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Cloudnoise  作者: 三畳紀
2.First down
7/12

First down 1

ゴールデンウィークの連休を間近に控えた4月下旬、図南総合運動公園の補助陸上競技場。北辰学園と死力を尽くして一戦を交え、惜敗した市立くいな橋高校アメフト部の選手たちは火照って疲弊した筋肉を解すためのクールダウンをしている。


「くそ、先週の稲荷山いなりやま工業に続いて今日もタッチダウンがもう1本取れていれば勝てていたゲームか……」


「雪人が悔しいのは分かるけど、あんまり終わったことを引き摺るのはよくないよ」


「この2試合で俺はタッチダウンパスをたったの一度しか通せていない。司令塔として味方にパスを捌かなきゃいけないクォーターバックの俺が不甲斐ないのが、接戦を落とした最大の問題だ」


 1試合を通して酷使した利き腕の右腕のあちこちに氷嚢を当ててアイシングしながら、くいな橋高校アメフト部のキャプテン上鳥羽雪人かみとばゆきとは、自分のパフォーマンスが不出来であることがチームの連敗に直結していると自責の念に苛まれる。


「雪人のレイティングがよくないのは事実だけど、プレイの出来自体は悪くないよ。むしろウチのレシーバー陣が相手のディフェンスに後れを取っていることの方が問題だわ」


「あいつらだって一生懸命やっているんだから責任転嫁はできないさ。パサーもレシーバーもコンディションは悪くないんだし、戦術が機能すれば成果もついてくるはずなんだ」


「そうね、でも……」


「すみませーん!」


 春季大会においてクォーターバックの上鳥羽や彼のパスを受けるレシーバーたちの調子は決して悪くはなかったが、対戦校の選手たちとのフットボーラーとしての素質の差は戦術だけでは埋められるものではないと、くいな橋高校の生徒会長にして臨時のアメフト部マネージャー天満てんまカンナが言いかけた時、少し離れた場所から朗らかな声が彼女たちにかけられた。


 上鳥羽とカンナが反射的に声のした方を見ると、私服姿の少年が小走りにこちらに駆け寄ってきていた。


「君は確か、葵ちゃんと一緒に応援してくれた子だね?」


「1年6組の柊野響太ひらぎのきょうたッス。今日観戦した試合にすげぇワクワクして、自分もアメフトをやりたくなって入部を申込みに来ました!」


 同級生の妹の隣で今日の試合を観戦していた少年、柊野響太は興奮した様子で上鳥羽にアメフト部への入部を希望していることを告げる。


「慢性的に部員不足のウチとしては入部希望者は歓迎するけど、君も見ていた通りアメフトはハードなスポーツだ。もし生半可な気持ちで入部を考えているとしたら、受け入れるこちら以上に君自身が辛い思いをするかもしれないよ?」


「大丈夫ッス、練習や試合が辛いのは中学のバスケ部で慣れてますから」


「延々とコートを走り続けるバスケも相当過酷な競技だろうけど、アメフトのしんどさはまた別物だ。フィールド上にいる限り、他のスポーツなら一発で退場させられるようなハードヒットを受けるリスクに常に晒されてしまう。ヘルメットや重たいプロテクターを着けてても体中痣だらけになるし、骨折や腱の断裂も珍しいものじゃない。フットボーラーの端くれとして一人でも多くの人にその魅力に気づいては欲しいが、その場の思い付きで出来るような軽いものじゃないことも断っておくよ」


 響太の身長は180cmほどあり、肩幅もあって肉付きも悪くはないが、それでもアメフトをやるには少々華奢な体型だ。加えてよく言えば明朗闊達、厳密に言えば短絡的に軽いノリでアメフト部への入部を希望しているように見える響太の態度に、仮に入部しても続けられるだろうかという疑問を上鳥羽は抱いて、再三入部に関してきちんと検討するように警告した。


「雪人、せっかく興味を持ってアメフト部の門を叩いてくれたんだし、最初からそんなに脅さなくてもいいんじゃない?」


「別に俺は柊野くんの入部を拒否している訳でも脅している訳でもない。プテリクスの一員に加わるのなら、真摯な気持ちでプレイして欲しいだけだ」


「本当に生真面目なんだから……まぁ、そこが雪人のいい所なんだけど♪」


 上鳥羽が響太の入部を拒んでいるように感じたらしいカンナが口を挟んでくると、上鳥羽は若干響太に対する態度を軟化させる。上鳥羽が響太の入部許可を前向きに検討し始めたのを確かめると、カンナは改めて響太の方に向き直り、眼鏡の奥にある瞳をゆっくりと動かして彼の風体をまじまじと観察した。


「柊野くんって言ったっけ。君、中学のバスケ部で結構いい線行ってたんじゃない?」


「そうッスね、全中に出場したチームでスタメン張ってました」


「君はスピードと器用さで勝負するタイプだったはずね?」


「はい。ポジションもそれが求められるシューティングガードでしたけど……?」


「君の体格は小柄とは言えないけど、バスケット選手として大成するにはサイズ不足だわ。インサイドでパワー勝負できない選手が、どうすれば全中に出場するチームでスタメンを勝ち取れるかを考えれば自ずと長所が見えてくるでしょ?」


「目の前の人物の身体的特徴を判断することに関して、相変わらずの慧眼だな」


「驚くようなことじゃないわ、対象の特性をきちんと見極めなければ写実的に絵を描けないでしょ?」


 中学時代にはバスケ部に所属していたことしか話していないのに、近隣の地区ではプレイヤーとして一目置かれる存在であったことや得意とするプレイスタイルをカンナが見抜いたことに響太は狼狽し、上鳥羽は彼女の洞察力に感嘆の意を示すが、当の本人は絵描きの立場からすれば別段驚くようなことではないと平然としている。


「なかなかの素質は持ってるみたいだし、前途有望な新入生が来てよかったわね雪人」


「運動神経はそこそこあるかもしれないけど、にやけて締まりのない顔を見て分かるようにメンタル面でかなりの不安がありますよ」


 カンナが選手として素養に見込みがあると響太を持ち上げると、高いトーンで彼が精神的な問題を抱えていると意を唱えた声が一同の耳に飛び込んでくる。


「霧島さん、いきなり話に割り込んできてそれはないッスよ~」


「葵、あんた来栖くるすくんにまことの弁当を渡して帰ったんじゃないの?」


「そこのチャラ男に軽いノリで入部されて迷惑をかけられたら、アメフト部のみんなだけじゃなくてカンナさんだって堪らないでしょう。だからソイツの入部を認めるかどうかは慎重に判断するよう、忠告に来てやったのよ」


 響太と同様に競技場には場違いな私服姿の少女、霧島葵きりしまあおいは安直に彼をアメフト部に受け入れるべきではないとカンナたちに改めて警告した。


「ウチにはあの野蛮人がいても大きな問題は起きてないんだから、ちょっとチャラい子がいるくらいじゃ心配ないわ」


「おい、誰が野蛮人だ」


「言いがかりはよしてちょうだい、誰も来栖くんのことだとは言ってないでしょ?」


「……そうだな。で、結局そっちの1年坊の入部は認めるのか?」


 葵の忠告に対して、響太を受け入れたところで大事になるようなトラブルが起きるはずがないとカンナが楽観的な意見を述べると、少々不機嫌そうな声と共に大きな影がその場に現れる。


 190cmを超える長身に筋肉の鎧を纏った巨漢を相手にしてもカンナが臆する素振りを見せずに棘のある言葉を返すと、くいな橋高校ラインの中心選手来栖は諦観したように溜め息交じりで響太の入部の件に関して話題を戻した。


「わたしは柊野くんの入部を認めてもいいと思うわ。むしろ来栖くんにさっさ引退してもらうことの方が問題だと思うけど?」


「能力以上に人格的に問題のあるチャラ男なんて要らないけど、クーくんがいなくなったらウチのラインは崩壊するんだから、カンナさん冗談はやめてくれない?」


「外野がどう言おうと、こいつの処遇を決めるのは上鳥羽、キャプテンのお前だぜ?」


 カンナと葵は響太の入部に関して対照的な意見をぶつからせるのを余所に、来栖は冷静にこの場における責任者である上鳥羽の判断を仰ぐ。


「柊野くんの入部を拒む理由はない。ただし、プテリクスでプレイをするからには、君にも相応の覚悟を持ってもらわなければならない。それに不服はないな?」


 しばしの沈黙の後、上鳥羽はフットボーラーとしての心構えを持ち続けることを念押しして響太の入部を認めた。


「もちろんッスよ、やると決めた以上はガチでアメフトに打ち込みます!」


「今の説得力ゼロの宣言聞きました? 上鳥羽先輩、今のうちに前言撤回した方がいいんじゃないんですか」


「葵、部外者がアメフト部キャプテンの判断にケチをつけるんじゃねぇよ」


「そうよ。何が不満なのか知らないけど、雪人の認めたんだからあんたがどれだけ文句を言おうが彼の入部は決定事項よ」


 タフな競技を始める宣誓としては軽すぎる響太の発言を葵がすかさず批判するが、部外者の彼女が何を言おうとアメフト部のキャプテンの判断は揺らがないと珍しく意気投合して来栖とカンナが反論した。


「……後で素直にアタシの意見を聞いておけばよかって後悔しても知らないんだからね」


 教室では澄ました態度を崩さない葵が周囲の同意を得られずに不貞腐れる姿を意外そうな目で眺めているうちに、響太と彼女の視線が重なる。基本的に眦の吊りあがった目が不機嫌そうに細められているのに気付いて、響太は葵が八つ当たり気味にまた罵倒してくるものだと身構えた。


「ヒラギノくん!」


「な、なんスか!?」


「個人的には納得いかないけど、入部を認められたからにはプテリクスの選手としてフィールドに骨を埋めるつもりになりなさい。アンタがなおざりにプレイしたせいでチームが負けるようなことになれば、アタシは絶対に許さないんだからね!」


 響太がアメフト部に入部することを不本意ながら了承する代わりに、チームの勝利のために身を粉にして働くよう葵は彼に言いつける。暴言なのか発破をかける一言なのか判別し難い発言を言い切ると、葵は響太やアメフト部の関係者に背を向けて大股で競技場の外へ向かって歩き出した。


「あの、霧島さんのさっきの言葉をオレはどう取ればいいんスかね……?」


「プテリクスの選手として努力するように言ってくれたエールと考えればいいんじゃないかな、ああ見えてあの子結構恥ずかしがり屋だし」


「どうかしらね、柊野くんが試合でちょっとミスしただけでボロクソに叩くから覚悟しときなさいよっていう前置きにも取れるけど?」


 響太が葵の発言の解釈について周囲の上級生たちに訊ねると、上鳥羽とカンナからそれぞれ違った見解が示される。二人の意見が対極に割れているので、彼女の姉と交際しており葵自身とも親しい仲のように伺える来栖に意見を求めるよう視線を投げかけた。


 しかし純血の日本人にしては顔の造形の彫りが深く、明暗がくっきりとしている来栖は固く一文字に結んだまま黙して答えず、響太に返答する気配が見られない。


「葵の言ったことの意味なんかいちいち気にするんじゃねぇよ、お前が感じたように捉えればいいじゃねぇか」


 響太の思うように解釈すればいいと、上鳥羽のものともカンナのものとも違った見解を来栖は示す。相手の言葉に振り回されず、フットボーラーとしての道を歩み続ける覚悟を決めるべきだと気づいた響太は来栖に話しかけようとするが、来栖は彼らに背を向けてその傍から離れ始めていた。


「来栖、どこに行くんだ?」


「ダウンも済んだし、木陰で丹の作ってくれた弁当食ったら帰るわ。すまんが上鳥羽、道具の片づけはよろしくな」


「人に押し付けるんじゃなくて、あんたも手伝いなさいよ!」


「そうしたいのはやまやまなんだが、この後バイトに直行しなきゃいけねぇんだよ」


「そうやって毎回バイトを口実にしているけど、あんたがバイトする許可を学校は出してないんだからね。せめてちゃんとして手続きは踏みなさいよ!」


「許可をもらうのは後でもできるが、バイト代は今稼がないと生活できないんだよ。それじゃお疲れさん」


 上鳥羽の問いかけに対して昼食を摂ったらすぐにバイト先へ向かうと答える来栖に、カンナは正規の手続きを通してアルバイトをする承認を彼が得ていないことを糾弾する。しかし生徒会長からの叱責を聞き流して、来栖は競技場の周囲を囲む木陰の下で胡坐をかくと姉の代わりに葵が届けてきた弁当の包みを開いて、中のものを平らげ始めた。


「人数分の防具を運ぶのがどれだけ重労働か知らずに自分は呑気に弁当を食べるなんて、本当来栖くんには困ったもんだわ。丹はあんな野蛮人のどこがいいのかしら?」


「じゃあ来栖さんの代わりにオレが片づけを手伝うッス!」


 来栖の身勝手さにカンナが辟易すると、響太が代理で防具の片づけを手伝うことを申し出た。


「じゃあお願いしてもいいかしら。雪人、やっぱりこの子見込みあるわよ」


「生徒会長さんに褒めていただけるなんて光栄ッス」


「アメフト部には生徒会長としての立場じゃなくて、個人として協力しているんだしカンナさんでいいわ」


 率先して助力を申し出た響太の態度にカンナは感心すると、学園内での肩書きではなく個人として接することを彼に許可する。


「カンナさん、ベンチの周りにある防具を運べばいいんスね?」


「ええ、そうよ」


「多分駐車場にバスでも停めているんでしょうけど、どこまで運べばいいんスか?」


「部室までよ」


「ああ、バスに積み込んだ後の荷卸しまで手伝えってことッスね?」


「違うわ、公立校のウチがそう頻繁にバスを借りられるはずがないじゃない。防具の入ったバックを駅まで運んで電車に乗って、最寄駅から部室までまた防具を運んでいくってことよ」


「えっ!?」


「防具のケースにボトルとかメディカルバックとかあるから結構嵩張るけど、柊野くんが手伝ってくれるのなら本当に大助かりだわ~♪」


 今響太たちのいる図南総合運動公園から最寄駅まで徒歩20分ほどの距離がある。そこからくいな橋高校の最寄駅まで電車で20分ほどかかり、更に学校まで重い荷物を抱えて10分程度歩かなければならない。


 響太の自宅は運動公園を起点にくいな橋高校と逆方向のため、防具の片づけを手伝うと予定していた帰宅時間よりも大幅に遅れてしまうことになる。


 安請け合いをしてしまったために貴重な休日を潰してしまうことになって響太は溜め息を吐くが、自分で言い出したことの責任は果たそうと腹をくくってベンチの脇に固められている防具の山へと向かう。


「これからよろしく頼むぜ」


 響太が手近にあったヘルメットを一つ掴みあげると、今後何度も世話になるという意志を道具たちにも告げた。


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