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Cloudnoise  作者: 三畳紀
1.Hung time
4/12

Hung time 4

図南総合運動公園の補助陸上競技場では行われている、くいな橋高校と北辰学園高等部のアメリカンフットボールの試合はいよいよ終盤の大詰めを迎えようとしている。


 第4クォーター残り3分2秒の時点でスコアは15対12と北辰学園が3点をリードしているが、現在モメンタム(試合の流れ)は、くいな橋高校に傾きつつあった。


自陣12ヤードまで攻め込まれダメ押しの追加点を挙げられそうになっていたくいな橋高校は、ラインの選手来栖のパスブロックでターンオーバーして攻撃権を奪取すると、来栖は追走する北辰学園の選手を寄せ付けずそのままエンドゾーンまで独走してタッチダウンを決める。


 そして今、くいな橋高校はタッチダウンの獲得後に与えられるボーナスプレイをどう活かすべきかと、ハドルを組んで選手たちが作戦を協議していた。


「レッツゴープテリクス、フライハイ!」


「フライハイ!」


 クォーターバックの選手の掛け声に続き、他の選手たちも気合いを叫ぶと、くいな橋高校の選手たちはハドルを解く。そしてさきほど見事なパントを蹴った選手とその数ヤード前にクォーターバックの選手を除く残りの全員で横一列に並ぶと、既にエンドゾーン手前に構えた北辰学園の守備陣と対峙した。


「難攻不落の北辰ディフェンスを相手にツーポイントを狙うのは諦めて、確実にトライ・フォー・ポイントで1点を取って、フィールドゴールでも勝ち越せる状況にしておくつもりね」


「セーッ、ハット!」


 葵の言う通り、くいな橋高校は手堅くフィールドゴールで点差を縮めることを選択したらしい。立ち膝の姿勢に屈んだクォーターバックが合図すると、ラインの中央に構えた選手がボールを後方に放り出す。


ラインの選手から放たれたボールが胸元近くまで飛んでくると、くいな橋高校のクォーターバックは予め地面と水平にしておいた左手とタイミングを併せて掲げた右手でしっかりと捕球する。


 両手でボールを掴むと同時に、くいな橋高校のクォーターバックはボールを垂直の角度で地面に設置した。クォーターバックが右手でボールの上側を、左手でその側面を支えながら地面に突き立てたボールを僅かに回転させると、陣形の最後尾に控えていた選手がその場に軽いステップで駆け寄ってくる。


 そして助走の勢いのまま左足でクォーターバックが地面に立てたボールを、思い切り上部が二股に分かれたゴール目掛けて蹴飛ばす。今度も小気味いい音を響かせて蹴り出されたボールは前方で組み合っている選手たちの頭上高くを飛んでいき、天を突く二股のゴールポストの中心を綺麗に通り抜けて行った。


 ゴールポストの真下に佇む縦縞のシャツをきた二人組の審判は揃って両手を垂直に掲げて、くいな橋高校のフィールドゴールが成功したサインを示す。


 危なげなくフィールドゴールを決めた選手とボールを支える発射台の役割を果たしたクォーターバックは互いの手を軽く叩きあうが、決して状況を楽観視している訳ではない危機感がその背中から漂っているように響太は感じる。


「パントの時もそうでしたけど、背番号1の人いいキックしてるッスね」


高瀬川たかせがわ先輩が優秀なキッカーなのは間違いないけど、嵐山あらしやま先輩のボールをスナップするコントロールの良さやホルダーも兼任している上鳥羽かみとば先輩がキックしやすいようにボールをセットするのもフィールドゴールの成功には欠かせないわ」


「軽々決めたように見えましたけど、その陰にはたくさんのアシストがあるんスねぇ」


「そうよ、アメフトのキッキングはすごい精密さが求められる作業なんだから。まぁ、アンタが簡単な作業に見えたのは、それだけウチのフィールドゴール・ユニットの能力が高いってことの証なんだけど」


「へぇ、ウチのアメフト部ですごいのは来栖さんだけじゃないんスか」


「くいな橋高校プテリクスの最大の武器は、全国屈指のキッカー高瀬川先輩を擁してレッドゾーンの外からでも得点が十分狙えるキッキングよ。むしろサイズと運動能力を備えたラインのクーくんがおまけなんだから」


 響太が陣地回復に大きく貢献したパントや確実にトライ・フォー・ポイントを決めてチームに逆転の目を残したキッカー高瀬川を賞賛すると、葵は誇らしげな表情でくいな橋高校のアメフト部がキッキングに長けたチームであることを語った。


「あれ、また高瀬川さんがボールを蹴るみたいッスね?」


「得点後にそれまで攻撃してたチームが自陣35ヤードからキックオフして、相手の攻撃が始まるのは常識でしょ?」


 タッチダウンとトライ・フォー・ポイントのフィールドゴールで2点差に詰め寄ったくいな橋高校の選手たちが、今度は自分の足元にボールをセットしたキッカーの高瀬川を中心に横一列に並ぶのを見て、次に彼らが何をするのだろうと響太が疑問を呈すると、アメフトを観戦する基本的な知識すら響太が欠いていることを葵は嘆かわしげに頭を振る。


「まともにアメフト見るの今日が初めてなんだから仕方ないじゃないッスか~」


 不条理な非難に響太が泣き言を漏らした直後、高瀬川の蹴ったボールは高くアーチを描いて敵陣へと飛んで行った。


風に乗って飛距離の出たボールはエンドゾーンの内側へと落ちていき、北辰学園の選手は両手でボールを受け止めると、膝を折って地面に着けた。


「なまじ距離が出たのがまずかったわね。エンドゾーンからなら無理にリターンするよりタッチバックを選んだ方が賢明だわ」


「タッチバックってなんスか?」


「キックオフの時に攻撃側の選手がエンドゾーンの内側でバウンドしていないボールをキャッチすると、そのまま相手に行けるトコまでリターンするか、さっきみたいにエンドゾーンの中で膝をついて自動的に自陣20ヤード地点から攻撃を開始するかを選べるの。そしてタッチバックは後者の選択を差す用語よ」


「なるほど、前が空いてないんなら走るリスクを避けた方が無難ってことッスね」


 タッチバックの意味を葵から解説されて、響太は合点の言った顔で首を縦に振る。アメフトだけでなくバスケでも空いていないスペースに無理に突っ込むのは単なる無謀な攻めでしかならないと響太は自身の経験で想像できるからだ。


 タッチバックとなって自陣20ヤードから始まった北辰学園の攻撃は、時間を消費するためランニングバックにボールを持たせてのラン攻撃を主体に展開される。


パスよりも一度のプレイで前進できる距離は短くなるが、常に誰かがボールを保持した状態でゲームが進むので、先ほどのようにパスをブロックされてターンオーバーされるリスクは少なくなる。


 そして攻撃にランを織り交ぜることでくいな橋高校の守備陣がプレイを予測しづらくなる効果も出て、パスも通りやすくなってきた。


 北辰学園はランとショートパスでじりじりと前進していき、自陣32ヤードまで進んでファーストダウンを更新する。陣形を組んでからもプレイクロックぎりぎりまでクォーターバックにスナップしなかったことで、残りの試合時間は既に2分を切っていた。


「マズいわ、次にファーストダウンを取られたらニーダウンでされてゲームセットよ」


「まだ2分もあるんだし諦めるには早いッスよ」


「それは攻撃権を持ってればの話よ。残り時間は1分程度でリードしているチームに攻撃権があれば、下手にプレイせずにスナップされたボールを捕ったらニーダウンしちゃえば、

負けている守備側のチームはただ時間が過ぎていくのを指を咥えて眺めることしかできないもの」


「ということは、このシリーズを抑えなければゲームセットを待たずに決着がつくってことッスか?」


 葵は無言で響太の言葉を首肯した。くいな橋高校が逆転するのに残されたチャンスは風前の灯火となりつつあることが、葵の固く結ばれた唇を見て響太にも感じられる。


 しかし僅かな可能性に望みをかけるくいな橋高校の面々を運命が嘲笑うかのように、ファーストダウンを更新した最初のプレイで北辰学園はラインが押し合いを制し、ぽっかりと空いた穴をランニングバックが摺り抜けて8ヤード前進してしまう。


 試合終了まで1分45秒、北辰学園のセカンドダウン残り2ヤードの攻撃。ここでファーストダウンを更新すれば北辰学園の勝利は揺るぎないものとなる。北辰学園の選手たちはハドルを組んで詰めの一手をどうするか確認すると、勝利を掴み取るために陣形を構えた。


「セーッ、ハッ、ハット!」


 試合終了まであと1分25秒、北辰学園のオフェンス陣が遂に動き出す。スナップされたボールを受けると、北辰学園のクォーターバックは3歩ほど両軍のラインが押し合い圧し合いの乱戦を繰り広げる密集地帯から後退してパスターゲットを探す。


 プレイを始まるまでに北辰学園は時間をかけたものの、結論から言えばセカンドダウンの攻撃は捨てプレイとなっても構わなかった。


ランプレイでゲインすることも考えたが、死に物狂いでボールを奪いにくる相手のディフェンスにボールキャリアーを突っ込ませて、万が一ファンブル(保持していたボールを手元からこぼすこと)するリスクをこの段階で冒す意味はない。


セカンドダウンではくいな橋高校が躍起になって前に突っ込み、後方のスペースが空いていたならパスを試みるが、パスを通すのが無理そうなら投げ捨ててサードダウンで勝負をかけることに北辰学園のクォーターバックは決める。


僅か1点差で勝利を逃したとあっては悔やむに悔やみきれないくいな橋高校の選手たちは、ボールを奪って攻撃権を獲得しようと必死の形相で前方に突進してくる。しかしくいな橋高校の選手たちの逆転勝利を求めての懸命な取り組みも、こちらも1点差を守り切ろうとする北辰学園の選手に阻まれて結実しない。


北辰学園のクォーターバックの思惑通り、自分にプレッシャーをかけるようとラッシュすることに意識を向けすぎたため、くいな橋高校の後方のスペースはがら空きだった。広く開いた中央のスペースで二人のレシーバーがノーマークになっている。


 これでとどめだと勝利を確信した笑みを浮かべて、北辰学園のクォーターバックはボールを握る右手を大きく振りかぶる。しかし腕を前方に振り抜こうとした瞬間、彼は全身に電気が走ったような強烈なタックルに見舞われて天地が反転した。


 クォーターバックを保護する北辰学園のラインを来栖が抉じ開けて、パスを投げる直前にクォーターバックをサックして潰したのだった。


 北辰学園のクォーターバックの手からボールがこぼれ落ち、フィールドに敷かれた芝生の上を転がっていく。


「早くボールを押さえて!」


 北辰学園のクォーターバックがファンブルしたボールを先に確保して、攻撃権を奪取するよう葵が大声で叫ぶ。


「絶対カバーしろ、ボールを守るんだ!」


 北辰学園の監督もボールを死守するよう命じる指示を出した。


 変則的な動きで転がり続けるボールを抑えることがこの試合を制する絶対的な条件となり、くいな橋高校と北辰学園の選手たちは我先にと鼻息を荒くしながら楕円球へと群がっていく。


 北辰学園の陣地35ヤードを示す白線付近でようやくボールの動きが止まると、両チームとも複数の選手が縺れ合いながら一斉にボールへと手を伸ばしていった。たった一個のボールを巡って一点に集中した5、6人の屈強な男たちは互い違いに折り重なって、フィールド上に小高い山を形成する。


「どっちだ、どっちが先にボールを押さえたんだ!?」


 競技場の中にいる誰かが響太の思いを代弁したように、この場にいる誰もがうずたかく積み上がった男たちの中でどちらのチームがボールを確保したのかが非常に気になっていた。


「ターンオーバー。第4クォーター残り1分10秒より敵陣35ヤードからのくいな橋高校のファーストダウンで試合再開!」


 モノトーンの縦縞のシャツを着た審判が判定を下すと、積み重なった男たちの最下層からようやく這い出してきた来栖がヘルメットの奥で顔をしかめながら決死の思いで確保したボールを右手で掲げる。


「よし、これで逆転のお膳立ては整ったわ!」


 北辰学園のクォーターバックをサックし終えると、すぐに立ち上がってボールを追って走り出した来栖が奮起によって逆転の望みをつなぐことができたくいな橋高校のフィールド上の選手やベンチメンバーだけでなく、葵も全身で喜びを顕わにする。


 普段響太が学校で葵の姿を見かける時は、授業中も休み時間にクラスメイトと一緒にいる時でも、彼女はどこか不満で物足りなそうな顔を浮かべていた。しかし今、葵は湧き上がる歓喜の念を惜しげもなく曝け出している。


 いつもの高見から人を見下したように冷淡な振る舞いをする彼女よりも、こうして素直に感情を前面に押し出している方が葵は魅力的だと、試合が大一番を迎えている局面にも関わらず響太はそう思う。


「さあ、ヒラギノくんも選手の力になるよう勝利へのエールを送る!」


「あ、うん……」


 普段は硝子球のように無機質な印象を受ける葵の瞳は、フィールド上の選手の熱気に感化されたように生気に満ちてきらきらとしている。響太は生き生きとした表情で選手に声援を送る葵の顔が眩しいほど輝いて見えるのに気を取られており、間の抜けた声で相槌を打つことしかできなかった。


「レッツゴープテリクス、フライハイ!」


「レッツゴープテリクス、フライハイ!」


 葵が声を張り上げてくいな橋高校の選手たちに逆転へのエールを送るのに続き、響太も同じ煽り文句を叫ぶ。不思議と大声で声援を送ることに気恥ずかしさを感じず、場の空気に流されたやけくそではなく自然に選手の励みになればと思って声を出せたことに響太は軽く驚きを感じながら、一瞬も目を離さずにこの試合の結末を見届けようと誓った。


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