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絹乃峰、雪の午後

皆さん、こんにちは。


天照です。


今回は番外編の閑話として、雪の降る静かな午後を舞台に、美和さんの平屋で長火鉢を囲んだほのぼのとした時間を描いてみました。


ぬる燗の絹乃峰と、じんわり温まるつまみ、そして二人の小さな幸せなやり取り……。


激甘というより、ただただ「まったり幸せ」な感じを目指して書いています。


寒い季節にぴったりな、ほっこり温まるお話になっていれば嬉しいです。


どうぞ、ゆっくりお楽しみくださいね♪


(※全年齢向けに調整済みです。Bar風花本編をお読みでない方も、単独でお楽しみいただけます)



絹乃峰、雪の午後


 ある雪の降りしきる静かな午後、美和さんの平屋の和室は、ほのかに炭火の匂いが漂っていた。


 障子を少しだけ開けると、外はもうすっかり銀世界。


 庭の松の枝に重く積もった雪が、時折ぱらぱらと落ちては、さらさらと音を立てる。


 空からはまだ細かい雪が舞い続けていて、遠くの景色は白いベールに包まれているようだった。


 和室の中央には、長火鉢が置かれている。


 黒漆塗りの細長い胴に、灰が丁寧に盛られ、真ん中で赤く灯る炭が静かに息づいていた。


 五徳の上に小さな網をのせ、火鉢の縁には鉄の灰かきと熊手が添えられている。


 美和さんは紺の袷の着物を着て、長火鉢の片側に座布団を敷き、膝を寄せて座っていた。


 膝の上には薄い毛布をかけ、手には徳利と小さなぐい吞み。


 今日は特別に、赤名酒造の「絹乃峰 純米大吟醸 四拾」をぬるめの熱燗で楽しもうと準備していた。


 徳利に酒を入れ、湯煎でじんわりと温めていく。


 温度は人肌燗からぬる燗の境目、38〜40℃くらい。


 湯気が控えめに立ち、華やかな吟醸香がふわりと優しく広がる。


 「天ちゃん、こっちおいで。火、近い方が温かいよ」


 美和さんが小さく呼ぶと、隣でごろりと横になっていた天ちゃんが、のそりと起き上がった。


 男のくせに妙に猫っぽい動きで、長火鉢の向かい側にちょこんと正座する。


 今日は珍しく浴衣姿で、紺地に白の雪輪模様が入ったものをだらしなく着崩している。


 「雪、すごいね……」


 天ちゃんが障子の隙間から庭を眺めながら、ぽつりと言う。


 長火鉢の炭がぱちりと小さく音を立て、灰の上で赤い光が一瞬揺れた。


 美和さんはくすりと笑って、徳利を傾けた。


 「うん。こんな日は、動きたくなくなるよね。火鉢の火が、ちょうどいい」


 徳利から注がれたぬるめの熱燗は、ほんのり温かく、手に持つ徳利の底が心地よいぬくもり。


 湯気が優しく立ち、バナナやマスカットのようなフルーティーな香りが米の柔らかな旨味と混ざり、部屋に穏やかに広がる。


 美和さんが一口含むと、じんわりとした温かさが喉を通り、深いコクが広がり、後切れの良いキレが体を優しく温める。


 香りが熱で穏やかに開き、華やかさが際立つのに、刺激が少なくまろやか。


 「ぬるめのお燗にすると、香りがこんなに優しく開いて……体が芯からほぐれるね」


 美和さんが小さな籠から、今日のつまみを取り出す。


 剣先スルメ、鮭とば、ホタルイカの干物。


 それぞれを丁寧に網の上に並べていく。


 「まずはスルメからいこうか」


 天ちゃんが灰を軽くならしながら、網の上のスルメを箸でそっと返した。


 表面がじんわりと色づき始め、香ばしい匂いがふわりと立ち上る。


 ぱちぱちと小さな音がして、端が少し縮む。


 「いい匂い……」


 美和さんが目を細めて呟く。


 スルメがパリッと仕上がったところで、天ちゃんが箸でつまんで美和さんに差し出す。


 美和さんは小さく頷いて、受け取って一口。


 噛むたびに甘みが広がり、熱々のつまみとぬるめの熱燗の優しい温かさが心地よいコントラストを生む。


 次は鮭とば。


 天ちゃんが網の中央に置くと、すぐに脂がじゅわっと滲み出して、炭火に落ちて小さな煙が上がる。


 表面がカリッと香ばしくなったところで、天ちゃんが自分のぐい吞みにぬる燗を注ぎながら、鮭とばを一口サイズにちぎって美和さんに渡す。


 「熱いよ、気をつけて」


 美和さんがふーふーと息を吹きかけてから、ぱくり。

ジューシーな脂と鮭の旨味が口いっぱいに広がり、絹乃峰のまろやかなコクと穏やかなキレがそれを優しく包み込む。


 「これ、最高……ぬる燗の柔らかさが、脂を優しく溶かしてくれる」


 ホタルイカの干物は最後。


 小ぶりなのをそのまま網にのせると、すぐに内臓の甘い香りが漂う。


 天ちゃんが網を少し傾けて火の当たりを調整しながら、ぱちぱちと音を立てて炙る。


 皮がパリッと軽く焦げ目がついたところで、美和さんが徳利を傾け、ぬる燗を一口。


 「天ちゃん、これ」



 美和さんが炙り上がったホタルイカを箸でつまんで、天ちゃんの口元に。


 天ちゃんは少し照れたように口を開け、ぱくりと食べる。


 甘みがじんわりと広がって、ぬる燗のフルーティーな香りと相まって「ん……」と小さく声が漏れる。


 二人は交互に網を返し、炙りたてを分け合いながら、ゆっくりと杯を重ねていく。


 スルメの香ばしさ、鮭とばの脂のコク、ホタルイカの優しい甘み。


 どれも長火鉢の弱い火力でじっくり炙ったからこそ出る、深い味わい。


 絹乃峰 純米大吟醸 四拾のぬるめの熱燗は、華やかな香りを穏やかに保ちつつ、深いコクとすっきりした後味で、雪の冷たさと体を優しく温める絶妙なバランスを生む。


 つまみが一段落すると、美和さんが徳利を置いて、そっと天ちゃんの隣に寄り添った。


 天ちゃんは自然に腕を伸ばし、美和さんの肩を抱き寄せる。浴衣の袖が重なり、互いの体温がじんわりと伝わる。


 「もうちょっと、こうしてたい……」


 美和さんが囁くように言うと、天ちゃんは頷いて、彼女の髪に軽く頬を寄せた。


 長火鉢の炭がぱちぱちと小さな音を立て、湯気の残る徳利から甘い香りが漂う。


 天ちゃんの手が、美和さんの背中をゆっくり撫でる。


 着物の生地越しに、優しい圧が心地よい。


 美和さんは目を閉じて、その手に身を委ね、時折小さく息を吐く。


 「天ちゃんの手、温かい……」


 「美和さんの髪、いい匂いする」


 天ちゃんが耳元で囁くと、美和さんはくすくすと笑って、首を少し傾けた。


 天ちゃんは照れ隠しに美和さんの肩を抱きしめ直す。


 二人は言葉を減らし、ただ体を寄せ合い、互いの温もりを感じる。


 長火鉢の火が弱く揺れ、障子越しに雪の白さが淡く差し込む。


 時折、天ちゃんが美和さんの額に軽く唇を寄せ、美和さんがそれに応えるように天ちゃんの頬に指を這わせる。


 「雪、まだ降ってるね」


 「うん……ずっと、このままでいい」


 美和さんが小さく頷き、天ちゃんの肩に頭を預ける。


 天ちゃんは彼女の髪を優しく梳きながら、静かに息を合わせる。


 やがて、天ちゃんが美和さんの手をそっと取り、自分の頬に当てた。


 美和さんの指先が、天ちゃんの頬をなぞるように動く。


 天ちゃんは目を細めて、その感触に身を任せ、ゆっくりと微笑む。


 美和さんはくすぐったそうに小さく笑い、指を絡めて天ちゃんの手を握り返す。


 「天ちゃんの指、長いね……」


 「美和さんの手、小さくて柔らかい」


 天ちゃんが囁きながら、美和さんの手を自分の胸に導く。


 心臓の音が、ゆっくりと、でも確かに伝わる。


 美和さんはそれを聞きながら、目を閉じて微笑む。


 「ドキドキしてる……」


 「美和さんが近くにいると、いつもこうなる」


 天ちゃんが照れくさそうに言うと、美和さんは顔を上げて、天ちゃんの頬にそっと指を当てた。


 そのまま、静かに、ゆっくりと顔を近づける。


 二人の息が混ざり、ぬる燗の残り香がふわりと漂う。


 額に軽く触れるような、優しいキス。


 長くも短くもなく、ただ互いの存在を確かめるような、穏やかなもの。


 離れると、美和さんは天ちゃんの肩にまた頭を預け、天ちゃんは美和さんの肩を抱きしめ直す。


 外の雪はますます静かに降り積もり、和室の中は、二人の吐息と炭の小さな音と、ほのかな酒の余韻だけで満たされていた。


 ゆっくり、ゆっくり。


 時間は溶けるように流れ、二人はただ、寄り添い、温もりを感じ合いながら、この雪の午後を、誰にも邪魔されないまま、まったりと過ごしていた。


 雪はまだ、降り続く。


 長火鉢の火は、静かに、穏やかに、二人を見守るように燃え続けていた。


 


 雪の夜は、静かに更けていった。


 長火鉢の炭は灰に覆われ、赤い光はほとんど見えなくなっていたが、部屋の中にはまだほのかな温もりが残っている。


 障子は薄く閉められ、外の雪明かりだけが淡く差し込み、畳に柔らかな青白い影を落としていた。


 美和さんは天ちゃんの肩に頭を預けたまま、毛布の下で指を絡め合っている。


 ぬる燗の余韻が体に残り、ほろりと緩んだ体が互いに寄り添うのを心地よく感じる。


 「もう、火も弱くなっちゃったね……」


 美和さんが小さく呟くと、天ちゃんは彼女の髪を優しく撫でながら、「うん。でも、まだ温かいよ。美和さんがいるから」


 天ちゃんの声は低く、眠たげに甘い。


 美和さんはくすりと笑って、顔を上げ、天ちゃんの頬に軽く指を寄せる。


 天ちゃんはくすぐったそうに肩をすくめ、でもすぐに美和さんの肩を抱きしめた。


 毛布の中で、二人の体温が混ざり合う。


 美和さんが天ちゃんの耳元で、ほとんど息のように囁く。


 「……天ちゃん、好き」


 天ちゃんは目を閉じて、ゆっくりと頷く。


 「僕も……美和さん、好き」


 言葉は短く、でも重く、心に染みる。


 美和さんが天ちゃんの首に腕を回し、軽く抱き寄せる。


 今度は額に、優しいキス。


 ゆっくり、ゆっくりと、互いの温もりを分け合いながら。


 離れると、二人は額をくっつけて、目を閉じたまま微笑む。


 天ちゃんの手が、美和さんの背中を優しく撫で下ろし、肩のあたりで止まる。


 美和さんはその手に自分の手を重ねて、軽く握る。


 「雪の音、聞こえる?」


 「うん……ぱらぱらって。静かだね」


 外では雪が降り続き、松の枝が時折重みを落とす音がする。


 部屋の中は、二人の吐息と、畳の匂いと、炭の最後の温もりだけで満たされている。


 美和さんが天ちゃんの肩に顔を埋めて、眠たげに言う。


 「このまま、朝まで……こうしてたい」


 「うん。朝になったら、また雪見酒しようか」


 天ちゃんが笑いながら答えると、美和さんは小さく頷いて、「絹乃峰のぬる燗、また飲みたい……」


 二人は毛布を少し引き寄せ、互いの肩をぴったりと寄せ合う。


 天ちゃんが美和さんの額に最後の軽いキスを落とし、美和さんはそれに応えるように、天ちゃんの頬に指をそっと当てて、微笑む。


 ゆっくり、ゆっくり。


 まぶたが重くなり、二人はそのまま、寄り添った姿勢で目を閉じる。


 雪は夜通し降り続き、平屋の和室は、静かに、穏やかに、二人の眠りを見守っていた。


 朝が来るまで、まだ時間はある。


 雪の白い世界の中で、二人はただ、温もりだけを分け合いながら、深い眠りへと落ちていく。


 (障子の向こうで、雪はまだ、静かに、降り続けていた)



 

 朝の光が、障子を淡く染め始めた。


 夜通し降り続いた雪は、庭を厚く白く覆い、松の枝は重く垂れ下がっている。


 空はまだ薄い灰色だが、東の空にほのかな桃色が差し込み、雪面を優しく照らし出す。


 朝焼けの淡い光が、積もった雪に反射して、部屋の中まで柔らかく入り込んでくる。


 長火鉢の灰の下には、まだ小さな赤い火が息を潜めている。


 美和さんは目を覚まし、そっと体を起こした。


 隣で眠る天ちゃんの肩に、夜の温もりが残っている。


 毛布を少しずらし、美和さんは徳利に残っていた最後の絹乃峰 純米大吟醸 四拾を、朝の冷たい空気の中で温め直す。


 湯煎ではなく、火鉢の灰の上で小さな徳利を置き、じんわりとぬる燗に。


 温度は人肌より少し上、38℃前後。湯気が控えめに立ち、フルーティーな香りが朝の空気に溶けていく。


 「天ちゃん……起きて。雪、見て」


 美和さんが耳元で囁くと、天ちゃんは目を細めてゆっくり起き上がる。


 浴衣の襟が少し乱れたまま、障子の隙間から庭を覗く。

雪は止み、静かに積もった世界が広がっている。


 朝の光が雪をキラキラと輝かせ、遠くの山々が淡いピンクに染まっている。


 「きれい……朝の雪って、こんなに明るいんだ」


 天ちゃんがぽつりと言う。美和さんはくすりと笑って、徳利からぐい吞みに注ぐ。


 ぬる燗の酒は、朝の冷えた体にじんわりと染み渡る。


 華やかなバナナやマスカットの香りが、冷たい空気の中で優しく広がり、昨夜の深いコクとは違う、爽やかなキレが感じられる。


 「朝酒は、特別だよね。新しい一日を、雪と一緒に迎える感じ」


 美和さんが一口含み、目を細める。天ちゃんもぐい吞みを受け取り、ゆっくりと飲む。


 酒の温かさが喉を通り、胸の奥まで届く。外の雪の冷たさと、酒のぬくもりが、心地よいコントラストを生む。


 美和さんが小さな籠から、残っていたスルメの端切れを取り出し、火鉢の灰の上で軽く炙る。


 ぱちぱちと小さな音がして、香ばしい匂いが朝の空気に混ざる。


 天ちゃんが箸でつまんで、美和さんの口元に。


 美和さんはぱくりと食べ、酒をもう一口。


 「朝からこんな贅沢……体が目覚めるね」


 二人は長火鉢の前に並んで座り、肩を寄せ合う。


 障子を少し開けると、冷たい空気が流れ込み、雪の匂いがする。


 朝焼けの光が部屋を優しく照らし、雪面が淡く輝く。


 天ちゃんが美和さんの手を握り、指を絡める。


 「今日も、ずっとこうしてたい」


 美和さんは頷いて、天ちゃんの肩に頭を預ける。


 「うん。雪が溶けるまで……いや、溶けてもいいけど」


 二人は言葉を少なく、ただ雪景色を眺めながら、ゆっくりと杯を重ねる。


 絹乃峰のぬる燗は、朝の清々しい空気の中で、よりまろやかに、より優しく感じられる。


 外では、雪が朝日を受けて少しずつ輝きを増し、和室の中は、二人の体温と、酒の温もりと、炭の最後の息吹で、静かに満たされていた。


 ゆっくり、ゆっくり。


 朝の雪見酒は、新しい一日を、穏やかで優しい色で染めていく。


 雪景色は、まだ、静かに輝き続けていた。

……ふう。


雪が止んだ朝まで、二人で寄り添って過ごす時間って、本当に贅沢ですよね。


長火鉢のぱちぱちした音と、ぬる燗の優しい香り、美和さんの柔らかい笑顔と天ちゃんの照れた仕草……書いてる私まで体がぽかぽかしてきました。


この話は、Barのカウンター越しじゃなくて、家で二人きりだからこそ出る穏やかな甘さを、できるだけそのままお届けしたくて。


激甘バレンタイン特別編のあとで、ちょっと癒し寄りにしたくなっちゃいました(笑)


読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。


雪の季節が終わっても、二人の温もりは続きますように……。


また次のお話で、お会いしましょうね♪


美和「天ちゃん、次はどんなお酒にしようか? 皆さんも一緒に、のんびり待っててね」


感想で「ここが好きだった!」とか教えてくれたら、次のお話の参考にします。

いいねも、こっそり励みになるので……よろしくお願いします!


次回は2026年2月18日12時更新予定です。


天照より。

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