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神さま

 極々平凡な人生を歩んでいる青年がいつものように仕事を終え、帰宅してカンタンな食事を済ませ、シャワーを浴びて、とくにどうということもない時間をすごし、寝床に就いた。名前で呼ぶことすら億劫になるぐらい特徴のない平凡な青年だが、一人称を書く段ごとに、青年青年青年、と綴り続けるのも飽きるので、変化をつけるためにも彼の名前を記すことにする。彼の名前はサトウという。平凡な名字なら下の名前も当たり障りのないもので、きっと青年の両親は平々凡々とした人生を良しとする人なのだろう。平々凡々な、保険見積もりなんかのモデルケースにぴたりと当てはまる人生というものは、実に立派で、それを良しとする彼の両親の心情は、親の身ならば察してあまりあるものだろう。だが、いかんせん、その栄光も名誉も堕落も失墜もない人生を歩み、この先も歩まんとする男というのは、このようなふざけた読み物の主人公にはふさわしくない。作者として、先の展開などをチラホラ考えるにあたり、その凡庸なる態度にだんだんと腹がたってくる。あまりに腹がたって、作者はわざわざその当たり障りのない下の名前なんかを考えたくなくなってしまって、カバンのなかにあった近年の多い名前ランキングが載っている命名ハウツー本を通りがかりの見知らぬトルコ人に、土手に咲いていた名も知らぬ一輪の花を添えてプレゼントしたぐらいだ。ちなみに、その命名本ははた迷惑でおなじみの親戚からいただいたものだ。ウザいったらない。で、その見知らぬトルコ人は、とても柔和な顔をしていて、角度によっては幼くみえるし、またちがう角度によってはきりりとした鋭いやり手のビジネスマンのような顔をしている。30歳の立派な見知らぬトルコ人だ。訊けば、彼は浅草に住んでいるという。作者も一時期、浅草は花川戸に住んでいたので、作者生来の愛嬌のよさと相まって、ついつい話がはずんでしまった。なんでも彼の親はトルコで高名な医者で、とてつもない金持ちだという。ヘリを乗りまわし、寄付などをたくさんしているらしく、彼の父を知らないトルコ人はいないという。まるでトルコの某クリニック院長である。ドバイでムヒョヒョである。作者の知ってるトルコ人なんてユセフ・トルコぐらいなものだよと見知らぬトルコ人に告げると、見知らぬトルコ人は不思議そうな顔をして、その顔のままちらりと腕時計を見やると、早口にサヨウナラを告げ、足早に作者のもとを去っていた。作者も時間差をつくって、すこしのさみしさを感じながら同じ方向に歩きだしてしばらく、道端のゴミ置場に見たことのあるような役に立てたくないハウツー本が捨てられていた。へえ、世の中にはこんな偶然もあるものだな、と作者はとても感心した。


 さて、青年が眠りについてしばらく、気がつくと青年は真っ白な空間のなかにいた。青年はすぐに、夢だと思った。いつもみる夢とちがってなんだか妙に生暖かい感じがしたし、体感で物質的な柔らかい刺激を覚えたが、夢だと自分を言い聞かせた。青年の平凡な思考において、寝ているあいだに何者かの手により見知らぬ真っ白な空間に連れ去られた、などという考えは生じえない。ましてや自分が死んでしまってここがあの世の入口であるだなんて思いもよらない。だいたい青年が平均寿命に達するのはまだまだ先の話だから、そう思わないのもしょうがない。

 誰もいないことをいいことに、全裸になって踊り狂ったり、なんてことをするわけもなく、青年はすることもないので、ぽつねんとあぐらをかいて、真っ白な空間を見つめながら座り続けた。

 どのくらいそうしていたかはわからないが、突然青年の目の前に、灰色の口ひげをたくわえたじい様が出現した。

 訊けば、神だという。

「はあ、神さまが、どうして僕なんかの前に? もしかして僕は死んだのでしょうか。しかし、僕はまだ死ぬ予定ではないはずですが。この国の男の平均寿命まではまだたんと猶予があるはずです」

 目の前にあらわれた奇ッ怪な老人には、ふしぎと自身が神であるということに疑問の余地をはさませない何かがあった。青年は、眼球をえぐり出そうとすると、自然と涙と場合によっては少量の血がでるように、目の前のそれを神だと納得した。

「お前が何をもって、さも当然のように自身が平均寿命まで人生を全うする、もしくは平均寿命がきたら死ぬと考えているかはいちいちわかりたくもないが、こたえてやろう。私はお前にある実験を施そうと思って、お前をこの場に連れてきたのだ」

「はあ、私は生きているのですね…」

「ああ、生きている。お前が次に目がさめるのは、いつもと同じ時間で、そこからまた仕事に出かけていくだろう」

「はあ、それでその…私に実験を施すと?」

「さよう」

「それは、どういった…いえ、なぜ私をお選びに?」

「ふむ。すこし説明してやろう。私はいわゆる、全知全能の神、だ。私がお前たちとお前たちの世界を創造してやったのだ。しかし、人類というものをいささか傲慢に造ってしまったのやもしれぬ。お前たち人類は、なにかと私のやることに不平不満を言うようになった。最たるものは、人体機能に関してだ。わざわざ私に似せて造ってやったものを、人類は、やれ足が短い、鼻が低い、目が小さい、だの、もっと力強くだ、いらない臓腑があるだとか、機能的欠陥だとか、太るだ痩せるだ、文句ばかり言う。ささいなことをいちいちあげつらって、まるで私が無能なものであるかのように喧伝し、なかにはそれらを、神が存在しない論拠、として扱う始末。とてもじゃないがだまっていることはできなくなった」

「それは、なんとも、確かに創造主に対して、不敬なものですね」

「うむ。だが、私とて苦情をすべて無視するものではない。全知全能とはいうが、私は人類が思うほど完璧な存在ではないのだ。したがって、小事には目をつむることもある。いままで目をつむってきた小事をこのたびすこし改善してやろうと思う。その大事を成すには小事からしなければならない。つまり、まずは特定個人を改善し、その経過をみる。その被験体に、お前が選ばれたのだ。お前ほど平凡な者は、なかなかいない。良き素材なのだ」

「はあ、まあ、神さまのなさることですし、私でよければお気に召すままに」

「ふむ。よくぞ言った。では、お前が次に目覚めた時から、お前は便意を我慢すると尻が光るようになる」

「はい?」

「便意を催し、それを我慢すると、お前の尻はあたかも蛍のような燐光を発する。便意が差し迫れば迫るほど、淡いエメラルドグリーンの輝きは強くなる。臨界点に近づけば、その光は北極星より強くりんりんと輝くだろう」

「あの、その、それはその、なぜそのような機能を人類につけようとお思いになられたのですか」

「神である私のもとに祈りを通じて届く苦情の数がもっとも多いのが、便意にまつわるものだからだ。そしてその苦情というやつは、尻が光り、光の強さの度合いに応じて当人がどの程度差し迫った状態であるかがひと目でわかるようになれば、ほとんどが解決するのだ。たとえば、赤ん坊の泣き声。たとえば、集団での移動中。たとえば、トイレの順番待ち、またトイレの場所を探しまわる。そういったときに、人々は私にうらみを捧げてきたのだ。いついかなるときにも便を垂れ流しても良い世界、にすることもできるのだが、私とていまさらそのような惨状は、避けたい。だから、尻を光らせて便意を我慢していることを知らせることにした」

「尻が、光る…それは私ひとりが光るようになっても」

「結果をたのしみにしているぞ。地獄に落ちたくなければ、まじめに生きるのだ」

 青年がふと思った疑問を投げかける前に、神は消えた。すると、真っ白な空間が瞬時に真っ暗になった。


 青年が目を開けると、そこはいつもの部屋で、いつもの時間だった。

 昨晩みたものは、夢である。と、青年は起きてそうそう結論づけた。そう結論したのはいいが、確信がないから空威張りで結論づけて自身を納得させるのは、平凡なひとのよくある反応で、結論づけたにしても、その決心と同等の不安を抱えているものだ。だから青年は、試しに、おそるおそる朝一番の小用を我慢してみることにした。

 すると、神さまのおっしゃられた通り、青年の尻が淡い緑色に光りはじめた。光は、脈拍と連動しているのだろうか、まさしく蛍のようについたり消えたりを繰り返すのだった。

 ズボンを脱いで、青年は自分の尻を観察した。両の尻っぺた全体が、ほのかに明滅している。そして、どうやら次第に発光が強く、明るくなっていった。尻を観察する体勢に無理があったのか、便意が加速したのだ。

 青年はあわててトイレにかけこみ、用を足した。すると、尻はもう光らなくなった。

 用を足してすっきりしたからか、青年は冷静さをとりもどした。

 はてさて、どうやら昨晩のあれは夢ではなかった。俺の尻は便意に応じて光を放つようになってしまった。これはことだ。そのような悪目立ちする人生など、俺は望んでいないのだ。

 困ったふうの青年は、しかし、ある考えにたどり着いた。

 最後に俺が必死になってトイレを探した経験は、いったいいつのことだろう。

 街にはトイレがたくさんあるし、生活圏内ならその場所も心得がある。職場においても、わりあい自由にトイレに立てるし、長い拘束時間がある場合には、当然、水分摂取を控え、事前に出すものは出して行動してきた。

 仮にトイレの無い郊外や野山に行ったとすれば、そのときは、そこいらでちょちょいと済ませばいいことだ。

 ズボンを履いていてもわかるほど光るが、なに、周りの人は後ろポケットにスマホでも入れているとでも勝手に思うだろう。

 これならどうにかなりそうだ、それに尻が光る人類なんて俺ひとりだ、これは自慢になるかもしれない、とひと安心した青年だったが、そこでまた不安におそわれた。

 そのような生活態度で、はたして神さまの被験体としての役割を果たしているといえるのだろうか、と。

 なんせ、相手は神さまだ。神さまから指名されたのだ。ならば、それがどんなに理不尽でも、この尻光る機能が有用か無用か、様々なケースにあてはめて実験し、報告しなければならないのではないか。

 いや、神さまのなさることだ。人為的または恣意的に尻光る機能を見定める環境をつくることは、望んでいないかもしれない。自然発生する環境のなかでえられるデータ以外は望んでいないかもしれない。

 そんなこんなをあれやこれや考えているあいだに、いつも乗る電車の時間が近づいていることに気がついた。青年は、ともかくも、あわてて支度をし、なんとかいつもの電車に乗ることができた。

 が、ここで青年に思ってもみない事態がふりかかった。そう、便意だ。ふだんよりあたふたした朝だからか、神さまの試練かわからないが、青年は便意を感じた。

 くしくも、青年が便意を意識した区間は、青年が用いる通勤区間のなかで最長のものだった。あまつさえ、通勤ラッシュ。満員だ。

 便意は、じわりと確実に強くなってきた。青年ははっきりと冷や汗が背中を伝うのを感じた。

 そのとき、

「痴漢です!」

 と、素っ頓狂な声が青年の耳もとでした。

「痴漢です! 盗撮よ盗撮!」

「おい、てめえ!」

 ぎゅうぎゅう詰めのなか、なんとかして首を後ろに向けると、そこには鬼みたいな目つきで青年をにらむ若い女性とその同伴と思われる男がいた。

「さっきからこの人の後ろポケットでずっと盗撮されてる! ほら! ほら!」

 青年は、気を失いそうになったし、ブツを出しそうになった。いっそ出してしまえば光は消えるはずだが、おそらくこの淡い光はちょっと漏れるぐらいでは消えないだろう。機能を考えればブツを出しきらねば消えない。万事休す。

 だが、人間、追い詰められると何かと突拍子のないことを思いつくもので、

「ああ、すいません。これカメラとかじゃないんです。すいません。ほら、バリウムってあるでしょ。レントゲン撮影するときに飲むあの白いの。まあこれはバリウムじゃないんですけど、私、昨日の夜、ちょっと特殊な医療検査を受けてきまして、内臓にちょっと疾患があるもので、ええ。そのとき撮影用に飲んだ液体がですね、こう、外部内部の圧力が加わると、このように、ええ、ちょっと光るらしいんです、はい。よろしかったらどうぞ、私の尻をさわって確かめてください。なにも持ってないですから。もちろん次の駅で降りろということになれば降ります。というか、私、降りますし。降りたら駅員の前で裸になったっていい」

 よくもまあすらすらと口から出まかせを言えたものだ。

 青年が尻を揉みほぐされる感覚におそわれると、淡い光はより強く輝いた。もちろんそれは、強制的な刺激により青年の便意が加速したからだが、意図せず前述した青年の口から出まかせとうまくリンクした現象だった。

「どうです。なにもないでしょう。バリウムみたいなやつのせいなんです。あの変なやたら甘い液体の。申し訳ない」

 青年はなるべく優しげに語りかけた。

「なんだよこいつ気持ちわりいな」

「…すみませんどうも」


 青年の災難はこれで終わらなかった。無事に出社できたと思ったら、抜きうちで社長が青年の部署に来て、なんの因果かイライラしながら朝礼をしだした。それはちょうど青年が余裕をもってトイレに行こうとしたタイミングではじまったのだから、たまったものじゃなかった。社長は日報やら実績表なんかをまとめた資料をもとにひとりひとりにかなり厳しく問い詰め、叱責をする。

 また青年の順番が悪いのなんの、トイレにに行こうとしていた余暇で、最後から2番目だった。また、青年の成績は可もなく不可もなくだったので、自分より社に貢献している同僚の叱られっぷりをみると、社長の怒りはその比ではないだろう。憂うつでしかたない。

 案の定というか、青年は、催した。そう、社長を前にして、だ。尻は光っている。幸い、横一列に並んでいるので、背後に人はいなかった。

 ガミガミと耳をつんざく社長のどら声に、青年は真摯に反省しているふうの態度で応じる。途中何度も来襲する社長の詰問と便意を、緊張しながら不発弾を処理するように器用にていねいにやり過ごす。

 しかし、だんだんと強く明るくなる発光という現象を隠し通すには無理なシチュエーションだった。

「おい! なんだ君はさっきから当たり障りのない返事ばかり……君、さっきからあれだ、さっきから君の腰のあたりが光ってるぞ。なんだそれは」

 なんだそれはと聞かれても、これは便意による発光現象ですとの摩訶不思議な解答を言える雰囲気ではなかった。叱責に切羽詰まってもいた青年は、

「わかりません!」

 とおもったよりも大声でつい言った。

「わからないとはなんだ。ええ? 君はそんなこともわからないのか自分の身に起こっていることすらが! なんなんだ君は。成績もあげない、努力もしない、向上心もない、挙句に尻を光らせる。どんな社会人だ君は! ピカピカの一年生のつもりか!?…いいか、社会人ってものはな。みがかれていくものなんだ。みがかれてみがかれて、靴もスーツもえんぴつも消しゴムも髪の毛だってすり減って、みがかれ…それこそ、体の身が枯れて、身が枯れてこそなのだよ! そうしてようやっと、価値ある輝きを持つ宝石になるのだ。その内面から発する不撓不屈の輝きが、顧客の信用を勝ちとるのだ。それがなんだ君は。身を枯らせないばかりか尻を光らせてどうする。どうするんだ。尻を光らせて君は、どうなるというんだ君は」

「尻を…わかりません!」

「わからんとはなんだ! 貴様!! わからんとはなんだ! ふざけている場合じゃないんだよ!! ふざけんな!!」

「…だって、わかんないですもん。わからないですよ。だって尻が光ってるんですよ。わからないですよそりゃ。社長、聞いてください。尻が光るってなんですか。なんですかこれは。尻は光らないじゃないですか。ふつう尻は光らないですよ! 神さまが、僕の尻を…」

 突如として止まった尻の発光現象と、入社以来それなりに当たり障りのない叱られっぷりを発揮していた青年の、反抗的ととれる慟哭とが何を意味しているかは、読者の想像通りだ。数瞬のちにあたりにたちこめるほのかな香りが、とにもかくにも、周囲の人に、火急の事態が発生していることを告げた。

 そして青年は早退した。周りからも、社長からもそう勧められたし、青年もそうするべきだと思ったからだ。しかし、こうなるとただ早退するわけにはいかない。医者に行かなければならない。青年の災難は、ここからが本番だ。


「便意を我慢すると、尻が光るようになった、と」

 脂顔の医師は淡々と青年の言った言葉を復唱した。

「はい」

 青年は、自暴自棄になっていた。いま喉にとどまっている言葉を口に出せば、きっと自分は精神に問題ありとみなされる。絶対そうみなされる。まちがいない。でも、言ってしまいたい。いや、言わなければならない。でなければ、本当におかしくなってしまう気がする。

「先生ほんとなんです。みんながみてますし、なんせ全知全能の神さまがそうしたんですからね」

「うーん。神さまねえ。神さまも、なんというか、大胆なことするねえ」

「ほんとなんです! 先生! 神さまが、神さまが僕の尻を光らせたんです!」

「尻を…ねえ」

「ほんとなんですよ! 信じてくださいよ! あんた医者でしょ!? 患者の言うことを少しは信用したらどうなんだ! ちくしょう! あんたあれだろ! 神さまなんかいないっておもってるんだろ!」

「神さま? いやあ、私は無心論者じゃないよ。強いていうなら不可知論者だよ」

「いるんですよ。いたんですよ。その不可知は不可知じゃなくて、可知だったんですよ!」

「へえ、それはすごい。まあまあ、ゆっくりしていきなさい」



 青年は、やさしく慎重でいて強制的に眠らされた。水分補給目的と聞かされた点滴の目的は、そうではなかった。便意の有無を確認されることもなく。


 眠っているあいだ、どうやら青年は暴れたらしい。どうしてそうなったかはわからないが、ひどく暴れたらしい。

 理性の残る青年は、目が覚めたときに、自分の手足が拘束されていることを知り、それを察した。

 体を動かそうとするが、ムズムズとしか動かせなかった。腕に若干の疼痛を感じる。見れば手首が拘束具とは別に固定されている。折れたか捻ったかしたらしい。

 ここはどこだろうか、そんなことをぼんやりと考えていると、下半身の感覚がないことに気がついた。上半身は、拘束されながらもわずかにムズムズムズムズと動かせるのだが、下半身はどうにもこうにも、デロデロしている。下半身が屠殺された豚みたく、デロデロになっている。が、形は保たれている。青年には意味がわからなかった。

 ともかく、青年は声を出してみることにした。声は多少ひょろひょろとかぼそいものだったが、看護士が駆けつけるぐらいの声量はあった。

 ひと騒ぎがあったあと、見知らぬ医師がやってきて、暴れだした青年がおそろしい勢いですべって転んで、しこたま腰を打ったことを教えてくれた。そのせいで、下半身がデロデロになっているらしい。見知らぬ医師は、どことなくトルコ人のような顔をしていた。


「先生、それで、治りますか?」

「うーん。現段階じゃまだなんとも言えません」

「はっきり言ってくれても結構ですよ」

「…むずかしい」

「そうですか。まさかこんなことになるとは」

「お気をたしかにもって。うん? おっと。ちょっと君」

 医師は看護士を呼んだ。

「どうしました?」

「ああ、いや。そうですね。いま、あなたは下半身が麻痺しています」

「はい」

「したがって、排泄がコントロールできません」

「排泄が…排泄がですか」

「はい。それで、現在尿道には、チューブを入れて、尿を排泄させてます。大便のほうもにたようなものです」

「…そうですか」

「はい。いまちょうど、満杯、になりましてね」

「…ねえ先生。そうすると、僕は、まあ治らなかったら、僕はこの先ずっと、便意を我慢することはないのですかね」

 医師に幾ばくかの緊張が見てとれた。青年の発した便意という言葉に反応したらしい。

「はあ、このままの状態が続けば、便意を感じることはないでしょう」

「そうですか。それじゃあもう…ああ…ああ…なんということだ」

「お気持ちお察しします。しかし、排便のコントロールが出来ない方に対するサポートも、現在はなかなか進んでいるんですよ。特にあなたのように頭がしっかりとされている方ならば、はじめは慣れないかもしれませんが」

 医師の話をさえぎって、青年は言った。

「そんなことじゃないんですよ。ああ、僕は神さまになんて報告すればいいのか。人類を改善する神さまの実験を、僕はトチってしまった」

「…まあまあ、そう気を落とさずに…」

 医師はかたい笑顔を見せた。


 それからいくつかの夜を越えても、神さまは青年の前に姿をあらわさなかった。下半身も動くことはなかった。

 青年は、神さまへの報告を、実験は半日で終わってしまったという残念な報告を早くしなければとおもうのだが、こう監視されている環境ではなかなかむずかしい。




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