表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

胎児の聲

作者: 永見拓也

『何彼談話。』第二章第五話【ドロドロの神】から生まれた奇譚。

 母親が其の腕に抱いた瞬間、胎児の肢体はドロドロと崩れ落ちた。

 豆腐の様だ――。

 否、形が有る分は豆腐の方が有り難い。

 口からは泣き声が上がらない。

 胎児は死んだのだ。

 母親は抱いて居る物の対処に戸惑い、其の腕を震わせた。

 胎児の頚が揺れる。

 頭は垂れ落ち、頚は未だ繋がっている。

 此れでは最早呼吸が儘為らぬ。

 嗚呼、頚も落ちて終った。

 五体不満足だ。

 皮膚に張りが無く、細胞の切れ目が視える。

 其処を捲れば皮膚を剥ぐ事が出来るに違いない。

 私はそう思った。

 皮膚を剥いだ後は肉を掻き毟り、骨を露出させよう。

 心臓を取り出してやろう。

 母親の足元に転がっている物は何だ。

 病的にも黒く、生々しい。

 壊死して居るのだ。

 下半身から血が滴る。

 波紋が拡がる。

 其れは正しく死の波紋だ――。

 私は視ては為らぬ物を視ている。

 敢えて医師には尋ねなかった。

 此れは一体何なのだ。

 母親は胎児の頚の孔に口を押し付け、血を啜っている。

 眼からは涙が溢れ、鼻息は荒い。

 喉を鳴らし乍ら唸っていた。

 視線が合った。

 其の眼は訴える。

 悲愴や絶望などは感じない。

 只管に必死なのだ。

 母親は胎児を胎内に戻そうとしているだけである。

 繰り返す度に自らの生命も吐き捨てるかの如く、呑み込んでは吐く。

 膝を床に着け、深く頭を垂れた。

 懐に抱え込み、動かなくなった。

 私の足元に迄、血溜りは拡がっていた。

 靴の輪郭をなぞり、私を包囲した。

 ――逃れられない。

 一歩さえ踏み出そうものなら、一気に頚元迄染め上げて終うだろう。

 臭いが強く為った。

 咄嗟に鼻を覆う。

 死臭が濃いのだ。

 一歩退き、距離を取ろうとした。

 既に出入り口は汚染された。

 血溜りに黒い肢体は浮かぶ。

 母親を廻り、頭部だけが遊泳していた。

 快適にも滑る。

 髪や眉毛、睫は無い。

 三つの孔が私を視た!

 瞳が無い。

 ――否、眼球が無いのだ。

 其の不気味な表情は口角を上げ、目尻を下げた。

 笑っているのだろう。

 笑い返そうなどとは到底思えなかった。

 恐怖以外の何物でも無い。

 其の頭部は子宮へと帰って行った。

 母親は血溜りを勢い良く飲み始めた。

 意識を取り戻した様だ。

 其の勢いや正に恐ろしい。此の吸引力を何と譬えよう。

 経験の無い事を引合いには出せぬ。

 母親の腹は徐々に膨らんだ。

 胃袋が膨張しているのか――、

 胎児が成長しているのか――、分からなかった。

 私には何も分からなかった。

 只起こっている事を、私の表現出来る限りに伝える事で精一杯だ。

 母親は一滴残らず吸収して終った。

 操り人形が立ち上がる。

 私は其の表情に驚愕した。

 何とした恍惚か。

 彼の胎児ではないか!?

 妊婦は腹部を摩っている。

 本当に胎児が子宮に戻ったのだ。

 歓喜にして、私は彼女を祝福した。

 ――了。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ