第3話 何か積極的じゃないか?
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(障害物二人三脚しか思いつかなかった)
冬菜に宿題を出された竜輝は今まで読んだ本から体育祭に出てきた奇抜な種目をリストアップしてみたが、奇抜さと現実性を兼ね備えた協議はこれだけだった。
(でも安全面で却下されるかもしれない)
そうは思っても例年どんな種目が行われているのか竜輝は知らないのだ。新しい競技と言われると今までの学校生活では絶対にやったことのないものに限定された。
竜輝としては玉入れ合戦の亜種も考えたのだが面倒が無い方を選んだ形になっている。玉入れ合戦の亜種は多少人員が必要なのだ。
障害物二人三脚は準備は大変かもしれないが競技の順番さえ調整してれば遊撃が動かなくても済むと思ったのだ。
教室に着き自分の席に向かう。
現在時刻は8時5分、来ている生徒は3人で2人は昨日の冬菜の宿題を聞いていた生徒だった。
自分を見て何かヒソヒソと話していたが気にせず鞄から本を取り出し読みはじめる。
6月前半の湿った空気が鬱陶しいが、カーテンを閉めてしまえば耐えられないこともないと思っていた竜輝の前に誰かがやってきた。
前の席の生徒が来たのだろうと思ったが本が面白いところだったので話しかけるなオーラを出している。冬菜の宿題で読み返した本が面白くて学校に持ってきたのだ。
正面の生徒は机に指を置き、トントンと軽く叩きはじめた。
横座りしているのかスカートから伸びる綺麗な脚線が目に入った。だが、視界に入っているだけで竜輝は何の反応も示さなかった。お気に入りの本を読み続けるだけである。
そのまま数分経った頃、随分と近くで話し声がした。
「あのっ、鞄を置かせてもらっても良いでしょうか?」
硬い言葉遣いだった。学校でそこまで硬い口調を使うか疑問に思った竜輝だったが別段気にすることなく本を読み続けた。
今日の授業で使う教科書は机の中に入ったままだ。ノートはルーズリーフと挟むファイルが鞄の中に常備されているので問題ない。このまま担任が教室に来るまで本を読み続けるつもりの竜輝の横に、前の席に座っていた女子生徒が立った。
「まさかここまでスルーされるなんて思わなかったな」
竜輝はここでも顔を上げ無かった。彼は自分に掛けられた言葉だとは思わなくて、女子生徒のことを全く見ていなかったのだ。
「ねえ、木島君」
そこでようやく竜輝は聞き覚えのある声だと思い、初めて顔を上げた。
見覚えのある顔は自分に宿題を出した本人だと気付き、義務的な挨拶が自然と口から出た。
「おはようございます、飯島先輩」
「もうちょっと早く言ってほしかったな」
拗ねるような冬菜の言葉は竜輝には届かない。
前の席に鞄を置いて直ぐに離れたクラスメイトを見て竜輝は思い出した。彼の前は男子生徒だったのだ。席替えしたばかりとはいえここまで周りに鈍感なのもどうなんだろうかと自分の神経を心配する竜輝だった。
誰もそのことには気が付かないし、仮に気が付いたら驚いていただろう。そして竜輝が周囲を気にするようになったと喜んでくれるかもしれない。
「そんなに面白い本なの?」
「はい」
冬菜が来たからと言って竜輝の行動に別段変化はない。読書と会話を並列するなどよくあることだった。物凄くおざなりな対応になってしまうが。
「なら私も読んでみようかな」
「これは3巻なので1巻から読むことをお勧めします」
「そうなの? なら借りても良いかしら?」
「どうぞ。いつが良いですか?」
「明日じゃ駄目?」
「分かりました、明日この本の1巻を持ってきます」
「じゃあ時間だから教室に戻るわね」
「はい」
当然のように竜輝の前の席を陣取り、特に名残惜しさも見せずに帰って行った冬菜を見てクラスメイトたちが思ったのは1つだけ。
『また来るのかよ』
何故冬菜が竜輝に会いに来たのか、それだけでも知りたいクラスメイトたちだった。
放課後、竜輝は図書室に来ていた。読み終わった本を返しに来たのだ。
本当はあと3日は借りていても問題なかったのだが、読み返そうとは思わなかった。今読んでいる本のシリーズを全て読み返したい気分だったのだ。
「木島が期限の前に返しに来るなんて珍しいね。面白くなかった?」
親しげに話すのはカウンターで貸出カードのチェックをしてくれているのが友人だからだ。
渡辺香澄、図書委員の1年生、趣味はコスプレ。
分厚い眼鏡に三つ編みは図書委員のコスプレのためにしていると公言する不思議な女子生徒だ。コスプレイヤーを自称し、男女隔たりなく接する明るい性格をしている。
竜輝とは小学校の時に知り合い、万年図書委員の香澄と図書室常連の竜輝は自然と話をする機会が増えた。
「いや、猫地蔵シリーズを読み返したくなったんだ」
「その題名で学園物なのが信じられないよ」
会話はそれで終わり。
竜輝は新たな本を物色することなく奥の読書スペースに向かう。今読んでいる3巻はまだ前半の山場を越えたあたりだ。中腹を学校で読んで、後半を電車で読むつもりでいる。
(この作品は本当に展開が不思議だ)
竜輝の好きな猫地蔵シリーズはお約束だったり読者を置いてきぼりにするような超展開だったりと作風が安定しないことで有名な学園物だった。
彼は中学2年の時に図書室で見つけて以来全巻揃えてよく読み返している。1冊1冊は薄いので学校の行き帰りと図書室で読み終われるのもよく読む理由の1つだった。
「木島君は本を読んでいることが多いのね」
自分の名前を呼ばれて顔を上げれば、この2日間毎日顔を合わせた先輩が竜輝を見ていた。
「好きなので」
「そうなんだ」
図書室のルールを考え2人はそれ以上話さない。
竜輝は最初から本に没頭したいと思い、冬菜も気になっていた本を読みはじめる。
周囲には冬菜を知っている生徒も居る。だから冬菜が早速男子の後輩と仲良くしているのを見て嬉しそうにしている生徒も居れば、竜輝の方を面白くなさそうに見ている生徒も居る。
(凄い視線。木島君用に着飾ったのに他の人が影響されちゃってる)
冬菜は竜輝に向かう視線に気付いていた。自分が一部の男子からどう思われていて、その男子たちがどう行動するのかも少しは想像できた。
実験には丁度良いかもしれないが、それで目の前の後輩が傷つくのは何か違うと思った。しかし自分の知的好奇心も満たしたい。
どうするのが1番誰にとっても最良なのか、それが分かればきっと冬菜は直ぐにでも実行しただろう。
(でも、それが分からないから困っちゃうんだよね)
竜輝が傷つかず、尚且つ自分の好奇心が満たされる方法を考え始めた冬菜だった。
(何度読んでも伏線なんて無いな)
竜輝が読んでいる猫地蔵シリーズの3巻は最も超展開が多い巻だと竜輝は思っている。しかし後書きで作者は最も合理的な展開になっていると書いているのだ。
竜輝は作者に挑むような気持ちで読み進めている。何かしらの伏線があるのではないかと疑って読んだが、中腹の最後まで伏線になるような記述はなかった。
作者の『死熊の詩熊』に負けた気分で、後半に何かあるかもしれないと思い席を発った。
(ああ、飯島先輩に1巻を貸す予定だった)
明日の予定を確認し図書室を後にする竜輝だった。