異世界生活、1日目、アリナ村へようこそ
眩い光に包まれたあと、俺の目の前に広がっていたのは――のどかな村の風景だった。
「ここが“アリナ村”。異世界人の間では“始まりの村”とも呼ばれているわ」
ティアの説明によると、異世界に来た人間はまずこの村に送られるらしい。
村の規模は小さいが、生活に必要なものはひと通り揃っている。だから彼女も、まずここを案内したというわけだ。
「この辺りは危険な魔物もほとんど出ないし、魔王の脅威もないから、初心者にはぴったりよ」
「……最高だな。会社の喧騒とか、満員電車とか、もう一生ゴメンだ」
思わず本音が漏れた。ティアはそれを聞いて、くすっと笑った。
「気に入ってくれてよかったわ。しばらくここで暮らして、この世界の生活に慣れなさい」
「ああ。装備も知識もゼロだしな。準備万端にしてから外に出たい」
「そうね……それと、はい、これ」
ティアが手を差し出す。掌には金色のコインが1枚。
「これ……お金?」
「そうよ。この世界の通貨。試作したら創りすぎちゃって、余っちゃったからあげるわ」
「……神様がお金を創って余らせるなよ。というか異世界でいきなり資金援助って……親切設計すぎないか?」
思わず苦笑い。でも、異世界生活での初期資金はありがたい。俺が金貨を受け取ると、ティアは鼻でふんと笑った。
「これで当面は困らないはず。準備が整ったら、村に入るといいわ」
こうして、俺の異世界生活一日目がようやく本格的に始まろうとしていた――。
「すごくのどかで、いい村だな」
村に足を踏み入れると、土壁に藁葺きの屋根。俺の世界で言えば、昔の日本の農村のような雰囲気だ。
「ところで、さっきもらったお金って、金だったよな?」
「ええ、そうよ」
どうやらこの世界の通貨は、金貨・銀貨・銅貨の三種類。
金貨1枚=銀貨10枚=銅貨100枚(銀貨1枚=銅貨10枚)というシンプルな換算らしい。
「金貨の価値、高っ……」
思わずポケットの中の金貨をまじまじと見つめる。
「まずは、その金貨を銀貨に両替しちゃったほうがいいかもね」
「たしかにな。そっちの方が、お金の計算もしやすそうだ」
というわけで、俺はティアを伴い、両替できそうな場所を探すことにした。
静かな村の雰囲気に浸っていると、横から声をかけられた。
「ここに新入りが来るなんてな。ようこそ、アリナ村へ」
「ティア、この人誰?」
「この人は、アリナ村の村長よ」
ティアと話していると、村長が俺の顔をじっと覗き込むようにして、問いかけてきた。
「おまえさん、一体誰と喋っているんだ?」
……あれ? 何かがおかしい。たしかに俺はティアと喋っていたはずなのに、村長にはティアが見えていない。
俺が混乱していると、ティアが呆れたように言った。
「言い忘れてたけど……私の姿も声も、この世界の人間には届かないのよ。あなたとだけ、特別に交信できるようにしてるの」
「マジかよ……」
「だって、神が人前に出てベラベラ喋ってたら面倒でしょ? 特別感もなくなるし、神って基本、裏方なのよ」
なるほど……だから村長にはティアが見えてないというわけか。
「おまえさん、さっきから誰と喋ってるんだ?」
村長が訝しむような眼差しを向けてくる。そりゃそうだ。空気に向かって喋ってるように見えるだろうし……。
「え、あぁ……ただの独り言です、はい。クセでつい……」
「ふむ、あんた、ちょっと変わったやつだな。変なこと起こさないでくれよ」
(……ごまかしスキルも鍛えなきゃいけないか)
「ところで、新入りさん、名前は?」
「えっと……藤本茂夫です」
「ほう、珍しい名前だな。よろしく。何か困ったことがあれば、村の案内所に行くといい」
「ありがとうございます」
村長は手を振りながら、のんびりと去っていった。
「なんとかごまかせたわね……ふふ、あの焦った顔、笑いを堪えるのに必死だったわ」
「うるせぇ……心臓吐き出しそうだったんだぞ、こっちは……」
「……とりあえず、案内所に行けば、両替くらいはできるでしょ」
「そうだな。善は急げ、だ」
俺たちは、村の案内所へ向かった。
次回は、アリナ村1日目〜2日目です。