第4話 今日は来ないかと思っていたのに!?
意外と三人称も書きやすいと思った今日この頃
冬菜の実験はどうなることやら
図書室で竜輝を見つけた翌日、冬菜は8時に学校に着いていた。彼女は自転車登校で30分ほどかけて通学している。部活には入っていないが体力に不安は無い。
しかし、女子同士のお喋りは不安だった。
「冬菜って最近1年の男の子ん所によく行ってるよね?」
「あ、聞いた聞いたっ」
「もしかして、もしかするのっ?」
冬菜は教室でも静かにしていたいタイプだ。クラスメイトと話すのは良いが静かに話せる相手が良いと思っている。
その点今居る4人組は良いはずだったのだ。自分と同じで容姿は優れているが静寂を好み着飾るのは最低限にするタイプ。
冬菜はスカートはそのままだが髪は結っているし化粧も昨日ほど力を入れてはいない。竜輝にはそういった要素が無意味なのだから無駄に周囲を騒がせるようなことは避けた。
だから今日は何事もなく竜輝に本を借りられると思っていた。
自分が実験を始めていなければ。
女子の情報網とは恐ろしいものだ。2日連続で竜輝に会いに行き、放課後には図書室で一緒に過ごしていたとクラスの女子全員が知っている。
委員会の仕事が同じ子だからちょっと話があっただけだと周囲に説明しても逆にヒートアップしていく始末だ。竜輝がイケメンだったらと思うとゾッとする。男子にアグレッシブなメンバーに何を言われるかも分からない。
(イケメンは苦手なんだけどね)
イケメンは全般的に軽薄に見えてしまう。恋人にするなら信用できる相手が良いというのが冬菜の主張だ。
寡黙でも何でも良いが、恋人以外に目を向けないような相手が良いと思っている。理想論だとは分かっているが夢を見るのは自由だし本気でそんな相手を探しているわけでもない。
最近知った後輩のことを考えてみる。
(……あれ、木島君って意外と当て嵌まってる?)
そもそも自分に興味を持っていないが、恋人になっても他の子に目を向けることは無いように思える。
ただ問題は自分に興味を持っていないというところである。
冬菜の考える恋人の条件に竜輝が当て嵌まっていても、竜輝が信用できる理由の前提には冬菜自身も含まれているのだ。自分に興味を示さなかったから冬菜は竜輝を信用したのである。
(それじゃ条件に当て嵌まっても意味無いよね)
つまり如何に竜輝が恋愛に目覚め自分を見てくれるか、それが冬菜の課題となった。
「今日は飯島先輩来てねえの?」
「みたいだ」
「惜しいような嬉しいような」
「言うな」
竜輝のクラスは冬菜が来なくて平和だった。
冬菜が来襲した2日間が異常だっただけなのだが、暴風雨のように周囲に無条件の緊張を強いる冬菜が来なくてホッとしてしまうのは1年生であれば仕方のないことと言えた。
関係者どころか中心のはずの竜輝は今日も気にせず本を読んでいる。自分たちの気も知らないでとクラスメイトたちは思うが、竜輝には本当に気持ちが分かっていないので半分以上諦めている。
なんだかんだ言っても普段の生活が戻ってきたことに安堵した生徒たちは担任が来るまで和やかな談笑を噛み締めていた。
しかし、終わりは唐突に訪れるものだ。
「木島君居ないかな?」
昼休みに暴風雨の主は来た。教室に戦慄が走り、同時に竜輝に席に注がれた視線は空振りに終わる。
竜輝は昼休みは教室に居ないのだ。どこに居るかは誰も知らない。冬菜が居ると緊張で昼食が喉を通らない生徒たちは竜輝は昼休みはどこに居るか分からないと素直に伝えた。さっさと帰ってくれというのが本音だ。
「じゃあ放課後教室で待ってて欲しいって言っておいてもらえない?」
「わかりましたっ」
話しかけられた緊張と解放されるという安堵で声が上擦ったのを誰も笑わなかった。
冬菜が悠然と背を向け歩き出すと、声を掛けられた生徒は机に倒れ込み友人たちに介抱され始めたのだった。
放課後の竜輝の教室は不思議な人物構成になっていた。
「木島君、本を借りに来たよ」
「はい」
ニコニコ顔の冬菜とボンヤリしていて表情に乏しい竜輝、そして冬菜が来る前に教室を出損ねた可哀そうな生徒が数名。
竜輝は冬菜に本を渡して鞄を閉めている。
「このクラスって放課後に残ってる子少ないよね」
「そうですね」
竜輝も他のクラスでは放課後に教室に残って話し込んでいる生徒が居るのは知っていた。別段自分もそうしようとは思わなかったし、竜輝だってクラスメイトと全く話さないわけではない。少ない方ではあると自覚しているが休み時間に話したりもする。
「私のクラスなんて部活に入ってない女の子は半分くらい残ってるのに」
最初から竜輝が何か答えるとは冬菜も思っていない。思った通り竜輝は鞄を持って帰ろうとしている。
「木島君、この後本屋に寄らない?」
「買いたい本は無いですね」
今月の新刊はチェック済みの竜輝だった。
だが冬菜の言いたいことは違った。
「お勧めの本がないか教えてほしいのよ。私の国語の先生って夏休みの宿題は必ず読書感想文なの」
「その本が俺の1番お勧めするシリーズです」
普通ならこの即答は拒絶にも聞こえるだろうなと冬菜は感じた。竜輝は感情がないのかと思ってしまうほどに表情の動きが小さい。
しかし図書室で本を読んでいる竜輝は確かに嬉しそうだった。難問が解けなくて、悩んで、いつか解いてやると意気込んでいる数学者のようだと冬菜は思っていた。
「でもシリーズ物って先が読みたくなっちゃうでしょ? 1巻で完結している本が良いのよ」
「分かりました」
(思った以上にフットワークの軽い子だったのね)
冬菜は時間をかけて竜輝との距離を詰めていくことにした。
友人たちと自分のことで竜輝を睨む男子を見て、逆に外堀を埋める役者にしたてれば実験に使えるんじゃないかと思ったのだ。
本を選んでほしい理由は本音でもあり、デートを周囲に認知させるためでもあった。
だが竜輝が買い物をあっさりOKしたことには少し驚いていた。
本当なら断られると思っていた。数日かけて了承してもらおうと考えていた。
自分だけで買い物をしたいタイプだと思っていたのだが認識を改めないといけない。竜輝は表情に出づらいだけで普通の男子高校生と変わらない考え方の持ち主かもしれない。
(本当に実験のし甲斐があるなぁ)
冬菜は気が付いていない。その実験の成功条件には、自分が竜輝を好きになる必要があることに。
(好きなジャンルぐらい聞いておこうか?)
竜輝が学校近くの本屋に着くまでに冬菜に聞こうと思ったのはそれだけだった。
どんな本を勧めればいいのか分かっていなかったことに思い当ったのだ。だが、学校でも目立つ女子の先輩と並んで歩いているのに考えることが本の好き嫌いだというのは周囲の期待に全く沿わない考えだろう。
授業が終わって少ししか経っていないのだ。学校周辺に生徒は残っているし、冬菜を知っている生徒も多い。冬菜のクラスメイトも居た。
彼らの視線は竜輝に注がれている。男の影が無かった冬菜、その隣に自分が、と考えていた男子生徒は多い。急に出てきた竜輝に良い感情は沸かなかった。
逆に女子生徒からは好印象だった。竜輝は格好良いとは言われないが特徴が無いので誰の隣に並んでいても違和感が少ないのだ。冬菜が手を出した男子生徒はどんな男の子なんだろうとゴシップ週刊誌を読むような気持ちで観察するだけだった。
(本屋に着いてからでも良いだろう)
そんな上級生の思惑は全て無視して竜輝は冬菜へのお勧めの本を考えるのだった。
冬菜は実験の成功条件に気付いてなくて、竜輝はそもそも実験に向いてない
そんな風に見せたいと思ってます