兄の部屋
「なんだこれ」
兄の部屋に入ると第一声で翔がそう言った。
それは、信じられないほどの紙や写真が壁一面に貼り付けられていた。まるで、よくドラマで見る弁護士が取り調べの際に膨大な資料を見やすくするためにやっているそのものだった。
「何この部屋。なんでこんなことになってるの。」
私たちはこのショッキングな光景に呆然と立ち尽くした。
「足の踏み場もねえな。どうする?入るか?」
「入る。じゃなきゃ、お兄ちゃんのことなんも分かんないままになっちゃう。それじゃ東京まで来た意味ない。」
そうだ。祖父母に嘘をついてまで東京に来たのは、お兄ちゃんに会うためなんだから。お兄ちゃんが何をしてるのか、どこにいるのかちゃんと調べなくちゃ。
私たちは玄関で靴を脱いで、足場のない床を慎重に歩き、部屋の中まで進んだ。
すると、私はあることに気づいた。
「これ…」
「ん?どうした?」
私が指差した資料を翔も覗いてきた。それは、15年前のある事件に関する記事だった。
「こっちにもあるぜ。同じ事件の記事。」
「…え?嘘。見して。」
私は気になり翔の見ている資料にも目を通した。
「どうしてこんなの…。」
どうしてお兄ちゃんは今更こんな昔の記事を集めてるの。しかもこんなに大量に。私は手が震え、動揺を隠せなかった。だって、この事件って。。
その過去の事件に関する記事は、それだけで30枚以上壁に貼られていた。それだけじゃない。多分お兄ちゃんが現地に行って撮ってきたであろう写真は100枚以上置かれていた。
一体お兄ちゃんは何をしようとしてるの。これを見ただけで私は、どこか不安の渦が後ろから迫ってくる恐怖に襲われた。お兄ちゃんは何か危険なことをしているのだろうか。すると、
「ん?こっちはまた別のやつっぽいな。」
翔が隣の部屋でそう言うのがうっすら聞こえた。私は翔のいる部屋に向かい、彼が見ている資料を覗き込んだ。
「何これ。」
それは、今ニュースでも大々的に報じられている、東京で起こっている連続放火殺人事件の記事だった。そう…私が長崎の祖父母の家で気を失って倒れた原因の事件だ。
「どうしてこんな記事集めてるの。」
15年前の記事だけじゃなくて、こんな今騒がれてる事件の記事まで壁一面に貼って、兄は何を知ろうとしているの。
またも正体の分からない恐怖が押し寄せてきて、鼓動が荒々しくなった。どうしよう…。私の知っている兄じゃない。こんな訳のわからないことして何を知りたがっているの…
私は目の前に置かれた状況に混乱し、その場に倒れ込んだ。
「美咲、大丈夫か。」
翔が肩に手を置き、私の顔を心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫。ちょっと疲れただけ。」
「そっか。長旅だったしな。それに、こんな部屋見たら頭の整理追いつかねえよな。」
翔は、優しく私の背中をさすってくれた。どうしてだろう。いつもは意地悪なことばかり言ってくるくせに、私が弱っている時はすぐに駆けつけて、優しい言葉をかけてくれる。
「うん。ありがとう。もう大丈夫。」
私は、翔の優しい言葉にちょっぴり励まされ、再び立ち上がって辺りを見渡した。