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純恋淡雪  作者: 池鷹緒梨
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第一話


私、桐生鈴子きりゆう すずこは高校2年生になんとか上がることができて、新しいクラスには去年に引き続き仲良しの市川あゆみがいる。

始業式から数週間経った頃には浮き足立ったクラスの雰囲気も段々落ち着いてきていて、あゆみの予想だと今日のHRで席替えが行われるんじゃないかって。


席替えかぁ…できれば窓側がいいな。

この時期は丁度良い具合に陽が射して、景色もいいからきっと気持ち良いはず。


そんなことを考えながら朝7時という相当早い時間に1人で学校に向かって歩く。

昨日の夜、ふと今描いている油絵のインスピレーションが沸いたから。

こんな時はすぐにでもそれを形にしたい。割とゆっくりとしたペースが特徴のうちの学校の美術部に入ってはいるものの、色を重ねたくなってしまったら早起きだって苦にはならないんだ。


───ガチャ、ガラッ…


顧問の先生には内緒で作った美術室の合い鍵を使ってドアを開く。

まず第一にカーテンを勢いよく開けて窓も開放すると朝の匂いが絵の具の匂いに混じり、柔らかな風が吹いて陽の光によって茶色く透けたセミロングの髪を揺らす。お気に入りのそんな瞬間を楽しみながら深呼吸をすると暖かい日差しをいっぱいに浴びた。




HRが始まる1分前に教室に着いた。

2年2組。クラスメートの顔と名前はまだ完全には一致してないんだよね…。

「あっ、鈴子。今日遅かったね。おはよ!」

席に鞄を置くと、あゆみが駆け寄ってきた。

そう言えばいつもは私のが先に教室着いてたっけ。

「おはよ〜。絵描いてきたの。慌てて片付けてきたトコ」

「朝から?好きだねぇ」

クスクス笑うあゆみは可愛い。綺麗に栗色に色が抜かれたロングヘアにはすごく憧れる。これで彼氏がいないなんて世の中間違ってる、と思う。


前にどうして彼氏作らないのか聞いたことがあった。あゆみはそれなりに告白とかされてるのに、OKしたって話をまったく聞かないから不思議に思ったんだ。

『私ね、兄貴がいるんだぁ。2コ上なの。ムカつくけど、私と比べたらすごい頭良いし運動神経もそれなりなワケ』

そんな風に語り始めるあゆみに、私は意図を理解しきれなかった。で、思わず出た言葉…

『え?あゆみってブラコン!?』

『違うから』

即答で否定されたけどね。

話を最後まで聞けって怒られた。

『んで、私って負けず嫌いでしょ?』

私は余計な口を挟まないように頷いただけ。

『だからさ、なんかやなんだよね。兄貴以下の男と付き合うってのが』

兄弟がいない私にとってはさっぱり分からない話だった。

結局曖昧に相槌を打ってあゆみに不満げな顔をされたのを覚えてる。

ちなみに未だにその“兄貴以上”な人は見つかっていないらしい。


「…こ?鈴子!」

「え!?あ、ごめん。何?」

「もう。だからね、私のカンが当たったの」

「カン?」

話を聞き流して回想に耽っていたせいでさっぱり分からない。

あゆみは私の額に軽くデコピンをする。

「ほら、席替えの話」

「あぁ!本当にやるんだ?」

「さっきユリリンに聞いたからまちがいない」

ユリリンっていうのはこのクラスの担任の先生、本名は百合千晶ゆり ちあき。20代後半でそろそろ彼氏との結婚も陰ながら噂されている美人化学教師だ。

そう言えばさっきチャイムが鳴ったはずなのにユリリンはまだ来ない。

「そっか。やっぱりクジだよね?緊張するなぁ」

「席替えくらいで何言ってんだか。とにかく1番前の列だけは回避しなきゃ!」

そうやってあゆみが意気込んだところで数分遅れてユリリンが教室に入ってきた。

私達は目配せをして、お互いの健闘を祈ってから席に着いた。




私が引いた紙切れに書いてあったのは“12”という数字。

黒板に書き出された席の番号を確認する。

…まずは1列目。

「よかったぁ。1番前じゃないみたい」

それから端から順に確認していく。

驚いたことに、私の新しい席は希望通りの窓側。しかも、1番後ろの席。

「鈴子どこだった?」

「ん?あの席!」

みんなが新しい席にあーだこーだと思い思いに騒いでいる時にあゆみが引いたクジを握りながら話しかけてきた。

私は自慢げに決まった席を指差す。

案の定あゆみは物凄い羨ましがり方。あゆみはと言うとちょうど私と対角線上にある前から3列目の席だった。

うーん、ちょっと離れちゃったな。

やがてガヤガヤとみんなの席移動が始まる。私もなんとか席を移動し終えてふと前の席に目を遣った。

さらさらの黒髪に色白、スラリとした体格の男の子。彼はさっさと席に座って頬杖をついて外を眺めている。

確か、カッコイイって評判の人だった気がする。

曖昧な記憶を辿りながら私は左側にある窓に手をかけて、他の人の迷惑にならない程度にそれを開けた。春特有の気持ちい風が流れてくる。

こんな特等席、ずっと席替えが無くてもいいかも。

「…なぁ」

「えっ?」

いきなり声をかけられて素っ頓狂な声をあげてしまった。

前の席の彼がいつの間にやら窓に背を預けて横向の格好で座っていて、私を見てる。そしておもむろに口を開いた。

「桐生さんて絵描く人?」

「え?あ、うん…美術部に入ってる」

「ふうん」

「…あの…?」

いきなり何を言い出してんだろう。

私の頭上には疑問符がしこたま浮かんでいる。

前の席の人は教室の様子に目を遣って、その少しの沈黙にどうすることも出来ないで内心困っているといきなり視線が重なった。

「まぁ、しばらくよろしくね」

「はぁ…」

彼は私の曖昧な返答に気を悪くする素振りもなく、また椅子に真っ直ぐ座り直してさっきと同じように頬杖をつく。

変わった人…なのかなぁ?

そんな感想を抱く。

私は一度外に視線を向けるも、またすぐに前の人の背中に視線を戻した。

少し躊躇ったけど、軽く肩を叩く。

「ねぇ、どうして私が絵を描くってわかったの?」

少しだけ顔をこっちに向けてから彼はさっき私が開けた窓を軽く指差す。

「風」

「風?」

「油絵の具の匂いがしたから」

「あぁ…さっき美術室で少し描いてきたからかな」

「熱心だな」

クスリと笑って、また前を向いてしまった。

前言撤回。変っていうか不思議な人だ。

それからユリリンがみんなを落ち着かせてHRが始まった。私の目には、さっきの彼の笑顔がなぜか焼き付いていた。





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