最初の依頼、そして旅立ちへの準備
「ようやく退院した!」
「茂夫、退院おめでとう」
あれから三日、ようやく俺は退院できた。
(あの三日間、ゴロゴロしてたな……向こうの世界の名残か、ちょっと背徳感あった)
寝込んだ背徳感と、休んだおかげで体が軽くなった開放感を背負いながら、上機嫌に歩いていた。
「普通は『早く外に出たい』とか言うものよ?」
「まあな。酷いときなんかデスクで三日過ごすこともあったし」
「き、聞いただけで震えるわ……そんな劣悪な職場で?」
「劣悪なんてもんじゃない。数日前のゴブリンが、一瞬上司に見えたくらいだからな」
余程驚いたのか、ティアは苦笑混じりに俺の背中を叩いた。
「お疲れ様」
「さて、退院したし依頼でも受けるか」
「そうね。お金もいずれ足りなくなるし、いいと思うわ」
村には色々と世話になった。ゴブリンを倒したくらいじゃまだ恩は返せない。
一つくらいは役に立とう。
「こっちの仕事量は前の世界よりずっとマシだしな、さくっと終わるだろ」
「茂夫の世界の仕事は殺しに来てるからね」
「全くだ」
そんな話をしながら、俺たちは案内所へ向かった。
案内所では、エリナさんが迎えてくれた。
「あら、もう来てくださったんですか?」
「はい。今日は依頼を受けに来ました。何かおすすめは?」
「ありがとうございます。今出ている依頼は……」
そう言って、いくつかのチラシを机に並べる。
(草むしり:銅貨5枚。畑仕事:銅貨5枚。宿屋の猫探し:銀貨3枚+宿泊券1日分。)
今までの安月給人生のせいか、完全に金に目が眩んだ。
「この猫探しをお願いします」
「一番やってほしかった依頼です。でも難しいですよ?」
「大丈夫です。お世話になってる分、役に立ちたいんです」
そう言うと、エリナさんはふわっと笑った。
「優しい方ですね」
「よし、早速やるか!」
「張り切ってるわね」
「当たり前だ、銀貨3枚だぞ」
「あぁ、やっぱりお金なのね」
(そりゃそうだろ……この世界、そんなに甘いはずないし)
「まあ、異世界人はみんな最初はそう言うわよ。」
ティアが肩をすくめる。
「さっさと見つけて、村を出る準備もしよう。」
「えいえいおー!」
まずは村の中を探すことにした。
「なかなか見つからないな」
探し始めて一時間。ほとんどの場所を探し尽くしていた。
「そりゃそうよ。だからこそ銀貨3枚なの」
「最低でも3時間はかかるわね」
(銅貨1枚で食料1食分……銀貨3枚なら30食分……すごいな。)
「よし、外も探すぞ!」
「掌返しが激しいわね」
ティアが苦笑して肩を叩いた。
村の外に出ると、目の前には広大な草原が広がっていた。
「すげぇ……」
鼻を抜ける草の香り。羊や牛に似た動物たちがのんびり草を食んでいる。
「村とは大違いでしょ? 明日にはこの村を出るんだから、しっかり味わっておきなさい」
「おう、楽しみだ」
気づけば四時間が過ぎていた。
「ティア……今何時間?」
「四時間くらいかしら」
「嘘だろ……」
(でも銀貨3枚の相場ってこのくらいか……?)
森に入ると、ひんやりした空気が心地いい。
「ちょっと休むか……ん?」
ティアが茂みに目をやった。
「どうした?」
「いるわ、猫よ。行きましょう!」
「マジか、やっとだ!」
約十分後。
なんとか捕まえた猫をティアがじっと見つめる。
「……変化の力があるわね。一度解いてくれる?」
猫の体から霧が立ち上り、数秒後、ケモ耳の小さな女の子が現れた。
「あの……これで大丈夫ですか?」
「え! 女の子!?」
「動物だから私の姿も見えるの」
「動物って……この子、人間じゃないのか?」
「動物が変身してるだけよ」
「そ、それで……私をこの姿にしたのには、何か理由が?」
「ないわ」
「ないんですか!?」
女の子は終始あたふたしていた。
「名前は?」
「あ、私、フィーナです……よろしくお願いします。」
「かわいい名前だな。俺は藤本茂夫、よろしくな」
「ティア・ソフィエルよ、よろしく」
フィーナは照れたように猫耳をぴこぴこ動かした。
「で……村に帰りたいって?」
「えっと……昔、宿屋のおばあさんに助けてもらったんです。だから恩返しで時々猫の姿でお手伝いしてて……」
「じゃあこの依頼は……?」
「私を心配してくれたみたいで……」
「なるほどな」
茂夫はティアと目を合わせた。
「どうする? 無理に戻すのも違うわ」
「……この姿のこと、おばあさんにちゃんと話します。」
「じゃあ一緒に行こうか。心配だしな」
「ありがとうございます!」
宿屋の前で、フィーナは茂夫にぎゅっと抱きついて震えていた。
「大丈夫か?」
「深呼吸してみなさい」
「……だ、大丈夫です……」
フィーナは数回深呼吸すると、決意したようにドアを開けた。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
「あ、いえ。猫を見つけたので……」
「まあ、本当に? ありがとう。」
フィーナはおばあさんをそっと見た。
「あの……おばあさん……」
「あなた、フィーナかい?」
「わかるんですか……?」
「長年一緒にいたからねぇ。雰囲気でわかるものだよ」
「ごめんなさい、隠してて……。」
「いいんだよ。戻ってきてくれただけで嬉しいんだから」
フィーナの目に涙がにじむ。
「私、ここにいてもいいですか?」
「もちろんだよ。どんな姿でも、フィーナはフィーナだからね」
フィーナは涙をこぼしながらおばあさんに抱きついた。
その夜、俺たちは宿にチェックインした。
「今日は疲れたな……」
「お疲れ様、茂夫」
「銀貨3枚もだけど、フィーナを助けられてよかった。」
「そうね。明日からの旅も頑張りましょう」
「おう。おやすみ、ティア」
「おやすみなさい」
俺の意識は、静かに闇の中へと落ちていった。
次はこそは村、出ます!
楽しみにししておいてください