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「スッと私の中に入ってきたの。それは、黒い煙みたいだった」 


 つまり、それが、悪霊だったということか?

 悪霊は、最初から彼女の身体の中に潜んでいたという事か?

 僕は、竹内雛に近づいて彼女の身体を支えた。

 彼女は、僕の腕に支えられ仰向けのようになったが、彼女の口から鮮血が溢れるように流れ続ける。

「兄さんよ」赤い悪魔は、この状況で、僕のお腹に手を回して、後ろから抱き着いた。

「わしはの、悪魔ゆえに、人間であるこの女を救いたいなどとは思わんが、取引ならば応じんでもないぞ」

 取引?何を言っているだ?いや、橘天理が言っていた、こいつを連れてくる理由。 

「ワシには、この女のなかにおる悪霊の姿も見えるし、取り除くのも容易だろうな。ワシの目を貸してやれば、兄さんにもこの悪霊が見えるだろ。

その代り……この悪霊をワシにくれ。これが取引内容じゃ」

 悪霊を……くれだと?どうするつもりだ?それに、これは、彼女の姉の魂なのではないか?

「オウオウ。迷っておる暇があるのか?今もそれは、この人間の内部を食っておるぞ。フッ。中々の眺めじゃ」

 迷っている暇はないか……。

「頼むよ」僕は言った。

「取引成立じゃ」

 そう言うと、悪魔は、僕の体の中に溶け込んでいった。少しずつ少しずつ、一体になる。

 悪魔は、半分に分割したが、頭は分割できなかった。頭に当たる部分は赤い悪魔が持っていて、目は妹の体の方に封じられている。だから、目を借りるのだ。

 見える。

 竹内雛の体の中で蠢いているものが。

 見ようとすると、それだけを見ることができた。

 僕は、自分の左腕を僕の半身としての悪魔に変化させる。少しだけで良い。とはいっても、あまり慣れていないのだが。

 僕の左腕は、一回り巨大になり、青色のうろこが現れ、青色の羽毛が生え、爪は大きなかぎづめになった。左腕だけでなく、左半身ほぼ全体が、そのようになってしまう。

 だめだ、変化しすぎだ。

 腕だけいい。

 それも、もっと小さくていい。

 そう思って、念入りにイメージする。左半身全体の変化は戻り、左腕は小さく元通りの大きさになった。青色の鱗と羽毛が所々に残っている。 

 傷つけようとしなければ、傷つかずに済むはずだ。

 僕は、竹内雛の腹のあたりに左腕を突っ込んだ。

 僕の左腕は、ソレをがっちりと掴むことができた。しかし、僕の手の中で抵抗しおいそれと簡単に取り出せない。

 仕方ない。 

 力を入れて、ソレを取り出そうとする。

 ぶちぶちと、肉を引き裂く感触がした。

 取り出したソレは、しばらく僕の手の中で足掻いたあと、動かなくなって僕の手の中で丸まって黒い球になった。

 なんだか弾力のある球で、黒い粘性のある液体がしたたり落ちていた。

 僕が、この正体不明の黒い物体を見つめていた間に、悪魔は、僕の体の前の方から飛び出すように出てきた。そして、呆然としていた僕から、悪霊であろう黒い球をジャンプして奪うと、リンゴを齧る様にしてほうばった。

「いとうまし!」

 赤い悪魔は、そう言った。

 吸血鬼における血の代わりに、悪魔の口の端からは、黒い液体が垂れていた。

 竹内雛には、意識があった。前かがみになって、小さく震えていた。

 手で顔を覆っている。不思議なことに、吐血したはずの血は無くなっていた。

 僕が覗き込むと、彼女は手で左目のあたりを隠していた。そして、彼女はゆっくりと手をどけた。

 そこには、あるべきものはなく、真っ黒にくぼんでいた。


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