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超記憶症候群の彼と、記憶を売る彼女

超記憶症候群の彼と、記憶を売る彼女

作者: 白凪しおり
掲載日:2026/10/22


『記憶売りが訪れた、奇跡の夜』


この国に古くから伝わる御伽噺(おとぎばなし)。


老人から子供まで、知らない者はいない。


——むかしむかしのことだった。


森の奥深くに、温かみのある木造の小さな家があった。


そこでは老夫婦が二人、仲良く暮らしていた。


幸せな日々が長く続いていたが、

ある日老婆が"記憶の霧"を発症してしまう。


記憶の霧——年老いた者が発症する。

昔のことは鮮やかに思い出せるが、

最近の記憶を維持することができない。


老婆を愛していた老爺は、

ひどく悲しんだ。


涙に明け暮れる日々が続いていた、ある夜。


その小さな家に"記憶売り"が訪れた。


「記憶を買いませんか?

いえ、正確には……記憶ではなくて

その瞬間の感情を」


老爺は藁にもすがる思いで記憶を買った。


「これは"出会えた喜び"の雫です。

このまま飲むもよし、

飲み物に混ぜるもよし、

お好きにどうぞ」


老爺は「ありがとうございます」と礼を言うと、部屋の奥から金の棒を引っ張り出してきて、

記憶売りに差し出した。


記憶売りは、老爺の目元にチラリと視線をやる。


「私はこういった物を、いただきません。

その代わり、あなたの悲しみの涙をいただきましょう」


そう言って老爺の額に、

人差し指で触れる。


急に触れられたことで驚いた老爺は目を閉じた。


次に老爺が目を開けた時には、

悲しみと共に記憶売りの姿も消えていた。


だが、手には少量の液体の入った

ガラスの小瓶は確かに残されていた。


老爺はさっそく、老婆にそれを飲ませた。

思い出の紅茶と共に——。


「マーガレット、美味しいかい?」


老爺は目尻を下げて、

老婆に微笑む。


「えぇ、とっても……」


老婆はしばらく紅茶の赤色を見つめ、

震える手でティーカップを持っていた。


ふと顔を上げると、

老爺の方をじっと見つめた。


「ローレンス……」


老爺は目を見開き、何度も頷く。


「あぁ、あぁ。そうだよ。

ローレンスだ。私はローレンスだよ!マーガレット!」


「いやねぇ、何度も言わなくても分かるわよ、

おかしな人、ふふふ」


そこにはあの日のマーガレットがいた。


老爺は老婆の手を取る。


「僕は死ぬまでずっと変わらず、

君を愛している」


老婆は、老爺に包み込まれた左手の上に、

そっと自分の右手を添えた。


「……真実の愛はいつまでも、ここに」


束の間の幸せ。


老婆は呟く。


「なんだか大切な気持ちを

思い出した気がするわ。

それが何だかわからないけれど……」


その言葉に老爺は微笑んだ。


「おしまい」


「……ありがとう、お姉ちゃん。

絵本、読んでくれて」


「いいのよ、今日の具合はどう?」


「お姉ちゃんの顔は、輪郭がぼんやりは見えるよ。

でも、細かいところまでは見えない」


「……そう。昨日と同じくらいかな?」


「うん」


ローズマリーの妹アイリスは、

魔獣の毒を浴びて、視力が少しずつ失われていっている。


「ちょっと出かけてくるね。

すぐに帰るから」


そう告げると、ローズマリーは家を後にした。


御伽噺にあるように、

この国には"記憶売り"がいる。


実際は、国の監視下に置かれ、

免許を取得している魔術師のみが施せる魔術だ。


「やあ、ロージー」


通りを抜けた先の噴水広場で、

幼馴染のヘリオトロープが、

声をかけてきた。


彼は広場で、手作りのアクセサリーを売っている。


「ヘリオ!今日も売れてる?」


「あぁ。そこそこな」


ローズマリーは、

並べられた手作りアクセサリーを

端から端までじっくりと見ていった。


「とっても綺麗。

いつ見てもヘリオの作るアクセサリーは

どれも素敵ね」


「ありがとう。

色んな思い出を形にしてるんだ……」


ヘリオトロープは、

手元にある向日葵モチーフの栞を、

彼女の手にそっと握らせた。


「え!向日葵!

私が一番好きな花よ。

よく分かったわね」


「……昨日やっぱり行ったんだな。

今日も行くのか?」


噴水広場に冷たい風が吹き抜け、

ローズマリーの赤髪が頬に張り付いた。


「えぇ。記憶を売って、

アイリスの手術代を貯めなきゃ」


彼女はそう答えると、なんてことないとでもいうように肩をすくめてみせた。


その様子を見た彼は、

手作りアクセサリーが並ぶ机の下で

グッと拳を握りしめる。


「俺が君に、楽しい時間や

幸せな時間をあげられたら、

それだけ早く手術代を貯められるよね?」


「えっ、でもそのためだけに

ヘリオに付き合わせるのも悪いわ」


「そんなの、もう巻き込まれてるでしょ?

ロージー、昨日俺に向日葵が好きだって

あんなに楽しそうに話してくれた記憶……

売っちゃったんでしょ?」


「あ……ご、ごめんなさい」


「いいよ。君が記憶を売る分だけ、

俺が全部覚えておいてあげるから」


彼は優しく微笑むと

小指を彼女の目の前に突き出した。


「んっ!約束。

まずは次の休みの朝に迎えに行くよ!

あっ、この記憶は売るなよ?」


意地悪そうに目を細めて笑う彼に、

彼女もくすくすと笑った。


小指を絡ませた後、

彼女は今日も魔術師の元へと向かう。


森の奥。


木造の家と森が融合したような

神秘的な大きな屋敷。


そこが、この国でも有名な魔術師バーベインの棲み家だ。


玄関の周りを蛍のような

淡い黄色の灯りがふわふわと漂っている。


その灯りは、体に触れるとフッと消えてはまた、近くの植物から湧き出てきた。


コンコンコン……。


植物の蔓があしらわれた

ドアノッカーを叩くと

少し掠れた低い声が返ってきた。


「どうぞ……」


ギィィ。


重厚なドアを開けると、

この国では珍しい長く伸ばした黒髪を後ろで一つにまとめ、

右目にモノクルをつけている男性がこちらを見つめていた。


「おや。今日も来られたのですか?

連続の記憶売りはあまりお勧めしていないのですが」


「す、すみません。

どうしても、入り用で……」


バッと頭を下げるローズマリーに、

バーベインは近くのソファを

長く美しい指で指し、座るように促した。


「ふーむ。

一つ、記憶売りにまつわるお話をして差し上げましょう。

それでも記憶を売るなら

……仕方ありません。」


ポツ、ポツポツ……。


雨粒が窓にぶつかる音が響く。


開いた窓の隙間から、

ぬるい風が入り込むと、

バーベインはパチンと指を鳴らした。


その瞬間、窓がピシャリと閉まった。


「あるところに、

何でもかんでも奪う男がいたんだ」


——その日、男はバーで景気よく飲んでいた。


彼の名は、ジョンとしよう。


人から奪ったもので、

毎日彼は贅沢三昧。


いつものようにカウンター席に座る。


隣に彼女が座るまでは、

いつもの日常だった。


「アブサンとチェリーブランデーとコーラを使ったネメシスというカクテルは作れますか?」


ジョンが声のする方に顔を向けると

サラリと流れる亜麻色の髪を右手で左耳にかけながら、

美しい女性が真っ直ぐな視線をマスターに向けていた。


「見た目に似合わず、ずいぶんと個性的な酒を頼むんだな」


女性はゆっくりと振り向く。


すると赤い口紅(ルージュ)を引いた唇を、

左右対称に吊り上げ、にっこりと笑みを形作った。


「……これしか飲めなくて」


そう言って、伏し目がちに

マスターからお酒を受け取る彼女の耳で、

天秤モチーフのピアスが揺れた。


「俺はジョン。あんたは?」


ゆっくりとカクテルを口に含んだ彼女は、

ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。


「私は、ジェーンよ」


恋に落ちるのは一瞬だった。


だが、ジェーンはミステリアスな女性だった。


ジョンは、ジェーンの多くのことを知らなかった。


それでも共に過ごす時間は濃く幸せなものだった。


運命の日はやってくる。


ジョンの誕生日。


ジェーンは手作りの小さなケーキを、

お祝いにとプレゼントした。


そのケーキは少し歪な形をしていて、

決して完璧な物ではなかったが、

ジョンは瞳を潤ませるほど喜んだ。


何も持たない自分が、

奪うこと以外で初めて人から

贈られたものに感動しているようだった。


ジョンは必死にその涙を隠そうとしていたが、

黒い前髪の隙間から潤んだ瞳が覗いていた。


ジェーンはその瞳を見て、

唇を少し噛んだ。


「ありがとう、本当に。

いただきます」


一口、また一口。


ケーキを食べ終えると同時に、

ジョンは胸を引き裂かれるような苦しみに襲われた。


ジョンの顔は、まるで大切な何かを奪われたような人の顔をしていた。


「奪われる人の気持ち、分かったかしら?

私の兄を破産させたこと、許さない」


ジョンは、ジェーンを見つめたまま胸を押さえ続けている。


ジェーンは、ジョンのもう片方の手を取り、

その手の中に合鍵を返却すると、

彼の手の甲に大粒の涙を一粒こぼしながら告げた。


「こんなに憎いのに、どうしてかしら。

あなたと過ごした日々が、私を惑わせるの。

さようなら、馬鹿な人。

さようなら、まやかしの私」


ジェーンは闇に姿を消した。


ジョンは、愛するジェーンを失った記憶を売ろうとも考えた。


だが、彼はそうしなかった——。


「これが僕のお話。

君が何を感じたかは自由だけど、

君の売る記憶が人を幸せにも

不幸にもすることを忘れないでほしい。

さぁ、どうする?今日も記憶を売るのかい?」


「……お話してくれてありがとうございます。

でも、私は目的を達成するまで

記憶を売り続けなければならないんです」


バーベインはため息を一つ吐いた。


「では、どの記憶を売りますか?

最近、貴族のご令嬢には

好きな人ができた時の感情や

告白された時の幸せなど

恋愛関連のものが人気で高く売れています。

貴族のご令嬢は、恋せず政略結婚することが多いですからね」


そう言いながら、

人差し指で空中にくるりと小さく円を描くと、

ローズマリーの座るソファの前のテーブルに紅茶がポンッと現れた。


バーベインは続けて言う。


「昨日も言ったけど、

売った記憶は貴方の中からぽっかり消えるよ。

でも貴方の記憶自体は僕にも見えないし、

もちろんお客様にも見えない。

ただその記憶の中にある感情を抽出して

ポーションにするだけだから安心して?」


ローズマリーは、出された紅茶を手に取り一口飲む。


蜂蜜の甘さがふんわりと口の中に広がり、

アカシアの花の香りが鼻に抜けた。


「売りたい記憶、決まりました」


そう答えると、ローズマリーは目を閉じた。


バーベインはそっと、彼女の額に指で触れる。


彼女が目を開けた時には、

小さな瓶はバーベインの手のひらの中に収まっていた。


チャリン。


「今回の記憶は、

銀貨一枚と銅貨二枚だ」


ローズマリーは、

ぺこりと頭を下げて、

お屋敷の扉を出ていく。


「ごひいきに〜。

……と言いたいところですが、

彼女、これから毎日来るのではないでしょうね。

困ったものです」


「ワンッ」


それまで息を潜めていたのか、どこからともなく

バーベインの足元に子犬がくるくるとまとわりついてきた。


「フィド。

おいで、良い子だ」


バーベインは、子犬の頭を撫でながらぽつりと呟いた。


「亜麻色の乙女も、

いつかここを見つけてくれるかな?」


窓には雨粒が静かに流れていた。


———


翌朝。


コンコンコン……。


ガチャリ。


玄関のドアを開けると、

そこにはワンピースを身に纏ったローズマリーの姿があった。


「ロージー、おはよう。

約束守ってくれたんだ?」


ローズマリーは、ヘリオトロープを

キッと睨みつけた。


「ちょっと!私をなんだと思ってるのよ!?

失礼ね」


そう言って目が合うと、自然と笑い合う。


いつもの風景だ。


「今日は少し海の方へ行こう」


ヘリオトロープは、彼女に手を差し伸べる。


彼の手と顔を交互に見つめるローズマリーに気付くと、彼は言った。


「手、繋がないの?」


耳をほんのりと色付けた彼は、

目を逸らしてはいるものの、

差し出された手はそのままだ。


それに呼応するように、

ローズマリーの耳もほんのりと熱を持つ。


ギュッと握り返した手の冷たさが、

緊張を物語っていた。


「なんかいつものヘリオじゃないみたい……」


「んなっ!?変なこと言うなよな!」


「だっ、だって。

なんかかっこいいんだもん」


「……ぐぁあああ!!!

頼むから、君はもう喋らないでくれ!」


繋いだ手をギュッと握りしめると、

彼は潮風の吹いてくる方へと足早に歩いた。


ザザーーン……ザザーーン……。


波の音が二人を包み込む。


青い海の中に、白い波が模様を描く。


白い砂浜には、

流れ着いた貝殻があちらこちらに顔を出している。


淡いピンクパールの貝殻が、

太陽の光を跳ね返してきらりと輝く。


肺いっぱいに空気を吸い込む。

そして、手を額に翳して、目を細める。


海鳥の鳴き声が、

二人をどこか遠くに連れ出してくれたような気がした。

その不思議な感覚に、ローズマリーは、眩暈を覚えた。


「これを見せたかったんだ、君に」


照れくさそうに笑う彼に、

ローズマリーは心を痛めた。


「……ありがとう」


そしてはしゃいで波を蹴りに行く彼の背中に呟いた。


「ごめんね」その言葉は波にかき消された。


それからも、ヘリオトロープは

ローズマリーを誘い、

思いつく限りの"記憶のストック作り"をした。


目標の金貨50枚は、すぐに貯まった。


「なぁ、ロージー。

君は、俺と、その、過ごしてきて……

どう思った?」


突然の彼からの質問に

ローズマリーは目を丸くする。


「あー、ごめん。

最近の俺との記憶は全部売っちまってるんだよな?」


ヘリオトロープは、ガシガシとダークグリーンの髪を掻いた。


「……うん。ごめん」


ローズマリーは申し訳なさそうに、

俯いた。


二人で寄りかかっていた大きな木の葉っぱが、

サワサワと音を立てて沈黙を埋めていく。


「ロージー。

俺は、好きだよ。君のこと」


木漏れ日の下に、

不意に強い光が射した。


強い風で捲られた木々の葉の隙間から、

太陽がこちらを覗く。


ローズマリーの表情は、

その光に照らされてよく見えない。


「……嬉しい。

けど……」


「……けど?」


「この幸せな気持ち!

絶対ご令嬢たちが気にいるわ!

高く売れるって言ってた」


「は?目標の金貨50枚は貯まっただろ!?」


ヘリオトロープの声は裏返る。


「それが……最近麻酔に使われてる

薬草が高騰してて

手術代が上がったって言われたの」


ローズマリーは、木漏れ日の射す、

木々の天井を見上げた。


「だから、ごめんね。

売ってきてもいい?」


「俺の愛の告白は

集金システムじゃないんだが。

まあいいさ、何度でも告白してやるよ」


それから、何度目かの告白。


その日も木漏れ日の中の大きな木の下で、

二人で木の幹に寄りかかっていた。


「なぁ、ロージー。

俺はずっと君と過ごしてきて、

すごく楽しかった。

俺は好きだよ、君のこと」


「……嬉しい」


「……」


木々の隙間から、

またローズマリーの顔に光が射し、

逆光で表情がよく見えない。


「ロージー?」


「……っ」


「泣いてるの?ロージー?」


ローズマリーの頬に手を伸ばすと、

涙が指先を濡らした。


「う、嬉しくて。

なんだか涙が溢れちゃった」


「売りに行かないのか?この記憶」


「……売らないよ」


「でも、あと少しで貯まるのに」


ヘリオトロープは、困惑して彼女の顔を覗き込み視線を揺らした。


「売っちゃいけない気がするの。

前にもこんなこと、あった?」


バサバサバサッ……。


白い鳥が一斉に空を舞う。


ローズマリーの唇は、

しばしの間、彼に塞がれた。


ローズマリーの肩に置かれた、ヘリオトロープの手がそっと離れる。


「ヘリオ……?」


「ごめん、俺。

君の気持ち、知ってるから……。

フライングしちゃった」


真っ赤なりんごのように染まった彼女は、

両手で顔を覆い隠す。


「で、この記憶は売るわけ?」


「う、売りませんっ!」


ローズマリーは、ポカポカと

ヘリオトロープの胸板を叩く。


だが、しばらくすると

ピタリと手を止めた。


「……売ってきたら、

もう一回、してくれますか?」


名案を思いついたかのような表情で、

ヘリオトロープを見上げるローズマリー。


彼は片手で顔を覆い隠し、

声にならない声をあげた。


「……っ!」


「じょ、冗談だよ?

ヘリオ、ごめん」


首元までみるみる赤く染まっていく彼を見て、彼女はオロオロと慌てた。


———


最近人気の小説がある。


記憶を売る少女と超記憶症候群の少年の恋物語。


実話に基づいたその話は、作者不明のままである。


さらに小説の収入の一部が、寄付されることもあり、

たちまち貴族のご令嬢たちの間でブームとなった。


ご令嬢たちの心を射抜いたのは、

超記憶症候群の少年が、

少女が告白の記憶を売るたびに、

告白をする理由であった。


超記憶症候群の彼は、

何度告白しても、

たったの一度もその記憶を売らなかった。


何度も新鮮に驚き、

喜んでくれる彼女の表情を、

彼女の笑顔を、

彼女との思い出の一つ一つを、

どんなに重複しても、

どれ一つとして売り渡さない。


全ての瞬間の彼女を、俺は独占したい。


そんな彼の愛が、話題を呼んだ。


「いらっしゃいませ。

重版されましたよ!

どうぞ、"アイビーは、あの日の海を忘れない"」


ヘリオトロープは、

噴水広場の一角で、手作りアクセサリーと

小説を売っていた。


「ヘリオお兄ちゃん。

私にも一冊くださいな」


「お!アイリス!

本当に良かったな!

目、治って」


「うん、ロージーお姉ちゃんのおかげ。

あと、ヘリオお兄ちゃんも」


「え」


本を渡そうとしている彼の手が止まる。


アイリスは、眩しそうに目を細めて笑い、

その本を受け取ろうと手を伸ばした。


「この本って、ロージーお姉ちゃんも

内容知ってるの?

お姉ちゃん顔真っ赤になりそうだね、ふふっ」


その言葉を聞いたヘリオトロープは、

受け渡している本を持つ手に

グッと力を入れた。


「これは作り話なの!

なんか知らねぇけど、勝手に実話ってことになってんだよ」


彼の目は、誰が見ても完璧に泳いでいた。


「ふふふっ、分かった。

ロージーお姉ちゃんに見つからないように

こっそり隠れて読むわ!

アイビーお兄ちゃん?ふふふっ」


「おいっ!言った意味分かってんのかぁ〜!?」


ヘリオトロープは、

元気に走り去っていくアイリスの背中を見送りながら、フッと笑った。


「俺の口から全部伝えるから。

…………待ってろよ、愛しのロージー」


噴水広場を吹き抜ける冷たい風が、

彼の頬の熱さを思い知らせる。


ふと、手作りアクセサリーの横に積んでいる本に目を落とす。


くすぐったい頬を誤魔化すように、

人差し指でその頬を掻いた。


「何を待ってたらいいの?

……愛しのヘリオ」


目線を上げた先には、

夕暮れを背中にしたローズマリーがいた。


辺り一帯を、夕暮れの赤が染め上げる。


紡いだ言葉は、甘く彼女の耳の中で溶けた。



最後までお読みくださり、ありがとうございました。

今作品は、お花がたくさん登場します。

花言葉を調べてみるのも楽しいかもしれません。

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