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9話 冒険

冒険者の朝は早い。

男爵家城下町の中央では、朝霞の残るうちから市場が開かれていた。

矢、傷薬、食料を求める声が飛び交い、店主たちは慣れた手つきで袋を詰めていく。

補給が済めば、彼らは東の森へ向かう。


かつてこのあたりで冒険者の姿を見ることは稀だった。

だが今では事情が違う。


北町の発展と砦の整備によって、東の森は新たな稼ぎ場となった。

もとは村にすぎなかったこの場所も、いまでは町と呼ぶにふさわしい規模だ。

冒険に必要な道具に困ることはまずない。


東の森へは二つの道がある。

ひとつは城下町から直接向かう道。

もうひとつは中継地点――砦を経由する道だ。多くの者は後者を選ぶが、今日の四人は前者を行く。


「準備はいいか?」


大柄な男が仲間を見回す。重厚な鎧を身にまとい、明らかに隊のリーダーだ。


「問題ない」


軽装の男が短く答える。


「こっちも大丈夫だ」


フードを深く被った若者が言う。どう見ても魔法使い系統。


水精砂(すいせいさ)があるとは思わなかったな。これでだいぶ楽になる」


神官らしき男が嬉しそうに笑った。

何を言っているか分からないが、要するに“いい買い物をした”ということだろう。


ちなみに、彼らの中に女性はいない。

全くいないわけではないが、女性の冒険者はこの世界では極めて珍しい。


理由は単純だ。聞くまでもなかったわ。

要は女性の体は長期遠征に向かないからだ。それもそうかと言われるまで気がづかなかった。


男だらけの四人組。今日もまた、彼らの東の森遠征が始まる。

━━のだが、リーダー格の男がちらりとこちらを見る。気持ちはわかる。


「俺の事は気にするな。好きにやってくれ」


そう声をかけるが、やはりやりづらそうにしている。本当に申し訳ない。

俺が軽い気持ちで“冒険者たちの仕事ぶりを見たい”などと言い出さなければ、こんなことにはならなかった。


「わかった。悪いが、そっちは気にせずやらせてもらうぞ」


「ああ、それでいい。気にしないでくれ」


こうして、冒険者たちの一日に密着する形となった。

同行者はうさ耳、そしてハゲ頭率いる兵士三人。

普段は大盾を構えているが、今日は軽装で身を固めている。


一方の俺は、長袖長ズボンの動きやすい服装。短剣も一応持ってはいるが、使う予定はない。

というか、使えない。運動不足の小太りが扱える代物ではない。あくまで“お守り”だ。


言い訳をしておくと、努力はしたのだ。

だが“継続は力なり”なんて言葉は嘘だと思う。継続は才能だ。

筋トレを一か月続けられる時点で、それはもう立派な才能だ。

俺にはその才能がなかったのだ。若さのせいで多少は筋肉がついた……気もするが、気のせいかもしれない。


「ご主人様。何かあれば私がお護りします」


腹を気にしていたら、うさ耳が真剣な顔で言ってくれた。……いや、女の子に守られるのはさすがに情けないだろ。けど、実際うさ耳のほうが強い気がする。俺とは違い、細身ではあるが立派な小剣を腰に携えている。


「いくぞ!」


リーダー格の男の声が響いた。

冒険者たちの集団からは少し距離を置いて後をついていく。

森の入口にはそれなりの人がいた。何事かと思ったが、これが今の東の森の日常らしい。


森の入口には冒険者ギルドから派遣されたおっさんがいる。

彼に声をかけて森に入るのが礼儀らしい。

要は入った奴らと戻った奴らの把握の為だろう。

周辺では簡易の寝床を作っている奴らもいる。小規模ながら屋台も出ている。その商売根性には脱帽だ。


冒険者たちはギルドのおっさんに声をかけると森へと入っていく。俺たちも遅れずに向かう。


「ん? あ、ちょっと待て。本当に入る気か?」


ギルドのおっさんが俺に声をかけてきた。言いたいことはわかる。だが、見逃してほしい。


「そうだ。何か問題でもあるか?」


ハゲ頭が前に出た。


「おお、なんだ。あんたらか。護衛か? ふむ……気をつけろよ」


「ああ、ありがとうよ」


……なにそのこなれた会話。

ちょっとかっこいい。俺もやりたい。が、口にはしない。

ここでは俺は部外者だ。彼らには彼らのルールがあるのだ。

せっかく無理を言って同行させてもらったのに、台無しにしたくはない。


森に入ると冒険者が四人から五人に増えていた。

軽装の男が森から合流したようだ。ハゲ頭曰く、偵察の者だろう。とのことだ。


そこから暫くは無言のまま森の中を歩くだけだった。

どこに向かっているのかもよく分かっていない。

洞窟とか探検するのかしら? などと考えていると、突然、ハゲ頭が行く手を遮る。

周りを見れば全員が腰を落し何かを警戒している。


先を行く冒険者たちも同様だった。

前衛の二人が前に出て腰を落としている。

後衛の二人に手で何か合図を出しているようだ。一気に緊張感が走り抜ける。


魔物だろうか? と、聞くのも憚れるような静寂。先ほどまでは聞えた鳥の声も今は聞えない。


俺の前では兵士三人が腰を低くして剣柄に手を乗せている。

俺の背後にはうさ耳がいる。

情けないのだが、俺は護られているのだ。俺にできることは少しでも彼らが動きやすい様に言われた通りに動くことだ。


だが、暫くすると冒険者たちが立ち上がりこちらに合図を出した。


「大丈夫そうだ」


後で聞いたが大型の猪だったらしい。

魔物ではなく、こちらには気づいていなかったのですぐにどこかに行ったらしい。

魔物ではないとは言え、大型の猪に突っこまれたら俺なら即死だ。


更に進むと穴倉がある場所に出た。

冒険者たちが辺りを警戒しつつ調査している。

しばらくするとこちらに向かって合図をしてきた。

それを受けてハゲ頭たちも穴倉の近くへと移動するのでついていく。


「情報と違う」


冒険者のリーダーが顔を顰めながら言う。


「と、言うと?」


ハゲ頭がどうしたんだと言わんばかりに聞く。


「ギルドの話ではこの辺りに魔物化した個体がいるって話だった」


「なるほど。いなくなってから結構な日数が経っていそうだな」


「しかも、話に聞いていた熊じゃない。ゴブリンだ」


リーダーの視線の先には燃やした形跡がある。

熊が火を使うとは考えられない。ゴブリンは森の猿って言ってたな。猿も火は使えなさそうだが。


「数は多くなさそうだが……」


「どうするんだ?」


「戻る。渡された情報が違うんじゃどうにもならん」


リーダーとハゲ頭が話し込んでいる。

これ以上の捜索はしないようだ。冒険者たちはその後も付近の調査をした上で帰路へ向かい始めた。


森の入口でギルド職員に声をかけ城下町の中央へと戻った。


「特に見せ場もなかったな」


リーダーの男が申し訳なさそうに言う。

俺の密着取材は面倒という認識だったようだが、それでも貴族に冒険者のなんたるかは見せたかったらしい。


「別に構わん。こうした日常の中にも冒険者の矜恃が垣間見えた。いい経験になった」


どんな些細な事でも大げさなほど慎重だった。

俺からすれば、そこまでする必要があるのかが疑問だったが、彼らの経験上、必要な事だったのだろう。つまり、命を懸ける必要があったのだ。


「そうか? まあ、あんたがそういうなら良いけどよ。俺たちはギルドに報告して今日は解散だ。また何かあれば会う事もあるだろ。それまで元気でな」


リーダーの男がそう言い、ギルドへと向かう。

他の連中も、それぞれ軽く会釈し、手を挙げ、背を向けて去っていった。


”それまで元気でな”


何気ない言葉だったが、妙に胸に残った。

たぶん、冒険者たちなりの“激励”であり、”日常”なのだろう。

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