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お別れの教訓

 ぼくのおじいちゃんは、みんなから嫌われていました。

 もうずっと寝たきりだし、そのくせワガママで、何かあるとすぐ大声でどなって、バカヤローと言うのです。お父さんもお母さんもおばあちゃんも、みんな「おじいちゃんは怒りんぼ」だと言って、あまり近づきません。

 そうして、おじいちゃんは暇になると、僕たちを白いパイプのベッドの上から家中にひびきわたる声で呼びます。

「タヌキ! タヌキ!」

 お姉ちゃんは色黒だったので、タヌキと呼ばれていました。ぼくもお姉ちゃんについておじいちゃんの部屋へといくのですが、ぼくはおじいちゃんがこわかったので、毎回ちょっとイヤでした。

 呼びだされて部屋に入ると、おじいちゃんは白いパイプのベッドの上から、じっと僕たちを見て、その様子を僕たちがこわごわ覗いたりしていると、「もうどっかいけ」と言うのです。呼びだしておいて、すぐにどっかいけと言うのは、なんだかよくわからないことをする。


 おじいちゃんはたまに入院しました。おじいちゃんが家にいないあいだ、家の中はとても静かでした。ぼくがちょっとくらいさわいでも母親からあまり怒られなくて、居心地がよかったです。


 ある冬のはじまりに、入院していたおじいちゃんが今日家に帰ってくる、ということになりました。家にいとこや親戚のおじさんおばさんがたくさん来て、なんだか大人の人たちはみんな黒い服を着て、忙しそうにパタパタしてます。でも、ぼくがそんな大人たちの様子を見ていると、ふふんとみんなはにかみ笑顔で挨拶をしてくれます。

 ぼくは、きっとこれからおじいちゃんの退院のお祝いがあって、たのしいことがおこるんだとおもって、うきうきしました。


 いとこのケンちゃんとファミコンをして遊んでいると、おじいちゃんが帰ってきました。

 おじいちゃんは、大きな木の箱になっていました。どうやらその大きな木の箱の中におじいちゃんが寝ているようです。

 仏壇のある部屋に、おじいちゃんは置かれようとしています。明るい性格の叔父さんが、「向こうが北だから、大まかに、頭はこっちでいいんじゃないか」と指示を出していました。

 ぼくがそんな様子をぽかんと見つめていると、叔父さんは、「北まくらと言ってな。仏さんは頭を北にして寝かさなきゃならないんだよ」とおしえてくれましたが、ぼくには叔父さんがなにを言っているのか、ちんぷんかんぷんでした。


 木の箱が置かれると、まもなくお坊さんがやってきました。お坊さんはそそくさとお経をあげはじめました。お坊さんのはげた頭がとてもおもしろくて、ぼくが指をさすと、隣に座ったお母さんから手をはたかれ、目があったお母さんは口もとに人さし指をあて、シーッのポーズをしました。

 お経のあいだ、ぼくはやることもなくなって、暇になりました。暇になったので、頭の中で声をだして時間つぶしをしていると、もしかしておじいちゃんは死んだんじゃないのか、とおもうようになりました。

 ちらりと辺りを見渡すと、笑ってる人はいなくて、中には泣きそうな人もいました。大人のひとが泣くのは変なことなので、ただごとじゃありません。

 お経がおわってお坊さんがどこかに行くと、大人のひとからおじいちゃんが死んだことを聞かされました。人が死ぬのは悲しいことだと知っていましたけど、少し前までみんな笑顔でたのしそうにしていたので、ぼくはなんだかよくわからない気持ちになって、ぽかんとしていました。

 しばらく大人の人たち同士で話をしていました。大人の人たちのはなしはつまらないので、ぼくはなんだかよくわからない気持ちのままじっとしていることができずに、その場をひとりでぬけだして、居間に来ました。

 居間は、電気が落とされて、とても暗くて、遠くからぼんやりと人の話す声が聞こえて、なんだかいつもの居間と違ってみえて、まるで水の中にいるような気がしてきました。

 そのとき、急に「おじいちゃんは死んだんだ。もう二度と会えないんだ。消えてなくなってしまったんだ」という思いにかられました。

 その気持ちはとてもこわくて、悲しくて、さびしいものでした。あまり好きなおじいちゃんではなかったのに、ぼくの心になにか足りなくなってしまったような気持ちでした。でも、ぼくにはどうしていいかわかりませんでした。ただじっと暗い部屋のなかにいました。

 ぼくが薄暗闇のなか、ひとりでこわがっていると、うしろからぼくを呼ぶ声がしました。

 お父さんでした。

 黒い服を着たお父さんの姿を見ると、ぼくは急に涙がでてきて、泣きじゃくりながらお父さんに抱きつきました。お父さんは特になにかを言うわけでもなく、微笑みながらぼくをあやして、ぼくが泣きやむまでじっとしていました。



 それからしばらく経って、親戚のおじいさんが亡くなりました。ご臨終のきわの病院のベッドの側に、ぼくはいました。ぼくたち家族は近くに住んでいたので、駆けつけたのです。

 テレビドラマでよくある心電図がだんだんと平坦になる様子も、お医者さんが死亡時刻を腕時計で確認して、みんなに告げるところも見ました。フキンシンだとはわかっていましたが、まさしくドラマみたいでなんだかとても関心しました。

 亡くなった親戚のおじいさんの孫で、ぼくたちのはとこにあたる大学生のお姉さんは、そのかたわらにモデルの仕事をするような、びっくりするほどキレイな人でした。八頭身です。足が長くて、お姉さんが大股で歩くと、ゆうにぼくの二歩分はあって、不思議でした。

 おじいさんが亡くなったあと、そのお姉さんがぼくたちを病院の待合室に連れて行きました。

 そのときお姉さんに自動販売機でジュースをおごってもらいました。「どれがいい? なに飲む?」とすこし赤い目をしながらも笑顔で言うお姉さんは、とても大人だなと思いました。

 しりとりなどをしながらたのしく遊んでいると、ぼくは寝てしまって、気がつくと帰りの車の中でした。


 それからしばらく経って、今度は親戚のおばさんが亡くなりました。

 おばさんはまだ若くて、ぼくたちをよく家に泊めてくれたりして、よくよくかわいがってくれていたので、とてもショックでした。

 おばさんと最後に会ったのは、すこし不思議で、ぼくとおばさんのふたりきりでした。亡くなるひと月前ぐらいに、おばさんがふらりとぼくの家にたちよったのです。たぶんぼくの家族と最後のお別れを告げに来たのでしょうが、とつぜんのことで、運悪く家にはぼくしかいませんでした。

 おばさんが重い病気にかかっていることは知っていましたが、まさか死ぬほどだなんて知らなかったぼくは、玄関先ですこし意地悪をしました。

 扉の前にいるおばさんに、留守番のあいだ誰も家に入れてはいけない、と親にきつく言われてる、と言いはって、からかったのです。

 おばさんはそんなぼくに、しわがれた声で、それでもカラカラとよく笑うと、なんだかすこしうれしそうにしていました。

「じゃあまたくるからね。みんなによろしくいっておいてね」

 おばさんは手をふると、待たせていたタクシーに乗って帰っていきました。でも、それからもう二度と会えませんでした。

 その出来事も相まって、おばさんの死はとてもショックと後悔の強いものになりました。どうしてぼくはあのときあんな意地悪をしてしまったのか。どうしてどうして…。

 おばさんの夫のおじさんは、笑い話にしていたけれども、ぼくには笑い話に消化しきれませんでした。


 それからしばらく経って、ぼくの学校の担任が亡くなりました。ぼくたちは夏休み明けの始業式で、そのことを知りました。車の事故でした。

 夏休みの宿題をほとんどやっていなかったぼくは、これはうまくことが運べばその件はチャラになるんじゃないかと友達と話していたのですが、それが他の先生に見つかって、そのまま職員室横の応接室に連れ出され、きつくお叱りを受けました。応接室にてきつくお叱りを受けたのは、火のついたタバコが道に落ちていたので吸う大人のフリをしてふざけていたところを学校にチクられて以来です。あのときもきつく叱られました。

 ぼくたちを連れだした先生は、「あなたたちは人が亡くなるということをよくわかっていない」というようなことと、いちおう、とってつけたように、宿題を終わらせていないのは論外だということを言いました。

 ぼくは、人が死んだとき、ほんとにその死を悲しんでいる人は周りに冗談のひとつも言って悲壮なほど明るくふるまうもので、それが人の気持ちというものだ。ましてやぼくは人が死んだことで生じた大きな後悔を持っている。あのときああすればよかった、なんであんなことをしてしまったのか、そんな大きな後悔に日夜さいなまされている。人の気持ちも知らないで形だけとりつくろうとする人に人の死についてあれやこれや言われたくない。それに夏休みの宿題をやり終えてないだなんてほんの冗談で、今日は家に忘れただけだ。と主張すると、頬をひっぱたかれて応接室のかべまで吹っ飛ばされました。その先生は、倒れたぼくの胸ぐらを掴んで立たせると、さらに数発殴打しました。殴られるたびに、ぼくの体は空中ブランコのようにゆれました。ぼくを殴りながら先生は、泣いていました。泣きたいのはこっちです。

 それから学校と家を巻きこんだ大問題に発展して、結局ぼくの夏休みの宿題はうやむやになったので、張り飛ばされた価値はあるってものです。

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