第7話 どうしてこうなった?
竜輝くんは自由
冬菜さんは……当初の目的を見失ってないかな?
言葉の意味を間違えていたので表現を変えました
苦虫を噛み潰したような→呆れたような
体育祭の片付けも終わり、誰も彼もが浮かれている実行委員会の仕事も全て終わり、校舎に残っているのは数人の教師だけのはずだ。
そのはずの中里中央大付属校図書室前には、一組の男女が居た。
後輩である男子は清々しい顔をしており、先輩である女子は緊張した様子だ。
「それで、木島君が私を呼び出すほどの話って、何かな?」
女子生徒、飯島冬菜は緊張を悟られないように先を促したがそうはいかなかった。
「先輩、何か急ぎの用事でもあるんですか?」
「無いよっ」
「その割に焦っているみたいですけど」
「良いから早く言ってっ」
冬菜はもう一杯一杯だ。
自分が気になっていた男子から告白されるかもしれないと思うと平静が保てない。しかし後輩男子にそれを悟られるのは癪だった。
「ああ、はい、そうします。そうは言っても当たり前のことを言うだけなんですが」
当たり前。
それは冬菜にとっては驚くべきことだった。竜輝が自分への告白を当たり前に思っていることが信じられなかった。
今ですら竜輝に緊張している様子はない。恥ずかしそうではあるが態度は至って普通だ。ハンドボール投げの話を格好悪いからと打ち切った時の方がまだ可愛げのある顔だったと思う。
「先輩、俺は先輩の御陰で友達と話すことの面白さを知りました」
前置きで竜輝が息継ぎをする度に冬菜が緊張を増していく。
竜輝は特に気にしない。自分には言えない何かがあるのだろうと思い、そこには踏み込まない。
「先輩が居なかったら俺は体育祭も楽しめなかったと思います」
確かに最初の竜輝は会話が噛み合わなかったが特別おかしいわけでもなかった。
竜輝はただ言葉が足りないだけだ。冬菜のやったことは、竜輝を少しだけ会話慣れさせただけ。特別なことはしていないと冬菜は思っている。
「先輩にも自分の時間、やりたいことがあったはずなのに俺に付き合ってくれて、本当にありがとうございましたっ」
そんな前置きはいいから早く本題に入れと冬菜は思っていた。
しかし竜輝が続けた言葉は予想を軽く裏切った。
「ふぅ、ようやくお礼が言えました。ちょっと恥ずかったですね」
ボンヤリとした無表情なのは変わらない。しかし1ヶ月近く一緒に居た冬菜には竜輝が恥ずかしがっているのがよく分かった。
「じゃ、言いたいことも言えましたし帰りましょうか?」
「……は?」
「え?」
帰ると言われて冬菜の方が困惑した。
今までの話から続きがあると思っていた。わざわざ時間を作って竜輝が会おうと言ったのだ、よっぽどの話だと思っていた。
しかし、帰る?
「え~と、木島君は私にお礼を言いたかったの?」
「はい、こういうのは面と向かって言いたかったので。周りに誰か居ると恥ずかしいですから、先輩に用事が無ければ今日、あるなら後日言おうと思ってました」
「……うわぁ~」
「えっ、どうして落ち込むんですかっ?」
人間関係に疎いし人の感情の機微にも反応できないような無反応人間なのは分かっていたのに、冬菜は2人で待ち合わせというだけで浮かれていたのだ。
これほど恥ずかしい話はない。
「木島君は、私にお礼が言いたかっただけ……私って何考えてたのっ?」
「さあ?」
「さあ、じゃない!」
「痛っ、ちょっ、止めてくださいっ」
「五月蠅い女の敵!」
「何の話ですかっ?」
竜輝の正直さに腹が立ってデコピンを連打する冬菜は、きっと全ての事情を知っている人ならば同情されていただろう。
だが現在、校内で冬菜と竜輝の関係について正確に知っている者は居ない。
つまり、この状況を誰かに見つかると面白いことになる。
「体育祭実行委員の先輩後輩によるイベント後の逢引き。校内新聞の見出しに使えそうっ」
嬉しそうな声が図書室から響いた。図書委員、渡辺香澄だった。
「渡辺か。逢引きって言葉は古臭い気がする」
「木島君っ、今言うべきはそれじゃないよっ」
「木島、いつまで経っても変人のままだね」
この状況が何を意味しているのか気付いていないのは竜輝だけだった。
香澄は竜輝と冬菜に何かあったと見抜き、冬菜は香澄が言いふらしたり曲解したりするのを恐れている。
「じゃ、私は帰るので、これで」
「このことは絶対に言わないでよっ、お願いだからっ」
分かってますって、と言って香澄はその場を後にした。竜輝は何が起きているのか理解できず、冬菜は平和な学園生活がガラガラと音を立てて崩れていくような感覚に脱力した。
「俺たちも帰りましょう」
「うん、もう、君らし過ぎて涙が出てくるよ」
「ハンカチでも使いますか?」
「ホント、君は変だよ」
色々問題のある後輩に、本当に困ったことになったと溜息すらでない冬菜だった。
(私の勘違いだったのは認めるよ? でもそれにしたってもうちょっとこう、さぁ)
体育祭を終えたその日の夜、冬菜は竜輝に対する不満を消化できずにベットの上で転がり続けた。緊張していた自分はまるで道化だった。
気分転換に本でも読もうと思いベットから届く位置にある本に手を伸ばすと、猫地蔵シリーズの4巻が目に入った。
竜輝がお勧めの作品だと言うだけあって面白かった。まるで複数人の作者が書いているのかと思わせる安定しない作風は確かに読み応えがあった。薄い文庫本なのにハードカバーの1歩手前くらいの読み応えがある。
ある意味で竜輝はこの作者のようだと思った。行動がチグハグで思っていた反応が返ってこない。それは自分が1ヶ月掛けてかなり直したがまだ足りない。
(……あれ、私って木島君に近付いた目的忘れてないかな?)
最近は竜輝の矯正に夢中で実験対象だったことを完全に忘れていたと、今思い出した冬菜だった。
(何か怒らせるようなことをしてしまっただろうか?)
冬菜が当初の目的を思い出したころ、竜輝は反省会をしていた。感謝し、尊敬すらしている先輩を怒らせたのだ。彼にとっては由々しき事態だった。
最後に香澄が出てきて余計に場を乱したことを差し引いても自分が冬菜に何かをしてしまったと思っている。しかし、それが何か分からない。
帰り道でひたすら理由を考えたが答えは出ないままで、夕食の際に両親と妹に聞いてみたら全員から呆れたような顔をされてしまった。
溜息を吐いた妹からは『お兄ちゃんが悪い』の一言だった。それは自分も分かっていると思ったが分かっていないから冬菜を怒らせたのだろうと思い反論はしなかった。
(とにかく、謝るべきだな)
理由も分からず謝ったらまた怒られそうだったが、竜輝にはそれ以外に思いつかなかった。