6.いよいよ始まる俺たちの旅
朝、眠い目をこすりながら窓を見ると、目を見張るほどの大晴天だった。
段々、ブラック企業からのストレスが払拭されていき、俺の心は驚くほどに嬉々としていた。
「こんなにワクワクする朝は何十年ぶりだ」
「茂夫の顔も、会ったばかりのげんなりした顔とは見違えたわよ。よかったわね、しっかり休めて」
本当に、こんなに休んだのはいつぶりだろう。
毎日満員電車に揺られることもなければ、上司の理不尽な説教、夥しい量の仕事。
そのすべてがなくなった今、俺の脳みそ内のセロトニンは致死量に達するほどドバドバと頭の中を支配した。
「もう仕事のことなんて考えない!今を大切に生きるんだ」
「まあもうあっちの世界では死んでそうだけどね。まあそうね、嫌な過去を振り返るのも億劫でしょ」
「そうだな、まあとりあえず準備しよう、早めに出た方がいいだろ」
俺たちはすぐにチェックアウトし、宿屋を出た。
どうやら、フィーナはまだ寝ているようで、会うことができなかった。――残念。
今日村を旅立つので、お世話になったエリナさんにも挨拶をしていこうと、さっそく案内所へ足を運んだ。
俺たちが案内所に着くと、エリナさんと、これまた予想外、村長が案内所内の椅子に腰かけていた。
「エリナさんも村長も、おはようございます」
「おはようございます、今日はどうされましたか?」
「今日、村を旅立ち、新しいところに行こうと思いまして」
そういうと、村長もエリナさんも少々悲しそうな表情を浮かべていたが、背中を押してくれた。
「また、何かありましたらここに戻ってきてもらって大丈夫なんですよ?」
エリナさんは冗談混じりに口元に手を当てて笑っていた。
エリナさんと他愛もない話をしていると、気づけば数十分立っており、そろそろ時間だと案内所を後にしようとすると、村長が立ち上がり頭を下げてきた。
「すまなかった。私は、最初おまえさんのことを変な新入りだと思っていた。だが見てみろ、村がゴブリンに襲われたときに、果敢に立ち向かってくれたじゃないか。そのせいで、お前さんは怪我してしまったがな」
村長は神妙な面持ちで謝罪した。
村長がそんなに深刻に捉えていてくれているなんて知らなかったので、俺は驚嘆の色を浮かべていた……と思う。
「俺は、全然大丈夫です。村の皆さんのことを助けられて、良かったです」
そう言うと、村長は顔を綻ばせ「どこまでお人好しなんだね、お前さんは」と言った。
俺達は案内所を出たが、次の目的地は決まっている。
「良かったじゃない、最後の最後で村長に認められて」
「ああ、まあ全てはティアとぺちゃくちゃ喋ってた俺が行けないんだからな。端から見れば、空気に会話してたようなもんだ」
「考えてみたら、絵面がシュールね」
と、ティアは茶目っ気たっぷりな笑みを向けてきた。
そうこうするうちに目的の場所「パン屋のヘルタ」に着いた。
「やっぱりここのパンの匂いを嗅ぐと、お腹が空くな」
「そうね、茂夫が異世界の料理を受け入れられたのも、ここの恩恵も大きいしね」
「ああ、今日この村を旅立つってのも、なんだか名残惜しいな」
俺たちが感慨に耽ていると、その雰囲気をぶち壊すが如くバンッと扉が開けられ、ヘルタさんの迫力満点な声が、俺たちの寂寥な気持ちを遥か彼方へぶち飛ばした。
「おお、あんたかい。怪我、治ったんだって?全く心配かけさせやがって」
「はい。無事に怪我、治すことができました。エリナさんの看病と、ヘルタさんのパンが食べたい気持ちが俺をここまで持ってきたんです……きっと」
「そうかい。あんたがそう言ってくれて、作り手冥利に尽きるってもんだよ」
そう言うとヘルタさんは猛暑日にギラギラと輝く太陽のような満面の笑みを浮かべた。
(せっかくだから、ゴブリンパンでも買っていこうかな……)
俺は中を除きながらゴブリンパンのご姿を随時確認していた。
「茂夫、絶対ゴブリンパン買うわねこれ、まあ美味しかったし買ってくれるならありがたいか」
ティアは怪我が治った様子を安堵したように見守った。
俺は、今日この村を旅立つことを伝えると、ヘルタさんは徐ろに俯きがちになった。
「そうかい。あんた、今日旅立つんだね……悲しいな」
「大丈夫です、何かあったらいつでも帰ってきます」
そう言うと、強く背中を押してくれ、感謝された。
「あの時のゴブリンのこと、私達アリナ村の住人はあんたのことをすごく感謝してるし、認めだっている。あんたがいなかったら、アリナ村は全滅してたかもしれない。それだけ、あんたの恩恵は大きいものなんだよ」
わんこそばのような勢いで称賛され、少し戸惑ったが内心では、この村をゴブリンから守れてよかったとしみじみ思った。
(まあ、もう痛い目見たから下手に戦わないつもりだけど……)
そういえば、もう一つの目的を果たさなければならないと思い、俺はヘルタさんに言った。
「旅に出るので、もうヘルタさんのゴブリンパンが食べれないのがかなり名残惜しいです。なので最後にゴブリンパン、買っていこうと思います」
「お、わかったよ、何個でも用意するさ」
っと言って、ヘルタはキッチンの方に消えていった。
――数十分後ヘルタさんは袋を持ってきた。
俺は、手渡された袋の中を覗くと、袋の中にはゴブリンパンが3個と、なにかの生肉が入っていた。
「ほら、持っていきな、お金はいらないよ」
「でも……」
「いいんだよ、村人みんなの命の恩人なんだから、これくらいしないと私の気がすまないってもんだよ」
「ありがとうございます、味わわせていただきます……この生肉なんですか?」
そう言うとヘルタさんは二カッと笑い話し始めた。
「これはゴブリン肉だよ、こいつは工夫しなくても軟らかいから、旅先でササっと焼いてそのまま食べることもできるんだ。広い街に行けば市場にこれでもかってほどある」
これはありがたい。工夫しなくても軟らかいなら、料理のこだわりができなり異世界でも美味しく作れそうだ。
「ありがとうございます、本当に。また何か合ったらこの村に寄るので、そのときはまたゴブリンパン食べたいです。では」
おれがヘルタさんに別れの挨拶をしてそろそろ出発しようとしたら、ヘルタさんに止められた。
「いい忘れてたけど、旅に出るなら最初は広い町に行けばハズレはない。そうだなここらへんで一番広い街は……ヴィブラントの町とかはかなり広いし栄えてるイメージだよ、まずはそこに言って冒険者ギルドに入りな」
「ありがとうございます」
俺は会釈をしながらヘルタさんに別れを告げた。
そろそろ出発しようとしたら、遠くのほうから女の子の声がした。
「あら、フィーナじゃない」
「茂夫さん!もうここの村から出ちゃうんですか!?」
そこには、息を荒げたフィーナがいた。
「そうなんだよ、もともと今日村を出発する予定だったから、ごめんな。フィーナにも、挨拶しとけばよかった」
「本当ですよ、もう」
フィーナは頬をこれでもかと膨らませて不服そうにそっぽを向いた。
「茂夫さんもティアさんも行ってしまうのは寂しいですが……頑張ってくださいね!」
『ありがとう』
俺達はフィーナに挨拶をし、村を出発した。
「ついに、俺たちの旅が始まる」
「そうね、ついに始まるわね」
俺たちはそう言うと二人で拳を合わせ新天地へと目指した。
やっと茂夫たちが村を出ることに成功しました。
言葉でなにかを表現するのもなかなか難しいですね…(語彙力上げなきゃっ)
と言うことで、次からは、本格的に旅?が始まります。楽しみにしていてください。