第3-2章
「ここか」
平屋建ての古びた建築物の前で一つの声が聞こえた。
「待っててくれ」
声の主と思われる姿の影が街灯の光を受け地に伸びている。
「今から行くから」
その影が徐々に大きくなり、建築物へと一歩ずつ近づく。
「絶対に助けるから」
そしてドアノブに手を掛ける。
ガチャッ、
鍵がかかっており開けることができなかった。
他に入り口がないかと辺りを見回すが、それらしきものは見当たらない。
平屋の建築物の回りはには、囲うように出入口だけを空けた塀があるだけだった。
(どうするか)
考えを巡らせるが一瞬で案が浮かぶ。
すぐさまそれを実行に移す。
ドゴンッ、
ドアノブを蹴り壊し無理矢理中へと入る。
「お邪魔します」
律儀にちゃんと挨拶までして。
入った先にあったのは狭く、暗く、長い廊下だった。
その廊下の右側に扉が2つ、左側にも扉が2つ、奥の突き当たりに扉が1つある。
(蝨潰しに全部回るのもありかも知れないが、ここは一番広そうな所から行くか)
そして、廊下の一番奥にある扉へと手を掛ける。
「ありゃ、当たり」
少し笑いながらおどけてみせる。
そこには十数人の男が立ち並んでいた。
「やっぱこう言うのっていつ見てもおっかないな」
その男たちは一応にサングラスを掛けていた。
「んで、定番だとあんたがこの中のリーダーって 所?」
その男たちの丁度真ん中に立ち、背丈こそは回りと比べても大差ないが、別格の雰囲気を醸し出している男へと話し掛ける。
「・・・」
反応がない、ただの屍のようだ。
じゃなくてまさかの無口キャラですか!
いや、もしかしたら本当に聞こえていなかっただけかも知れない。
と言うことでもう一度話し掛けてみる。
「あんたがこの中のリーダーか?」
「・・・」
反応がない、ただの屍のようだ。
もうやだ! 俺、無口な人苦手!
と、心中で大ダメージを受けていたが、それを表に出さず話を続ける。
「とりあえず真希を返してもらいに来たんで、そこを退いてもらおうか」
「・・・」
数十人もの人がいるとも思えない程の静寂だけがあった。
そうですよね、今までのパターン的にそこも無言ですよね!
わかっていたので今回はそれほどダメージを受けなかった。
静寂を切って足音が響く。
「・・・!」
驚かされた。敵の皆さんが、俺が通れるように、奥の部屋へと繋がる扉の前に道を空けてくれた。
(折角だし通らせてもらうか)
扉へ向け二歩、三歩と進む。
男たちを横目に残り二歩、三歩の所に着く。
そしてドアノブに手を掛けた刹那。
ドンッ、
低く鈍い音が唸る。
地面には罅が入り、砂煙が昇る。
「やっぱりか」
拳を地面に打ち付けた 男の腕の横に1人の少年が立っていた。
「確かにその能力じゃ、こんなことしなきゃまともに食らわせることはできないな」
避けられたことに驚く 男を横目に、まだ話す。
「肉体強化系の能力レベル5って所か、まぁそんな大振りじゃ俺には当たらんよ」
ようやく砂煙が静まる。
「なら、今度はこっちの番だな」
殴ってきた男の正面に回り、鳩尾へと鋭く膝を入れる。
短くうめき声をあげてその場に突っ伏す。
「ようやく声を出したか、今度はどいつが喋ってくれるんだ?」
威勢よくいい放つ。
辺りを見回して見ると、既に半円に取り囲まれていた。
背中には壁、正面には敵、逃げ場のない状態になっていた。
「四面楚歌ってやつか?」
絶体絶命の状態にも関わらず口元は笑っていた。
そして、正面の敵へと 向かって突っ込む。
男も応戦と殴りにくるが、それを紙一重でしゃがみ避け、前へと伸びている腕を掴み、背負い投げのように投げ、敵の背中が地面に着くと同時に腹を踏みつけ気絶させた。
「ここの用心棒はこの程度のレベルか?」
鼻で笑う。
横からフックのように殴り掛かってきた男の腕が振られている最中に、腕の外側を掴み、中腰になり右足を掛け相手の勢いを利用しつつ地面へと打ち付ける。
そして追い討ちと、また腹を殴り付け気絶させる。
「一丁あがり! 次はどいつだ?」
いつの間にか三人に囲まれていた。
そして、同時に襲い掛かってくる。
最初に殴り掛かってきた相手の腕の横を殴り軌道を逸らせ、襲いかってきたもう一人の顔面を殴らせる。
そして、残る一人の懐に素早く潜り込み、また背負い投げのように投げ、仲間の顔面を殴っていた敵の上へと落とす。
今投げ、重なっている敵に追い討ちと思いっきり踏みつける。
三人をあっという間に片付けた。
刹那、少し離れた場所から椅子が物凄い速度で飛んできた。
それを、体をそらしギリギリでかわす。
「今度は少し骨がありそうだな」
ポケットに手を突っ込み、真希に斬られた物干し竿を取り出す。
「速度調節系のレベル5か6って所か?」
また、椅子が飛んでくる。
だが、今回は不意打ちではなかったので、体は飛んでくる椅子が右側を通り抜けることが可能なほど避けた、が、それを物干し竿で打ち返し、近くにいた敵の所へ飛ばし三人ほど倒した。
物干し竿には椅子を打ち返したせいで凹んではいたが、構わず椅子を飛ばしてきた相手の所へと駆ける。
二発程また椅子が飛んできたが、物干し竿で叩き運動方向をずらしてかわした。
そして、物干し竿が届くまでの所に着き、真希によって斬られた先では刺さずに、普通に殴り戦闘不能にさせた。
「真希が近くにいるんだ、死人は出したくない」
今さっき倒した敵を見下しながらいい放つ。
すると隣の部屋から。
ドゴーンッ、
爆発音のような音が轟く。
(何があったかわからんが急いだ方が良さそうだな)
「もうそろそろ終わりにさせてもらうぞ」
今一度辺りを見回すと立っていたのは二人だけだった。
1人は手下その1といった感じの男、もう1人は最初に話し掛けたリーダー的な男。
まずは手下その1を潰そうと、突っ込む。
すると相手は右手を前に差し出す。
差し出す先に赤く光る粒が渦巻く。
渦巻くものにはっきりと輪郭がついた。
輪郭がついたものは赤く燃え、渦巻く火球だった。
火球を物干し竿で打ち消す。
「今度は発熱系のレベル6って所か? 色々と能力者がいるな」
感心しつつも次々と飛ばされてくる火球を避け、打ち消す。
(流石中ボス的ポジションにいただけあって面倒だな)
間髪なく飛んでくる火球のため一気に距離を詰めることが叶わずにいた。
だが、着実に一歩ずつ近づく。
(どうやって一気に近づくか)
考え近くにあった椅子を投げつける。
が、やはり火球を撃たれ勢いをを相殺された。
(ここだ!)
相殺され、空中で一瞬制止していた椅子に次発を決めるために走り込んでいた勢いそのままに物干し竿を打ち放つ。
度肝を抜かれた攻撃に火球を撃つ猶予さえなく、無情にも体に椅子が飛び込む。
飛び込む勢いに負け体が後ろに押され、背後の壁に頭を打ち、意識を失う。
椅子を打った代償で遂に物干し竿が2つに折れた。
「次はボスのあんたが倒れる番だな」
そのボス的な男はいつの間にか、野球ボール大のコンクリートの球を持っていた。
「今度は野球でもするのか?」
最後の男はピッチャーかの様にコンクリートボールを投げる。
コンクリートが飛んでいるとは思えない程の速さで投げられた。
それを折れた物干し竿で打ち返す。
カーン、
甲高い音が響く。
ドンッ、
重鈍な音が響く。
打ち返したコンクリートボールが男の横を通り抜け、壁にぶつかり砕ける。
打ち返すために使った物干し竿はボールの威力に負け、後方へと飛ばされていた。
砕けたコンクリートを見ると中は野球の軟式ボール同様空洞になっていた。
「よくそんなん投げれるな、野球選手になった方がいいんじゃないか?」
両の掌を背後の壁にやり、右手で壁のコンクリートを引き、ボール状に形作る。
「そうか、形質変化系のレベル7って所か、この中じゃ一番レベルが高いな」
一気に走りだし距離を詰めに掛かる。
(遠距離系の敵を相手にするなら、これが妥当だろ)
蹴り飛ばすタイミングを図りながら近づく。
(それにもうあれを打ち返せそうにない)
先程のバッティングで 腕が痺れ、腕に力が入らなかった。
途中投げられたボールを難なくかわし、敵の目前まで迫る。
だが、足が地面に飲み込まれ、前のめりになり転びそうになった所に、狙っていたかの様に顔面に拳が飛んでくる。
ギリギリで体を右に反らしかわしたが、拳が掠れたせいで、左頬には切り傷があった。
(なるほど、右手で投げたボールは囮で本命はこの足元の罠か)
「通りで左手を壁から離さない訳だな」
(壁から手を離さない訳は、力を継続させるのが理由だろう)
一先ずこのままでは一方的に殴られるだけなので、敵の能力によって軟化し足を掴まれている中、上手くバランスを保ちながら後退る。
男が壁から左手を離す。
能力が解けたと思い足を持ち上げる。
(・・・!)
驚き、焦る。
確かに能力は解けていた、足首まで地面に埋まったままで元の固さに戻っていた。
男が近づいてくる。
無表情のまま一歩ずつ。
着実に進み、創真の正面に着く。
「・・・」
無言で立つが拳を握る。 右腕を後ろに引き、そのまま動作の続きのように前に拳を放つ。
顔目掛け飛んできた拳を頭を動かしどうにかかわす。
(顔だったからどうにか避けれたが体を狙ってきらた避けられないぞ!)
心中で安堵と焦りが交錯する。
男はまた顔を殴ろうとしてくる。
それをまたかわす。
その後も何発か顔を殴ろうとするが、全て避ける。
(こいつ遊んでいやがる。どうやら腕が使えないこともばれているみたいだな) いまだに顔を必要に狙われているが、全て避ける。
(こうなったら無理矢理にでも隙を一瞬作らせるか)
何かの作戦を決め、それを実行へと移す。
拳を避けた後に生じた隙に、力の入らない拳で相手の顎にアッパーを打つ。
倒すことはかなわなかったが、一瞬上を向かせ隙を作った。
そして、男の視点が殴られる前に戻った時には創真の姿は消え、ネックレスの反射光の残像だけがあった。
「終わりだ」
「うっ」
短いうめき声を残し、男が倒れる。
倒れた者の後ろには一つの影があった。
その影の招待は創真であった。
いつのまにか後ろに回っていた創真が、体を回転させ、遠心力を利用し 敵の首をいつの間にか掴んでいた物干し竿で殴り、気絶させたようだ。
(やっと終わったか・・・じゃない、真希!)
思いだし、先程入ろうとし、拒まれた扉へと手を掛け、開ける。
扉を開けるなり大声を出す。
「真希!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(ここはどこ?)
まだ薄い意識の中で考える。
(体か重たくてうごかない)
腕を動かそうとするが、自由が利かない。
「ここは?」
どうにか声を発する。
「あら、お目覚めになったの」
どこかで聞いたような声が反ってくる。
薄い意識の中、瞼を開ける。
ぼやけた視界の中には、白い服を着た人のシルエットが見える。
「あなたは?」
視界かぼやけているせいで、誰か判別することができない。
「もう忘れちゃったの? 悲しいわね」
視界かが徐々に回復し、話している相手が白衣を着ているのがわかった。
(白衣を着ているけど、うちの研究所の人じゃなさそうね)
視野を上に上げ顔を確認する。
「・・・! 今ちょうど思いだしたわ」
睨む様に相手を見つめる。
「あら、そう、それはよかったわ」
「私的には、さっきの出来事が夢落ちで終わってくれたら助かったのに」
自動車に乗せられてからのことを思い出す。
「まあ、そんなつれないこと言わないで欲しいわね」
「そうですか。そんなことより、誘拐したのは本当に私だけなんでしょうね?」
辺りを見回して見るが、真希と誘拐犯以外は見当たらない。
「安心していいわよ。あなたしか拐っていないから」
「ならよかった」
安堵の息を漏らす。
(もし、私以外に誰かいるのなら、無理矢理にでも助けて逃げていたわね)
大言に聞こえるかも知れないが、実際に助け出すだけの実力を有しているからこそ及んだ思考であった。
(私1人みたいだし、もう少しここにいて情報収集をしますか)
今すぐは逃げないと決めた。
少しでも情報を得ようと、はっきりとしてきた視界で見渡す。
部屋の形は長方形で、床も壁も天井もコンクリートがむき出しになっている。
部屋の中はすっきりとしており、観葉植物が数本あり、他にあるものと言えば、机の上に加湿器が置いてあるだけだ。
扉は部屋に二ヶ所。
1つ目は真希から見て正面、誘拐犯から見て背後。
2つ目は真希から見て右側、誘拐犯から見て左側。
扉のない他の壁には窓もなく、部屋の灯りは、天井に吊るされている照明が1つあるだけであった。 見回して思ったことを率直に言う。
「随分と暗いところね」
「まあね、ここは元々仮眠室だからね」
「仮眠室って言う割には布団がないですけど?」
個人的に気になったのかどうでもいい事を訊く。
「あなたを招待するために片付けたのよ。眠たいなら隣の部屋に布団があるから、用意してあげましょうか?」
「大丈夫です。もうゆっくりと寝させてもらったみたいですし」
気絶させられていた事を揶揄する。
すると、誘拐犯は方耳を押さえる。
髪に隠れてよく見えないが、イヤホンを付けているようだ。
イヤホンからの話を気き終えたのか話だす。
「あなたにとって良いお知らせよ」
「・・・一体何?」
疑いながらも耳を傾ける。
「どうやったのかわからないけれど、あなたの仲間がここに来たみたいなの」
(まさか、恵理奈さん!?)
続けて誘拐犯が話す。
「昨日からあなたの所に泊まっている少年が来たのよ」
「なんだ、創真か」
落胆からか、思わず声を漏らしていた。
「創真って言うのねあの少年」
(あっ、)
要らぬ情報を与えていた。
(まあ、名前が知れたからって何かあるわけじゃないし、まあいいか)
「1人で乗り込んで来ているみたいだけどあの子は強いのかしら?」
「残念なことに、仮想戦闘機で戦ったら、私に負けました」
「あら、そうなのなら警戒する必要はなさそうね」
(本当に警戒しないでもらえると助かるんだけどね。私といい勝負できるから、余程強い人がいなかったら大丈夫でしょ)
短絡的に考える。
「しないでもらえると助かります」
「あら、でも残念。すでに侵入しているから、迎撃させてもらうわ」
(ああ、もう創真のバカ)
「その迎撃する人たちって強いんですか?」
「そうね、強いわよ。レベル5以上のが何人かいるしね」
(何人かってことは複数人創真の所にいるのか、一対一なら負けないだろうけど、複数はどうなんだろう)
信頼と不安が混ざる。
(こいつを倒して早く創真を助けないと)
早急に脱出すると決めた刹那。
ドンッ、
轟音と共に地響きが正面の扉からする。
「あら、始まったいや終わったかしら」
(本当に急がないと!)
心中でいくら焦ろうがそこには障害があった。
1つ目は手足が縛られており、自由がきかないこと。
2つ目はここが空気の流れがない、密室であること。
1つ目の障害は身動きが取れないことだったが、2つ目は能力が十分に発揮できないという障害だった。
なぜ能力が十分に使えないか、風使いは分けると二種類ある。
一種類目は自らが起こした風を強化するタイプ
二種類目は空気の流れを操って風にするタイプ
真希はこの後者のタイプだ。
空気の流れがない密室では回りの空気を大量に飛ばしても圧縮するだけになり、十分な威力が出せない。
なので真希は十分な実力を発揮できないでいる。
「終わってなんかいないよ」
(どうやって逃げるか)
真っ先に浮かんだのは手足を縛っているロープを切り裂くこと。
だが、それを実行しないでいた。
「あら、そうかしら」
「ええ、そうですよ」
(ここじゃ、上手く力を調節できそうにないわね)
加減を間違えて自分を傷つける可能性が高いので、別の手を考える。
「なんでそんなことが言えるのかしら」
「教えて欲しい?」
(これだ!)
一つの案が浮かぶ。
目に付けたものは、誘拐犯の後方にある加湿器。
「なら、是非教えて頂戴」
「理由は簡単よ、創真のことを信じているから」
加湿器のコンセントを力任せに起こした風で切断する。
斬られた先からは、電気が火花のように飛び散る。
「信頼ね、理由はそれだけかしら」
「それだけあれば十分だと思いますよ」
今度は加湿器を持ち上げた。
フラフラと不安定に空中を進み、切ったコンセントの前で静止させ、倒し中の水を零す。
零れた水が切れたコンセント先、火花に触れる。
「青春らしい理由で面白いわね」
「青春の中にこんな思いでもできて欲しくなかったですけれど」
火花に触れた水がどんどん気化して行く。触れないものは風で押して触れさせる。
「またそんなつれないこと言って」
「こんな状況を喜ぶ人の方が少ないと思いますよ」
零れていた水がほとんど気化する。
今までは視界の隅で捉えて、相手に気づかれないように見ていたそれにわざと視線を送る。
「あら、そっちに何かあるのかしら」
「え、何のこと」
わざと見たということを悟られない様に、こう答えた。
相手が視線を向けた方へと振り向く。
「あら、いつの間にかこんな事をしていたの」
「さ、さあなんのことかしら」
「誤魔化すのが下手ね。こんなことをしたら危ないでしょ」
恐らくコンセントを抜くために加湿器の方へと歩く。
(作戦通り)
「しまっ――」
相手の声を遮って1つの音が鳴る。
ドゴーン、
爆発音が部屋に轟く。
爆発音は、加湿器の辺りから鳴った。
爆発を起こした犯人は真希、被害者は誘拐犯。
どうやって爆発を起こしたかというと、水を電気分解した際に発生した水素を操作し、火花に触れさせ、爆発させた。
爆発の衝撃で誘拐犯の女が飛ばされていた。
(爆発で壁が壊れてくれればよかったのに)
流石コンクリートでできているだけはあって頑丈であった。表面が多少崩れ焦げた程度で済んでいた。
(でも、一番の狙いは達成できているみたいだし、いいか)
女は飛ばされて床の上に寝転んでいた。気絶はしておらず、意識はハッキリという訳ではないがあるようだ。
(このままのびていてくれると助かるんだけど)
今は爆発の衝撃などでダメージを受け、寝転んでいるが、直撃していたわけではないので、いつ起き上がってきてもおかしくはなかった。
(さて、この後どうしましょうか)
最良のシナリオは、先程の爆発で壁が壊れ、外と繋がることだったが、失敗に終わった。
そこに真希以外の声が鳴る。
「こんなこと、あなた程度のレベルじゃできないのにどうやったのかしら」
爆風で飛ばされた女が 、仰向けの状態のまま、こちらを見づ訊く。
「簡単なことよ」
(意識があったのか)
そして、仰向けで地面に倒れている女へと目線を送る。
爆風で飛ばされたにしては服についていた汚れは、地面を転がった時についた砂埃程度で、焦げたような跡がついていなかった。
「私がレベル3じゃないってこと」
「あら、本当はレベルいくつなのかしら」
さっきまでと比べて、話し方が若干弱々しい。
「特別に教えてあげるわ、私の能力は空気変動レベルは9よ」
「・・・!」
そんな馬鹿なっと驚いた顔をしていた。
「だから真央じゃなくて私の方を拐った事は感謝しているの」
「ということは私たちは一番のジョーカーを連れてきたということか」
自嘲気味に笑う。
「そういうことね。私たちとってはラッキー7とまではいかないけれど、なかなかいい手が残っているから」
「・・・」
誘拐犯は黙っていた。
「本当の事を言ったついでにもう1ついうと、いつでもあなたを倒すことができるのよ」
「あら、なら何故そうしないのかしら」
「傷つけたくないのよ」
「あら、もう十分に傷つけられたのだけれど」
仰向けで寝転んで動けないでいるのだから、十分に怪我を負っていた。
「それは結構ましな方だと思うよ。わざわざあんな面倒臭いことまでしたんだから」
爆発の事を思い出しながら言う。
「あら、これでましだなんてよく言えるわね。酷かったらどうなっていたのかしら」
「そうね、もしかしたらあなたが死んでいたかも知れないわ。私はこんな密閉された空間の中だと、力を上手く制御しきれないのよ」
「あら、だから爆発にしたの? 随分と乱暴ね」
「そうかもね、でも結果的にはよかったわ。あなたを動けなくなる程度まで弱らせることができたから」
「私が動けなくなった所でなにか変わるのかしら」
率直な疑問を投げ掛ける。
「変わるわね、創真が助けに来るまでの時間を確実に稼げたわ」
そう言って疑問に答えた。
「あら、でもその時間稼ぎも意味がないんじゃないかしら」
「どういうこと?」
今度は真希が疑問を投げ掛けた。
「さっきも言ったけれど、その子は今私の部下に迎撃されているのよ」
先程地鳴りが聞こえた方向へと目線を送る。
「それがどうかしたの?」
「あら、普通のこどもが、大人十人以上を相手にして勝てると思うかしら」
「思わないわね。なら私からも質問していい?」
「いいわよ」
「レベル5〜6程度の能力者が十人以上いたら、レベル10の能力者に勝てると思う?」
「難しいわね。・・・まさか!?」
「ええ、そのまさかよ。アイツはレベル10、だから負けない」
「あら、でも仮想戦闘機ではあなたが買ったんじゃなかったかしら」
「まぁ勝ちはしたけど、アイツには私の攻撃が一回しか当たらなかったし、手加減していて最初から負ける気だったし」
怒りを込めたような声で答えた。
そして一拍置いて真希がまた話す。
「だから創真は絶対に負けない。それに私は創真が助けてくれると信じてる」
「そう」
今度は青春らしいと茶化さず、短く受け答えた。
そして部屋の中に静寂が訪れた。
静寂の中に居るのは二人。
一人は手足を縛られ、動けず壁にもたれかかる者。
一人は体を強く打ち、動けず床に寝転んでいる者。
そこに静寂を破る音が鳴る。
「真希!」
扉を勢いよく開け、一人の少年が飛び込んできた。
「やっときた、遅いわよ」
入ってきた少年に安堵の表情で答える。
「悪いな、ちょっと邪魔が入って遅れた」
悪びれた風もなく答えた。
「全く一人で乗り込んできたって言うか、ら心配していたのよ」
「俺の事は心配しなくて大丈夫だよ。それより、真希の方は大丈夫だったか?」
真希目の前まで歩む。
「ええ、大丈夫よ。そこに倒れてるのがいるでしょ」
と、目線を送る。
「ん? いないぞ」
目線を辿った先には誰もいなかった。
「え、でもさっきま――」
「いや、ちゃんといるぞ」
創真が入ってきた扉とは別の扉の前にいた。
「あら、ようやく気がついてくれた? 仲良くしている所に割って入るなんて無粋なことしたくなかったから待っていたけど、もう少し早く見つけて欲しかったわ」
「それはすみませんでした」
かばうように真希の前に立った創真が答えた。
「あら、素直な子ね、でも、もう終わりにしてあげるわ」
ふらふらな女は右手を前に差し出す。
「え?」
真希が思わず声を漏らしていた。
声を漏らした理由、それは、差し出された手の先にあった。
その先に握られていたものは拳銃。
「あら、安心していいわよ彩吹真希、あなたは狙わないから」
女は創真の方へと照準を合わせる。
銃口は創真に向けられたが、それを撃とうとしている者は、体に力が入らないのか壁に体重を預けていた。
「撃つのは構わんが、ちゃんと俺に向けて撃てよ!」
張った声で力強く女を睨み付ける。
創真の物凄い剣幕に一瞬おののいた。
「あら、なら遠慮なく撃たせてもらおうかしら」
握られていた拳銃の引き金に指がかかる。
そして、
パーン、
乾いた音が部屋中へと響き渡る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
星がまばらに輝く夜空 の元を一台のバイクが物凄い速度で駆けていた。
そのバイクに跨っていたのは、恵理奈さんと流深ちゃんであった。
恵理奈さんがバイク中央のカーナビの様なものを操作し、どこかへ電話を掛ける
『はい、もしもし』
「私だ」
ヘルメットの中にマイクとスピーカーが入っているらしく、よそから見たら普通に運転している様にしか見えない。
『ああ、御友か今度はなんの用だ?』
「お前らに依頼だ」
話し相手は男。
『だから、前も言ったが俺に電話するんじゃなく普通に通報しろって』
「そんな事はどうでもいい。依頼を受けるか否か答えろ」
相手の返答など意に介さず話した。
『それに、依頼じゃなくて普通に通報しろよ。で、何があったんだ?』
嘆息交じりの声に現状を伝える。
「真希が誘拐された。それで今私は犯人がいると思われる場所に向かっている」
『誘拐か、場所がわかってるなら今から向かう、どこだ?』
「場所は教えるが、私が指示するまでは待機してろ」
『は? 何でだよ、場所がわかってるなら、俺たちが行った方が手っ取り早いじゃないか』
「勘違いするな、私は国民の義務として警察に教えただけだ。お前たちは逮捕だけしろ。真希は私たちが助け、犯人に痛い目を合わす」
感情的な声で言い放つ。
『本気で言ってるのか?』
「ああ、本気だ。私の条件が飲めないなら場所は教えん」
『・・・だが、相手が武装している可能性がゼロじゃないんだ、だから俺たちに任せろ。俺たちはそういうのを想定した訓練を受けているんだからさ』
「なら、そいつ等と私たちが戦ったとしたら、どちらが勝つ?」
『それは、・・・わかったよ、その条件を飲む』
「わかった。場所はエリア8の15―8だ」
『了解。俺たちはその近くで待機させてもらうよ』
「ああ、任せた」
『ちゃんと指示しろよ、それに合わせて突っ込むからよ』
「ああ」
『それじゃ、またな』
電話が終了した。
「交渉成立だ。もう少し速度を上げるぞ流深」
「はい!」
バイクの唸る音がより大きくなり、速度が増す。
一分一秒でも早く目的地に辿りつくために。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
乾いた音がなった後、部屋が静寂に包まれる。
静寂を破り口を開くのは銃を撃った女。
「あら、これはどういうトリックかしら」
されに受け答えるのは、創真。
「トリックなんかないさ、実力だ」
「あら、実力でそんな妙技ができるなんて凄いわね」
その妙技とは放たれた銃弾を持っていた物干し竿で弾いたことだった。
「アンコールならいくらでも受けるぞ。ただし、次からは全部アンタに打ち返すんで、そこんとこよろしく」
ホームラン予告をするかの様に折れて、元の半分程の長さになった物干し竿を誘拐犯に向ける。
「あら、そう、だったら遠慮なく撃たせてもらおうかしら」
そしてもう一発銃弾が放たれる。
爆発音と共に物干し竿を振り切る。
2つの音がほぼ同時に二ヶ所でなる。
カンッ、
ドンッ、
「え?」
情けない声を漏らす女。
放った銃弾は物干し竿によって見事に弾かれ、髪をかすれ顔の右側を通過し、後ろの壁に着弾していた。
「さあもう一発こいよ」
挑発をかます。
が、そんな挑発が応えられる事はなかった。
女は状況を理解し、その後恐怖かなにかで気絶し、その場に倒れこんでいた。
「片付いちまったか、なんか拍子抜けだな」
そう言い残して気絶した女に背を向け、真希の方に体を向け一言。
「よし、逃げるぞ」
真希の背後に周り、手足を縛っていたロープをほどき始める。
「全くアンタったら、ホント・・・」
「ホントなんだ?」
ロープがほどけ二人とも立ち上がる。
「なんで、こんな所にまで来るのよ! 危ないじゃない」
そう言ってから俺の頭を軽く殴る。
「痛っ、いや、だって真希の事が心配だったんだもん」
殴られた所を擦りながら心配していた事を告げる。
「これでもしアンタが死んでいたらどうするのよ」
安心からか真希の目が若干潤んでいた。
「あれくらいじゃ死んだりしないって」
安心させようと笑顔で答える。
(実際さっき叩かれたのが受けた攻撃の中で一番痛かった訳だし)
「でも、ありがとうね」
笑顔に笑顔で返し、創真の頭に手を置く。
「ああ」
涙ぐんだ真希に直視されお礼を言われ、照れ隠しか短く答え、視線を反らす。
(やば、今の真希可愛いすぎる!)
心中はもうお祭り騒ぎになっていた。
(でも、あの笑顔が見れて良かった。あんないいもの見れたんだから、それだけで今日の努力の対価どころかお釣がくるな)
背けていた視線を戻し微笑みかけ「じゃ、脱出しますか」と、声をかける。
「ええ、そうね。こんな暗い所さっさと出ましょう」
創真が先に部屋を出て続いて真希も部屋を後にする。部屋の中に居る誘拐犯に一瞥をして。
「うわっ、凄っ」
一枚扉を挟んだ部屋に着いた瞬間真希が声を漏らす。
「ん? どうした?」
何が凄いのかわからないので真希に訊く。
「どうしたって、これ創真がやったの?」
荒れた部屋、倒れている十数人の男、ひび割れた地面、これらのことを訊く。
「気絶している奴らは俺がやったけど、地面砕いたり、椅子壊したりしたのはこいつらだよ」
倒れている人たちを見渡す。
「そうなの」
「ああ、俺が壊した物っていえばこれくらいだよ」
地面に手を伸ばし、なにかを掴む。
掴んだものを「これ」と言って真希に差し出す。
「あっそれ物干し竿じゃない」
拾った物は、折れたのもう片方。
「そう物干し竿、俺が壊したのはこれくらいだな」
いまだに右手で持っていた物干し竿と、拾った物干し竿の折られた所を合わせる。
「どんな使い方したらそうなるのよ、ホントもう無茶して」
「まぁ色々とコイツには頑張ってもらったよ」
闘っていたときの事を思い出す。
「それに俺は仮にもレベル10だ、こいつらを倒すことくらい雑作ないよ」
「私には負けたのに?」
茶化す様に訊く。
「うっ、まぁそれはそれだ。早くこっから出よう」
少し焦った風に急かす。
「はいはいじゃあ出ましょう」
それに渋々従う。
そして倒された男たち の間を後にし、暗い廊下を抜け、外に出る。
「脱出完了ー」
創真が両手を上げ体を伸ばす。
「お疲れ様ー」
真希も一緒になって体を伸ばす。
「じゃあ恵理奈さんに連絡取って迎えに来てもらおうか」
「そうね、じゃあ創真、携帯貸して」
困った様な顔をして「えっ?」と返し続けて話す。
「俺、携帯持っていないんですけど・・・」
「は? なんで持ってないのよ、ホント使えないわね」
今までの中で一番の侮蔑の視線が送られる。
「いや、だってさ、自分の着替えも満足に持ってない奴が携帯を持っていると思うか?」
「確かに持っているわけがないわね」
「だろう。そういう真希は携帯持ってきて・・・いないのか」
真希が外出した理由がコンビニに買い出しに行ったことだと、話している最中に思い出して、諦めた。
「うん。だってさ歩いて5分位の所だし必要ないと思うじゃん」
逆の立場だったとしたら俺も携帯を持っていくとは限らないので、これ以上は言及しない。
「じゃあしょうがないから公衆電話でも探そう。小銭くらいはあるよな」
「あるわよ、買い物に出たんだからちゃんと持っているわよ、ほら」
と言い俺の方に手を差し出す。が、
「あの、真希さん。どこにあるのでしょうか?」
真希は「えっ!?」と言ってから手元を見回す。
そして誤魔化すように笑いながら。
「鞄あの中だ」
「・・・」
互いに見つめあう形で制止する。
「忘れちゃった。てへっ」
自分で自分の頭を軽く叩き、舌を出して可愛らしくおどける。
「・・・」
無反応で冷たい視線を返す。
「ごめん、自分でやっといてだけど、今のはないわ」
珍しく謝った。
「うん、じゃあどうするか。近くに交番とかあればいいけど、ここら辺にはなかったし、しょうがない、戻るか」
嘆息しながらも決める。
「まぁ、それしかなさそうね」
真希もあまり乗り気ではないが意を決した。
そして二人とも振り向き、建物を眺める。
「じゃあ行くぞ」
「ええ」
互いに確認をとり、中に入ろうとした刹那。 左側のシャッターが開き、中から声が轟く。
「あら、忘れ物かしら」
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「もう準備はできてるか」
「はい! できてます!」
物凄い早さで進むバイクの上で確認を取る。
法廷速度を守っているのかと訊かれたら、自信をもって「いいえ」と答えられる程に。
「そうか、ならいい。もう少しで着くからな」
「はい!」
街灯もまばらになってきた道を進む。
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