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父の主張

15年前、私たち、佐伯家は母と父、兄と私の4人で東京の△区の一軒家に住んでいた。父は、一流企業の広告代理店で働くサラリーマンだった。母は、結婚を機にテレビ局のアナウンサーを辞め、専業主婦として私達兄妹を育てていた。その頃、兄は、7歳、私は3歳だったため、私は当時のことを覚えていない。


8/⚪︎、ちょうど今頃の時期、夏休みで多くの家庭が旅行を満喫している頃、その事件が起こった。


気温も下がり空が薄暗くなった19時過ぎ、玄関の先にあるゴミステーションにタバコの吸い殻が捨てられた。それだけなら、まだここまで広がらなかっただろうが、近所の誰かが、明日のゴミ収集のために前もってゴミを出していたがために、火が消えかけていない吸い殻からゴミに引火した。そして、我が家を火の嵐に包み込んだ。


この火事は、最初、元アナウンサーの家で起こった事故として報じられた。幸い、家族4人とも命に別状はなく、軽い火傷で済んだ。

しかし、火元の調査や元アナウンサーという、人前に出る職業に就いていたという理由から詳しい身の回りの調査が行われた。


すると、防犯カメラに、19時過ぎにゴミを捨て、そのゴミに火をつけたばかりのタバコをポイ捨てする1人の人物が写っていた。その人物の特徴は、黒いジャージを身につけて、白い帽子を被っていた。その服装が、毎日、早朝にジョギングする父の格好に似ていた。背丈も同じで、着ているスポーツメーカーも父のものと一致していた。警察はこうした状況証拠から父に対して取り調べを行った。父はその頃家にいたと母が証言していたが、家族の証言は信用出来ないとされ、任意同行された。確固たるアリバイがなく、当時この火事を担当していた刑事は、父に対して罪を自供するようにと拷問を繰り返していた。父はそれに耐えきれず、犯行を認めてしまった。


この火事は、元アナウンサーの夫が一家心中に見せかけて、家族を殺害しようとして起こした事件として大々的に報じられた。父は昔から体を弱くしており、そのために毎朝運動していたのだが、その努力も虚しく、拘置所の中で脳梗塞を患い、亡くなった。



私が長崎の町に引っ越してきたのは、それから数ヶ月後のことだった。東京では私たち一家のことが騒がれ、泊まっていたホテルにもマスコミが執拗に押し寄せてきていた。私たちはそんな生活から逃げるために、母の実家がある長崎の田舎に移り住むことになった。


私がこの事件について知ったのは、小学校3年生の冬。母が体調を崩し、家の手伝いをしている時にたまたま押入れの奥から見つけた日記を読んでからだ。


その日記には、事件当時の母の気持ちや弁護士とのやりとり、世間からのバッシングについて詳しく書かれていた。兄もその日記に気づいて、私たちは母に問い詰めた。


母は、何度も父と面会を試みたが、拒否され続け、事件についての情報は担当弁護士からしか知ることができなかったらしい。その弁護士から聞いた話によると、父親は逮捕されてからずっと否認し続けていたと言う。けれど、防犯カメラに写る人物が自分に酷似していることや刑事の言うシナリオに翻弄され、自分が事件を起こしたのかもしれないという錯覚に陥り、犯行を自供したらしい。


私たちはまだ子供だったためその話を聞いても理解できず、父は逮捕されたのに、頑なに犯行を認めなかった意地の悪い人間だと思っていた。その頃は、警察を憧れの職業で完璧なヒーローだと美化していたから。私は物心つく前に死んで記憶に残っていない父を恥ずべき人間として見下し、この事件について忘れようとしていた。



そして、事件から10年が経ち、母が病気で死んだ。その時に兄は病室で母から聞いたらしい。「この事件は解決してない」と。


私が知っている15年前の事件についてはこれだけだ。知っていることは全部母から聞いたことや、ネットニュース、周りから言われた言葉だけで、私自身も経験したことのはずなのに、事件について確かめようともせず、できるだけ触れないように避けてきていた。

しかし、兄が今になって調べているということ、翔が言う誤認逮捕、父の主張… この事件にはまだ続きがある。そう思い、私は兄には内緒でこの事件について調べることにした。


もう、事実を知ることから逃げてはいけない。東京に来たのは、そう思わせるためだったのかもしれない。


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