10話 商売
冒険者の朝も早かったが、商人の朝も早い。
というか、この世界では俺以外の人は全員、朝が早い。なんか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
日が昇って間もない商人町は既に多くの人や物が行き交っている。
西の川から流れてくる水路を使って船が北町へと入ってくるのが見えた。
水音と人の声が混ざり合い、町が“起きる”音がする。
「旦那!」
船から男が大声を上げた。声の主は船荷の監督をしている若い労働者だ。
「ご苦労さん。荷は無事か?」
「どれも問題ねぇ。今日は塩、干物、布だな」
「酒はどうした?」
「来てねぇ」
商人の顔が一瞬曇る。予定していた酒樽が届かなかったらしい。
物流といっても商人がすべてを掌握しているわけではない。
今日、密着している北方商人は問屋、仲買、運送を一手に扱うらしいが、多くの商人は流通の全てを掴みきれるわけではない。
問屋とか、中買商とかそういう単語が出始めると良く分からなくなるが、要は生産者と実際の販売の間に多くの人間が関わっていることがある。という事も多いのだ。
例えばだが、反対岸の船着き場にある船は卸し専門の問屋らしく、品を積み下ろしては各商人へ売りつけ、また次の港へ向かうのだそうだ。
船が岸につくとどこからともなく大勢の男たちが現れ、荷の積み下ろしが始まる。
俺は邪魔にならないように一歩下がる。
「……あ」
柔らかい感触と声にびっくりして振り返る。うさ耳にぶつかってしまった。
「申し訳ありません」
ぶつかったのはこちらだが、うさ耳が謝ってきた。
「物が多いな」
「はい。毎日、多くの物が北町に運ばれます」
気まずいので話題を振ってみた。
北町では消費も多いので搬入される物資の量も多いのだ。
卸された荷物の近くで商人と数人の男が帳簿を持ち記入を行っている。
在庫の管理とかも大変そうだ。しばらく眺めていると北方商人がこちらに近づいてきた。
「お待たせして申し訳ありません。どうも予定とは違いまして……今日はこの後、天気も崩れそうですし。思い通りに行きませんな」
商人が苦笑する。車や飛行機などはないのだ。天気による物流への影響は大きいのだろう。
「この後は少し忙しくなりますので……」
「こっちの事は気にするな。適当に見学させてもらってる。逆にそれは触るなとかあれば言ってくれ」
「基本的に商品に触れる際は声をかけて頂ければ。それ以外はご自由にして下さって問題ありません。何かあれば近くの者に申しつけください」
恐縮されたが、気まずいのはこちらなので気にしないで欲しい。
北方商人はそう言って現場へと戻り、男たちと話し込んでいる。
「ご主人様。この後は表の店が開きます。あちらに椅子もご用意して貰えているのでお休みになられてはいかがでしょうか?」
うさ耳の言葉に頷き倉庫から表の店舗へと移動する。
店内も卸した荷物の搬入で人が忙しそうに動いている。
邪魔になるのはわかり切っているので部屋の隅に用意されていたテーブルに座る。
「おはよう。やってるかい?」
席に座ると同時に客がやってきた。
「いらっしゃい。ああ、塩だね?」
年配の女性店員が対応している。
話を聞く限り、客は食品関係の露天商らしい。塩の補充で買い付けに来たようだ。
「この後、雨が振るらしいよ」
「本当かい? 困るなぁ。降ってきたら店仕舞いしなきゃらなねぇ」
露店は屋根がついている物もあるが、多くはついていない露店の方が多い。
雨が降ったら悲惨だな。
客足も無くなるだろうし。それからも多くの人が物を買い求めにやってくる。
少しの間ではあるが行列もできていた。
その後、昼食を取り、商人町の商館へと出向いた。
大広間では多くの商人が席に座っていた。
俺が入ると何人かの商人が驚いた様な顔を見せ、隣同士で会話をしているのが見えた。
「本日、見学がしたいという事で同席して頂いております。いつも通りでお願いします」
北方商人が説明するが、何人かはやり辛そうな顔をしている。気持ちはわかる。申し訳ない。
「では、始めましょう」
商人たちの間での会合らしい。
商人といっても立場はそれぞれ違うようだ。
先ほどの卸し専門の商人だったり、行商や仲買商の様な商人もいる。
ここで情報交換をしたり、品の売買や契約がされることもあるらしい。
「そういえば……先日、信用札の偽装が見つかったらしいじゃないか」
「北方の商人と名乗る男が換金しにきたが、怪しいと思った商人ギルドの職員が事情を聴こうとしたところ逃げたらしい」
「逃がしたのか?」
「捕まえたそうだ」
「誰が関与してる? 盗賊か?」
「いや……どうも王都に出入りしている商人が協力しているらしい」
大広間が静寂で包まれる。
信用札とは手形みたいなものだろう。
聞いている限りでは商人間の取引で大金が動く際には手形を発行し、後ほど商人ギルドで換金するという流れのようだ。
その手形が偽装された。
「どうするんだ?」
「商人ギルドからの追放。及び、北町でも出入り禁止だ」
「他には制裁できないのか」
「当然だが、主犯は罰金と拘禁刑になる。既に王都側に引き渡し済みだ。共犯の商人も同様だ。それとは別に北町としても制裁を与える必要がある。北町の永久追放だが、その商人は北町での商売は行っていない」
資産の差し押さえとかは出来ないらしい。
現物が王都にしかないからな。
だが、該当の商人とその関係者は北町への出入りは今後できなくなる。
王都でも同様の制裁が下されるだろう。変な忖度がなければの話だが。
こうした不正は必ず起きる。
その為に制度の見直しとかが必要なんだろうが、残念ながら俺には金融の知識はない。
会社で全社員が学んだインサイダーとかマネーロンダリング? とかのあやふやな知識しか持ち合わせていないのだ。
その後もいくつかの協議を経て会合は解散となった。
店に戻ると客足は落ち着いており、店員達は掃除や片付けなどをしている。
俺も椅子に座り、だされた茶を飲んでいた。
「━━店主、いますか?」
無機質な声。北方商人が前にでて頭を下げる。
「これはこれは、本日はどういったご用件でしょうか?」
「帳簿の再確認をしたい」
どうやら、城館の文官たちによる抜き打ち検査らしい。
ふと文官の後ろに立つ一人のメイド━━委員長と目があった。
あちらもこちらに気づいたのか、一瞬、驚いた様子を見せたが、すぐに冷静を装っていた。
今日は商人の所に行くとは言っておいたが、具体的に”ここ”とは言ってなかったからな。
「こちらになります」
「うむ。━━ふむ。これは?」
「それは問題ないだろう」
商人が差し出した帳簿を文官二人が眺め、話をしている。
「うむ。問題ないようだ。協力に感謝する」
「お勤めご苦労様でございます」
脱税というのもあるのだろう。こうして抜き打ちでチェックする事でそれを抑止しているのか。
「今日はそろそろ店仕舞いとなります」
商人が俺に声をかけてきた。まだ日はあるが、店としては閉めてしまうのだろう。
「少しでもご参考になればよかったのですが……」
「いや、面白かった。俺は結果しか報告されないからな。結果までの経過に多くの人や物、そして金。時には問題も関わっていることが良く分かった」
商人はホッとしたような表情をみせる。
「まあ、細かいことはわからんが、多くの人が北町で働いているのだ。廃れさせるわけにはいかんな」
「この町を頼りにしている者は多くおります」
「期待に応える様に努力しなければな」
「頼もしいお言葉でございますな」
「できるかはわからんがな」
町は生き物だ。より長く、元気に生きてもらうようにしないとな。




