死ぬと言うのに笑顔だった。 

「そうだな……」

 十分、生きてきた意味を残せた。

 そんな気がしていた。

『じゃあ、僕は先に行ってるよ。君ともお別れだ。……ちがうね。僕たちは何時でも一緒だ。これからもよろしく頼むよ』

「ああ、俺も……すぐ行く」

 彼は歩き出す。そして、後ろ手を振り消えて行った。

 アイツのところに俺も行くんだな。

 でも……それでカナを守れるって言うなら……

 俺は、自分の中に眠る奇跡(テラス)を思い描く。

 突然、落雷を受けたような痺れを頭に感じた。

 痺れは脳全体に広がりかき乱し、扉を一枚、一枚突き破っていくような爽快感へと変わっていった。

 涙色の粒子がどこからともなく溢れ出して、俺の背中に集まり翼を作り出していく。

 しかし、それは片翼。それもただの片翼ではない。

 鱗のようにびっしりと、灼熱の羽がその翼には生えていた。風を受け震えるたびに、業、という酸素を吸い込む音を立て、周囲に熱風を吹き荒らす。

 その度に、背中から感じる圧迫感を忘れさせるほどの、活力が体に溢れていた。

 この感覚まさに、仮想昇華(フェイズシフト)を発動している時と同じ。

 これが、炎淨華片翼(えんじょうびかたつばさ)

 最初にして最後の奇跡(テラス)


 ――扱い方なら分かるよね?


 ああ、奇跡(テラス)が、お前が伝えてくれた。


 ――あとは頼んだよ。


 ああ、任せろ。


 そして、時は動き出す。

 カナの後ろ、ヤツをめがけて片翼を羽ばたかせた。

 翼から無数の焔を宿した花弁が生まれる。花弁は宙を舞い、酸素を吸い、炎が膨れ上がり、跳ねた。

 ――カナの体をすり抜けてヤツを塗りつぶしていく。そして、花弁から爆発的な炎が生まれ、ヤツを包む。

 包む炎は次第に姿を変えていき、火柱を形成し、圧倒的な業火でヤツの装甲を溶かしていく。

「カナ、はやく俺の側に!」

 俺の言葉で硬直が解けたカナが、急いで側まで走ってきた。

 そして、何が起こったのか理解していない、混乱したカナを側に引き寄せる。

「ハル、その姿は?」

「これが俺の奇跡(テラス)

 さらに焔はうねり温度を上げながら火柱を広げ、足場すべてを飲み込み、灼熱の海がヤツを完膚なきまでに飲み込んだ。

 カナは目をきつく閉じ身を震わせる。自分も炎に呑まれると思ったのだろう。

「大丈夫」

 俺の奇跡(テラス)――炎淨華片翼(えんじょうびかたつばさ)は俺が対象指定した物体だけを焼き尽くす、無限の炎。そのため、俺達には無害だ。

 しかし、対象であるヤツは装甲が薄ら剥げるだけ。

 摂氏三〇〇〇度の焔でも、ヤツを殺せないと言うのか!

 やはり、灰烈火刀(グラウティーソード)二式で傷を付けることすらできなかった。ヤツの装甲強度を失念していた。こいつはバグの最終形態、この程度の火力では破壊できない。

「なんだ、この力は、なんなんだこの力は、私は知らない。こんな奇跡(テラス)知らない!」

 業火の中、ヤツは吠えるように言葉を吐く。

 そうだろうな。お前は知らない。もちろんカナだって知らない。

 お前を破壊するために取っておいたのだから。

「でも、ギアも無いのにどうやって……」

「ギアがなくても奇跡(テラス)を使う方法がある。少し荒くなってしまうけど……わかるだろ。カナなら?」

「……うそ」

 カナは、俺の奇跡(テラス)――炎淨華片翼(えんじょうびかたつばさ)の代償に気づいてしまった。

 文字通り俺の命の火ということを。

「それ以上、奇跡(テラス)を使ったらハルが!」

 カナが慌てふためく。

 大丈夫と言葉を偽りかけた瞬間、炎柱の円が縮まり消えた。

 ヤツの焼爛れた皮膚が、瞬く間に再生していく。

「――来る!」

 再生が終わり、ヤツは体から煙を上げながら、その表情には明らかの憎悪を浮かべ、飛び跳ねる様に全身を刃にして、襲い掛かってくる。

「人間風情が、この私に勝てるなどと思うな!」

 俺は空に向かって手を伸ばした。

 翼を羽ばたかせる。一秒にも満たない動作で、大量の花弁を生み出し蒼穹に放った。羽が夜空一面を満たしていく。透明な光、それは星々の光と同じように輝いている。甘美で、綺麗で、圧倒的な美麗を持っていた。

 だが、それ以上の輝きに俺は四年前から心奪われていたんだ。その輝きを絶対に失いたくない。だから――


 もう、いいんだ。カナを守ることが出来れば……

 

 カナは、必死に俺の奇跡(テラス)の行使を止めようとする。けれど、発動した時点で、俺は終わっていたんだ。

 自分の奇跡(テラス)の行使に集中すると、カナの声が遠くなっていく。

 大量の花弁が膨れ、形を変え、無数の炎の剣を構成していく。剣先の全てがヤツを指していた。

 俺は、上げていた腕を振り下げた。

 無数の剣が目の前に迫ったヤツに次々突き刺さっていく。奴の自由を奪っていく度に、圧倒的な熱量と光焔が視野に襲いかかる。

 最後の一本を自分の手に持ちそして、俺は奴に向かって歩きだした。

「別に、いままで殺されていった人たちの敵を取りたいとは思わない」

 いままでの何も知らない人からすれば、人間と、バグの生存競争にしか見えない。

 常に人間は生態ピラミッドの頂点に立ち、戦いから除外された場所にいた。

 これは、のうのうと生きてきた人間に与えた罪なのかもしれない。

 それならばカナを守るために与えられた罪に抗ってみせる。

 思い通りになんてさせない。

 これが、俺の答えだ。


「終わりだ」


 斬りつけた。爆発的な焔に奴は包まれる。その瞬間、奴の顔がはっきりと見えた。その顔はなぜか、監獄から解放されたかのように安らかな表情をしていた。奴の口元が動く。

 ありがとう、これでやっと死ぬことができる。

 声はか細く、そして弱々しかったがそれでもはっきりと俺の聴覚が捉えた。

 奴は悲鳴を上げることも、足掻くこともなく、ただその場で塵となって消えていった。

 今なら、あいつの本当の目的が分かる。

 死に場所を求めていたんだ。

 本当に人類を滅ぼすつもりなら、奴一人で滅ぼすことが出来たのだろう。あれ程の力を持っていたのなら、EMPフィールドを突破することなど造作もないはず。しかし、奴は人類の力、奇跡(テラス)の進化を待ち続けた。奴を除くバグすべては奇跡(テラス)発展の餌に過ぎない。餌を与え続けて、発展させた力によって自分は殺される、これが奴の本来の目的だった。そして、その力を持ち得ていたのが俺だった。だから、奴は本体ごと東部円状都市(エウロスサークル)の前に現れた。

 結局、最後まで利用されていたとはな。

 これはあくまで俺の推測、答えを確かめるすべはない。

 だが、そんなことは俺にとってどうでもいい。

 カナを守れたのだから。

 

 瞬間、激痛が爆風となって吹き付けた。

 俺は風に呑まれ、雷でも落とされたように体が仰け反る。

 激痛は一瞬。体の芯を失い、背中から地面に落ちていた。宙を見上げる。まるで俺の命の消滅を世界に告げるように星が一つ流れ、消えた。

 倒れる俺をカナが受け止めてくれた。すでに、体は動かない。全身に激しい冷気が侵入してくる。体の感覚が少しずつ薄れていく。俺をこの世界から排除しようと、強大な勢力が体を襲う。

 ヤツらは俺を暗闇の中に引きずろうと、腕を掴み、顔を掴み、体のいたる所を掴んでいく。

 冷気は背筋から首を這って頭の中まで入り込んでくる。意識が急速に遠のく。体が分解され、輪郭が薄れ――

 これで、俺は消えてしまうのか……

「カナ、お別れだ」

「嘘だよね? ハル……どうして、ハルが……こんなの無いよ……嫌だよハル、消えないでよ……」

「終わった。これで全てが終わりなんだ」

 俺の体から涙色の光が零れ、包まれていく。

 目から涙がとめどなく零れ落ちていた。体の感触が少しずつ薄れ、重みが消えていく。そのたびに、カナと触れ合う感触が失われていく。

 「だめだよ。死んじゃだめだよ……死なないでよ。約束したよね、絶対に死なないって、約束したよね?」

 約束……した。

 したけど、俺はカナに生きていてほしかった。

「ごめん……約束、破るよ。俺は、カナを自分の力で守りたかったんだ」

 カナの表情を見るのは最後だと、悲しむのは最後だと心に言い聞かせて、最後にカナの全てを心に刻みつけておくために、泣き出しそうな顔を無理やり笑顔にして、俺はカナを見つめた。

 カナは、瞼を焼くような熱い涙を流しながら、泣いていた。

 カナの瞳から一粒の涙が、俺の頬を通り過ぎ、地面を濡らした。暖かな涙。もう、その温かさに俺はふれることはできない。

 徐々に姿が薄れ、自分の体が粒子となり消えて行く。

「いやだよ。消えないでよ。消えちゃやだよ!」

 カナが慟哭した。

「そんな顔……カナには似合わないよ」

 俺は、カナと初めてキスをしたあの日を思い出していた。

 視界一面の覚めるような蒼を、体が焼けるほど真っ赤になったカナと俺は見つめている。

 お互いの顔を見ることもできずに、ぎこちなく手を繋いでいた。

 いまでも、海を見つめるカナのくすぐったいほど嬉しい表情が美しかったのを覚えている。

 カナの笑顔を見たい。

 何度もカナを、抱きしめたい。

 しかし、それは叶わない。すべては俺が選んだことだから。選んだからこそ、カナを守れたのだから。

 ……だから、未練なんて……ない、無いはずだった。はずだったのに……

 

 カナをもう一度抱きしめたい。

 

 最後にもう一度、温もりを確かめたかった。

 俺は歯を食いしばった。反逆への代償なのか、細胞を震わすほどの激痛が奔る。

 目を見開き奥歯を噛みしめ、痛みに耐えながら、まだ『死にたくない』と慟哭する。

 世界が決めた代償に抗うように、俺は、何度も泣き叫ぶ。

 

 あと、一度だけで良いんだ。だから、だから――

 

 神様の気まぐれなのか、消え散るはずの体が、一瞬だけ形を取り戻した。

 

 俺はカナを抱きしめていた。

 カナも何も言わずに抱きしめ返してくれる。

 カナのぬくもりを確かめるように深く、深く、抱きしめる。その度に、声にならない決して声にしてはいけない未練がこみ上げてくる。

 嗚咽が咽から流れていく。

 

 もう一度抱きしめて、キスをして、とりとめのない話をして、二人の未来を話したかった。でも、一番は、カナと結婚したかった。そして、小さくても良いから一軒家に住んで。そうだな子供は一人はほしい。元気で健康なら男の子、女の子、どっちでもいい。そして、休日にはみんなでバーベキューをしよう。ルミカとシルビアさんを誘ってさ。みんなで一日中騒いでさ。

 

 涙と共に、願望がとめどなく溢れていた。

 しかし、それが不可能だと分かっている。でも、止まらなった。

 どんなにあがこうと二度目の気まぐれは、無い。

 この奇跡(テラス)のような瞬間は――

 

 終わってしまう。

 

 カナを抱きしめる感覚が急速に消えて行く。

 次第に身体の輪郭は薄れ、視覚が、聴覚が急速に遠のいていき――

 ついに体は原型を崩した。体を象っていた欠片は、透明な粒子となって宙へと延び、風に攫われていく。

 

 これから、彼女はどんな新しい人と出会っていくのだろうか? 

 その中で気の合う人と出会って、結ばれて、俺のできなかったことをしていく。

 その人と共に歩き、月日を重ねていく。

 

 思い描くのは、カナの未来だった。

 意識が世界に――漂う。

 そして、飲み込まれる。

 ――――――終わり……だ。

 

 カナが優しく微笑んだ。

 

 それは、涙を流しながら痛々しく、

 もう一度見たかった笑顔とは、ほど遠かったけれど、


「ずっとハルを愛しています」


 最後の一言に、少し救われたような気が……

 ――――――した。



 

 

 

 エピローグ



 親愛なるハルへ


 ハル、あれから一カ月が過ぎたよ。短いようで長い一カ月でした。ハルが隣にいないだけで、時間の流れがこんなにもゆっくりだなんて知らなかった。

 一カ月の間、私は何度も死んでしまおうと思っちゃった。でも、ハルが必死になって掴み取った世界を生きることが私の使命だとおもう。

 ハルが掴み取った世界を私が代わりに生きて行くから心配しないでね。


 なんとここで、嬉しいお知らせがあります。

 三日前、ついにルミカちゃんの退院が許されました。いまルミカちゃんと一緒に生活しているよ。私よりも家事が上手でビックリ。

 さすがハルのお守をしていただけあるよね。とにかくルミカちゃんは元気のようです。


 シルビアについても書くね。シルビア、最近忙しいみたい。

 円状都市(サークル)の立て直しや、電力をどうするのかなど、まだまだ、課題は山積だけどシルビアならきっとどうにかしてくれると思っているよ。

 私も手伝っているけど、どれもこれも難しくて。やっぱりシルビアってすごいね。

 こんな素敵な女性、男性にほっとかれているのが、私には理解できないよ。すぐに結婚できそうなのにね。


 結婚といえばルミカちゃんから指輪受け取ったよ。でも、まだつけないからね。

 私はハルが死んだと思っていないから。きっとどこかで、生きていると私は思って待っているから、帰って来た時に男らしく告白してね。

 もう、とっくの昔に私の心は決まっていたのに、ハルが男を見せないからこんなことになったんだよ。ちゃんと責任とってもらわないと。だから指輪は保留にしておくからね。


 たくさん話したけど、今日も私は元気です。ハルがいないのはさみしいけど、ルミカちゃんや、シルビアと共に毎日を送っているよ。

 ハルは働きすぎだったんだよ。だから、ゆっくり体を休めないとね。といっても長くゆっくりされたら私が泣いてしまうのでほどほどに。

 休息が終わったら帰ってきてね。

 ずっとハルのことを待っています。


                                カナ・ハクドウ




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