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2話 試作

冬の名残が薄く漂う北町を自室から眺めた。朝靄の向こうに、陽の暖かさが垣間見える。少しずつ春の気配が混じっているのだと思った。


北町は多くの人が行き交う、活気のある良い町だと思う。


「王様は、諦めきれないのでしょうね」

うさ耳がぼそりと呟いた。


「身分を超えての恋なんて、素敵ですよね!」

犬耳は乙女の顔になっている。


先日の花館でも話題になったが、王都では王様の花嫁探しで噂が持ちきりだ。これは砦衆の報告にもあった。


というか、花灯はさすがという感じだ。こういう風評にもちゃんと通じている。貴族や商人相手の商売なのだから、知っていて当然といえば当然か。


「お相手は教会の方だとか……お嬢様は大丈夫でしょうか?」


委員長が心配そうに言う。


王様の花嫁候補は二人いる。

一人は“辺境の百合”と称される、俺の姉だ。


だが残念ながら、姉が正妃になるのは難しい。

そもそも身分差が大きすぎる。男爵家の娘では、正妃にはなれない。


仮に伯爵家ぐらいになれば、可能性は出てくる。

それでも難しいだろう。政治や血統という問題もある。


一方の対抗馬として挙げられているのが、教会司祭の娘だ。姉妹の妹にあたるらしい。血統的にも地位的にも問題はない。どう考えても、教会が有利だ。


だが、話はいまだにまとまっていない。

それを良しとしない者がいるからだ。


そう──王様本人である。


あの野郎、王都奪還の時に、うちから王都へと出立するとき、姉に告白したらしい。


いずれ必ず、そなたを迎えにくる──とか言いやがったのだ。


ふざけやがって。羨ましい。俺も言いたい。


まあ、とはいえ、周りがそれを許さない。せいぜい頑張ってくれとしか言いようがない。


コンコン、と扉が叩かれる。思わず腰が浮いた。……来たか。

犬耳が対応しているが、相手はもうわかっている。町の鍛冶屋だ。先日、会いたいと連絡があった。


「主様。鍛冶屋の者が来たそうです」


犬耳が言い終えるより早く立ち上がり、頷く。

こうして訪ねてきたということは、剃刀ができたのかもしれない。


期待を胸に大広間へ向かう。だが、浮き足立つのは格好が悪い。

あえてゆっくり歩いた。


「領主様。本日はお忙しいところ、お時間を取って頂きありがとうございます」


窓口の男が深々と頭を下げる。

一方の鍛冶屋は、腕の太さに似合わず目が泳いでいた。……緊張しているのか。


「良い物でもできたか?」


「それはもう。見て頂ければ、きっと気に入って頂けるかと」


窓口男の言い方はやたらと大層だが、鍛冶屋はむすっとしているように見えた。


テーブルの上に包みが置かれると、委員長が近づき中をあらためる。確認したあと、うさ耳へと手渡され、再度確認が入る。


幾つもの手を経て、ようやく俺の前に届いた。


布の中には、一振りの小刃があった。

刃渡りには曇りひとつなく、磨き抜かれている。刃の面は鏡のように光を映していた。

明らかに、今までの小刃とは違うとわかる。


……見た目は立派だが、所詮はナイフだ。

髭を剃る剃刀と呼べる代物かどうかは、半信半疑だ。


「こちらで是非お試しください」


窓口男がもう一つ包みをテーブルに置いた。中身は豚の皮らしい。

俺が渡した豚の皮はボロボロになったので、新たに取り寄せたのだという。わざわざ、申し訳ない。


渡された豚の皮には、うっすら産毛が生えているのが見える。

小刃を当て、優しく撫でる。抵抗がほとんどない。産毛だけが静かに消えた。


「お、良いじゃないか」


皮そのものは傷ついていない。産毛だけがきれいに剃られている。

二人を見ると、窓口男はほっとした表情をしているが、鍛冶屋の表情は変わらない。


「いかがでしょう? ご要望の物ができたと自負しております」


「素晴らしいな」


まずは褒めておく。……だが。


「切れ味は素晴らしい」


窓口男の表情が固まる。あと、鍛冶屋は睨むのをやめろ。怖いだろ。


「……なにかお気に召さない点がございましたか?」


「俺が欲しいのは、体の毛を剃る道具だ。そういう意味では、この切れ味はとても良いと思う」


決して駄目って言ってるわけじゃない。だから睨むな。怖い。


「体は平面か?」


この形状だと、凹凸の多い部分の処理が難しい。

というか、めちゃくちゃ傷つきながら剃ることになりそうだ。血まみれだな。


「肌を傷つけず、くぼんだ部分を処理できるかが重要だ。これで口周りの髭を剃れと言われても、怖くて使えん」


肌を守れるような形がいい。今のままでは危なっかしい。

現代でも使っていた、もっと気軽に使える形が理想だ。

いきなりそれを求めるのは難しいだろうが、目標としてはそこだ。焦らず、一歩ずつだ。


「切っ先は無いほうがいいんじゃないか? むしろ四角いほうが、肌を剃るには良い気がする。あとは小型化がどこまでできるかだな」


窓口男の顔が歪む。注文を付けすぎただろうか。

一方の鍛冶屋は、表情がまったく変わらないので、何を考えているかわからない。


現状の小刃は、刃渡りで言えば手のひらサイズだ。

この半分ぐらいで良い気がする。


「で、ですが、これ以上の小型化となりますと……」


窓口男が言い淀む。たしかに手作業だと難しい部分もあるのだろう。

そもそも、俺の思い描く剃刀って鉄ではない気もするしな。小型化には限界があるかもしれない。


「そうか……たしかに、技術的にも難しいか」


「うちでは出来ないと?」


何気なく発した言葉だったが、鍛冶屋の何かに触れてしまったらしい。


「それはわからんが、難しいのは事実だろう」


技術がない、は禁句だったか。冷や汗が出そうだ。


「そもそも、俺はこれを持ってくるのに反対だった。うちの職人たちも納得してない。時間をもらえれば、もっと良い物が作れる」


なるほど。窓口男と意見がぶつかって、不貞腐れていたのか。


窓口男としては、いかに早く提供できるかが重要。

一方の職人たちは、いかに良い物を届けられるかが重要、というわけだ。


どちらの言い分もわかる。喧嘩しないで仲良くやってほしい。

一応、フォローしておくか。


「なるほど。では、期待しよう。だがな──」


椅子から立ち上がる。ちょっと強気に言っておこう。睨まれたし。


「時間をかければ、いくらでも良い物は作れる。いかに早く、いかに良い物を提供できるか。それが商売の鉄則だ。……幻滅させるなよ」


言いたかったことと、少し違う気がする。

だが今さら言い直せない。背を向けて部屋を出た。


――嫌われたかもしれない。

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