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おねしょ。ギフテッド

 役場の一室に向かって、若いひとびとが列をなしている。列の先には受付があって、そこからずいぶんといい加減な声がひっきりなしにきこえては、列は進んでいく。

「はい、ここに手を。…うん。きみはハンカチをきれいに折りたたむ才能があるね。じゃあクリーニング屋さんになりなさい。よし、クリーニング業…っと。ではこの書類を持って次へ」

「はいここに手を。うん。きみは孤独をまったく苦にしない才能があるね。たまにいるんだよ。じゃあきみは未開惑星探査の宇宙飛行士になりなさい。ずっとひとりでいられるよ。え? 宇宙はこわいって? ははは、なに、きみには宇宙より人間社会のほうがおそろしくなるよ。それともなにかい? このギフテッド・サルベーザーがおかしいとでもいうのかい? え? …そうだろうそうだろう。この機械はいつだって正確だ。まちがいなんか起こしてないことは、社会をみたらわかることだろう? じゃあこの書類を持って次へ」

「ここに手を。おやきみは理由があればかんたんに人を殺せるようだね。たいへんよろしい。なに、理由もなく人を殺すやつはしょっちゅういるんだ。2日にひとりぐらいかな。そいつらはみんな力士にしてる。ほら、君子危うきに近寄らずっていうでしょ? 力士危うきに近寄らず、だよ。ま、意味が違うけどね。力士には近寄るなって常識でしょ。そういうことだよ。それできみは、ガードマンになりなさい。悪いことしたやつはバンバン殺してしまいなさい。バンバンバンバン殺してしまいなさい。せっかく国民全員がこの機械のおかげで天職につけて、それでも道をはずれるやつなんて生きてたってしょうがないんだからね。バンバン殺してしまいなさいよ。この仕事をしてるとね、ああ、私は、自分のいい加減な言動で他人の人生を狂わせたってまったく良心の呵責を感じない才能があるからこの天職に選ばれたんだけどね、そんな私がいちばんイヤなものはね、せっかく私が職を選んでやったのにその道をはずれるやつなんだよ。このご時世、いったん天職からはずれたらまともに生きていけないんだから。そんなやつをバンバン、ね。よろしくたのんだよ。じゃ、次へ」

 ギフテッド・サルベーザーという機械を手にあてると、その人物の持つ才能を教えてくれる。15歳になると、国民全員がこの機械に手をあて、将来を決定することが義務付けられている。機械を操作する人物は才能発掘士の資格を持つ特別公務員だ。

 この機械が発明される以前、ギフテッド法が公布される以前は、その人の持つ才能と職業が一致しないことがほとんどで、それがゆえに社会の営みは極めて緊張し、ストレスによる自殺者があとを絶たなかったが、この機械によりそれは解消された。ひとびとはみな漏れなくおのれの天職に生き、かつ高い成果をたたき出す。ひとびとはイヤな仕事なんてやらなくて済むし、振り分けられた職は天職だから、誰もみなひとのために働きなんかしない。それでも以前の世の中と比べると著しく成果をあげるので、文明や文化の発達は著しく、効率よく仕事ができ、時間にゆとりもうまれ、とても柔和な社会になった。また才能もないのにプロのアスリートや芸術家などを目指すなどという叶わぬ夢を見ることもないから、自殺するひとなどめったにいない。もちろん自殺する才能の持ち主やとくに理由もなく将来という当人にとって膨大で絶望的な時間経過に耐えられない才能の持ち主もいるにはいるが、その報告例はギフテッド法が採用されて以来、何千万人にひとりという奇病の症例よりずっと少ない。

 世界から戦争や飢餓がなくなったわけではないが、身分の差などない、人がそれぞれたのしく充実する生活を送れる平和な世界になっている。

 そんな平和な世界にも、おちぶれるやつ、天職からはずれるやつというのは一定数いて、そんな人間のクズ、社会のデブリは生かしておいてもしかたないので、見つけ次第殺すのが社会の責務だ。

「はい手をここに。…うん。あー、もう一度手を。…………ばかな。もう一度。……まさか、こんなことははじめてだ。きみには、なんということだ、きみには、才能がない。これっぽっちの才能もない。いったいどういうことだ。なんということだ。もう一度手を…やはり…え? 才能がないことが才能だと? ……そんなありきたりなことを言うなんて、やはりきみにはまるっきりなんの才能もないということか……。どうしよう。こんな例はみたことない。………そうだな。なかったことにしよう。才能がないやつなんて、生まれているはずがない。人はみな、漏れなく、なんらかのギフテッドをもらって生まれてくるはずないのに。きみはこのギフテッド法を、この安寧に足りる社会を、平和な世界をくつがえす気かね。そんなことはさせはしないぞ。たったひとりの例外で社会の歯車に支障をきたすわけにはいかない。みながみな、しあわせに生きる幸福な社会とは物事をひとつのルールで円滑に運びつづける必要があるのだよ。ギフテッド法はその最たるもので、生まれてきた人間の天命を成就させるものだ。いわば神の定めたルールを、採用しているのだ。神の定めたルールにまちがいなどあるはずがない。……きみは生まれてこなかった。そうしよう。ちょうどさっきガードマンにした若者がいたな。おーい、彼を呼んできてくれ。おや? 早いね。その制服姿がよくにあっているよ。うれしいものだ。やはり私はこの仕事が天職だね。さあ、そこの彼を始末してくれ」

 部屋のなかで、2回、バンバンと銃声がなった。

「ふう。さっそくさまになってるね。おい、きみ。どうして私に銃をむけるのだ。なに? 才能発掘士は人の才能を漏れなく見つけるのが仕事で、私はそれに違反しただと? 殺せる理由があるから殺す、と。……なるほど、さもありなん。やはりこの機械はすばらしい。それならしようがあるまいよ。私は、ここまでだ。さあ、どうぞ天職をまっとうしてくれ。あー、なんてしあわせな人生だったことか」

 バンバンと2回銃声が響き、ガードマンはそれでひっこんでいった。その後すぐに代わりの者がきて、列は何事もなく進んでいく。


 この厳正なるギフテッド法唯一の不可思議は、「一国、あるいは世界のリーダーになるにふさわしい才能」を持つ人間が未だかつてあらわれていないことだ。しかし、それは人類がもはや迷える子羊ではなくなった証であるのかもしれない。


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