6話 景観
北町は歓楽町の影響が大きく、夜の町として名が知れ渡り始めていた。
だが、昼の顔はまるで別物だ。
西の大河と東の山から昇流水で引いた水が町を潤し、「水の町」としての呼び名も定着しつつある。
北町を語る前に地理を整理しておこう。
王都の南方に位置し、俺の実家である男爵家のすぐ北にある。
北東から南西へと大きな川が流れ、男爵家の水源にもなっている。
この川を北に渡ればイケメン子爵家の領地、その西隣が女狐子爵家の支配地だ。
東には連なる山脈があり、公国との国境を形づくっている。
東の山と西の川のちょうど中間、緩やかな丘の上に城館が建つ。城館から東西南北の四区が放射状に伸び、それぞれが職人町、商人町、歓楽町、住人町として異なる息づかいを持つ。
外周には畑と放牧地が広がり、牛馬の鳴き声が町の目覚まし代わりだ。
北町に入るには西の商人町から入るか、北の歓楽町から入る形になる。
商人町はかつてこの町で最も栄えた区画だ。
今は歓楽町が上をいくが、それでも十分すぎるほど活気がある。
西からの水利を一番に受け、船による物資の搬入も盛んだ。
水車が回り、木樋が音を立てて水を運ぶ。
南には住民町が広がる。
以前はそこそこの人口だったが、今では倍以上に膨れ上がった。
人々の多くは商人町、職人町、歓楽町に働きに出る。
日の出とともに人の波が北へ向かい、夕刻には南へ戻る。
東は職人町。鍛冶屋や細工師、革職人の工房が軒を連ね、昼は槌音、夜は炉の赤が絶えない。
また、炉の火を利用した風呂屋も多くあり、北町の住民の憩いの場としても利用されている。
先ほども言ったが、東の職人町から南の住民町の外周は農地と放牧地が広がっている。
東側の放牧地には羊、山羊、牛、羽鶏が放牧され、肉や乳、卵、皮を北町に供給してくれている。元々は細々とやっていたようだが、北町の発展と共にいつの間にか一大生産地へと発展していた。
領主、つまり俺の統治能力が低くても住民たちは勝手に成長してくれるので大助かりだ。
おかげで北町の食事情は東の畜産と西の漁業の恩恵を受けてかなり充実している。
農地は狭いので穀物や芋、野菜の供給が少ないが、そこは実家からの流入があるので問題は無い。
逆も然りだ。北町の肉や魚は南に流れ、互いに支え合っている。
最近では東の山間から引いた昇流水を利用した漁業も始まっていて、こっちはこっちで面白い。
西の川ではコイ、ナマズ、フナといった大型淡水魚がよく獲れる。
ちなみにコイが本当に“コイ”という名なのかは知らない。
コイっぽいから俺がそう呼んでいるだけだ。
東の水源を整えたことで、マス系の魚も増えた。俺の好み的にはマス系のほうが好きなので嬉しい。
ちなみに漁業権というものもある。
昔は北の男爵と懇意にしていた商人が牛耳っていたらしいが、今は男爵家――つまり俺のところで統制している。年間契約で漁師組合を組ませ、収穫量や流通の決まりは彼ら自身に任せている。
もっとも、砦衆も組合の一部に名を連ねているので、勝手な真似はできない。
と、まあ、こんな感じで北町はかなり充実してきている。
人というのは余裕ができると、さらに上を求めたがるものだ。
今日もその“欲”を形にした連中が、相談という名の試食会を開いている。
「お待たせしました。こちらが新作の料理となります」
料理人が俺たちの前に皿を置いた。
皿の上には魚の切り身――焼き目のついた白身がのっている。
そこまではよくある光景だ。……だが、目の前のそれは一歩先を行っていた。
「なんですか……これ?」
犬耳が皿を覗き込み、目を丸くする。
うさ耳も首を傾げながら言った。「なにか、かかってますね?」
そう、魚に”ソース”がかかっているのだ。
この発想はすっかり忘れていた。この世界では魚は塩焼きが定番だ。
だが、目の前の魚は表面を軽くソテーされ、赤茶色の液体がとろりと絡んでいる。
「旨そうじゃないか」
そう言って一口。
俺が食べないと誰も箸をつけられないからな。
香ばしさの奥に、わずかな酸味と旨味。魚の脂と混ざって、信じられないほど旨い。
恐らくだが、ブイヨンに果実酒を混ぜ、煮詰めたのではないだろうか。
それを聞くと、料理人たちが驚くような顔をしていた。
当たっていたらしい。
前に言った出汁の試行錯誤をしていたところ、誤って野菜のスープを煮詰めすぎてしまったらしい。慌てて水を足そうとしたが、間違えて果実酒をいれてしまったらしい。
そして出来たのがこのソースというわけだ。
現代でも新たな料理や発見はちょっとしたミスから生まれると聞いた。それを目の当たりにしたのは初めてだ。
ふと、他の三人が何も喋らないので気になり、視線を向けると、既に三人とも完食していた。
「これはすごいです」
犬耳が感無量と言った感じで皿を見つめている。委員長も同様に頷いている。
「とても美味しいですね。初めて食べる味でした」
「これはどうやって作るのですか?」
うさ耳も興味津々だ。
「野菜を煮込んだスープを更に煮詰めました。そこに果実酒を足して更に煮込みました」
「果実酒なら何でもいいのですか?」
「いくつか試しましたが、合うものと合わないものがあるようです」
うさ耳と料理人が話し込んでいる。
これは素晴らしい発展なのではないだろうか、今後、ソースの文化が広まっていく可能性がある。胸熱過ぎる。
俺はもう一口、冷めかけた魚を口に運んだ。酸味が落ち着き、今度は果実酒の香りがほんのり立っていた。……悪くない。少し贅沢な味だ。
いずれ、北町が”食の町”と呼ばれる日も遠くないのではないだろうか。そう思った。




