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「ねえ、隼人って、よくうちに来ていたの?」
「うん、ちょいちょい。手伝いっていうか、なんか気になってさ。いつもじゃなくて、たまにね。草むしりとか、重いものを動かすとか、その程度だったけど」
「そうだったんだ。ありがとね」
「おれは別に何もしてないって。春江さんが昼飯を作って食べさせてくれるから」
「ふうん、餌付けされていたわけだ」
「そう、独り身には助かるよ。そういやさ、中学のとき理科の実験でさ」
「薬品こぼして、机を焦がしたやつ?」
なんの脈絡もなく、中学生のときの思い出へと飛ぶ。話題があっちこっちへと、とっちらかるのは、隼人のわるいくせだ。
わたしは慣れているからいいけど、東京で働いていたときはどうだったんだろう。周りのひとに迷惑がられていなかったかしらね。
「あのとき、すごく怒られて泣いてたよね?」
「泣いてねえって」
隼人はムキになった。
「えー、うそ。ぜったい、泣いてたって。わたし、ちゃんと覚えてるもん」
「いーや、うそだ。泣いてねえだろ」
「いやいや、泣いてた」
そんなくだらないやりとりを三十分ほどしてから、
「また来る」
隼人は帰っていった。
※※※
夕方になると、ミンミンゼミが鳴きはじめた。
「もう、こんな時間」
気づくと、部屋は薄暗くなっていた。でも晩ご飯の準備をするまでには、まだ時間がある。隼人がたくさん野菜を置いていってくれたから、買い物に行く手間が省けたのだ。
続きから読もうと、わたしはごきげん通帳を手に取り、パラパラとページをめくった。
『四月十五日 こぶしの花が咲いた。わたしも負けておれん。ごきげん』
『五月三日 やっとコタツをしまった。来年もよろしくね、ごきげん』
『五月十二日 テレビの旅番組。行けないけど、きれいな海にごきげん』
『五月十五日 水道代が先月より安かった、ごきげん』
祖母は足腰が弱くなってから、遠出らしい外出はほとんどしなかった。それでも、テレビで旅番組を見ながら『ごきげん』と書いている。行けない体を嘆くのではなく、うれしいことしか書いていない。病で苦しくなかったの?
さらにページをめくる。ある日付に目がとまった。
『六月二十日 沙織ちゃんの異動が決まったと連絡。昇進にちがいない。一生懸命やったからだね。うれしくてごきげん』
他でもない、わたしの記録だった。
「おばあちゃん……」
その日付のところを何度も読み返した。
確かに、あのころのわたしは一生懸命だった。仕事に打ち込んでいた。でも、一生懸命やった結果うまくいかなくて、結局こうして田舎に戻ってきてしまったのだ。わたしがそっちに帰りたいとはじめて言ったとき、祖母はどんな気持ちで聞いていたのだろう。
今となっては、もう聞くことはできない。




