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Cloudnoise  作者: 三畳紀
1.Hung time
6/12

Hung time 6

くいな橋高校と北辰学園高等部が激しい攻防を繰り広げた一戦も、遂に最終局面を迎える。第4クォーターも残り僅かな時間に、逆転の望みのかかったフィールドゴールをくいな橋高校は試みた。


 正に勝敗の行方のかかった瀬戸際ということもあって、フィールドゴールをブロックしようと背水の陣を敷いて突撃してくる北辰学園のディフェンスを、くいな橋高校のラインは水際で死に物狂いになって食い止める。


 味方の選手たちが相手の猛進を懸命に食い止めて十分な時間を作れたことで、くいな橋高校のフィールドゴール・ユニットは一分の狂いもなくスナップからキックまでの動作を完了させられた。


 そしてキッカー高瀬川の放った渾身の一発が、乱戦を続ける両軍の選手たちの頭上を通過して敵陣のエンドゾーンの奥にあるゴールポストへと一直線に飛んでいった。


 やや上空の風に流されて軌道が左に逸れたものの、ゴールポストの両端で天を指す2本のポールの間には収まるコースをボールは飛んでいく。後はゴールポストを通過するのに必要な高さを保ったまま、どれだけ飛距離を出せるかが問題であった。


 世界最高峰に位置づけられるアメリカのプロリーグNFLのキッカーでさえ成功させるのは容易でない52ヤードの距離をボールが飛び去るのに必要な時間はたった数秒であったが、勝敗を分けるこの1プレイが終わるまで随分長い時間がかかったように会場中の人間が感じていた。


「届けぇっ!」


 ホルダーの役を務めるため、芝の上に立ち膝を着いていたくいな橋高校のクォーターバックの上鳥羽は、最高点に達して落下し始めたボールがこのままではゴールポストまで届くかどうか怪しいと察し、なんとか届くようにと声を大にして願いを叫ぶ。


 会場中から視線を注がれながら、緩やかな弧を描きながら地上へと降下し続けるボールは遂に北辰学園が守るゴールポスト付近へと達した。既にエンドゾーンの中にボールは飛び込んでおり、コンマ数秒後にはゴールポストの位置に辿り着く。今ボールが飛んでいる高さを考えると、フィールドと水平に伸びるポストをぎりぎり越えられそうだ。


 ボールはとうとう北辰学園側のゴールポストまで到達し、水平になったバーの真上に落ちる。バーと衝突してボールは一度高くバウンドすると、ポストの手前側であるエンドゾーンの中に落ちた。


「決まった、のか……?」


 ゴールポストの向こう側まで飛んでいけばフィールドゴールは成功となるが、ポストの真上に落下した後、その手前に落ちた場合はどう判定されるのか、アメフトに関する知識の乏しい響太には分からない。


 響太は今のフィールドゴールの成否を隣で応援していた葵に訊ねようとするが、彼女が唇を噛み締めて俯いている姿を見ると、回答を聞かずともその結果を察することができた。


 再び響太がゴールポストに視線を戻すと、その真下に立つ二人の審判が共に広げた両腕を大きく振っていた。フィールドゴールが成功した時、審判は両腕を地面に対し垂直に掲げるだけだったので、くいな橋高校の試みた起死回生のフィールドゴールが失敗に終わったことを響太は確認する。


 くいな橋高校がフィールドゴールに失敗した後も試合時間はまだ5秒残っていたが、攻撃権を失った彼らにはもう反撃する術はなかった。敗戦のショックに打ちひしがれるくいな橋高校の選手たちを尻目に、死闘の果てに勝利を掴んだ北辰学園の選手たちは歓喜の念に沸き立つ。


 そのまま北辰学園が時計を流して、試合はタイムアップを迎える。ただ自分の通う学校の部活というだけでそれ以上はアメフト部に縁もゆかりもないはずなのに、響太は妙に審判が北辰学園の勝利を告げる声が残酷なものに聞こえた。


「霧島さん、ウチのアメフト部惜しかったッスね。でもすげぇいい試合でした」


「試合が終わった後じゃどうしようもないけど、もしサードダウンのパスが通っていればフィールドゴールは決まって結果は逆になっていたはずよ」


 お世辞抜きに響太が偶然好試合に立ち会えたこと喜びを告げると、葵は口惜しそうな表情で仮定の状況を論じる。


「高瀬川さんのキックはゴールポストまでは届いてましたし、あそこでパスが通ってりゃ決まってたかもしれないッスね。でも少し近い位置からでもキッキングが乱れて外したかもしれませんし、今更でもしか論を言ったってどうにもならないッス」


「癇に障るからチャラ男が知ったような口を利かないで」


「今のが気に障ったなら謝りますけど、オレも中学のバスケ部の時はこれくらい緊迫した試合を何度か経験してますよ。だからアメフト部の皆さんがどんだけ悔しいかや、ああすればよかったこうなれば試合に勝てたって悶々とした気持ちを抱えているかはある程度共感できます」


「昔ちょっと部活を頑張ってたからって、遊び惚けてる今のアンタが言っても単に耳障りなだけよ!」


 いくらでも仮定の話を論じられるが、きちんと結果に向き合わなければ今日の試合を今後の糧にすることもできないと響太が中学時代の体験に基づいて諭してくるのが気に食わないらしく、葵は怒りを顕わにして噛みついてきた。


 葵がアメフトにかなり入れ込んでいて、自分の学校の選手たちを熱心に応援していることは分かったが、試合に負けた腹いせを自分に暴言を吐くことで紛らわせるのはいただけないと響太は理不尽な怒りを覚える。


「おい葵、うるせぇぞ」


 少々肉付きが薄いものの秀麗な容姿をしており、成績も学年トップクラスの優等生であるからと言って、頭ごなしに自分のことを見下す発言を繰り返すのにはもう我慢ならないと響太は少々きつい言葉を葵に言い返そうとした時、脇から厳かな声で彼女に呼びかける人物が現れる。


 右手でフェイスガードを掴みヘルメットを肩越しに担いだ、筋肉質のくいな橋高校の選手が悠然とした足取りでこちらに歩いてくるのを響太は目にした。


「何が高校生になってアタシはもう大人になった、だ。そうやってキーキー喚いているようじゃ、小学生の蘇芳すおうと変わんねぇくらいガキだよ」


「わざわざ応援しに来てやったのに、ホント失礼な奴ね。負け犬はさっさと荷物まとめて帰りなさいよ!」


「まだ来週も試合があるんだ、クールダウンせずに帰って怪我したらそれこそ話にならねぇよ」


「フン、我が校の恥晒しがスポーツマン面するんじゃないわよ!」


「れっきとしたアメフト選手の俺が、スポーツマンぶって悪いかよ」


 30cmくらい背が高く、体重に至っては倍近く違いそうな巨漢を相手に葵が矢継ぎ早に悪態を吐いているのを見ているうちに、激昂した相手が増長する葵を黙らせるのに鉄拳を振るうのではないかと響太が不安になってきた。


しかし葵に罵倒の雨を浴びせられるのを相手の偉丈夫は彫りの深い顔にある精悍な眉を微動だにさせず、むしろ葵が喚き立てるのを半ば面白がりながら聞き流していた。


「不足しがちな出席日数をちょろまかしたり、多少の揉め事にも目を瞑ってもらうためにアメフト部を利用している奴がいっちょ前の顔するんじゃないわよ。アンタなんて、えっと……」


「不満を洗いざらいぶちまけて少しは気が済んだみたいだな」


 葵が非難する言葉を詰まらせると、相手の選手は少しだけ口調を和らげて彼女を宥め賺した。


「……今日の試合はホントに惜しかったわね。でもクーくんが試合で大活躍したって聞けば、姉さんはきっと喜ぶわ」


「できれば試合にも勝って錦を飾りたかったけどな」


 ようやく労いの言葉を葵がかけると、相手の選手は実力を遺憾なく発揮できたとしても、試合に負けては決まりが悪いと陰影を濃く刻む顔を渋面させる。


 しばらくの間、葵たちのやり取りを傍観していた響太だったが、会話の内容や身に着けたユニフォームの背番号から眼前に立つ巨漢が羨望の念を抱いた来栖だと理解する。


「あ、そうだ。姉さんからクーくんに渡すように頼まれていたお弁当」


 葵は足元に投げ出していたトートバックから大きな弁当の包みを取り出して、それを来栖に差し出す。


「おお悪い、しかし葵がわざわざ持ってきてくれるとは意外だったな」


「アタシが持って行かなきゃ姉さんが自分で届けにきそうだったからよ。まったく、こんなカンカン照りの中を歩いたら酷い目に遭うことをいい加減姉さんには自覚してほしい所だわ」


「そっちもお前に感謝しなきゃいけねぇみたいだな」


「なら後でおいしいものを奢ってよ」


「覚えていたらそのうちな。じゃ、ダウン済ませてくるわ」


「覚えてたらじゃなくて約束しなさいよ、この恩知らず!」


 左手に葵から渡された弁当の包みを提げたまま、来栖はヘルメットを握った右手を軽く掲げるとひらひらと手を振り返して仲間たちの下へ戻っていく。


「ホントにあの不良は礼儀を知らなくて嫌になるわ」


「霧島さんと来栖さんって随分仲がいいんスね」


「ハァ、何アンタとぼけたこと言ってんのよ?」


「いや、だって二人とも明け透けに話してたじゃないッスか」


「だから、アイツとは姉さんが付き合っているせいで顔見知りになっただけよ!」


 単なる知り合いと呼ぶには随分親密にやりとりしていたにも関わらず、葵がムキになって反論してくると響太はそれ以上の言及は避けることにした。


 葵が携帯電話のパネルを忙しなく指で叩いて誰かとメールを始めると、響太は彼女に話しかけることを思い留まり、手持無沙汰になった間を取り繕うため周囲に視線を馳せる。


 フィールド上では試合を終えた両軍の選手たちがヘルメットや身に纏っていた防具を外したり、場合によっては火照った体を外気に晒して熱を冷まそうと上半身半裸の姿をしたりしてクールダウンを行っている。


 試合に勝利した北辰学園も惜しくも敗れたくいな橋高校も今日の結果に一喜一憂するばかりでなく、次の戦いに備えた準備を始めていた。その光景を見ているうちに中学で最後に出場した試合以降、久しく忘れていた感覚を響太は漠然と思い出し始める。


「さ、試合も終わったことだし帰ろっと。こんなにきつい日差しを浴びてたら肌にもよくないわ」


 メールを打ち終わった葵は携帯電話をトートバックのポケットに収めると、ぎらぎらと太陽が日差しを照り付けてくる空を小憎らしそうに見上げて帰宅する旨を告げるが、その脇で相変わらず響太はフィールド上で選手たちがダウンしている姿を見つけており返事はない。


「霧島さん!」


響太のことを放っておこうと葵が補助陸上競技場の出入り口に向かって一歩踏み出すと、突然響太が大声で呼び止めてきた。


「何よ、悪いけどアンタに構ってやるほどアタシは暇じゃ……」


「オレ、アメフト部に入るって決めたッス!」


「ハァ!?」


 てっきりこの後遊びに誘ってくるのだろうという予想が外れ、唐突に響太がアメフト部への入部を宣言するのを聞いて葵は思わず素っ頓狂な声を挙げてしまう。


「いきなり何を言うかと思えば……ヒラギノくん、それ本気で言ってる?」


「もちろんッス。高校に入ってから、いやバスケ部で最後に出た試合の後からずっと何か物足りない気がしてたんスけど、それが一生懸命燃えられるだってことに今日の試合を見て気づけたんス」


「欠けていたモノが何か分かってよかったわね。でもどうしてアメフトなのよ、またバスケをすればいいじゃない?」


「今日の試合を見て、観客としてじゃなく選手として俺もアメフトのフィールドに立ちたくなったからじゃ理由として不足ですか?」


 葵にアメフト部への入部を表明した真意を訊ねられると、この試合に立ち会ったことで自分も選手としてアメフトに関わりたいという衝動に駆られたことを響太は正直に打ち明ける。


 心の内を覗くように葵が真っ直ぐに自分の目を見つめてくると、響太は目を逸らさずに正面からそれに応えた。


「好きにすれば。別にアンタがアメフト部に入ろうが、コンビニでバイトしようがアタシにはどーでもいいことだし」


 葵は響太の顔から視線を外すと、溜め息交じりにそう呟く。


「あれ、こういう場合って新しい挑戦をするオレに一言くらい励ましの言葉があってもよくないッスか?」


「アンタがアメフトをすることをアタシは止めるつもりもないけど、同じく応援してやる義理もない。だから好きにすればいいじゃない」


 強い興味を示すアメフトへの挑戦を宣言しても、案の定葵は響太に対する反応は冷ややかなものだった。しかし自分がアメフトを始めることに忌避感を抱いてはおらず、彼の自由にすればいいと言うだけ、普段よりは良心的な対応のようにも響太は思えてきた。


「霧島さん、オレ来栖さんや高瀬川さんみたいにチームの中心を担う選手になりたい、いや絶対になるッス。だから応援よろしくお願いします!」


「しつこいわね、アンタがアメフトをやろうとやるまいとアタシにはどうでもいいことなのよ。ただチームの一員になるからには、せめて周りの足を引っ張るんじゃないわよ!」


「そんなつもりは更々ないッスよ。オレが口だけの奴じゃないってことをフィールド上で霧島さんに証明して見せます」


「……だからアンタのことなんてどうでもいいって言ってるでしょ。ホントに入部する気なら、今あっちでダウンしてるみんなに挨拶してくれば?」


 響太がいずれアメフト部の主力として活躍する目標を語るのを始めは適当に聞き流していた葵だったが、彼が口先だけの人間ではないことをプレイで認めさせると不敵な笑みを浮かべて宣言するのを見て、彼女は少しだけ期待を抱いたような顔になる。


「それもそうッスね、じゃ早速行ってくるッス!」


 葵に促されると、響太は久しくなかった胸が熱くなる感覚が冷めないうちに入部の意思を伝えるため意気揚々とくいな橋高校の選手たちがクールダウンしている方へと走り出していった。




 Hung time 了


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