12話 傷害
雪館の大広間に、歓楽町の関係者たちが集められていた。いつもなら笑い声や音楽が漏れる場所だが、今夜は誰ひとり口を開かない。
城館からは俺とうさ耳、犬耳、委員長、それに兵士数名。
雪館からは商人と花灯、花館も同じく商人と花灯。
さらに、歓楽町全体を取り仕切る北方商人、赤い月のリーダーとその付き添い。
その誰もが口を開かず、沈黙を貫いている。理由は言うまでもない。俺が不機嫌だからだ。別にこいつらに対して怒っているわけではない。怒ってる相手は教会関係者に対してだ。
「もう一度、経緯を話せ」
怒りは抑えているつもりだが、心の奥では怒りが煮えたぎっている。だが、ここは冷静に経緯を洗い直す。
「先日、当店の常連である貴族のお方が雪館を貸し切りました」
雪館の商人が報告する。貸し切り自体は歓迎すべき出来事だ。何せ雪館が丸ごと一晩貸し切られるなど前代未聞。金は大きく動き、商人たちも顔をほころばせていた。
噂はたちまち歓楽町を走り、「雪見の逢瀬」と囃す者まで現れた。貸し切った貴族は、町で一夜の伝説になった。
「ですが、それを快く思わない御方がいらっしゃいまして……」
商人の声が途切れる。色恋を商う場所だ。こんな結果を予想できなかった自分が情けない。
「教会の司典様が当店にお越しになりました。懇意にしておられる花灯を、いつも通りご指名いただきました」
そこで事件が起きた。
指名されたのは次席の花灯だ。花灯は次席と言うだけあって売れっ子で、指名が絶えず、その日は手が離せなかった。
代わりに呼ばれたのは、陰花から昇格したばかりの新人だった。その日が花灯としての初舞台だ。
だが、教会の奴からすれば、恋い焦がれた花灯ではなかったことに失望したのだろう。
ましてや、先日の“雪見の逢瀬”の噂が拍車をかけた。嫉妬は理性を越え、あの日の夜を血で濡らすことになる。
「突如、悲鳴が聞こえました。駆けつけた時には――」
商人の言葉に、次席の花灯が堪えきれず泣き出した。
三席と筆頭花灯が肩を抱き寄せ、静かに慰める。その瞳にも涙が滲んでいた。
教会の奴が隠し持っていた小剣を抜いた。怒りのままに振り回し――
その刃が、新米花灯の顔を裂いた。
「……そいつは、どうした」
怒鳴りたい気持ちを必死に抑える。部屋の空気が、ひりつくほどに静まった。
「赤い月の者たちが取り押さえ、剣を奪いましたが……」
「すまねぇ……相手は教会の人間だと名乗りやがった。しかも司典だ。下の奴らの腰が引けて……逃がしたらしい」
リーダーが、深い後悔と怒りを押し殺すように声を絞り出した。
こいつは悪くない。部下たちも同じだ。
この世界では、立場と権力こそがチートだ。
司典が本当なら伯爵並みの権力者だ。一般市民が太刀打ちできる相手じゃない。
抵抗しようと思えばできる。だが、その発想の切り替えは、口で言うほど簡単じゃない。
「どうされますか? 教会に抗議の手紙を出すことも可能です」
誰かが言う。制裁の仕方は多くはない。
しかも相手は教会関係者の上の立場の者だ。せいぜいが抗議文を出す程度だろう。
「今回の事は事故だったと思うしかありませんな……」
雪館の商人が、悔しげに唇を噛んだ。
実際問題、話を大きくすれば教会との対立に繋がる。
それを考えれば商人は建設的な意見を出したつもりだろう。要は泣き寝入りである。
歓楽町には教会関係の奴らも多く来ている。彼らと対立すればその儲けがなくなる。
━━だが、その前に。
「その花灯の容態は? 今後どうなる?」
重い沈黙が流れる。
「顔に傷がつきました。恐らくは何らかの呪物の類のものでしょう。傷は治らないと言われています……」
最悪の結果だ。狙いは恐らく次席の花灯だったのだろうが……。
「花灯としての道は難しいかと」
花灯から大粒の涙が零れ落ちる。
新米花灯が身代わりになったのだ。自分が出ていればこの未来を変えられたかもしれない。
「裏方に回るのか?」
顔に傷がついたとなれば表舞台に立つのは難しいだろう。
せめて裏方として生きられれば。
だが、商人の顔は険しいままだ。難しいのだろう。
裏方にも重要な役割はある。だが、彼らにも様々な事情があるのだ。
「旦那様」
次席の花灯が縋るように商人を見る。
「あの子には帰る場所もないのです。どうか……」
商人に訴えるが、空気は重いままだ。
商人を責めるつもりはない。彼らは慈善事業をやっているわけではないのだ。
損があるなら切り捨てるしかない。
恨むのは教会の司典とかいうふざけた野郎だ。
未来ある花灯の初舞台を血で染めた報いを受けてもらうしかない。
俺は怒ったぞ。ここからは戦争だ。
「本日を以て、教会関係者の歓楽町への立ち入りを禁ず。違反者は即時拘束、城館に送致せよ」
「お、お待ちください! そのようなことをすれば━━」
「黙れ」
雪館の商人の言葉を黙らせる。
二度とこんなことが起きないように世間に、いや、この世界に知らしめる必要があるのだ。
歓楽町で舐めたことをする奴は誰であろうと許さない。
「思いつく限りのすべての貴族や教会、及び商人に対して今回の事を報せろ。北町はこのような狼藉を絶対に許さん。とな」
教会のふざけた行動を世界に広めてやる。ネットはないから手紙でだが。
「怪我をした花灯は動けるようになったら城館に来るように言え」
「と、申しますと……」
「俺が身受けする。こんな事で将来が潰されるなど俺が許さん。お前たちの下に置く」
うさ耳たちを見る。俺の言葉に三人が深く頭を下げる。思うところはあるかもしれないがここは押し切る。
その後、いくつかの取り決めと提案をして解散となった。
まず赤い月には今まで以上に違反者への対処を厳しくすることを命令した。
何かあれば俺が前に出る。容赦するなと。それから歓楽町内に武器の持ち込みは禁止にさせた。
次に雪、花館に対してだが、商売の仕方を考えろと言った。
今のようなやり方を辞めろと言うことではない。
色恋を扱うのであればより慎重にそして華やかにして価値を上げろと言っておいた。
そうすることで色恋の価値も花灯の安全も図れないかという考えだ。
最悪、護衛を常につけるしかない。雰囲気ぶち壊しだが。
歓楽町は大きく発展し、今も発展し続けている。
今回のような事故が起きる事がないようにしなければならない。




