将軍のある悩み
大きくも小さくもない大陸の北西にある国。その国の将軍を務める栗毛の男には、ある悩みがあった。悩みが生まれたのは、つい今し方のことだ。
「おっと」
若い将軍は、とっさに己の身体を書棚の影に押し込んだ。
ここは王城の書庫であり、チラリと見た光景では、書棚の向こう、目と鼻の先で出入り口の扉を塞ぐようにして二人の男が立っていた。
どうやら、口づけを交わしているようだ。
(しまった。これじゃ出れない)
目当ての書物を抱えたまま、将軍は気配を殺す。将軍でありながら、官吏のごとく書類仕事もこなし、自ら書庫にも出向いた自分を呪う。
相手がただの王城の者であれば、将軍の地位に就く彼が、遠慮する必要はない。苦笑しながら「どいてくれ」と通ればよい。
だが、相手が相手なだけにそうはいかない。
黒曜石のように黒々と艶のある髪の男は、うっとりと伴侶に扉に押さえつけられながら、その唇を奪わている。相手は逞しい黄金色の髪の護衛だ。
将軍の地位に就く彼が遠慮する相手、黒髪の男の正体はこの国の国王陛下だ。相手は、もちろん国王自身の伴侶である。
この夫夫は、何年経とうとお互いに夢中なのである。
(仲睦まじいのは良いことだが、そろそろうちの宰相の血管が切れるぞ)
宰相は、なぜか国王とその伴侶な熱々な瞬間に、意図せず数え切れないほど遭遇しているらしい。昨夜も私室で酒を酌み交わしながら、その愚痴を聞かされた。そして、自分もその被害者の仲間入りだ。
とはいえ、ここは限られた者しか出入りできない、禁書も保管させる書庫だ。国王と伴侶は、一応は場所を選んでくれているらしい。
国王が気付いていないのも、元々ここが鍵を持つ者しか入れない限られた空間であることと、将軍が日頃から気配を殺して動く癖があるからだろう。
(宰相の話では、いつも外では口づけ止まりだという話だ。少し待てばそのまま私室にでも行ってくれるだろう)
将軍は、慢心していた。
「メイデルだめだ、こんなところで」
ごそごそと不穏な音がする。
「待てない、リュカルド。ここでしたい」
(え)
将軍の敬愛する国王が「待てない」と伴侶を誘っている。
何のことだか、言うまでもない。
(いやいやいや、待ってください。待ってくださいよ、我が君)
将軍は、珍しく冷や汗を掻く。
彼にとって、七つ年上である国王は、幼馴染であり、兄のような父のような存在だ。そんな人の濃厚な密会など、両親の夜の寝室に忍び込むのと同じくらい気まずい。
将軍は、危機を迎えていた。
ドンドンドンドン
誰かが激しく扉を叩く。あの遠慮のなさと怒りが混じった調子は、きっと宰相だ。案の定、声がする。
「申し訳ありません。書物を探しているのですが、入ってもよろしいでしょうか?」
その声は、どこか冷たく硬い。きっと、中で何が起きているのか察しはついているのだろう。
扉の開く音がして、何か小声で会話が交わされている。やがて、二人が出て行く足音がして、代わりに赤毛の宰相が書物の向こうから顔を覗かせた。
「やはり、ここでしたか」
「シェル、助かった」
「ほんとうですよ。まったく、あの二人。イチャつくのは結構ですが、あなたのような子ども相手に、なんてもんを披露するつもりなんですかね」
これには、若い将軍はむっとした。
「シェル、俺は成人しているんだが」
「私のような年寄りから見れば、まだまだ子どもですよ」
そう笑って、助けてくれた宰相は去っていく。宰相より十歳以上も年の離れた将軍は、綺麗に伸びたその背筋を欲望を隠した目で見つめていた。
(シャル、あんたが許してさえくれるのなら、俺は今すぐにでもその体を床に押し倒すよ)
このような気持ちを抱えながら、毎夜寝室に訪れて来て愚痴を溢す宰相の相手をする自分を、我ながらよく我慢できていると褒めたい気持ちだった。
「神様、次の人生もハードモード過ぎやしませんか?」のおまけです。




