1話 花館
北町の歓楽町は北方商人、赤い月、そして男爵家の兵士たちによって維持されている。兵士たちは俺の代理みたいなもので実際に何かをやっているわけではない。
かつて、この地で仕えた家将の家を改築し、そこを役所代わりにして各代表たちが詰めている。
主に動いているのは商人代表と赤い月代表だ。
彼らは歓楽町での治安維持、商品の流入や店舗の管理などを行っている。歓楽町で店を出したかったら彼らのお墨付きが無いと出せない。実際問題、出せなくはないが……出さないほうが無難だ。とだけ言っておこう。
歓楽町は大きく発展している。
城館に近いほど高級店が立ち並び、離れるほど手頃な店が増える。
今では城館に近い場所を空場。中ほどの場所を山場。一番、離れた場所を川場と呼んでいるらしい。ちなみに川場の更に外もあって、外場と言うらしい。
外場は安価な宿や風呂、露店などが立ち並ぶ。端っこなので、歓楽町に入れない奴らのたまり場かと思ったが、それとは違うらしい。歓楽町の入口として寝泊まりする場所とか、歓楽町通いの連中を相手にした露店などが出ているので、一番人も多くて活気もある。
「あ、あの露店! 使用人が言ってた店です!」
犬耳が露店の一つを指さす。こいつは相変わらずの食い気だ。……だから大きいのか。小さな体に不釣り合いな物を揺らし、期待するような目でこちらを見る。残念だが今日は買わないけどな。
露店を通り過ぎ、外場を抜けると、いよいよ歓楽町へと入る。最初に現れるのが川場だ。一般向けの酒場や娼館、賭場が立ち並ぶ。北町に住む人間たちも多くがここで遊ぶらしい。
さらに城館に向かって進むと山場と呼ばれる場所へと入る。娼館、酒場、賭場も高級感を増す。と、言ってもそこまで高価ではない。一山当てた連中がここで散財するのが山場の醍醐味らしい。川場で遊ぶ連中のたまのご褒美といった感じか。
「このような所に出入りする人の気が知れませんが……そのおかげで主様の財政も潤っているのも事実なので複雑ですね」
委員長が行き交う人たちを横目で見て呟く。委員長はお堅いイメージそのままであまり歓楽町が好きではないらしい。とはいえ、お金関係のせいで一番関わりがあるのも委員長なのだが。
最期に待ち受けるのが空場だ。
最上級の酒場、娼館、賭場があり、何より雪館、花館が出迎えてくれる。ここに立ち入るのは自由だが、店にはおいそれと入ることはできない。ここを利用するのは商人や貴族といった金のある連中だけだ。一般の連中にとってはまさに高嶺の花。空の上の場なのである。
わざわざ外場から歩いて歓楽町の様子を見てきたが、今日の目的地である場所へと辿り着いた。空場の中でも異彩を放つ屋敷。花館が遂に完成したとの事で呼ばれたのだ。
「雪館とはまた違って華やかな屋敷ですね」
うさ耳の言葉に犬耳と委員長も頷く。
「おおっ、こりゃまた立派な顔ぶれですな!」
屋敷に入り出迎えたのは、肌の焼けた男――花館を取り仕切る商人だ。雪館の主と違い、仕立ては派手。袖をまくった腕には日焼けの跡、歯を見せて笑う顔は眩しいほど陽気だった。
屋敷の中も雪館とは違った趣だ。至る所に花が飾ってある。照明も明るめだし、何より屋敷全体が明るい。その理由は上を見れば分かった。大きな窓、そしてあれは天窓だ。現代でも天窓は雨漏りとかの問題があって避けられやすい造りだが、ここでは採用している。大丈夫なのだろうか?
「良い窓だな。だが、雨漏りは平気なのか?」
俺の言葉を聞いた商人が、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「さすがは夜旦那。雪館の旦那に聞いていた通りだ。お目が高い!」
おもむろに近づいてくるので若干腰が引けそうになった。
「あれはこの屋敷の目玉! 夜旦那の懸念通り、雨漏りと耐久性に問題がありましてな。ですが、そんなものに負ける様じゃお天道様に顔が向けられねぇ」
がははと笑いながら俺の背中を叩く。何を言ってるのかよくわからないが、金と手間をかけた自慢の窓という事はわかった。
「おお、忘れとった。おーい」
商人が手を叩くと、奥の扉が開いた。
「━━いらっしゃいませぇっ!! 会いたかったよぉ!!」
一人の女が飛び出してくる。明るい笑みと軽やかな足取りで一直線に近づいてくる。
「ようこそ花館へ!! ようやく会えてすっごく嬉しい!!」
なんというか、元気いっぱいだ。
「当店の筆頭花灯でございます」
花館でも花灯と言うらしい。
元々は雪館が言い始めたのだが、歓楽町ではそれが当たり前になってきている。この花館でもそれに追従しているのだろう。
「よろしくね!!」
口調は馴れ馴れしいが、不思議と下品さを感じさせない。
よく観察していると、言葉とは裏腹に“動き”が美しい。手の運び、首の傾け方、笑うときの間――そのすべてが計算されている。そして元気いっぱいだ。
「ささ、あっちの部屋でいっぱいお話しよー」
そう言って俺の腕にしがみつく。顔が近い。
だが――腰の位置が、わずかに離れていることに気づいた。
現代でもよく見た光景だ。顔を寄せて親しげに見せつつ、腰だけがそっと引かれている。
つまり、逃げられる距離を保つ。
合ってるかどうかは知らんが、昔から俺は男女の関係を“腰の位置で測る”のが癖になっていた。
最初に気が付いたのが、先輩の同伴出勤に付き合った時だ。
同伴とは聞いていなかったのだが、やけに距離感が近く、恋人だと思っていた。
だが、どこか違和感があった。
店へと連れていかれて合点がいった。
二人は夜の店の客と嬢の関係だったのだ。一方で知り合いの恋人たちは逆だった。
一見、離れているように見えて腰の位置が近い。
いくら距離が近くても、腰が離れていれば心は離れている。逆に腰が寄れば、心も近い。……まあ、俺が勝手にそう思ってるだけだが。
「どうしたの?」
花灯が不思議そうに顔を覗き込んできた。
「いや、さすがは筆頭花灯だなと。近いようで遠い――その距離感が絶妙だ」
「距離感?」
「近いようで、心は触れさせない。……陽気さの中に、確かな品がある。なるほど、これが花館の芸か」
俺の考えが正しければ、この女は最も“計算高い”タイプだ。こちらが一歩踏み込んだ瞬間、するりと手の中から逃げていく。
「はっはっはっ!! 花灯、夜旦那ともなれば一筋縄ではいかんぞ」
商人が豪快に笑う。が、その笑い声とは裏腹に、花灯の目が一瞬だけ細くなった。笑ってはいるが、そこには“観察者の目”がある。
「ふーん……気に入っちゃったかも。お話の後も残ってく?」
是非、そうしたいがお目付け役の三人からの視線が痛いのでそろそろ離れてほしい。名残惜しいが俺は無言で花灯の手をそっと外した。




