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Mask of 4th  作者: 虹鮫連牙
3/4

Mask3 偽りの笑顔

 屋敷の中を導かれるように進む少年。

 初めて訪れた場所なのに、なぜか進むべき道を知っていた。

 三つの仮面は知っていた。“四つ目の仮面”がどこにあるのかを。少年が進むにつれて、仮面の共鳴が強くなっていく。

 屋敷の奥へと進んでいく少年は、ある扉の前で足が止まった。他の扉よりも手の込んだ装飾だ。

 そこで仮面の共鳴は最大になった。

 金色のドアノブに手をかけて回すと、扉は静かに開いた。廊下と室内の空気が混ざり始めると、辺りが一気に冷え込む。

 少しでも気を抜けば立っていられなくなるような凄まじい緊張感。それでも覚悟を決めた少年を止められるものは何もなく、部屋はその若き(つわもの)の進入をあっさりと許した。

「ここまで来たか……」

 野太い声。

 部屋の中央にある椅子に座り、腹の前で両手を組む男がいた。

 白髪と同じ色をしたスーツを着て、顎に髭を生やした初老の男。その名をギル・ゴードンという。

「小娘と同じ民族の者だな?」

 少年は左手を腰に近づける。

 その様子を見て、ギルは怪しく微笑んだ。

「お前が取り返しにきたものは知っている。コレだろう?」

 その言葉に少年は一瞬反応した。

 その反応を見逃さなかったギルは高笑いをして、それから右手に持ったリモコンを操作した。

 機械音の響く室内を、少年は見渡した。

 ギルの背後の壁が、徐々に天井の中へと消えていく。

 消えていく壁の向こうには網目の鉄格子があり、その向こうでは一人の少女がしっかりと格子にしがみつき、少年を見ていた。

「ヴォロー!」

 涙ながらに少年の名前を呼ぶ少女。

 彼女の肌は少年と同じ褐色で、同じようなボディーペイントと、獣の骨で作ったピアス。

 細い五指を格子に絡ませ、食い込むほどにしっかりと握り締めていた。

 少年の脳裏に甦る記憶。後悔ばかりの記憶。

 それは、この戦いの始まりの出来事だった。




 とある小さな国に、広い密林の中で暮らす少数民族がいた。

 その中に、一切の感情を表現できず、言葉すら喋れぬ少年ヴォローはいた。

 あまり周りと馴染むこともなく育ったヴォローは、ただひたすらに剣技を磨くだけの日々を過していた。

 その無表情な顔で繰り出される殺人技の華麗さは、見るものに次第に恐怖を植えつけていった。

 冷酷な少年、悪魔の子供。そう言われ続けて育ったヴォロー。

 そんな彼を哀れに思った酋長は、代々民族が祭る仮面をヴォローに授けた。

「例えばお前が嬉しい時、その“喜の仮面”をつけて感情を表しなさい。怒った時は“怒の仮面”。悲しければ“哀の仮面”。楽しければ“楽の仮面”を、だ」

 それぞれの仮面には、それぞれの感情を強く抱いた者達が宿っていた。被った者のその感情を、周囲に強く伝える仮面なのだと酋長は言った。

「お前に仮面を託す。それを返す時は、お前が喜怒哀楽を知った時、仮面を必要としなくなった時だ。それまで、我々の守り続けてきた表情をお前に貸し与える」

 少年は内心でとても嬉しかった。

 だから、仮面を譲り受けた直後にさっそく“喜の仮面”をつけた。

 誰もがそんなヴォローを見て怒った。なぜ我々の宝をヴォローに渡したのか、それが許せなくて仕方が無かった。

 それでも少年は仮面を手放さなかった。今まで欲しかった感情を手に入れることができた。それだけで少年はいつまでも幸せな気分に浸れた。

 しかし、この民族にはもう一人、感情を表せない者がいた。

 それはコリンという少女だった。

 コリンがヴォローと違うところは、彼女は怒りと悲しみの感情だけは持っているということだった。

 集落の小川の近くで、一人で泣いているコリンを見つけたヴォロー。

 彼女はヴォローに気がつくと、今度は怒り出して泥を投げつけた。

「あなたはいいじゃない! 酋長に仮面をもらえて! 今まで口には出したことなかったけど、あなたを仲間だと思ってた! あなたは簡単にあたしを裏切ったのよ!」

 その言葉を聞いて、ヴォローは哀の仮面をつけて見せた。そんな行動が、さらにコリンを苛立たせる。

 コリンは、持ち合わせた仮面を使って自由に表情を変えるヴォローが羨ましかったのだ。

「もうどっか行ってよ! そんな仮面もあなたの顔も見たくないの!」

 俯くコリン。自分の苦しみを分かち合える仲間だと思っていた。しかし、結局自分は独りになってしまった。

 涙が膝の上に落ちるのを見たとき、コリンは自分に近づく足音を聞いた。

 それはヴォローの足音。

 コリンはさらに眉を吊り上げて言った。

「あっち行ってって言ったでしょう!」

 ヴォローは仮面を外していて、いつも通りの無表情のまま腰に手を持っていった。そして腰から下げた四つの仮面のうち、喜の仮面を手にした。

 優しく垂れ下がった目の穴と、細く開かれた口の穴。作りは古い木なのに、あちこちは薄汚れてしまっているのに、それでもその仮面の笑顔は美しい女神に見えた。それもそのはず。昔、女神と言われ称えられた王女の微笑みが宿っているのだから。

 ヴォローはその仮面をなんの躊躇いも無くコリンに差し出した。

 コリンはそのヴォローの行動を見て驚いた。

 何をしているのか。

「まさか……これをあたしに?」

 相変わらずの無表情で頷くヴォロー。

 ヴォローは知っていた。仲間とは、互いの気持ちを分かち合える者のことを言うのだと。

 だから分かち合った。感情を持たない少年は、それでも充分感情について知っていたのだ。

 少女はおもむろにその仮面を受け取ると、それを見つめたままどうしたらよいのか分からなかった。

 とても嬉しい気分であったはずだ。

 だが、顔は笑ってくれない。

 ヴォローを見ると、彼は自分の顔に楽の仮面を被せた。

 コリンも慌てて仮面を被った。

 笑い声の無い二人は それでも愉快に微笑む仮面をつけて見つめあった。

 ヴォローにとって、そしてコリンにとって、お互いが初めての友達だった。

 苦しみを分かち合える。悲しみを分かち合える。怒りを、喜びを分かち合える。

 二人の絆は強まっていった。

 そして時が流れていったある日、コリンがヴォローを呼び出した。

「今日は……ヴォローにお別れを言いに来たの」

 ヴォローは無表情のまま困惑した。

「働きに行かなきゃいけないの……ギル・ゴードンっていう人のところで」

 ヴォローの心は激しく動揺した。

 元々ヴォロー達の民族は、完全なる自給自足の生活をしていた。自然と共に暮らし、自然を利用し、自然を敬っていた。

 しかし、最近では他文化を取り入れようとする動きが見られるようになり、昔ながらの民族の暮らしは失われつつあった。

 他との交流を持つこと自体は、酋長もさほど反対はしなかった。

 しかし、そのためには金銭が必要であるということが問題だった。

 金銭というものを知らずに暮らしてきた彼らは、何とかして金を稼ぐ必要があった。守り続けてきた民族の誇りともいえる生活を捨てるために。

 そして彼らの選んだ道は、出稼ぎに出るということだった。すでにもう何人かの者は、彼らの集落を出て行った後だった。

 コリンも明日、集落を出るのだと言う。

 ヴォローは哀の仮面をつけて首を横に振った。何度も何度も首を振った。

 ヴォローの心配は一つだけではなかった。

 ギル・ゴードン。彼について、とある旅人からこっそりと話を聞いたことがあった。

 高い賃金で労働者を誘い、実際にはそんな賃金などは支払わずに死ぬまで働かせる。例え労働者が病に倒れようとも、決して休ませることはない。与える飯は家畜並。逃げ出そうとする者がいれば容赦なく虐待、もしくは殺すだけ。外部との連絡手段もないので、助けを求めることも出来ないという。

 ヴォローはコリンの腕を掴んだ。

 コリンはおもむろに仮面をつけて言った。

 その仮面は喜の仮面。優しい女神の微笑を浮かべた仮面。

「心配しないで、また会えるから。きっと帰ってくるから」

 そういって彼女は笑った表情を被った。

 その笑顔を見せられては、無理に引き止めることが出来なかった。

 仮面は彼女に預けたままにした。二人を繋ぐものがあった方が良かったから。

 そしてコリンが出て行ってから二ヶ月後、まだ落ち込むヴォローに酋長は言った。

「ヴォロー。もしもお前が悩んでいるのなら、私は止めることなどしないから、行ってきなさい」

 ヴォローは酋長の目を見つめて固まった。

 さらに話は続いた。

「仮面をつけたコリンの気持ちが伝わったのなら、行ってきなさい」

 仮面をつけたコリンの気持ち。

 ヴォローは考えた。

 なぜあの時彼女は喜の仮面をつけたのか。

 自分を安心させる為に笑顔を被ったのか。いや、そうではない。

 コリンは助けを求めていたのではないか。自分に力ずくでも引き止めて欲しかったのではないか。

 あの時、コリンが喜の仮面をつけたのはなぜか。

 再び会う約束を笑顔でしたかったのか。

 違う。そうではなかった。

 コリンは、顔を隠すことが出来れば仮面など何でも良かったのだ。

 そうだ。

 あの時仮面をつけた本当の理由は、涙を隠す為だった。

 ヴォローは走り出していた。

 真っ直ぐに走って集落を飛び出した。

 心の中で何度も何度も叫んだ。

 声は出せなかったし、表情に表すこともできなかった。

 だが叫んでいた。

 そう、彼女を救うという誓いの言葉を。




 格子を握る彼女の手は、癒えない傷で埋め尽くされていた。どことなく顔も細身を増したように見えた。

 なぜ彼女だけ格子の中に閉じ込められているのか、それが不思議だったが、それはすぐに分かった。

 彼女がいつも手放さなかった喜の仮面が見当たらない。

 しかし、仮面同士の共鳴は、喜の仮面がこの部屋にあることを示していた。

「お前の持つ仮面も素晴らしいな」

 突然のギルの声。

 少年は理解した。この男は、仮面を奪う為にコリンを牢に閉じ込めたのだ。

 ヴォローは腰から素早く仮面を取り出した。

 黄ばんでしまった歯を食いしばり、吊り上った目の穴に真っ赤な光。

 それは“怒の仮面”。魔獣に家族を奪われた狩人の怒りが宿った仮面。

 決して絶えぬ怒りの炎は、少年の心を昂らせた。

「私もこの仮面の力を知ったのはつい最近でね。まさかあんな少数民族からやってきた小娘が、こんな素晴らしいものを持ってきてくれるとは……」

 ギルは喜の仮面を取り出した。

 コリンがつければ女神の笑顔に見えたその仮面は、ギルがつけた瞬間に背筋も凍るような冷笑に見えた。

 壁に掛けてあった両刃剣を手に取り、ギルは言った。

「三つの仮面をよこせ」

 少年は走り出した。

 仮面を取り戻す為に。コリンを取り戻す為に。

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