15話 再来
窓から射す陽の光が眩しく、部屋の空気までも柔らかくしていた。ここ最近では一番の天気の良さだろう。出されたお茶も最近では冷やされた物が多い。冷蔵庫は無いが、冷温室はある。魔法で氷は作れるので、多少の温度管理はできるのだ。
「わ、若様」
新しく入ったメイドが声をかけてきた。元は雪館で働き、花灯として初舞台を迎えたその日に、花灯としての人生を終えた――悲劇の女だ。顔に傷を負ったことで雪館にはいられなくなったので俺が金を払い、俺の専属の使用人として再雇用した。要は身受けだ。
髪を長く伸ばし、顔の半分を覆うように垂らしている。口元から伸びる傷を隠すためだ。風が吹くと、隙間から白い頬がのぞく。その一瞬だけ、細い傷跡が見える。
それ以外は儚げのある可愛らしい女性だ。花灯にまで昇りつめたので性格も顔も一級品。恥じらいが強く、どこか小動物のようなお嬢様気質だ。そんなお嬢は犬耳に色々と教わりながらメイドとして頑張っている。
「どうした」
なるべく優しく返事を返すが、体をびくりと震わせるのはやめてほしい。俺がいじめているみたいだ。
「じゅ、準備が整ったとのことです」
「わかった。すぐ行く」
今日は姉と次兄が来ている。恐らく舞踏会の件だろう。俺に話を持ってこないで欲しいんだが……
大広間に行くと姉と次兄が待っていた。姉はにこりと微笑んでくるが、顔には疲れがにじみ出ている様にも感じる。気のせいかもしれないが。
次兄は鎧姿ではなく、外出用の服を着ている。最近は鎧姿よりもこういった格好の方が多い気がするな。
「舞踏会の招待状が来ている。俺も出る」
珍しいこともあるなと驚いてしまった。前は嫌がっていたのだが、今回は出るらしい。頑張ってください。としか言いようがないので、ひとまず頷いておいた。
「お前も出る」
流れるような台詞に思わず頷きそうになった。いやだよ。
「私からもお願いします」
姉が縋るように見てくる。なんか、前もこの二人のせいで行く事になった気がする。巻き込まないで欲しい。そもそも、俺って”ゴブリンの子”と揶揄されてるのよ? この世界で言えば不細工な部類に入るはずなのだ。……なんで、わざわざそんなお披露目会に出なきゃならんのだ。
「教会の連中が息を巻いているそうだ」
次兄が言う。まあ、そうだろうなとは思う。あいつらはなんとしても姉を蹴落としたいのだ。舞踏会は絶好の機会でもある。何度も言うが、その価値はないと思うんだが、なんでそこまで頑張れるんだろうか?
「基本的には俺が傍にいるつもりだが、何かあった時にはお前に助けてほしい」
長兄やパパじゃ駄目なのだろうか? 前回は少なからず参加に意味があった。出会いを求めていたからだ。だが、今となっては舞踏会に出る意味はないのだ。出会いより実利だ。風俗に行きたい。俺はいつになったら風俗に行けるんだろうか?
「そもそもさ。教会の奴らはなんでそんなに息巻いてるの?」
「決まってるだろう。こっちを蹴落としたいんだ」
「そこが疑問なんだよね。蹴落とすも何も最初からこっちは勝ち目なくない? 相手の方が立場も強い」
思っている事を言っただけなのだが、二人が黙り込んでしまった。
「え、ちょっと待って。姉ちゃんはさ。王と結婚したいの?」
そもそもの疑問をぶつけてみた。
「わ、私は……その……」
顔を真っ赤にして俯いてしまった。え、マジで? あいつと結婚したいの?
「あー……」
なんだろう。この敗北感。姉が誰かと結婚するのはいい。でもなぁ、あいつかぁ。
冷静に考えよう。まず第一に王国は衰退気味だ。先代も死に、勇者によって王都は焼かれた。頑張って王が再建しようとはしているが中々進んでいない。金もないのだろう。先はあまり明るくない。更に言えば、王都内部にも問題がある。教会の王都派をはじめ、似た連中がひしめいている。そんなところに姉を嫁がせるのは正直不安でしかない。だったら、あの教会の守銭奴姉ちゃんたちを行かせた方がいいんじゃないだろうか?
待てよ。教会派に便乗するという手はどうだろうか。俺が何かを言って姉を悲しませるのは悪手だ。でも、できれば結婚はしてほしくない。つまり、俺と教会派の目的は一致している。
作戦はこうだ。まず俺は可能な限り姉と行動を共にする。次兄が近くにいて邪魔されたら困るからな。教会連中はなんらかの嫌がらせを姉に対してしてくるはずだ。さすがに毒殺とか暴力はないと思う。やったら、教会の首を締めることになる。
基本的には嫌がらせはそのままやらせる。その上で、俺が“怒ったふり”をして舞踏会をめちゃくちゃにする。ゴブリンの子として本領発揮だ。いや、そこまでする必要はないか……。だが、王子は姉に肩入れする可能性がある。嫌がらせを受けた側が同情を勝ち取ってしまうのはまずい。
俺が恥を捨てて大暴れすれば、「あそこの家の娘を正妃にするのはちょっと……」という流れに持っていけるかもしれない。やるは一瞬の恥、やらぬは一生の恥だ。
……やっても一生の恥な気もするな。
良い感じに台無しにする程度でいいか。
「わかった。行くよ」
神妙な顔で頷く。
「来てくれるのですね」
姉が安心したように微笑む。ちょっと心が痛い。だが、これは姉の為なのだ。
「よし、舞踏会は一月後だ。こちらも準備を整える」
そうと決まればと言った様子で次兄が腰を浮かせた。この作戦の成功のカギは情報だ。心の傷は我慢してもらうしかないにしても、物理的に被害を与えるわけにはいかない。教会側が何をしかけてくるか……可能な限り砦衆に調べさせるか。




