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おねしょ。恋とスルメの話

この連載は一話完結です。

 せつない恋の話とスルメいかげその話をしようとおもう。


 とある時代のとある地方、とある国のとある町に、愚かな男がいた。

 そいつは妙にひょうきんな奴で、城に仕える兵隊だった。仕事は主に町の見廻りだった。

 なにもないところで転ぶような、しかも墓場近くはとくに、へんな奴ではあったが、元来明るくまた姿形が人を不快にさせるようなものでもなく、八百屋やパン屋、教会のシスターなどと気軽にあいさつをかわし、時勢の話などをして、時にはハムなどの差し入れをもらったりして、彼にしてもなんらの不満を抱くことなく、うまくやっていた。彼は町の人気者だった。

 教会に奉仕する者たちの中に、町を見廻る彼に恋をしてしまった女がいた。去年の冬に田舎町からこの城下町へとふらふらでてきた若い女で、行くあてもないところを教会に拾われ、そのまま下働きをしている。名前をフランシーヌという。唇の薄い、痩せた女だった。

 フランシーヌと彼は、すぐに想い同士になった。かわりない日常の中から町の異変を察知することが職務の彼が、フランシーヌの送る秋波を見逃すはずがなかった。

 彼は人気者だったから、これまで世話好きの町人たちから世間話のついでに見合い話を持ち出されることも少なくなかった。が、この妙にひょうきんな男は、しかし妙にまじめなところがあって、どれものらりくらりと身をかわし、やんわりと断ってきた。休みの日に女遊びのひとつもしない彼は、しまいには町人らから女に興味のない男と目されるようになって久しい。その噂は兵隊の男にとってそれでも良いと思えるものだった。彼に同性を相手する趣味はなかったが、別段異性にも興味はないへんな奴だった。

 だから、フランシーヌと彼は一目で互いの想いを通じ合うことになったが、それ以上の進展はなかった。男には職務中にどう女を誘えばいいかわからず、教会の下働きの女は城の兵士と話しを交わすような立場になかった。拾った下働きの女が男と通じ合うなどということになれば、恩を仇で返すようなどころの騒ぎではない。下働きは修道女ではないからして、男と清く通じ合うことになんら罪はないが、それゆえに、そんなことをしたら異性との交流に限りのある女どもからどういう扱いを受けるか知れたものだった。

 ふたりの秘められた情事といえば、せいぜい、見廻りの時に男がフランシーヌの見てる前でより一層ひょうきんにおどけてみせたりするぐらいで、女はそれを見て熱っぽく微笑みかけるぐらいだった。視線が重なるわずかな瞬間に、ふたりはよろこびを感じた。不器用な男の見廻りの限られた時間では、コーヒーを飲む時間も作れなかった。

 フランシーヌは、よく空を見るようになった。空を見上げる彼女の瞳には決まって城がうつる。兵隊の男が城壁や見張り塔の上に立つことは一度もなかったが、それでも、フランシーヌは城とその上の空をよく見た。もしかしたら彼がうつるかもしれない、そんな淡い想いもあったが、なによりフランシーヌはその視界を愛した。城と空とを視界に捉えている間、不思議とあの男と通じ合えている気がした。彼もきっと同じ気持ちで、城のどこかから教会の上の空を見ていることだろうとおもえた。空を見ている今このときに、ふたりの視界の斜線が重なりあっている。それだけで、フランシーヌは満足できた。それはふたりにとって及ぶ限りの、愛を確かめあう術なのだから。

 しばらくして、国は戦争をしなければならなくなった。相手国は強大かつ暴虐で、好戦的で徹底的で、降伏を許さず、そんなひどい噂の絶えない国だった。領土拡大する一方のかの国とこのいなかの小国とでは、到底勝ち目のない、ひどい負け戦になることは、町のパン職人にだってよくわかった。

 戦いが始まる前から国は乱れ、人々はどこか遠いところへ逃げる算段をし、人々の心の拠り所たる教会は、国への奉仕を表明する者に免罪符を出さざるを得なかった。

 いよいよ開戦の日時がくっきり浮かび上がってくると、ひょうきんな男は見廻りから外れた。町人からの信頼が厚く、軽い性格だがへんにまじめな彼には新たな役割が与えられていた。スパイの摘発だ。

 城のお偉方の話では、以前からどうも相手国に情報が漏れている節があった。この窮状に際しいまさらそいつを捕まえてどうなるというところもあるが、国民に徹底抗戦の姿勢を植えつけつつなんとか自分の命だけは助かろうとするお偉方々には、相手国と裏から接触できる人物を待ち望んでいたし、そいつがこちらの生存になおも不都合な人物だったら、そうそうに始末しておかなければならない。

 ここ近年の相手国の態度や交渉ごとをいつからスパイが入り込んでいたかとの前置きで照らし合わせ、その頃城下町に入った者を洗い出したとき、まっさきにリストアップされたのはフランシーヌだった。ただの下働き、家出娘の、フランシーヌは敵国のスパイになった。

 愚かな男は、フランシーヌを捕まえた。一介の兵士には、そうするより仕方なかった。フランシーヌが無実だろうとなかろうと、そんなささいな事実にもはや結果を変える力はないと知っていながら。

 その日の夕暮れ、暗い地下牢で、フランシーヌと男は、はじめてふたりきりになった。もちろん見張りはいるから厳密にはふたりきりではないが、これをもってふたりきりではないと断ずるのは、ふたりを想えばあまりにさみしい。

 淡々と容疑を述べる男は終始うつむいて、まともにフランシーヌを見ることはなかった。

 フランシーヌは彼の姿と彼の視線の先を何度も交互に見やった。彼女にとって、それは、とても、幸福な時間だった。

 フランシーヌに学はなかったが、愚かではなかった。地下牢のなかで、自分にかかった嫌疑や男の立場やお偉方の機嫌をよく理解した。

 ここで自分が男と親密な態度をとれば彼がどうなるかは、よくわかる。また、容疑を否認したところで、男に迷惑がかかることもよくわかった。いまこの国には民を絶望させ、生きることを諦めさせるだけの見せしめが必要だということを、懺悔室と言わず教会で連日漏れ聞こえてくる罪人たちの告白にさらされてきた彼女は知る。

 フランシーヌは、容疑を認めた。男は、力の及ぶ限り、無用な口をきかず淡々と業務に従事した。視線を上に上げることはしなかった。愚かでひょうきんなこのへんな男は、それをしたらふたりの愛の容れ物がこわれてしまうと勝手に考えて、言い訳し、自分を納得させようとしていた。

「わたし上手に死ねるかしら」

 それだけ言うと、それからは死ぬまでの数日、女は一言も声を発しなかった。

 スパイだから、彼女には凄絶な拷問が待ちうけているはずだった。男はそれを心配するぐらいには正常な思考を保っていた。でも、それは行われなかった。

 というのも、なんともおかしな話で、彼女の自白から時をおかずに本物のスパイが見つかったからだ。見つかった、というよりも、知れた、といったほうが正しいが。

 そのスパイがフランシーヌの目の前にいるこのひょうきんで愚かな男だったら、この物語は悲喜劇の冠を頭につけることができようものだが、そうはいかない。スパイは、なんということもない、この国の王その人自身だったというよくある話で。

 王がスパイだったことが極一部の人間に発覚したが、それで戦争が回避されることはない。王が相手国とした密約を要約すれば、戦後の自身の一族の身の安全だったからだ。

 ヘタに王を追放すれば、密約を交わしていた相手国はどうするか。そんなものは挑発行為だ。約束の反故などと言いがかりをつけられたらどうなるかわかったものではない。また国民や兵にそれがしれたらどうなる。ことここに及んで民の統制をとるどころか反乱が起こるに決まってる。そしたら国が崩れる。それこそが、相手国の真の狙いでもあるかのようにさえ思える。

 よって、王は王のまま、居続けてもらわねばならない。会戦の日はもう間もない。

 王が敵国と通じている。その事実を知ったひとりに、その男がいた。捕らえたスパイに拷問も交渉も行わないお偉方を訝しんだ彼が、いてもたってもいられず事情を探った結果、国の秘事を知ったのだった。混乱するお偉方々から一介の兵士が大事を探りだすのは、平時なら不可能だったが、この時に至ってはひどくあっけなく知ることができた。

 男がそれを知ったのは実にフランシーヌの取調べからおおよそ2時間後の出来事だった。時系列を考えれば、王の裏切りはフランシーヌの投獄前に、おそらくフランシーヌへの逮捕状を発行する前後に、国の重役らには露見していたということだと、ずさんな情報管理や彼女に対する国の態度から男は確信した。

 男は、走った。地下牢へ。その身を走らす感情もよくわからないままに。

 牢番に適当に嘘をつき、男は恋する人物とまたふたりきりになった。

 女は、鎖につながれたまま、走りきた男を見て、にっこりと笑った。

 男は息を整えて、小さな声で言った。

「逃げよう。逃げてしまおう。君はスパイなんかじゃない」

 女は、何も言わなかった。何か言ってくれないとこっちとしては困っちまいますが、なんせ上述したとおりですから。困ってしまうのなんのスルメのげそがノドにひっかかるがごとくってなものです。さて…。

「君の容疑は晴れる。晴れたとも。すぐに…しかし…ああ、すぐに……」

 男はそこまで言うと、思考が感情に追いついてきた。自身の矛盾に気がついたのだ。

 容疑が晴れたなら、逃げだす必要はない。それでも逃げる必要があるということは、無実が証明された被疑者に死刑の宣告を行うようなものだ。

 その運命を、はなからふたりは知っていた。男も女も、知っていたではないか。だから愚かだというのだこの男は。策もなく衝動のままに駆けだし、なんとむごい仕打ちをした。この国に、これからスパイの容疑者を釈放し、また捜査に戻る余裕などどこにある。ましてやそれが仮面のそれだというのに。

 男はそれから何も言わず、しょんぼりと肩を落とし、静かに地下を出た。

 男が出ていくと、女は上を見上げた。地下牢であるからして、女の視界に何がうつるかは推して知るべしで、ではその視界の先にある空を見ているのかといわれても、それは女にしかわからぬこって、これすなわちよくよくしゃぶり尽くさなかったばかりにスルメのげそが胃の内壁に突き刺さるがごとし。さて…。

 ここにふたりの、いや愚かな男の運命なんてどうでもよく、ここに恋するひとりの女の運命は決まった。

 それから数日の間、この国と、フランシーヌと、ついでに愚かな男の行いは、筆舌に尽くしがたいものがあるし、とてもよくある話だともいえる。そんなことより話したくてさっきからずっとうずうずしていた話があるので、そっちを先に済ましてしまおうと思う。

 スルメのげその話である。

 じつはそれまでの話とまったく関係のない話ではない。ひょうきんでへんな奴であるところの兵士は、これなぜひょうきんでへんな奴かといえば、それは男の男性器が実はスルメのげそだからである。スルメは金属のようにかたいし、げその吸盤にはとがった歯があるしで、これとても危ない。そんなものが男性器のあるべきところにあったら、妙にひょうきんになるよりほかにない。要するしかこの物語とこの事実を結びつける方法がないので仕方なく要するに、男はスルメなのであった。というのもイカの腕の一本は生殖腕と呼ばれるアレだからして、男性器がスルメのげそである男は、これをもってスルメと断ずるに余りある材料なのである。

 さて、そんな事実よりも筆者はスルメのげその話をしたい。というのもこんな機会でもなければ筆者はスルメという乾物について深く思いをめぐらすことはないからである。前後が逆のような気がしないでもないが、思索とはおうおうにしてそういうものである。

 スルメ、縁起を担いでアタリメともいう、は、どうしてあんなにしゃぶりたくなるのだろうか。干からびたイカをしゃぶりたくなるというのは、たいへん気味のわるい話で、阿部定が事後に干からびていくだろうアレをしゃぶることもあったろうのとやってることは同じである。なんでだろう。うまみのアミノ酸のせいならばよいが、阿部定よろしく愛と肉欲の結びつきの果てであるならば、これはことだ。人類は干からびたイカの成れの果てであるスルメに度を超えた情欲を抱いているということになる。これはたいへんだ。すなわち人類がスルメに支配されていたということなのだから。古今東西における愛の悲喜劇は言うに及ばず、現在進行する恋愛、夜毎囁かれる睦言も、スルメの支配下にあるのである。それじゃロマンチックもクソもないというものであるが、なまぬるいしツバの味しかしないしあんまりおもしろくないからせめて相手の舌がスルメのげそであったなら喜んでしゃぶりつくのになあ、と思う男のいかに多いことかは、推して知るべしなところである。となればやはりスルメの人類支配はすでに遺伝子レベルにまで侵攻していることになる。恐るべしスルメ。恐るべしいかげそ。恐るべし、である。

 それでは満足してきたので、物語の続きを記述しようと思う。

 ……………え? もういい? いや、そんなこといわないでくださいよ。あれですよ? 男はスルメですけど、もうなんつうか見た目もスルメですけど、とっても涙なみだのお話が残っているんですよ? 涙腺決壊のカタルシスが残っているんですよ? え? そこまでいうなら結末だけ書けって? ……じゃあそうしますよ。そうすればいいんでしょ! ったく、これだから読者気取りの本読みってやつらは鼻持ちならねえ。いや、聞こえてたらすまんね。



 フランシーヌは磔になりますよ。国を裏切るとどうなるか見せつけにしないと民の統制がとれませんからね。磔になったんです。そんだら、処刑執行人はあの男ですわな。フランシーヌは磔にされながらも空を見ていたんですよ。男も、空をみながらね、槍をぶっさとさしまして、視界を重ねながらの処刑でした。

 その時、奇跡がおこった!

 ふたりがはじめて同じ方向に視界を重ねた時、空の向こうからキラキラと光り輝く一艘のそれそれは大きな宇宙船「いかげそ丸」が飛来しましてね。なんでも男はその宇宙船を飛ばしてる惑星ドミンゴスとかいう年中マリファナでもやってんじゃねえのかっつうところの王子様だったんですね。

 それでもうびっくりしちゃって。いや、戦争する予定の相手国がね。ちなみにその国はわりあい良い国で、暴政を敷く男の国を解放するって目的があったりなかったり、こわい噂も交渉を有利に運ぶための戦略のひとつとかなんかであったりなかったりしたりしなかったり。

 とまあ、そんなことはどうでもよくて、王子様たっての願いで、フランシーヌを生きかえらせることになりました。とはいえ死んだ人間が生きかえるなんてことは宇宙を自在に飛びかうほどの文明をもつ惑星ドミンゴスの科学であっても難しく、でも、フランシーヌをスルメに転生させることはできるみたいで、男は逡巡したりしなかったりした結果、まあ、フランシーヌはスルメになって生きかえって、男と仲良くなりましたとさ。めでたしめでたし。

 ああ、惑星ドミンゴスの生業は某フリーザとだいたいおんなじなので、男とスルメになったフランシーヌ以外はみんな死んだ。ピッてやられてボーン! ってなって、死んだ。うん。そんな恋の話とスルメいかげその話でした。よかったうまい具合に結びがついて。めでたしめでたし。


 ああ、最後にいえば、この話が再来年の大河ドラマになったらいいなっておもいましたとさ。めでたしめでたし。



 それから…って、諦めてめでろ! ちくしょう!



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