はじめての……
眷属として迎えられた初日のことだった。
吸血鬼サマの私室は、魔石と呼ばれる淡い紫光だけが揺らめく薄暗い空間だった。
厚い緞帳が陽光を完全に遮り、永遠の夜が閉じ込められているようにも思えた。
黒檀の椅子に深く腰を下ろした吸血鬼サマは、漆黒のドレスを纏い、銀灰色の長い髪を指先でくるくると弄んでいる。
ワインレッドの瞳が、連れて来れたばかりのハイリを冷たく、そして甘く見下ろす。
「跪け」
一言。
言葉は氷のように冷たい。
「は、はいっ……!」
ハイリは言われるがままに、両膝を冷たい石床につける。
「……名前」
「え?」
「名を聞いているのだ」
「あ、ハイリ…っ。コウラ・ハイリです! こ、この度は吸血鬼サマの眷属に選ばれて……」
口の中が急速に乾いていく。それでも、ハイリは早口に教えられた通りの言葉を口にしていた。
「うるさい、御託はいい」
「すみません……」
吸血鬼サマはゆっくりと右足を前に差し出した。
素足。
白磁のように滑らかで、薄い青い血管が透けて見えるその足は、吸血鬼特有の冷たさを湛えながらも、妖しく艶やかに輝いていた。
爪は淡い桜色に染まり、完璧なアーチを描く土踏まずが、淡い光を柔らかく受け止めている。
一見すれば、人間と何ら変わらない形である。
「足を舐めろ」
吸血鬼サマの声色は静かだった。だが、有無を言わせぬ圧がある。
「へ……? あ、は、はい……」
ハイリはただ頷くことしか出来なかった。
主の言葉は絶対だ。それが、眷属としての役目――。
ハイリは息を飲み、ゆっくりと差し出された素足に顔を近づける。
甘い花蜜のような、しかしどこか鉄の香りを孕んだ独特の匂いが鼻腔をくすぐった。
吸血鬼の体臭――それだけで頭がぼんやりと痺れるような感覚が走る。
「で……では失礼します……」
最初に唇を寄せたのは、足の甲だった。
冷たい。
けれど、舌を這わせた瞬間、表面の滑らかな肌が舌に吸い付くように感じられた。
ゆっくりと音を立てないように舌を動かすと、淡い塩のような味と、甘く濃厚な味わいが口腔内へと広がっていく。
ハイリは一心不乱に舌を往復させ、主の許しが出るまで、甲の中央をねっとりと舐め上げていく。
唾液が足の表面を濡らし、魔石の紫光をうっすらと弾いている。
「ん……も、もっと丁寧に。爪の間までしてみろ」
吸血鬼サマの声がわずかに低くなり、甘くかすれた。
「はい……仰せのままに……」
ハイリは従順に顔を下げ、親指の爪の根元に舌先を滑り込ませていく。
「ひゃっ……!」
頭上から小さな悲鳴のような声が聞こえたが、聞こえない振りをした。
爪と肉のわずかな隙間に舌を押しつけ、ねぶるように舐め回していく。
親指が終われば、人差し指。そこが終わればまたその隣……。
湿った息遣いと、小さな水音が部屋を満たしていく。
ハイリは舌をヤスリのようにして、一本一本丹念に爪の表面を舌全体で磨き上げていく。
「あぅっ……ぁ、あっ……」
吸血鬼サマの足指がわずかに動き、縦横無尽に這い回る舌を軽く小突いた。
その刺激に、ハイリはえずいてしまう。
「そこはもういいっ……! 次だ、次っ……!」
「は、いっ!」
命じられるがままに、次に土踏まずへとターゲットを変える。
ハイリは一度大きく息を吸うと、舌をべっ、と大きく出して、アーチの曲線をなぞっていく。
「うぁッ!? ひゃンっ!!」
冷たい足の裏が唾液の熱でぬるぬるに濡れていく。塗った唾液を乾かすように、ハイリはふぅっと鼻息も吐息も吹きかけていく。
舌先を丸くして筋をなぞり、全体を包み込むように舐め回す。
足の裏全体を、恋人の肌を愛撫するかのように、時間をかけて奉仕した。
「ふ…ぅ…あっま、まあ、まあだなっ……! んんッ……」
吸血鬼サマの足がぐっとハイリの顔に押しつけられた。
「うッ……」
吸血鬼サマの足が鼻と口を覆う。息苦しいがハイリは抵抗せず、吸血鬼サマの足置きに徹していく。
吸血鬼サマは足を離さず、ハイリの唇に爪先を優しく押し当てたまま、甘く囁いた。
「ほら……まだ左足が残っているだろう……」
眷属としての使命は、まだ始まったばかりだった。




