見えて視える
A.T.G.C 第七回
ジャンル:文学。 縛りはなし。(独自に5,000文字ちょうど、の縛り)
文学というのが何なのか、よく判ってないって感じです。
以前、ある作品への感想の中で、ちょっと書いたこととしては「何か伝えたいことがあって、それを直接ではなく、その伝えたいことによって引き起こされる事象、状況を描いて、その状況を読者に共有させることで、伝えたいことを伝える、いえ、単に伝える、というより、そのことを考えさせる。その時代の、その場所でのことを、必ずしも事実だけでなくても、そこで起きていることを代表するようなことを書いて、主にそこに居る人々の考え、考え方の基本、みたいなことを表現し、伝える、そして同時にそのことについて考えさせる」そんな作品を文学っていうのかな、なんて書いているのですが、少しはそのことを意識したつもりですが、でも、読み返してみると、それはどうだろう? って感じですねえ……。
結局、何となく、のイメージで書いてしまいました。
それでも、よろしければ、お付き合いいただければ幸いです。
よろしくお願いします。
私には人と違う能力があった。
最初、それは単に何かが見えるってことだけだと思ってた。
けど、最近になってそれだけではないことが分かった。見えたもの、それが何であるか、私自身も知らない内に答えを知っていることも、その一つだと分かった。
するり、とその知識が湧き出てくるのは昔からだった。ただ、昔はそのことに疑問を感じなかっただけ。そう、見えたもののことが視えるのは、普通のことなんだと思ってた。
だから、見えたものが害が無いと分かれば、その傍に寄ったりした。そして、触れても大丈夫、そう分かれば、手を伸ばしたりもした。
でも、そんな行動は、お兄ちゃんから見ると随分と大胆に見えたらしい。
お兄ちゃんと言う支えがいるならば、もう、見えることは恐れることじゃなかったから。だから、見えることを、見えたものを、そんなものを恐れない様になっていた。だから、以前に比べれば、確かに大胆になっていたのかもしれない。
時として、お兄ちゃんは私の行動に驚いていた。初めて見た精霊に平気で手を伸ばす私を、勇気があると言うより無謀だ、そう言った。そんな風に言われると私は可笑しかった。だって、お兄ちゃんがいるから平気なのに。こんな私を理解してくれるお兄ちゃんが居れば、精霊が見えることは平気。見えたものに害があるかどうか、それは視れば分かるから問題ない。別に危険は無い。私はそう思ってた。
けど、お兄ちゃんが言っているのは別のことだった。精霊は見た目では分からない、その本質は見えた通りとは限らない。だから、初めて見た、知らない精霊に近付くなんて危険で迂闊だってことだった。
そう聞いた時、私は戸惑った。だって、視えたから。その精霊が何者で、害を為す存在かどうか、見た目と違うかどうかなんて、視れば分かるのが当たり前だと思ったから。
けど、私の思い込みは少し間違ってた。何かが見えても、普通はただ見えるだけ。それが何者なのか、どんな存在か、事前に知らなければ分からないはず。そう言われた。
その時は、それが普通なんだろうか? 漠然とそう思っただけだった。
だって、お兄ちゃんの態度が変わる訳じゃなかったから。だから別にいいと思った。
けど、実はそれだけじゃなかった。視えるってのは大変なことだった。
ある日のこと。私は神社の森の中でちょっとだけ迷子になった。
神社の森、鎮守の森の、その奥にあるという小さな池に行くために、森の中を歩いていた時だった。広大な森を、お兄ちゃんに連れられて奥深くまで入っていった。森の参道では、周囲の木々に濃緑の葉がいっぱいに付き、陽の光は細い筋となって参道を歩く私たちに降り注いでいた。その参道を歩きながら、様々なことを感じた。
この森は私が見てしまう様々なものが、元からかなり少ない場所だった。それがどうしてかは分からないけど、でも、とても清々しい大気で満ち、その中にいるだけで全身に活力が満ちてくる様な気がした。そんな森の大気には、私の気付いてない何かが秘められている気がした。とにかく、その場所には懐かしい何かを感じていた。そして、その懐かしさは、森の奥に入れば入るほど強くなる様に感じられた。
その感じ、既視感というのだろうか? 今まで、ここに来たことはなかった。でも、見慣れている様な気がした。とにかく懐かしく、安心できる感じに満ち溢れていた。
しばらく進んだ所に小さな脇道があり、私はその道に入った。その脇道を入るのは、とても自然で当たり前のこと。心の底からそう思ったし、わたしはいつもそうしていた。そう思った。
そう。初めて来る道なのに、いつも歩いていた、そんな感覚に包まれていた。
その時、先を行くお兄ちゃんは真っ直ぐ行ってしまったけど、周囲から感じる懐かしさに油断していた私は気付かなかった。少し歩いたところで、お兄ちゃんとはぐれてしまったことに気付いたけれど、何故か私は少しも動揺しなかった。
私の良く知ってる場所だから、わたしがいつもいた場所だから、そんな思いに捉われていた。
そのまま歩き続けると、急に目の前が開けた。
森の中にぽっかりとできた空き地に、朽ち果てた塀に囲われた小さな館があった。その館からは人の気配は全くしなかった。随分と古い館という感じがしたけれど、感じられる古さとは裏腹に全く朽ち果ててない、そんな印象を受けた。
そして、私はその場所を知っていると思った。けど、同時に違和感もあった。あるべき物がないと感じた。何だろう……。 そうだ、あの空き地だ。その館の庭は、今はぽっかりと空き地となってしまっている。その場所に、何かがあった。とても大事な何かが。
けど、今、そこには何もなかった。
懐かしい。知ってる。でも違う。その思いが私の中をぐるぐると駆け巡った。
戸惑いながらも、懐かしさに引きずられる様に、一歩踏み出した時。背後の道から、お兄ちゃんが現れた。ひどく急ぎ、緊張している様に見えたけど、私を見つけたお兄ちゃんは、ほっとした様に息を吐き笑顔を見せてくれた。
そして、きちんと付いて来ないと危ないから、この神社の森は、そのまま広い森に繋がっているんだから、そこで迷子になったら脱出するのは難しいし、探し出すのも大変なんだから。そう怒られた。
お兄ちゃんが、そこまで真剣に怒るのは珍しかった。いや、あまりに表情が硬いから怒ってると勘違いしただけで、私を本当に心配してくれていたのだけど。
けど、その時の私は、そんなお兄ちゃんの様子とは関係なく、知っていること、そして訊きたいことがあった。どうして、それをお兄ちゃんに訊こうと思ったのかは分からないけど。でも、お兄ちゃんに訊きたかった。
だから私は、お兄ちゃんに質問してしまった。どうしてここに巫女はいないのか、ここは月の巫女の館のはずなのに、そしてどうして、月の御神木が無くなっているのか。私自身にも理解できない不思議な質問だった。なんのことだか全く知らなかったけど、なぜか言葉は知っていたし、疑問を感じていた。
けど、その質問は、お兄ちゃんをひどく驚愕させた。
月の巫女、その言葉を口にした途端、お兄ちゃんは私に走りより手で私の口を塞いだ。そして耳元で囁いた。その名前を口にしてはいけない、と。
そして、有無を言わさない感じで、そのまま私の手をきつく握ると、無言で歩き出した。
手を握られた私は、いつもより早く歩くお兄ちゃんから遅れないよう、必死に早足で歩いた。もう少しゆっくり歩きたい、そうも思ったけれど、でも、お兄ちゃんの全身から、極度の警戒感が発散され、お兄ちゃんに抗議することはできなかった。
そんなことは初めてだったけど、私は何も言えず、ただ必死に歩くしかなかった。
歩きながら、言葉にできなかったイメージについて思い起こしていた。
あの風景。あの館を見た瞬間に浮かんできた幾つかの言葉とイメージ。その中の一つにあった感触。誰かの気持ち。誰かを求める、狂おしいまでの熱情、そしてそれが許されない諦め、理不尽に奪われることへの怒り、その気持ちの残滓に触れた瞬間に浮かんだイメージ。
その残滓の中に残っていた印象。
その印象は、お兄ちゃんに重なる様な気がした。
それにしても、どうしてこんな所に来てしまったのだろう。違和感はなかった。体が覚えている通りに道を歩き家に帰る、そんな自然さで、この場所にやって来てしまったけど……。
でも、帰り道、お兄ちゃんに連れられ、何度も道を曲がった。
一度で覚えられる様な道順ではなかった。その場所へと到る道筋がひどく入り組み、偶然にたどり着くような場所ではないことを感じた。
それでも、ひどく懐かしかった。
簡単には来れない、来たこともないこの場所を、わたしは良く知っている。考えれば考えるほど理解できないことだけど、それでも、間違いはないと感じた。
そんなことを考えていて、急に怖くなった。
月の巫女。どうして、私はそんなことを知っていたのか。お兄ちゃんは、その名前は絶対に口にしてはいけない。そう言った。どうしてその名前は禁じられているのか?
月の巫女の館を真っ直ぐに見つけてしまった私のことを考えると、隠してもいずれは真実に出会ってしまうだろうから。その時に、何が知ってはいけないことか、知らないはずのことか、それを知らないと大変なことになるから。だから、教えることは絶対に。絶対に誰にも言ってはいけないよ。そう念を押すと、お兄ちゃんは知っていることを教えてくれた。
月の巫女と言うのは、はるか昔、この地方にいた巫女らしい。彼女は転生を繰り返し、何代にも渡って記憶と能力を受け継ぎ、その圧倒的な知識、霊力、そして精霊を統べる力を持ち、この地方の人々の暮らしを守っていた。
普段は、御神木の脇の、あの月の巫女の館でひっそりと暮らし、積極的に人々と交わることは少なかった。それでも、邪悪な精霊、怪異、そして人同士の醜い争い。そんな不幸は、彼女の力により、人々の暮らしから遠ざけられていた。おかげで、この地方は平和に満ち、大地は豊かな実りをもたらし、人々は何一つ心配のない暮らしを送っていた。
そんな平和で豊かな生活がずっと続いていた。けど、その平和が終わる時が来た。
ある時、月の巫女は人ならぬものに心を奪われた。
人々は彼女の心を取り戻そうとしたが、それが初めての恋だった彼女の心を頑なだった。ある日、そんな彼女が恋する精霊が、精霊同士の諍いで殺された。そのことを知った彼女は絶望し、怒り、そして周囲の全てに対して憎しみを爆発させた。
全ての怪異を退ける力を持った彼女が怪異と化した。それは、最強で最悪の存在だった。
人々は為す術もなく殺戮された。近隣から応援に駆けつけた退魔の戦士が、彼女の力の源となる御神木を破壊し、やっと彼女の巻き起こす憎しみの嵐が止んだ時。生き残った人間はほんの一握りに過ぎなかった。
彼女の脅威は治まったが、彼女を倒せたかどうかは分からなかった。倒せた自信もなかった。戦いの中、荒れ狂う彼女に有効なダメージを与えることができたと思える人間は一人もいなかった。ただ突然、殺戮の嵐が止み、その場所に月の巫女が居なかった、それだけだった。
けど、暫くの後、まことしやかに噂が流れた。彼女、月の巫女は死んでない。力は失ったが、人々に対する怒りと憎しみを決して忘れず、転生を繰り返している、と。
その、月の巫女の名前、記録には満月と記されている。
その字をお兄ちゃんが書いた時、大抵の人は、まず「まんげつ」と読むと思った。けど、私は初めから「みつき」と読むことを知っていた。
あの日、あの、月の巫女の館に迷い込んだ時。お兄ちゃんはすごく難しい顔をして、しばらく一言も話さなかった。あの場所、偶然で迷い込めるような簡単な場所ではなかった。
月の巫女の館に、自然に入り込んでしまった私。
月の巫女と口走ってしまった私。そして。
月の巫女と同じ名前の私。
字は違う。私の名前には、月、という字は入ってはいない。だからこそ、今まで私と月の巫女の関係に関しては、表立っては問われていない。
それは私なのだろうか……。
やはり、私は怪物なのだろうか?
自分が怪物だとしても別にかまわない。お兄ちゃんが変わらず接してくれるなら、きっと私は耐えていけるから。そうすれば、きっと怪物に成らずにいられる。
あの館に迷い込んだ後も、お兄ちゃんは変わらずに私に接してくれた。だから大丈夫。
けど、同時に考えずにはいられなかった。
私は、何かが見えるだけじゃない。何かもっと、ずっと深く関わってる。そして、その関わりが私をどう導くのか、それは視えなかった。けど、視たくなかった。
これまで、ちょっと無邪気に大胆になり過ぎていたのかもしれない。
知らないはず、知るべきではないことを、うっかり視てはいないだろうか?
そして、うっかり口走ってないだろうか……。
けど、あの館に近付いてしまったからだろうか?
私は、これまで以上に色々なことを視る様になってしまった。
困惑することに、時には、予感めいたことが視えたりもした。
それでも、お兄ちゃんさえ居てくれれば……。
お兄ちゃんは満面の笑みで言ってくれた。大丈夫、光姫はいい子だから。絶対に守るから、だから安心しろ、と。
その言葉や心に嘘がないことは知っていた。
もちろん私は知っていた。 その言葉が本当であることを。
けど、私は未来などみたくなかった。 視たいものなど視えないから。
文学。かなあ。単なるファンタジーかなんかでは? 光姫の苦悩(それも、ラスト付近だけかもしれません)がテーマかなあ、とは思うものの、それでいいのかどうなのか……。