13話 進化
──北町令第四十三条《聖職者歓楽町出入り制限令》
本令は、北町における治安維持および住民保護のため、下記の通り定める。
一、教会職務に従事する者、または聖職衣を帯びた者は、歓楽町およびその周辺において出入りを禁ず。
二、歓楽町への武器、及び殺傷能力を有すると判断される物の持ち込みを禁ず。ただし、事前の申請があるものに関してはこれを免除する。
三、違反者は北町法に基づき拘束する。
四、再犯者については、北町領内への立ち入りを三十日停止とする。
五、本令は歓楽町を守ることを目的とし、信仰の自由、及び王国法を妨げるものにあらず。
新たな北町令が張り出された。また、王都にいる百を超える貴族宛に今回の騒動の件と教会を非難する手紙を出した。当然、教会や商人たちにも出している。
これらすべて男爵家としての承認も貰っているので、すべて正式な書面として出されている。
書面を出してから数日も経たないうちに、館が騒がしくなった。
まず、ママと姉が大激怒して乗り込んできた。
終いには自分たちがその花灯を身受けすると言って大騒ぎした。
同じ女性として許せなかったんだろう。ひとまずは花灯の傷が回復して、面談をした上でどうするかを決めようということで落ち着いた。
各方面からの反響もすごいことになっている。
貴族たちからは同情の手紙が多く届いた。北町の対応を非難する声は上がっていない。非難すれば同様に出禁を食らうと思ったのだろうな。
正直、北町の風俗街は王都を凌ぐほどだ。出禁になるのは相当こたえるらしい。
教会からは苦情と思い直してほしいという手紙が来た。
「ふざけるな」と返したら、今度は使者が来た。犯罪者を匿うような組織とは話さない──そう言って追い返した。
北方貴族からは一部、賞賛の声も上がっている。どうも、北方の教会関係者は貴族に嫌われている節がある。
今回の件で北方貴族も教会非難に乗っかっている印象がある。
北町と実家の教会に関してはちゃんと説明してある。
今回の件は一部の教会関係者による狼藉なので、今いる教会関係者に対してどうこうするつもりはないと。
ただし、歓楽町への出入りはやめておけと釘を刺した。その辺りは納得してくれている。
現状は教会からの謝罪待ちだ。
実行犯及び、責任者が揃って被害に遭った雪館と花灯に対して謝罪すること。その上で傷を負った花灯に対して賠償金を支払う事。
これらが満たされなければ許すことはない。
被害にあった花灯は順調に回復はしているそうだ。
ただし、顔の傷は消えない。
商人が言っていたが、小剣に一次的に回復魔法の効果が無くなる呪いがかかっていたらしい。
可哀想だが、どうにもならん。
回復したら城館に来るとは言っているので待つしかない。
嫌な事ばかり考えて憂鬱になる。
こういう時は、可能な限り嫌なことを考えないようにするしかない。
それができないのが人間の難しいところだ。何もしていなければ考え事が増え、嫌なことを思い出してしまう。
だから体を動かし、余計なことを考える暇をなくす。
今日はこのあと予定もある。鍛冶屋が来て、剃刀の試作品を持ってくるらしい。……刃物だ。
「ご主人様? 準備が整いました。お考え事ですか?」
うさ耳に言われ、はっとする。憂鬱な顔をして周りを心配させてはいけない。笑顔を作って大広間へ向かった。
大広間では鍛冶屋の窓口と職人の男が気まずそうに出迎えてくれた。
この感じはあれだ。歓楽町での事件を聞いて、刃物を持ってくるのが気まずいとかそういう事だろう。
「試作品ができたそうだな」
刃物は刃物だが、こっちの刃物は生活に役に立つ刃物だ。気にしてはいけない。
「あ、は、はい。こちらになります」
窓口の男が包みをテーブルに置く。
委員長とうさ耳の手を渡り俺のもとへ届いた。刃は相変わらず見事に輝いていた。
小型化は成功している。大人の人差し指ほどの刃渡りで、切っ先は丸められている。取り回しは良さそうだ。
「お、良さそうだな」
ちらりと二人をみる。
今日は二人とも自信に満ちた顔をしている。自信作なんだろうな。
昔の時代劇で見たような剃刀の形なので、現時点ではこれが最適解な気がする。後は実際に試すのが良いかもしれない。
「実際に試してみたいが……」
「下男の者に使わせてみますか?」
うさ耳から助言が飛んできた。
若干、人体実験しているみたいで気が引けるが、それが良いのかもしれないな。
「そうするか。頼めるか」
「畏まりました。お借りしてもよろしいでしょうか?」
「……構わんよな?」
一応、鍛冶屋の二人にも確認すると頷きが帰ってきた。
「ありがとうございます。では、数日お借りして使用させてみます。後ほど使用感について報告させます」
「頼む。切れ味が良いからな。気をつけろよ」
うさ耳が包みを犬耳に渡すと、部屋から消えていった。下男たちの所に行ったのだろう。
「良い物を作ってくれたな。現時点では満点だ」
”現時点”という言葉に二人がぴくりと反応する。
俺が思い描いているのは現代でも使っていた髭剃りなのよ。
あれと同じという分けにはいかないが安全装置的なのは欲しい。
「良い物に際限はない。そうだろう? より良い物を作る。その為に技術を遺憾なく発揮する。それこそが職人としての生き様というものだろう」
鍛冶屋の男の目に力が入った気がする。やる気があるのは良いことだ。
「前にもいったが、この刃物は傷をつけるのが目的ではない。だが、今のままでは肌に傷が付く可能性がある。それをどうにかしたい」
誰も口を開かない。イメージができないのだろう。
「パッと思いつく方法はいくつかある。できるかもわからんし、本当にそれで肌が守れるかも微妙だが……」
「それは?」
鍛冶屋の男が興味深そうに聞いてくる。
「要は刃が問題だ。切れ味が良くないと駄目だが、刃があると傷がつく」
まるで禅問答みたいだなと内心で苦笑する。
「なら、この刃を必要最小限にすればいいんじゃないか? 例えば、刃身に沿って櫛を配置して、肌が直接刃に当たらないようにするとか」
鍛冶屋の男が考え込んでいる。うまく伝わっているだろうか?
「櫛でなくてもいいな。刃先はごく僅かだけ露出する形にしてみるとかかな?」
いくつかの例を挙げてみたが、鍛冶屋の男が納得したのか、してないのかが良く分からない。
とりあえず帰って皆と相談してみると言い残し帰っていった。
是非、頑張ってもらいたい。これが完成すればムダ毛の処理に革命が起きるはずだ。
そう思うと、少しだけ憂鬱が薄れた気がした。




