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7話 教育

学生時代は勉強そっちのけで遊び歩いていた俺だが、社会に出てから少しだけ後悔した。

基礎がないと、何を覚えるにも時間がかかる。

努力すれば追いつけるが、その努力が地味にきつい。

というか、本来ならその努力は既にしてあるはずなのだ。


とはいえ、勉強が絶対に必要だとは思っていない。必要だと思う人がすればいい。


──だが、お前らは別だ。


男爵家の周辺に住む連中は当然、義務教育なんて受けていない。

それで一番困るのは、単純に“会話が成り立たない”ということだ。


算数、国語、社会。せめてこの三つだけは一定の水準を満たしてもらわないと話にならない。


算数に関して言えば、数の概念があやふやだ。

十を超えると「たくさん」で済ませるやつもいる。

数を理解している商人の立場が強くなるのも当然だ。

逆に言えば、数を知らない者は良いカモになる。


国語は“聞く、喋る”ぶんには問題ないが、“読む、書く”ができる者は少ない。

重要な告知を掲示しても誰も読めない。


社会に関しても同様だ。

せめて王国法ぐらいは理解しておいてほしい。

法があると知っているだけで、行動が変わることもある。……まあ、俺も怪しいところはあるが。


あとは──道徳とかもか?


これらを解決するために、“教育”という仕組みを導入してみた。

もちろん口で言うほど簡単ではない。

場所と先生が必要だ。そこは教会が協力してくれている。

教会の人間なら一応は読み書きができるし、教養もある。ありがたい話ではある。


今日はその視察へ向かうのだが──正直、俺は教会のことをよく知らない。

さすがに何も知らずに乗り込むのはまずいので、委員長から簡単な講義を受けた。まとめるとこうだ。


教会は世界中に広がる最大の信仰組織で、男神と女神の二柱を祀っている。

要は、この二人が“世界を創った”とされているらしい。

だから基本は両方を崇める──いわばこれが“標準仕様”だ。

ただし地域によっては、どちらか片方だけを信じる“片神信仰”、あるいは“無神信仰”もあるらしい。


王国は標準型。

つまり、両方を信仰する。祈りや儀式もあるが、日常の営みそのものが信仰とされている。

「働く」「食べる」「産む」。これらは世界の理に沿う行為であり、神々への奉仕になるらしい。


生きること自体が信仰で、誰かを生かす行為こそが祈り。

つまり“働く、食べる、産む”は信仰行為。逆に、それを怠るのは禁忌だ。


一応、朝は男神に、夜は女神に祈る習慣があるらしい。ある程度、自由らしいが。

それと、冠婚葬祭はすべて教会経由。

ここは王国中どこでも同じらしい。この辺までは分かりやすい。問題は“序列”だ。


教会には第一位から第七位までの階級がある。聞いてはみたが、途中で理解を諦めた。


下から修道士、修女。その上が助祭──いわば神官見習い。

さらに上が典僧。村や町の教会を任される責任者。今回、教育に協力してくれているのがこの層だ。


その上に司典がいて、これは地域全体を統べるエリアマネージャー的存在。

さらに上には大典司、枢導、大聖導と続くらしい。


まあ、俺が覚えておくのは助祭と典僧の二人だけで十分だろう。

ある程度の知識は得たので失礼なことはしないだろうと思い教会へと向かった。


「ようこそおいでくださいました、領主様。北町はますます栄えておられると聞きます」


北町教会の責任者──典僧の男が出迎えてくれた。優しげな顔をしており、喋り方にも品がある。


「運が良かっただけだ。人が増えれば、勝手に賑やかになる」


実際問題、俺が何かをした。という事実はあまりない。

それっぽい人間を集めてやれと言っただけだ。ぶっちゃけ、誰にでもできる事ではある。


「御謙遜を。領主様に代わられてから北町は大きく変貌を遂げました。多くの民が領主様に感謝をしております」


「それはそうと教育に関してはどうなっている? 難しいこともあるだろう」


「ええ、難しいことも多うございます。ですが、子どもたちは皆、楽しそうに学んでおります。友と共に過ごす時間が何より楽しいようです」


「いつもどれぐらいここで学んでるんだ?」


現在は朝食をとった直後なので、八時とかそれぐらいだ。


「もうすぐ集まってきましょう。早い子ならそろそろ。午前中は文字と数を学び、昼に家に戻る者もおります。残る子たちは午後まで数刻ほど学びを続けております」


なるほど。九時から十四時ぐらいまで勉強して帰るのか。


「“働くこと”は信仰そのもの。働きを妨げぬ範囲での教育にしております」


俺からすると子どものうちから働くというのは正直すごいと思う。だが、この世界ではそれが普通らしい。


「実際にどういったことを教えてるんだ?」


内容が重要だ。


「午前は文字の読み書きを中心に教えています。数に関してもです。午後は教会の教えに習った応用となります」


……やはりそこが気になる。

教会の思想が教育に入り込むのは避けられない。

一方で、砦衆主導の教育ではそうした問題は少ない。

文字は砦衆が、数は商人が教えている。報酬制だが効率は良い。


「ほう、応用か。例えば?」


気になって聞いたが、さほど心配するような内容ではなかった。

単に教材として教会の書物を使っているというだけの話だ。


「なるほど。教会の本ともなるとどれも難しい物ばかりじゃないのか?」


「そうでございますね。ですが、比較的簡単なものもあります。それらを厳選して選んでおります」


「教会の仕事もあって忙しいだろう」


「助祭や修道士の者たちが手分けして選んでくれています」


教会とその関係者という事で多少なりとも身構えてはいたが、ここまで話をきいている限りでは聖職者として子供たちの為に一生懸命やってくれているようではある。


「ただ、現在は他の件もあり……なかなか手が回っていません」


「なにかあったのか」


「勿論、こちらも今後の授業の為に蓄えが用意してありますので直近の授業では問題ありません」


忙しい件について聞いたのだが授業に関しては問題ないという言い訳が帰ってきた。


「司典様のご息女方が北町にこられるという事が急遽決まりまして……」


司典は典僧の上の位だ。

上司の娘が来るってことは接待しないといけないという事か。


最悪だな。相手の気持ちを察していたつもりだが、典僧がこちらを伺うような眼で見てくる。


「なにか問題でもあるのか?」


「領主様がご姉妹のために動いておられるのは存じております。……ご不快でありましょう?」


話の意味がわからない。要は俺が不快だと思われる事が起きるのか?


「不快かどうかは、まだわからんな」


とりあえず、良く分からないから濁すと、典僧が目を丸くする。


「“辺境の百合”と称される姉上と、正妃の座を競う相手に対してそのように仰るとは……」


そこでようやく話がつながった。

北町に来る司典の娘──つまり、姉の対抗馬だ。俺が“不快ではない”と言ったのが、予想外だったらしい。


「姉が良いと言っているのは王子だけだろう。王都では教会の娘への期待の方が大きいはずだ」


「どうでしょうか……あ、いえ。余計なことを申しましたな」


言いかけて飲み込む。含むものがあった。何かあるのかと聞こうとした、その時──


「典僧さま、おはようございます」


子どもたちが次々と教会に入ってくる。


「そろそろ時間ですな。申し訳ありませんが、授業の準備がございますので……」


男は軽く頭を下げ、奥へ消えていった。


正妃の件で言えば俺は姉が正妃になるのは反対だ。

あまり碌な事にならないと思ってるかなら。

可能なら教会の娘が正妃になってくれた方がいい。だが──話は、そう単純じゃなさそうだ。

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