3話 正妃
昼下がりの陽が、大広間の床を淡く照らしていた。その光の中を、使用人たちが慌ただしく行き来している。
来客の準備らしいが、顔ぶれを聞いて肩の力が抜けた。来るのは両親だ。そこまで構えなくてもいいと思うのだが。
「御当主様の御成りです!」
使用人の誰かが声を上げる。その声を合図に、全員が出迎えのため玄関へ一斉に向かった。
動いていないのは俺とうさ耳だけだ。
「ご主人様」
うさ耳が静かに声をかけてくる。出迎えの準備が整った合図だ。
その言葉を聞き、俺は立ち上がって玄関へ向かう。
外に出ると、使用人たちが整然と並んでいた。
玄関を出て列の中央に立つと、うさ耳たちが静かに配置につく。
俺の左後ろにうさ耳。右後ろに犬耳。そして左前に委員長。
……どうしてこの並びなのかは知らない。けれど、彼らには彼らの流儀があるのだろう。
馬車が正面で止まり、扉が開いた。まずパパが降りてくる。続いてママだ。
「わざわざ出迎えてくれて済まないな」
パパが俺に声をかけてくる。
出迎えたのは使用人たちだ。俺は座っていただけなんだが、そういう野暮なことは言わない。
「思ってたより遠かったんじゃない?」
「そうだな。近くはない。だが、遠くもない。絶妙な距離とも言えるな」
「まあ、何度も御者に“まだか?”と聞いていた人の言葉とは思えませんわね」
ママの暴露に、パパが気恥ずかしそうにする。
パパが北町に来るのは初めてだったかもしれない。そういう意味では、楽しみにしていたのだろう。
「御当主様、奥様。こちらへどうぞ。お部屋はすでに整えております。お茶の支度も、間もなく整います」
委員長が、絶妙なタイミングでパパとママを屋敷へ促す。
「それはありがたい。ちょうど喉も乾いてきたところだ。前に妻に茶を出したそうだな? よく話に出すのでな。どのようなものかと気になっていたのだ」
「まあ、あなたったら……」
前にうさ耳が出したやつか。それと同じものかはわからないな。
そんな他愛もない話をしながら、大広間へと案内する。
席に座ると、侍女たちが俺とパパ、ママの前に茶を出してくれた。
「本日は南方より取り寄せた茶葉となります。暖かくなってきた時期に合うよう、甘い香りが漂う茶葉でございます」
委員長がお茶の説明をすると、パパとママは興味深そうに茶を味わう。
しばらく穏やかな団欒が続いたが、ふと話の趣が変わった。
「王都の噂は、聞き及んでいよう」
パパの表情が固くなる。
「というと?」
「王の正妃の件だ」
そのことか。もちろん知っている。姉がなるのは難しいだろう。
「勿論」
「……あれが思い悩んでいる」
お姉ちゃんのことか。あれ? お姉ちゃんは乗り気だったのか。
王の一方的な求婚だと思っていたが、違うのか?
「王の想いに応えるべきか……だが、身分差がある。身を引くべきかとも思っているようだ」
仮にこの話がまとまれば、シンデレラストーリーだ。
だが、世の中はそんなに甘くない。身分を超えての結婚など、世間が許さない。
世間──というか、王都にいるお偉いさん方が許さない。
王の結婚相手の条件は、身分だけで決まるものではない。
政治、品格、そして──身分。そのどれを欠いても許されない。
残念ながら、「好きだから」で結婚できる世界ではない。王都の現実だ。
「王家の事だけを考えれば、教会側の娘がなるべきだとは思います。ですが……」
ママが悲しそうに俯く。
正妃候補とされているのは二人。姉と、教会側の娘。
教会で力を持つ司祭の娘だという。政治、品格、身分的にも問題はない。
一方の姉は、男爵の娘。身分に問題がある。
政治的に見れば、駄目ではない。王都奪還の功績がうちにはある。
若干、苦しいところはあるが、何とかなる気がする。
……ただ、“品格”という意味では難しい。
ここでいう品格には、二つの意味がある。
一つは、品性高潔。妃としての振る舞いができるかどうか。
これはまあ、良い。
もう一つは、血の品格だ。王家の血を繋げるにあたって相応しい血統かどうか。
具体的に「王家の血に連なる者である必要」があるわけではないので、ぶっちゃけ気分によるところはある。
要は──どこの馬の骨とも知れん者を王家に入れたくない、という話だ。
これは政治と深く関わる。政治的に味方が多ければ、ここはどうにかなる。現時点では厳しい。逆に言えば政治が問題なければ品格も自ずとクリアできる。
現状では王都奪還の功績があると言ったが、これだけでは全てを賄うには苦しいようだ。
「本人がどう思ってるかと、うちとしてどうしたいかが先じゃない?」
本人にその気もないのに結婚とか、可哀想すぎる。
所詮は男爵家なんだから、もっと気楽にいこうよ。
「我らの想いではないだろう。王家をどのように──」
「姉ちゃんが王と結婚したいならいいけど、そうじゃないなら駄目でしょ」
王家って言うけど、あの体たらくを忘れたのかと言いたい。
正直、俺的には、あんな家に嫁いでも良いことはないと思うけどな。
「ですが、仮にあの子が願っても無理ではないですか?」
ママが心配そうに見つめてくる。
「まったく無理ってわけではないでしょ。厳しいところはあるけど、諦めるほどでもないんじゃない? 結果、駄目だった、は大いにあるけども」
「……できるのか?」
パパが懐疑的な目で見てくる。
いや、だから、無理って話ではないってだけで、「できる」とは言ってないんだが……
「まずは何より、本人の意思でしょ。第三者が勝手に話進めることでもないし」
パパとママが困惑した顔をするので、何かあるのかと不安になる。
そこで気づいた。俺の感覚が間違っていた。
この件に関しては、普通の結婚とは違う。政治的な意味合いが大きいのだ。
「本人の意思」とか言っている俺のほうがおかしい。
「ま、まあ。こればっかりは縁とかもあるしさ。周りがどうこう言ってもしょうがないじゃん」
取り繕ってみたが、中々苦しいものがあった。
──三男に、こんな重い話をしないで欲しい。




