東京での捜索
「うわあ。すごっ。東京って人だらけだね。」
東京に着くや否や人混みの多さと旅の長さからあっけらかんとビルが建ち並ぶ景色を眺めていた。
「こっから、あと3回電車に乗り換えないといけないなあ。」
翔はそう言った。両手にお兄ちゃんのために長崎で出発前に買ったお土産と着替えの入った旅行バックを掲げて。
「嘘でしょ。どんだけ遠いの。東京って案外広いんだね。」
物心のついた時から長崎の小さな町で育った私は、電車を乗り継ぐなんて経験は初めてのことで、未知の世界に飛び込んだみたいに戸惑いを隠せなかった。
「まあ、かかる時間はそんな大したもんじゃないから。そう、気落ちすんなって。」
「そうなんだ。なら良いけど。」
長旅の疲れがもう出たのか、電車では爆睡していたようで、何度も乗り過ごしそうになった。
「しっかりしろよ。」
私の寝ぼけた顔を見て笑いながら翔がそう言った。まるで小さな妹を愛でているみたいに。
「この辺なんだけどな。あ。ここじゃねえか。」
スマホの地図アプリを見ながら、翔は3階建てのマンションを指差した。
「ここ?なんか古めかしいマンションだね。」
そこは、建物の壁があちこち崩れかけ、蜘蛛の巣が張って人が住んでいる気配が全くなかった。
「本当にここに住んでるの?」
「美咲が知ってる住所が本当だったらな。とにかく行ってみようぜ。確かめないことには分かんねえだろ。」
確かにそうだ。
「うん。そうだね。翔、先に行って。」
「なんでだよ。」
半笑いしながらも、翔は前に進んでくれた。
兄の部屋番号を見つけたが、ポストは新聞やチラシが中に入り切らず外まではみ出していた。もしかして長い間、家に帰っていなのか?だから連絡も取れなかったのか?
ーピーンポーンー
翔がインターホンを押したが反応はなかった。ドアに耳を当て部屋の様子をうかがってみたが、物音ひとつもしなかった。
「いねえのかな。管理人に事情話して合鍵で開けてもらおうぜ。」
翔はそう言って、管理人室のある一階まで降りて行った。
数分すると、翔と管理人らしき人が右手に鍵を持って兄の部屋まで戻ってきた。中年で150cmくらいの背の低いおじさんだった。
「佐伯さんの妹さんでしたか。長崎から来たんですってね。遠くからお兄さんに会いにくるなんてよっぽど仲が良いようですな。」
管理人はそう言いながらドアノブの鍵穴に鍵を差し込んだ。
「いえ、そんなことは。」
「お兄さん、最近見かけないんですよ。ポストも見ました?あんだけ新聞やらチラシやら詰め込まれてるの見たら、1、2ヶ月は帰ってきてなさそうですな。」
「そうですか。鍵、開けていただき、ありがとうございます。」
そう言うと、管理人は部屋から出る時はまた声掛けるようにとだけ伝え、一階に戻って行った。
「じゃ、入るか。」
管理人の姿が見えなくなり、翔がそう言いながらドアを開けた。そして私たちは、兄の部屋に一歩足を踏み入れた。それは、想像を絶する光景だった。