ことわざサービスセンター
迷った末に、わたしは電話をかけることにした。
「はい、ことわざサービスセンターです。ご用件をお聞かせ願えますでしょうか?」
「あのー、先日こちらでことわざを購入させていただいたんですが……」
「なるほど、ご購入後のご相談ですね。そうなりますと、使用方法に関するお問いあわせですか?」
「いえ、すでに使ったというか、使えることは使えたんですけど……」
「ご使用の上で、何か当社の製品に不具合がございましたでしょうか?」
「いや不具合というか、むしろしっかり機能してしまったというか……」
「なによりでございます。つまりこちらは、製品にご満足いただけたご感想をお伝えいただくお電話ということでよろしかったでしょうか?」
「違うんです。満足はしてないんです、全然」
「失礼いたしました。では返品をご希望ということでしょうか。しかし製品のほうをすでにご使用していただいたうえで、しっかり機能しているとなると、当社の規定上、返品のほうは承ることができないのですが」
「それは……それはわかってるんです」
「でしたら、どのようなご希望でしょうか?」
「その、なんというか……アフターサービス的なものはあるんでしょうか?」
「もちろんございますよ。保証期間内であれば無償にて修理や交換も可能ですが、しかし製品に不具合があるわけではないと先ほど……」
「そうなんです。たしかに機能はしたんですが、その結果わたしのほうに不具合が生じているというか……」
「それはたしかに問題でございますね。しかし製品の故障や誤動作ではないと……?」
「ええ、まあことわざとわたしとの相性の問題もあるかと思いますが」
「なるほど。ちなみに、どちらの製品をご購入いただいたのでしょうか?」
「〈当たって砕けろ〉ということわざをひとつ。なんというか、背中を押してほしかったものですから」
「たしかに、そちらは当社でも人気の製品となっております。しかしそうなりますと、お客様は実際に〈当たって砕けた〉ということになりますでしょうか?」
「まあ、言ってみればそういうことになります」
「どこか骨が折れたとか、お怪我をなさったとか?」
「いえ、外傷はないです。まあなんというか、心の傷というか……」
「なるほど、つまり何か可能性の低いことに思い切ってチャレンジして、結果として失敗なさったと」
「可能性の低い……」
「失礼いたしました! 高い目標に向けて、勇気あるチャレンジをなさったと申し上げたかったのですが」
「たしかにダメもとではありました。ワンチャン狙いみたいなもので……」
「もしよろしければ、具体的に何があったのかをお教えいただけますか?」
「フラれたんです」
「なるほど、意中のお相手に告白をなさったんですね」
「ええ。一度も話したことないのに」
「それは極めて正しくことわざをお使いになられましたね。つまり文字どおりに〈当たって砕けた〉と」
「そうなんです。お蔭でそれ以降、ろくに眠れなくって。でもこれって、本当にそういう意味なんですか?」
「――とおっしゃいますと?」
「いやつまり、これは文字どおりに〈当たったら砕けるよ〉って意味なんでしょうか? むしろ反対に、〈砕けてもいいくらいの気持ちで当たってみたら案外なんとかなるものだから、とりあえず全力でぶつかってみろ〉という意味なんじゃないでしょうか?」
「ええ、たしかにそのあたりは使用者様ご本人の解釈次第ということにはなりますが、実際に〈当たって砕けろ〉という名前の製品を使用した結果として〈当たって砕けた〉となりますと、当社としては看板に偽りなしと申しましょうか、たしかに説明書どおりの順当な結果が使用者様に提供されたという形になりますので、いっさい責任のほうは負いかねるのですが」
「まあ、そう言われればそうなんですけどね……」
「しかし製品を正しくご使用いただいたうえに、せっかくこうしてお問いあわせまでしていただいたのですから、こちらとしましても最大限のアフターサポートはさせていただきたいと思っております」
「アフターサポート?」
「ええ。製品の故障ではないので、残念ながら有償にはなってしまいますが、ことわざによって負われた心の傷の手当てといいますか、リカバリーのお手伝いをさせていただければと考えているのですが」
「それはやはり、ことわざによって、ということでしょうか?」
「もちろん、当社はことわざを製造・販売している会社ですから、そういう形になります。たとえば〈笑う門には福来たる〉を追加でご購入いただきますと、笑うことによって気分も良くなりますし、そうすれば必然的に良いことも起こると言われておりますので、現在のお客様の状況にもうってつけかと思うのですが」
「たしかに……でも無理に笑うのって、余計に哀しくありません?」
「なるほど、中にはそういうお客様もいらっしゃいますね。ではもう少し無理のない範囲で、〈雨降って地固まる〉というのはいかがでしょうか? このたびは残念ながら恋愛関係にまでは至らなかったにしても、そのことが結果として、この先の強固な友情関係につながるとすれば、それはそれで良いのではないでしょうか?」
「ん-、たしかにそうなれればいいんでしょうけど、そんなには割り切れないですね。なにしろもとから知りあいでもないですし、一から友達になるほうが難しいくらいかもしれません」
「そうですか。でしたらいま少し穏便に、〈石の上にも三年〉というのはどうでしょう? こちらは製品のほうを固く信じていただいて、ただ三年待っていただければ良いだけですので、何か特別なことをする必要もございませんし」
「三年、ですか……たしかに何もしなくていいってのはいいですけど、〈石の上〉っていうのがちょっと引っかかりますね。もしも三年後に結果が出なかったときに、『それはあなたが実際に石の上にいなかったからです』とか言われるんじゃないかと……」
「そこまで厳密ではないとは思いますが、しかしだいぶ近づいてきた感はございますね。そうなると、やはりお客様にご負担がかからないという意味で、〈果報は寝て待て〉というのはいかがでしょうか? こちらですと、冷たい石の上ではなく暖かいお布団の上に寝ることができますので、いつまでも淡い希望を抱きつつ、待っている時間も快適に過ごせるかと思うのですが」
「おお、たしかにそれはいいかもしれないですね。なんだか〈寝て待て〉って韻を踏んでるリズムもいいですし。ではそちらを追加でいただけますか?」
「かしこまりました。では只今よりさっそく使用可能となりますので、製品を正しくご利用いただき、存分に寝ることによって考え直したお相手からの『果報』をじっくりお待ちいただければと。重ね重ねのご購入、まことにありがとうございました!」
その夜からわたしは、驚くほどぐっすり眠れるようになった。「果報」はまだない。




