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純恋淡雪  作者: 池鷹緒梨
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第四話


──ガコンッ。

こういう場合はどうしたらいいのか、しっかりあゆみに聞いておけばよかった。

「はいよ。レモンティー2つね」

「ありがと…」

私は紙パックのレモンティーを2つ受け取る。

そして今更ながらそんな後悔をしていた。

…まぁ、でも。

これで私がさっさとあゆみの所に行っちゃえばいいんだよね。

そんな結論に達して、私は心の中で気合いを入れる。

「それじゃ、私はもう行くから」

「ちょーっと待った」

金髪男は自動販売機に手をついて私の行く手を遮ってきた。

危うくその腕にぶつかりそうになって、驚いて顔を上げる。

「何!?」

「レモンティー買ってあげたじゃん。俺図書室探してんの。案内よろしく!」

相手がこの人じゃなかったら、きっとこの爽やかな笑顔に対してこんなにイライラすることもないのだろう。

「お詫びって言ったのそっちでしょ」

「うん、だからそれはあゆチャンの分」

金髪男は1つのレモンティーを指差す。そしてその方向をもう一方に向けるとニッと笑った。

「鈴子チャンの分は…ね、これから案内してくれればいいから」

確信犯だ…。

今日は後悔先にたたずっていうことわざを身を持って思い知る日らしい。

私は本日何度目かの、そして最大級のため息をついた。




そもそもどうしてこの人はここにいるんだろう?

学校に来て、それで図書室に用があるなんて。

「それで、そっちの名前は?」

「俺?白馬野王子様っていうの」

相手の粘りに負けて、結局私は金髪男を連れて図書室へ向かっていた。

私が尋ねるとしゃあしゃあとそんな笑えない軽口で返してくる相手に一瞬黙る。

「…へぇ〜…」

「鈴子チャンひでぇ…突っ込もうよ!」

そんなやり取りをしながらも図書室の前に着いた。

「はい、ここが図書室…」

「へぇ。結構デカいじゃん。鈴子チャンもゆっくりしてけって〜」

「え?あ、ちょっと!」

無理やり私の腕を掴んできて、そのまま中に引きずり込まれる。

図書室だということもあり、私は小声で文句を言うけどまったく聞こえていないみたい。

「何してんだよ、お前は…」

聞き覚えのある声。

天の助けだと思って見ると、それは机に向かっていた高坂くんだった。

しかもその声はこの金髪強引男に向けられている。

「夏〜。やっと見つけた!この学校まじ広すぎ。何?お前勉強なんかしてたの?似合わねー」

幸いにも図書室を利用してる人は少なかったから助かった。

高坂くんに話しかける金髪強引男はガタンと音をたてて彼の向かい側に座る。いつのまにか掴まれていた私の腕は解放されていた。

「んじゃ、鈴子チャン色々ありがとな」

「はぁ…」

「ほら!あゆチャンのとこ行かなくていいのか〜?怒っちゃうゾ」

何?この人は高坂くんに会いに来たってこと?

多少混乱したものの、勝手に決めつけるような言葉に私は反論した。

「あゆみに会ったことも無いのに勝手なこと言わないで!…それじゃ、高坂くん、バイバイ」

私はそれだけ言い切って図書室を出る。

そして慌てて保健室へ向かった。

金髪強引男にはあぁ言ったけど…実際、あゆみは怒ってるに違いなかった。




バタバタと廊下に足音を響かせながら、同じ1階にある保健室へ全力疾走。

「あゆみ、ホントごめん!」

「遅ーい!」

私がドアを開いた直後に謝ったのとあゆみの明らかに機嫌の悪い声が飛んできたのはほぼ同時だった。

「どうして遅くなったのか、30字以内で簡潔に述べて」

ベッドに足を組んで座るあゆみは正に女王様。

私はどうやったら今までの経緯を分かってもらえるか、縮こまりながらも考えてみた。

「…いや、30字じゃ無理…」

結局出た結論がこれ。

あゆみは瞬きをしてプッと吹き出した。

「鈴子のコトだから先生の手伝いでも付き合わされたのかと思ったんだけど」

「それならどんなによかったか…」

私はがっくりと肩を落とす。

興味津々なあゆみの隣に腰掛けると、私が持ってる2つのレモンティーにあゆみが気付いた。

「なんで2つも?鈴子いつもミルクティーじゃん」

「それがさぁ…」

私はさっきあった出来事を詳しくあゆみに話した。

って言うか、ほとんど金髪強引男への愚痴だったんだけどね。

妙なあだ名の由来とか。

レモンティーではめられた、とか。

白馬野王子とか言う強引な男だったこととか。

何故かその人が高坂くんに会いに来ていたとか。

そういうことを一気に話し終えると、ふと視線を横で黙って聞いていたあゆみに向けた。

「そう言えばあゆみ、高坂くんと知り合いだなんて知らなかったよ〜…あゆみ?あーゆみちゃん?」

珍しくあゆみはレモンティーに手をつけないでいた。

目の前で手を振ってみる。

「鈴子、そのバカ男は図書室にいるんだよね?」

「うん…たぶん、だけど」

あゆみは無言で立ち上がって私の手からレモンティーを取り上げる。

そして何も言わずに保健室を出ていってしまった。

「あゆみ!?」

びっくりした。

だってあんなあゆみは見たこと無い。

それに…一瞬だけだけど、目が少し潤んでいるように見えた気がする。

たぶん図書室に向かったんだ。

その理由は分からないけど、気づいたら私もあゆみを追いかけて保健室を飛び出していた。




あゆみは何も言わないまま図書室に入る。

なんだか心配になってしまって追いかけてきたものの…話しかけられるような雰囲気じゃない。

黙って後に着いて行くけど気まずいことこの上ない。

そんな風に考えていると突然あゆみは1つの机の上にレモンティーを2つとも置いた。

さっきまで私がいた場所に立つあゆみ。そこにはさっきと同じように、まだ高坂くんと金髪強引男が向かい合って座っていた。

2人は目の前に急に現れたレモンティーで初めて私たちに気付いた様子だ。

高坂くんは大して表情を変えない。

対照的に、金髪強引男はあゆみを見上げながら綺麗な笑顔を浮かべていた。

「あれ、あゆチャン。久しぶりだねぇ」

「…ふざけないでよ。これ返すから。それから鈴子にももう関わらないで」

ただでさえ居ずらかった空気が凍り付いたような気がする。

高坂くんが小さくため息をついたのが分かった。

視線を向けると黙々と勉強を再開してる。

「あゆってば相変わらずだなぁ。ほら、鈴子チャン混乱してるゾ?」

私を指差してケラケラ笑い始める。

あゆみは私を振り返りもしなかった。

その代わり…

──パンッ!

静かな図書室に響いた乾いた音。

金髪強引男の笑い声は止んで、あゆみを真っ直ぐ見上げていた。

あゆみの瞳はやっぱり潤んで、じわりと広がっているはずの手の痛みを確かめるように右手を握りしめる。

静かに顔を上げた高坂くんと私の視線がその2人を見つめていて…私はまるで、時間がそこで止まったかのような気がした。





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