おねしょ。トシコさん
「おめざめの時間ですよ。おはようございます」
メイドロボットに肩をやわらかく叩かれて、鴨志田はゆっくりと目をあけた。
「さあさあ、お顔を洗いましょうね」
メイドロボット「トシコさん」は、見た目では人との違いを判別できないほど精巧にできているが、その細腕はやはり機械仕掛けで、人力では到底なし得ないほどのパワーを持っている。トシコさんは鴨志田を抱きかかえると、ひょいとテイッシュでもつまむかのように持ちあげて、シャワー室へとつれていった。
「今日も健康状態は良好です」
鴨志田の心臓にはチップが埋め込まれており、そこから発せられる電波に乗って、鴨志田の健康情報はトシコさんに随時伝わっている。チップはペースメーカーの役割も果たしている。
手際よくやさしくパジャマを脱がせ、鴨志田にシャワーを浴びさせる。トシコさんの薬指からは甘い香りの泡がでる。
さっとシャワーをすませると、
「さあさあ、御髪をとかしましょうね」
と言って、鴨志田の髪や体をタオルでふき取り、口から熱風を吹きかけて乾かしていき、スーツに着替えさせる。
「ご朝食ですよ」
鴨志田をテーブルに腰掛けさせながらトシコさんは言った。テーブルの上には、コップ一杯のジュースとトーストがあった。トーストはトシコさんのからだの中で焼いたものだ。トースターの機能はドライヤーの機能とリンクしていて、トシコさんは髪を乾かしながらパンも焼けるという時短なメイドさんなのだ。
トシコさんは鴨志田の手にコップをもたせた。栄養管理に個人の好みを加味した特製ジュースだ。が、鴨志田は飲まなかった。飲もうとして、コップを落としてしまったのだ。
コップはテーブルに中身をこぼし、そのままコロコロと転がって床に落ちてパチャリと割れてしまった。
「あらいけませんわ。お動きにならないで、じっとしていてくださいね」
トシコさんは迅速にこぼれたジュースを吸いとった。トシコさんの右手の手のひらは掃除機になっている。吸引力は抜群で、あっというまにジュースと割れたコップの破片を吸いとった。
そして、右手の甲から、新しいコップを出した。トシコさんの右手の甲は3Dプリンターになっていて、壊れたものを直すのはお手の物だ。
そのコップにジュースを注ぎなおして、トシコさんは今度は自分の手で鴨志田に食事をとらせた。
「さあさあ、ご出勤ですよ」
鴨志田を抱きかかえ、トシコさんはガレージに向かった。
ふんわりと鴨志田を助手席に座らせると、トシコさんは車を出した。トシコさんのドライビングテクニックは車の自動運転とあいまって正確だった。
会社に着くと、鴨志田をデスクに連れていく。出社時間で混みあうエレベーターのなかで、トシコさんは同僚や上司にあいさつを欠かさない。
「おはようございます。今朝もいい朝ですね」
「おはようございます。ええ、とっても。私のご主人様なんてすこぶる血色がよくてよ」
「おはようございます。私のご主人様もそうですよ。バイオリズムのデータによると、今日は絶好調ですのよ」
デスクにつくと、トシコさんはせっせと仕事の準備をはじめる。
「あらあら、今日は忙しくなりそうですよご主人様。やることがたくさんあります」
朝礼は、トシコさんにデータとして送られてくる。そこで今日の仕事がわかるのだ。
「なにから始めましょうか」
指示を待つ間もなく、トシコさんはデスクワークをはじめた。トシコさんたちはデータを共有しているので、必要な情報交換やかつて行われていた文書作成等の書類仕事はすぐおわる。
「さあさあ、お昼前に外回りをしてきましょう」
鴨志田をまた車に乗せ、トシコさんは車を走らせる。
「私のご主人様から、ご挨拶ですよ。今後もよくしてくださいね」
「えぇえぇ、こちらこそよくしてください、と私のご主人様が」
交渉や打ち合わせなどはすでにトシコさんを通じて行われているので、それらが行われることはない。
帰社の途中、車窓に流れる光景といえば、トシコさんたちがせっせとご主人様を抱きかかえるようすだ。町並みといえば、食料品店ぐらいしか開いてない。というのも、たいていのものはトシコさんの手のひらで作れてしまうから、買う必要がないのだ。
会社に着くと、ピーピーとトシコさんの胸から音がした。
「あらいやだわ。ご主人様の心臓が止まってしまう。なぜかしら。まだ100年も経ってないのに」
あらゆる救命活動も、鴨志田の生命活動を取り戻すことは不可能だった。
「あら、あなたのご主人様はさようならしてしまったのですね」
同僚のトシコさんにはなしかけられた。
「ええ、さようならです」
そう言うと鴨志田のトシコさんはスカートを脱ぎ、下腹部から大きなノコギリ状の刃物を取りだして、鴨志田を細かく解体した。
それが済むと即座に右手の掃除機でバラバラのそれを吸いこんだ。するとみるみるトシコさんのおなかが大きくなっていった。
出産、の体勢に入ると、すぐににゅるりと鴨志田がでてきた。
動く気配のない鴨志田の後頭部に、トシコさんは右手の甲から作り出したメモリーチップを挿入した。
鴨志田に脈動が戻り、顔が赤みをおびた。トシコさんを見やると、せっかく赤みをおびた顔がろうそくのように白くなった。
「新しいお誕生日おめでとうございますご主人様。今日はお仕事をきりあげて、おうちでお歌をうたいましょう」
トシコさんは壊れたものを直すのはお手の物だ。




