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Mask of 4th  作者: 虹鮫連牙
2/4

Mask2 立ちはだかる五人

 背後で扉が自動的に閉まる。おそらくロックが掛けられ、後戻りは出来ないのだろう。

 だが、少年にとってそれはどうでもよいことだった。引き返す気は無かったからだ。

 扉が閉まったと同時に、室内の照明が一斉に点灯した。

 そこは広い玄関ホールになっていて、正面には真っ赤なカーペットの敷かれた階段が伸びていた。入り口の左右で待ち受けていたものは、眩しいほどの光沢を放つ騎士甲冑の置物。その他には如何にも値打ちのありそうな絵画や彫刻が多数飾られているし、単純に天井を支える柱一本にしても一般の民家が買えるほどの価値を持っているであろうことが感じられた。

 だが、少年にはそんなことなど知る由も無い。とある小さな国の、深い森の中に住む民族の一人である少年には、高価な絵画と自分の描いた落書きの違いも分からず、天井に吊るされた鮮やかなシャンデリアも星の輝きに比べれば安っぽく見えていた。

 中央まで進み出ると、正面の階段に五人の人物が姿を現した。

 いつの間に来ていたのだろうか。少年が気付いた時には、彼らは階段を降り始めていた。

「まさかギルさんの言っていた奴がこんな子供だったとはね」

 中央の男がそう言った。

 ギルの雇った用心棒といったところだろう。五人全員が、先程戦った警備の者達とは異質だった。

 少年もその気配に気が付いたらしく、気を引き締める。

 両者共に睨み合っていると、階段の裏側にある扉から、黒スーツの男達が大勢出てきた。彼等は部屋の周囲をぐるりと取り囲むようにして並び、少年の逃げ道は完全に塞がれた。

 五人のうち向かって左から二番目にいる女が言った。

「大丈夫よ、彼等はただ出口を塞ぐための壁に過ぎないわ。坊やの相手はあたし達五人だけよ」

 少年は腰に手をやった。

 そして掴んだのは“哀の仮面”。目尻の垂れ下がった覗き穴と、涙に見立ててはめ込まれた深緑の鉱石が特徴的だった。

「あら? 素敵な仮面……欲しいわぁ」

 女が口元に笑みを浮かべた。

 哀の仮面。それは、(いくさ)から帰らぬ恋人の帰りを待ち焦がれた踊り子の悲しみが宿った仮面。戦から戻ったら二人でまた踊ろうと、そう約束してから踊り子は待ち続けた。

 そう、一人寂しく踊り続けて待った。

 幾年の時が過ぎ、それでも彼は帰らない。

 けれども踊りは止まらない。彼の好きだったステップを踏んで、ただただ帰りを信じて待つのみ。

 哀の仮面。それは、踊り子の儚い願いが込められた仮面。

 それを顔に貼り付け、少年は走り出した。五人組の待ち受ける階段へと。

 同時に五人組も走り出していた。

 お互いの距離が一気に詰まった時、右端にいた一番小柄な男が二本のナイフを突き出してきた。

 止まることなくそのナイフを短剣で受けた後は、少年と小男による激しい攻防戦へと突入した。

 獅子の爪や牙の如く、荒々しくも力強く振られるナイフに対し、少年の動きはまさに剣技。その眼に焼き付くほどの華麗さはまるで舞踊。

 揺れるように刃を避ける身体の動きはしなやかに。間合いを計る足取りは軽やかに。

 二人の短剣とナイフが奏でる金属音はいつしか一定のリズムをとっていて、それは例えるならば二人の舞踊曲。

 小男は焦っていた。

 一定のリズムで攻撃しているのではない。攻撃させられている。少年の動き全てが、男のナイフの軌道を作り上げているかのように誘い込んでいた。

 少年が見せた隙を狙いナイフを振るうが、実はそれは罠で、男のナイフ術はただ遊ばれているだけだった。

「あら、ツインジャックが苦戦するなんて珍しいわね」

 様子見とばかりに二人の戦いを傍観していた四人のうち、女が言った。

「あの子供、強いな。それに戦い方が踊りのようだ」

 隣にいた痩せ男が答えると、女が再び言った。

「そう、踊りね。しかもツインジャックが踊らされているようだわ」

 そんな会話が交わされている間に、少年の動きの中で一際早い一閃があった。

 その直後、小男の手からナイフが転がり落ちた。

 しかし、落ちたのはナイフだけではない。小男の右手、左手共に五指が消えていた。

 一瞬の出来事に、小男が自分の手の異変に気がつくのに数秒を要した。

 そして指を失ったのだと認識した瞬間に、その顔は一気に青くなり、周りから傍観していた彼の仲間も目を丸くした。

「うあああぁぁぁぁぁきさまああああぁぁぁぁ!」

 叫びはそう長くは続かなかった。

 少年は、先程の優雅な動きから一変して、情熱的なステップと短剣捌きで小男の体を切り刻んでゆく。

 倒れる小男。

 それと同時に、残りの四人が一斉に飛び掛ってきた。

 棍棒を携えた大柄の男が、その武器を豪快に振るう。

 両膝を抱えるようにして跳んだ少年の体は、棍棒の上に乗って大男の周りを回った。

 その少年の背後から、長髪隻眼の男が刀を振り抜いた。

 さらに跳んでかわし、長髪男の背後へと着地する。

 そして一直線にダッシュ。二人の間を駆け抜けるようにして短剣を振るう。

 しかし、素早く距離をとってそれを二人はかわした。

 少年は狙いを定めた。まずは大男から。少年は大男の避けた方へと進み続け、縦に振り下ろされた棍棒の数センチ横を抜け、短剣を前方に突き出す。

 狙いは彼の横腹。

 しかし、それに気が付いた大男はとっさに左腕を突き出した。

 太く、たくましい腕に飲み込まれた短剣。

 そのまま大男が拳を握り締めた。筋肉の圧力により、腕に刺さった短剣は抜けない。

 このまま短剣を放してしまおう。そう思った少年の一瞬の隙を長髪男は見逃すことなく、手にした刀で横一文字を描いた。

 それを少年がもう片方の短剣で受け止めると、正面にいる大男が空いている拳を固めた。

 両手が塞がった少年の身体目掛けて、岩のような拳骨が突進する。

 少年の身体は数メートル吹き飛んで、床に叩き付けられた。胸を圧迫されるような衝撃が、呼吸を困難にする。

 しかし、それでもすぐに体勢を整える少年。

 だが、突然背後から腕が伸びてきて、少年を羽交い締めにした。

「捕まえたわよ、坊や」

 微笑する女は、甘い匂いを放ちながら言った。

 正面からは長髪男が突っ込んできていた。刀を再び鞘に納め、腰にあてがい、居合の構えをとっている。

 瞬間的に身を前傾させた少年は、その溜めを利用し、一気に後方へ頭突きを繰り出した。

 頭飾りがジャラリと音をたてながら、女の鼻を強打する。

 羽交い締めが解け、少年は長髪男に向かい合って走り出した。

 少年と長髪男の間合いが詰まり、制空圏が触れ合った瞬間、二筋の刃の軌道が交差した。

 噴き出す鮮血。刃の転がる音が鳴り響く。

 まるで水の満ちたバケツに穴が空いたように、全身の力が抜けていく感覚に襲われているのは当然敗者。

 大量の血だまりの中に倒れたのは、長髪男だった。

 少年が後ろを振り向くと、血に濡れた屍を見つめる女は、その視線をすぐに少年に戻した。

 女が自分の鼻を押さえると、ぬるぬるした液体が女の指先に付着していた。

 美しかった女の顔の、その中央に位置していた鼻が右に曲がっており、鼻血で汚れていた。女がその鼻を強引に正面へと戻すと、耳障りな音がした。

「許さないわ……こんな顔じゃ表を歩けないじゃない。だからあなたの仮面をちょうだい。顔を隠したいのよ」

 怒りで震える声。

 少年はじっと女を見つめた。

「そう、仮面をちょうだい…………坊やの首付きで」

 女が両手で大きな鎌を持ち、ものすごい速さで間合いを詰めてきた。

 先程の男達よりも速い。

 掲げられた三日月形の刃は、少年の真上から一直線に振り下ろされた。

 間一髪で右に避けると同時に、短剣を振る。

 しかし届かない。女は距離をとっていた。

 少年は残り二人の男が気になっていた。この女は強い。もし女だけに気を取られていたら、きっと死角から男達が攻めてくるだろう。そしてそれを避けられる自信はない。

 この屋敷に攻め込んで、少年は初めて緊迫した。

「ここだよ」

 背後からの声。

 すばやく振り向くと、そこには誰もいない。いや、見えない。

 だが気配は確かに感じられた。

 そして、すぐ側まで迫っていた女の殺気にもその時気が付いた。

「余所見は駄目よ」

 女の姿を確認する間もなく、両足で思いっきり跳び上がり前方宙返りをする少年。回る少年の身体の僅か数センチ下を、大鎌が掠めていった。

 そして宙返りして初めて、先程の男の声がどこから聞こえてきたのかを理解した。

 それは自分の影。少年が飛びあがったときに、大きさの変わらぬ自分の影を見て気がついた。

 全身黒い服を着た痩せ男が、床にべったりと這いつくばり、少年の影と重なっていたようだ。

 いつからそこにいたのか。少年はずっと気がつかなかった。

 まさか先程の戦闘中にも気付かれぬように、影に潜んでいたというのか。

 その時少年は思い出した。昔、自分達の住む地にやってきた旅人の話を。

 この広い世界には、影に住まう者がいるという。呼吸を消し、黒に染まる術を心得た者がいるという。

 床に着地した少年は、女の鎌がすぐ側に来ていることを感じ取り、すぐに短剣でガードした。だが、激しい音と共に少年の身体は飛ばされた。

 その際、宙を舞う自分の影目掛けて短剣を投げつけると、黒の中から赤が滲み出してきた。

「ぐっ! ちくしょう、気付かれた!」

 右肩を押さえて立ち上がる痩せ男。

 猫のように身を丸めて床に着地した少年は、とっさに短剣を背後に向けて突いた。

 実はそこには大男が接近しており、彼の左膝に短剣が食い込んでいた。

 苦痛に顔を歪めながら膝を折る大男。

 そしてその立てた膝を踏み台にして、少年は大男と同じ目線の高さまで跳びあがり、短剣を大男の首に突き刺した。寸分の狂いもなく、その刃は頚動脈を貫く。

 刃を引き抜かれた瞬間に、大男はその大きな手の平で首の傷口を塞いだが、それでもなお血は溢れ続ける。

 指と指の間から噴き出る血液。

 大男は徐々に自分の意識が朦朧としていくことが感じ取れた。

 霞む景色の中で、褐色肌の人物が背を向けているのが見える。

 大男は思った。

 少年は、敵の死を確信しているから背を向けている。悔しいものだ、自分の半分も生きていない少年に殺されるというのは。長い時間の中で培ってきた技術、積み上げてきた経験と実績、築き上げた自分という人生が、たったの一突きで消えてしまう。

 大男がそこまで考えた頃には、彼は完全にその意識を手放していた。

 大男の倒れる音が響く中、少年は駆け出していた。

 向かいにはあの女が大鎌を携えて立っている。

 走る少年の足は、次第に女の周りを周回し始めた。

 迂闊に飛び込めない。むしろ飛び込もうとしても、それをさせてもらえない。女から放たれている威圧感は、そういうものだった。

 そしてまた気になることが一つ。

 再び痩せ男が姿を消していたのだ。

 どこにいるのかと考えている間に、女がすぐ傍まで迫ってきていた。

 大鎌の鋭い斬撃。

 少年の胸板に一筋の赤いライン。そこから血が滴り落ちる。

 さらに連続での猛攻撃。

 とても女性が振り回せるようには思えないほどの重量武器なのに、その連続攻撃のスピードは異常に速かった。 

 避けることで精一杯な少年に、女が高笑いをしてから言った。

「ほぉら! 気をつけないと身体が二つになっちゃうわよ!」

 女との戦いでは、少年のペースが乱されていた。

 何かきっかけが欲しかった。たった一つのきっかけさえあれば、踊り子の動きは決して女を逃がしたりはしない。

 ふと、床に垂れている血痕に気がついた少年。自分の血だろうか。

 しかし、少年はその血が自分のものではないことに気がついた。

 そして、一つの案が思いついた。

 少年は全速力で壁際まで走る。

 そこに待ち構えていたのは、出口を塞ぐ役割を果たしながら戦いを見届けていた黒スーツの男達。

 その群集の中へと身を投じた少年は、更にその中を駆け巡る。

 騒ぎ出す黒スーツの男達。そして女は少年を追って、その人混みを片っ端から切り払っていった。その光景は芝刈りさながらだった。

 一気に部屋中に満ちる悲鳴と血の匂い。

 飛び散る肉片残骸。

 だが、それらと一緒に跳んだものがあった。

「坊やは!?」

 女が切り飛ばした男達に身を隠しながら、少年は女の背後へと移っていた。

 すぐさま右手の短剣を高く振り上げる少年。

 しかし、まるでそれを見越していたかのように鎌を振り回す女。

「そんなことだろうと思ったわよ!」

 女を中心として、綺麗な弧を描く大鎌。

 それを素早く屈んでかわした少年を見て、女は自分が優勢にあることを感じ取った。

「無駄よ。そんな小細工であたしの目から逃げられると思ってるの?」

 女が見下ろした少年は、手にして高々と掲げていた短剣を半分以上も深く床に突き立てていた。

 しかし、それは床ではなかった。

 短剣が突き立てられた場所には女の影が、否、女の影に身を潜めていた痩せ男がいた。

 先ほど床に垂れていた血は彼の血。少年はそれを見て男の居場所を突き止めた。

 数分前に痩せ男の肩に刺さった片方の短剣を少年が引き抜くと、苦しそうにもがく男の肩からは血液が噴きあがった。

 唐突な出来事に、一瞬だけ男を見る女。

「まさか、これが狙い……?」

 少年はその一瞬が欲しかった。

 目の前の女に速攻で仕掛ける。

 少年と女の距離は息が触れ合うほど。

 この至近距離を有利とするのは、大型武器の女か、短剣を構えた少年か。答えは一目瞭然だった。

 女が鎌を振ろうと僅かに動きを見せた時、少年の動きは迅速に、的確に、抜群のタイミングで執行された。

 襲い来る刃の猛襲は、まるで機関銃だ。休む間もなく斬り続ける少年。

 飛び散る血しぶき、乱れるドレス、女の姿はみるみる痛々しくなっていく。

 最後、女が遂に膝を落とした。

 少年と女の目線が同じ高さになる。

 そして女は言った。

「坊や……顔だけは傷つけないでくれないかしら?」

 短剣二本が、女の細く白い首を挟み、そして切り落とした。

 せめてもの情けか、それとも単なる気まぐれか、女の願いは叶えられた。

 そして仮面を外した少年は歩き出し、無表情で階段裏側にある木製の扉を潜り抜けていった。

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