さよなら逆転ホームラン
「好きです」
そう告げると先輩は、なにかを考えるように視線を右上へ向けて、それから気まずそうに口元を歪めた。
この後先輩の口からどんな言葉が飛び出してくるのか、その素振りだけで簡単に予想がついてしまう。
ここから一発逆転、奇跡のお付き合い成立なんて、天地がひっくり返ったって無理な話だ。
雲ひとつない晴れた空。誰もいない放課後の屋上。グラウンドから聞こえてくる、運動部の遠い喧騒。
シチュエーションは完璧だった。
完璧じゃなかったのは、私に対する先輩の想いだけ。
きっと私を傷付けない言葉を探してるのだろう、先輩は視線をあちこちに彷徨わせている。
本当に優しい人だと思う。
そんな優しさを見せたら私のためにならないって、きっと先輩は微塵にも思ってないんだろうな。
「……すみません、困らせちゃいましたね。大丈夫です。断られるの、わかってましたから」
沈黙に耐えかねた私がそう口にすると、先輩は明らかにほっとしたように表情を崩した。……わかりやすい人だなあ。
そんな顔なんて見たくないから、先輩に背を向けて屋上の手すりに身を委ねた。
屋上からはグラウンドがよく見える。野球部とサッカー部……それから陸上部だろうか、走り込みをしている人が見えた。ここからぼんやり眺めていると、なんだかミニチュアみたいに見えてくる。
「……ごめん」
背中に先輩の声。
ほらね、一発逆転ホームランなんてできっこない。
野球部の名前も知らない誰かが、ホームラン級のヒットを放ったらしい。ボールとバットがぶつかる音がして、それから歓声があがる。
なんだか皮肉だ。こっちは大敗確定だと言うのに。
「……付き合ってる人がいるんだ」
喉の奥が、ぎゅうぎゅうに潰される感覚。
じゃあどうして先輩は、私に優しくしたんだろう。
「君のことはすごくいい後輩だと思ってる。本当に、妹みたいに大事に思ってるんだ。でも……」
キン……と耳鳴りが響く。
それ以上、先輩の言葉は耳に入ってこなかった。
「もう、いいです」
ぽつりとつぶやいて踵を返す。
頭のてっぺんから足のつまさきまで見つめて、私は静かに微笑んだ。
「ねえ先輩。私が死んだら、悲しんでくれますか?」
先輩が口を開くより早く、手すりを乗り越える。
駆け出す足。伸ばされる手。呼ばれる名前。
そして私は、一歩を踏み出す。
「先輩、さよなら。大好きです」
その言葉だけを遺して、私の体は重力に逆らうことなく落ちていく。
どうか私の最期の言葉が、先輩をずっと呪い続けますように。
バットとボールのぶつかる音が、キンと耳に響いた。