焼き肉パンと戦いの予兆
案内所は、村の中央にある木造の建物だった。
(案内所だけ気合入ってんな)
中に入ると、壁には依頼掲示板があり、いくつかの依頼が張り出されている。
(畑荒らしの討伐、井戸の掃除、宿屋の猫探し……?)
「この規模で、ちゃんと依頼が出てるのは意外ね」
「おいおい、それは偏見が過ぎるだろ」
「そうかしら?」
(……まあ、俺もちょっとは思ったけど)
そんなやりとりをしながら奥へ進むと、カウンターには柔和そうな中年の女性がいて、こちらに気づくと穏やかに微笑んだ。
「まあ、新しい方なんて久しぶりです。ようこそ、アリナ村へ。歓迎しますね」
カウンターの女性は優しく微笑みながら、ふわりと頭を下げた。
「私はここの案内所を任されているエリナと言います。何か困ったことがあれば、いつでも言ってくださいね」
(エリナさん、か……優しそうな名前だ)
「ありがとうございます。しばらくお世話になります」
思った通り、優しくて上品な人だった。言葉のひとつひとつが、妙に落ち着く。
「それと……壁の依頼って、僕でも受けていいんでしょうか?」
「もちろんです。こちらとしても助かりますよ。若い方が少ない村ですからねぇ」
言ってから気づいたけれど、ここに置かせてもらっている以上、仕事をするのは当然かもしれない。俺が「よし、やるか」と意気込んでいると、ティアが疑問を投げかけてきた。
「あんなに向こうの世界でこき使われてたのに、また働くの?……茂夫」
「当たり前だろ。何もしないのはさすがに気が引けるし、いずれ金も尽きるんだから」
「“お金:良心=9:1”って感じがするのは気のせいかしら?」
「失礼な。8:2くらいだよ」
「たいして変わらないじゃないの」
ジト目で見てくるティアに、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
そんな俺たちのやり取りを聞いていた(ように見える)エリナさんは、終始こちらの様子をうかがっていた。
……まあ、そうだよな。周囲には俺が独り言を言い続けてるようにしか見えないわけで。
申し訳なさそうに会釈して、そそくさとその場を後にした。
(それにしても、こんな怪しいヤツを快く受け入れてくれるなんて……あの女性には頭が上がらないな。)
時刻はだいたい14時になっていた。
(元の世界では、もう昼休憩終わってるのに)
そろそろ空腹も限界を迎えているが、少し引っかかることがあったので、ティアに聞いてみることにした。
「ティア、なんで村の建造物は茅葺き屋根みたいなのに、案内所だけ木造なの?」
ティアは、納得したように頷きながら、得意げに語った。
「実は、あそこ村長の家なのよ」
俺は目を見張った。
村長と女性の年齢差は歴然だ、なのに村長の家にあの女性がいるとはどういうことだろう。
俺は、更に疑問を深めた。
「村長とエリナさん、親子なのよ、これなら納得できるでしょ?」
「なるほど、それなら納得できる」
「あと、あまりにも他の建造物と大差がありすぎじゃないか?景観を守るという気概はあるのか?」
「村長は村の権力者だしお金があるのよ、贅沢するくらい許してやりなさい」
「いや、許しますとも、別に個人の自由だし」
「まあいいわ、それより私、お腹空いちゃったわ」
「お前、本当に自由だよな……」
「だって、自分の気持ちに正直にならないとつまらないわよ」
まあ、俺もちょうど腹が減っているところだったのでちょうどよかったが。
「ここからずっとまっすぐ行くと、パン屋のヘルタっていうお店があるらしいのよ」
「パン屋か、軽食なら丁度いい、行ってみるか」
俺たちは早速、パン屋のヘルタに場所に向かった。
店に着いた途端、もう香ばしい匂いがしてきて、食欲が唆られてきた。
(異世界のパン屋なんて、何が出てくるんだ……)
俺が若干恐気になっていると、ティアがジト目を送りながらこちらを見てきた。
「茂夫、異世界の料理舐めてるわよね?」
「あぁ、そりゃそうだ、未知の世界の料理だぞ?恐気になるに決まってる」
「でも、すごく美味しそうじゃない、この匂い」
「それはそうなんだけどな……」
ティアとそんな会話をしていると、途端に女性の声がした。
「あんた、未知の料理が怖いって、その常識私が壊してやるよ!」
そう言ってカウンターから出てきたのは、エプロン姿で気合入りまくりの中年女性――この店の店主、ヘルタだった。
「今日は新作だよ!その名も"ゴブリンの焼肉パン"!」
「ティア、正直異世界の料理舐めてたかもしれん……」
「ふふ、しっかり挑戦しなさいよ、茂夫」
「大丈夫、ちゃんと"食用"のゴブリン肉使ってるから!」
「1回だけ、異世界人と味覚を共有したけど、ゴブリン肉、かなり美味しいわよ」
大丈夫も何も、あの恰幅のいい二足歩行の豚を食用にするのは些か異世界人、狂ってる。
だが、振舞われた料理を無下にも拒否することは、流石に俺の心が死ねる。
心の中の葛藤の末、俺はゴブリンパンを一口……したのだが。
「……これは」
口いっぱいに広がる濃厚な肉汁。噛めばほろほろと崩れる柔らかさ。ほのかに香るオニオン風味のソースが肉の旨味を引き立て、全体が驚くほどまとまっている。思わず次のひと口が欲しくなる、そんな味だった。
これは正直言って……。
「め、めちゃくちゃうめぇ」
「だろう、未知の料理だからって舐めちゃぁいけないよ」
「ふふ、異世界人は、ゴブリンを食べたら、決まってこの反応をするから面白いのよね」
(これ、あっちの世界の豚より美味いんじゃないか?)
だが、この肉の柔らかさ、これはかなり圧力をかけて煮込んでると思うので、かなりの時間と手間がかかっているに違いない。
俺は恐る恐る値段を聞いてみる。
「すみません、これ値段かなり高いんじゃないんですか?こんなに肉が柔らかいので、かなり手間暇がかかってるんじゃないですか?」
「いやいや、全然高くないよ、銅貨1枚、食べ物系はだいたい銅貨1枚だよ」
「え!やっす!」
これは4個くらい買ってこうと思っていると、遠くの方から村人たちの叫び声が聞こえてきた。
「ゴ、ゴブリンだっ!」
食用のゴブリン肉が大量に来て、村人皆が歓喜していると思ったのだが、ティアとヘルタがみるみるうちに険しい顔になる。
「茂夫、満たされてるところ悪いけど、今すぐ動きなさい、ちょっとばかり力を貸すわ」
「え、どうして」
「村にゴブリンが入ってきたわ、60年前に結界を張ったはずなのに、劣化したかしら」
「嘘だろ……俺、死ぬ」
村に来て初日で異世界人生バッドエンドなんて、御免だ。
だが、俺が動かないで、誰が動く、ここには、若い人がいない、だったら俺が動くしか……ない。
「わかった、ここで、一番若いのは、俺しかいない、準備はできた」
「よく言ってくれたわね、そう言ってくれると信じていたわ」
「あんた、行くんだったら気をつけな。野生のゴブリンは、強い、もしかしたら、死ぬことだってあるかもしれないんだよ?」
「大丈夫です、多分死ぬことはありません。怪我はわかりませんが」
俺は、ティアと一緒にゴブリンのいる方へ走った。
「ティアさんや、俺、今からこいつと戦うの……?」
「心配しないで、体力増強はしておくから、はっ!」
俺の体が眩い光で包まれる、と同時に、俺の体は、約15年は若返ったように感じた。
「なんだこれ、すげぇ……体が軽い」
「はい、これで戦いなさい」
「ナイフか、ないよりマシだな、ありがとう」
「体力増強してあるから、死にはしないけど、怪我はするから気をつけなさいね」
「もう覚悟決めたんだから、怖いこと言うのやめろよ……」
そう呟いた俺は、ナイフを握りしめ、眼前に構えているゴブリンへと走り出した。
次回でアリナ村編は終わりそうかもです(まだ未定)
楽しみにしていてください。